伝説の馬と書いて暴走と読む
夢を見た。
私の運命が変わったときの夢。
それが夢だとわかった理由は、私は泣いているはずなのに、どこか客観的に自分を見ていることと、もういないはずの私の恩人が出ているからだった。
「どうして君は泣いているんだい?」
私の運命が決まるはずだったあの日、一人の少女(といっても当時の私より年齢が上だったけど)が私に声をかけてきた。
彼女は私と同じ孤児院に住んでいるいわば先輩だったけれど、そのときまで話したことがなく、なんとなく怖く感じていたことを私は覚えている。
「なるほど、君が今年の『神の奉仕』役に決まったわけだね? ……どうして逃げないんだい?」
彼女の言ったことは正論だったのかもしれない。
このままここにいたら私は死ぬということはわかっていた。
でも、父が死に、母が死に、兄弟たちもいなくなった私にはこの孤児院が最後のよりどころで、ここを離れることは死ぬことより怖かった。
「そうか……君は、親兄弟を失った君には、たとえこの場を生き延びたとしても、これからも辛いことやろくでもない人生が待っているかもしれない……それでも君は生きたいかい?」
生きたいかと当たり前のことを聞いてくる彼女。私には彼女のこういうところが怖かったのかもしれない。
彼女は私の少し年上とは思えないくらい達観していて、生きることの未練も死ぬことへの恐怖もないように思えたから。
「そうだよね……よし、ここは僕に任せたまえ」
でも、もしかしたらそれは当時の私を正当化させるための勘違いだったのかもしれない。
だって死ぬことが怖くない人間なんてこの世にいるはずがないのだから。
「気にしなくていいよ。今まで僕は君に先輩らしいことをしてあげられなかったからね。
これは僕なりの君への贖罪と誕生日プレゼントというわけさ」
きっと彼女は優しかったんだ。甘くはないだけで。
嘘の優しさと甘さをふりまく私や、普段は優しくても本当に困ったことには手を差し伸べてはくれない教会の人、そして孤児院の院長であるオルティニウムさんなんかよりずっとずっと優しかった。
「アー君大丈夫かな?」
言われたとおりに大木に座り、アー君が行った方向を見ていると、そんな言葉が私からポツリとこぼれた。
きっと彼としては、私のほうが心配だろうし、実際にはその通りなんだろうけど、だからって私が心配しない理由にはならない。
戦いのことは全然わからない私でも、彼がすごく強いってことは理解していたけれど、一方で彼が私たちに弱さを隠しているのは気がついていた。
隠すのは彼なりに理由があるはずだからしょうがないのだけれど、