怒る理由と書いて矛盾と読む
ルカと大木がいなくなった場所で俺は立ち尽くしていた。
争った後はないが、馬の足跡があることから馬型の魔物か、もしかするとユニコーンに遭遇したのかもしれない。
くっそ、どうして気づかなかったんだ。何もないところに『乾いた』大木が倒れているはずがないのに。
昨日まで街では雨が降っており、このラグナ山でも同様の天気だったのは増水した川の様子でわかる。
そんな中、大木が倒れているなら間違いなく濡れているはずだし、もし今日になって大木が倒れ、雨に濡れていない部分がたまたま上になっていたとしても、ぬかるんだ地面に倒れた衝撃が残っているはずなのだ。
つまり、あの大木は偽者であり、探知性に突然ひっかかった魔物が擬態していたのだろう。
「ルカを探さな、ぐっ、ヴォエ……」
気持ちを切り替えるためにあえて次にやることに声にだしたのだが、急にこみ上げてきた吐き気が思考の邪魔をする。
……ほら、お前に守れるものなんてなにもねえじゃねえか。
頭のどこかから聞こえてくる声とはここ数年の付き合いたが、今回もいっさい手加減をしてくれる優しさはなさそうだ。だが、ルカの血痕と渡していたローブのどちらともこの場にないことで間違いなく彼女は生きていると確信していた。吐き気をこらえ、ルカの元に行くために立ち上がる。
「はあはあ、探知性」
服のポケットから片眼鏡をつけて探知性を付与した。
片眼鏡に探知性を付与した場合、基本は視覚に写るものしか探知できないが、擬態を見破ることができ、さらに例外的に自分で特性を付与したものの位置を知ることができる。
山の中腹から登るように移動しているってことは山頂に行っているのか? 山の反対側に行くって可能性もあるが、それならわざわざ山頂に行く理由がないし……
とりあえず山頂に向かおうと決めたところで、ドシンと響く足音が来訪者を告げる。
ルカとは関係ないだろうなと思いつつ、そうであることに感謝する。
足音の発信源からは漂ってくるのは血のにおい。もし今から来るやつが今後ルカに害をなす可能性が一%でもあるならそいつは今ここで殺さないといけない。
「あで? 人間がいる」
音をしたほうに向きを変えてすぐに三メートルほどの巨人が現れた。
青緑色の肌にがっちりとした肉体、木をそのまま持っているかのような太い棍棒、そして特徴的な顔の半分を占める単眼。こっちの世界においてもサイクロプスと名づけられた魔物である。
「おい、おまでら、ユニコーンなんでいないじゃねでか」
サイクロプスの後ろから四体のデブリがぞろぞろでてくる。
どれも小柄で戦う用には見えないから、おそらく感知に特化したデブリなのかもしれない。
「ん? そうだな。おい、おまで、ここでユニコーンを見なかったか?」
魔物にしかデブリの声は聞こえないため、何を言ったのかわからないが、おそらくデブリがこいつに助言をしたのだろう。デブリを操れるということは、高位の魔物のはずなのだが、こいつは頭がそこまで良くなさそうだ。
「さあな、俺も今来たところだ。ただ、もし俺が知ってたとしても、デブリに助けてもらうような単細胞なお前に教えたところで意味ないと思うがな」
「……たんさいぼうって何?」
「馬鹿ってことだ」
「おまで、おでを馬鹿にした?」
「そうだな」
「おまで、殺す」
ひきつけるためにあえて馬鹿にした言い回しにしてもポカンとされたときは失敗したかと思ったが、どうやら挑発は成功したらしい。
後はこいつがもう一体の魔物について知っていたらいいんだけど……まあ生け捕りだな。
吐き気がおさまった程度で気分はまだよくなかったが、戦えないこともない。青緑色したものは初めてであったが、サイクロプス自体なら戦ったことはあり、攻略方法はすでに知っている。威力のある大振りを気をつければいいと思っていたら、ここでサイクロプスが意外な行動をとった。
「ふんっ!!」
「何っ!?」
四対いるデブリのうち、一体のデブリに棍棒を振り落とすと、そのデブリは潰れて体が風に溶けて消えていく。
自ら仲間を減らすという全くの意図がわからない行動をとったサイクロプスに目を向けると、そいつは単眼を気持ち悪く歪めて笑っていた。
「おでをたすでたやつ殺した。こでで、おで、馬鹿じゃない」
助けたやつを消せば助けてもらったことがちゃらになるとでも考えたのだろうか、論理の欠片もない目の前のやつに、さきほどまでの吐き気は引っ込み、反対に別の感情が俺の中からあふれ出す。
生け捕りはやめだ。
「……仲間じゃなかったのかよ?」
「仲間? おで、こいつらより強い。偉い。だからこいつらの命、おでが好きにしていい」
「ああそうかい。わかりやすい回答ありがとうよ」
「おまで怒っている? なんで? 人間もこいつらをそっちの都合で殺す。そでどどう違う?」
「……しゃべってないでかかってこいよ。この単細胞野郎」
「また単細胞って言った! おまで、殺す!!」
サイクロプスは怒って突撃してきた。
一撃目、棍棒で横なぎで一振り。
怒っていても、体格を活かし、俺の射程外から攻撃する程度の理性は残っていたのか、俺は後ろに跳ぶことで避け、ついでに片眼鏡に与えていた特性を探知から読心へと切り替える。
二撃目、再度かまえなおした棍棒の左方向からの振り落とし。
何も考えていないのか、それとも人間相手ならこれで十分だと思っているのか、そのまま突っ込んでくる。安全を第一にするなら後ろに避けるべきだが、ルカのことを考慮するとあまり時間もかけたくない。読心性でだいたいの軌道はわかるので、軌道線外のサイクロプスの懐へと踏み込む。ついでにズボンのベルトにぶら下げていた小型のナイフを鞘から抜く。
三撃目、サイクロプスの左足からの蹴り。
二撃目が地面に当たる前に反応してきたのはさすが魔物といえるだろうが、その行動はすでに読心性でよんでいたため、軸足となっている右足側に方向転換する。ここでやつは初めて俺を脅威として認識したのか驚いた表情を見せる。だがもう遅い、ナイフの刃に指を当て、致死性を付与した。
「よお、絶望を受け取る覚悟はできたか?」
そして四撃目、俺の攻撃。
サイクロプスの足元を駆け抜け、そのすれ違いざまにナイフで切りつける。
やつは驚いた表情から一転傷が浅いことに安堵し、笑うが、その直後に笑ったまま意識を失う。
致死性は触れたものを確実に殺す。それだけの能力であり、それが全ての能力だ。たとえナイフで傷つけることができなくてもそれは作用する。
地面に倒れていくサイクロプスを見ながら、勝利の余韻や罪悪感などはまったくなく、ルカの身を案じながら、ナイフの刃から致死性を抜くのだった。
「さてと、どうするか」
この場に残ったのは俺と三対のデブリだけ。
そう呟いたのはいいものの、答えはすでに決まっていた。
こいつらをこのままにしておくわけにはいかないよな。
潰されたやつが何を言っていたのかは知らないが、本能のみで動くはずのデブリが知能を持ち始めていたところを見るに、こいつらは人を殺しているし、魔物になりかけている可能性も高い。もし、このままサイクロプスの死体と一緒に放置すると、それを食らって魔物になることは十分にありえるだろう。たとえそうでなくても、デブリと意思疎通することは人間には無理だし、何よりデブリは……見逃すことなんてできない。
消すなら今のうち……
と、ここで消すことを正当化している自分に気がつく。
『人間もこいつらをそっちの都合で殺す。そでどどう違う?』
サイクロプスの言葉がリフレインした。
最後の質問を無視したのは、今の俺では回答できなかったからだ。
頭がよくなさそうだったくせに、なかなか痛いところをついてきたな。
魔物や殺し屋が普通にいるこっちの世界では、あっちの世界と比べて命の尊厳は少し軽い気がするがないことはない。
自分が生きるために誰かを殺す。そんなのはきっとあっちの世界でも当たり前だったのに、直接手を下すかそうでないかでその重みが違うことだと、この世界にきてからひしひしと感じていた。
「でも、やるさ。これだけは、絶対に」
だが、そんな葛藤は今まで何度も経験したことがあり、その度に感傷は捨ててきた。
家族のためだからという免罪符を建前に。今回もそうするだけだ。
ナイフに再度致死性を付与する。
結局のところ俺は理性に従ってサイクロプスを生け捕りにできなければ、感情に従ってデブリを見逃すという選択肢もとれない、中途半端で、不完全で、欠陥だらけなんだろう。
でも、家族は絶対に守るという誓いが今の俺の原動力だ。
「恨むなら恨め。俺もお前たちと変わらないんだから」
気分はまだ回復しきれていないが、問題はない。
標的はデブリ三体。
難しくない作業だった。
設定16
魔物No.43 サイクロプス
青や緑の肌を基調とした人型の魔物。
人型とはいうものの、その体長は二メートルを優に超えるものが多く、単眼であることから人と見間違えることはほとんどない。
他の魔物やデブリを操るなど高位の魔物に属するが、知能レベルはまちまちで全体的にはそこまで高くない。発音が苦手なのか、エ行の発音はほどんど「で」に聞こえる。
人型で人の言葉を話すことができるが、その単眼と種として群れを形成しないことから魔物であると定義されている。
パワーは人間とは比べものにならないため、もし出会ったときは、なぞなぞを出してサイクロプスが考えている間に逃げるのがいいだろう。
-魔物図鑑 マーシャル博士著-
次回更新 11月25日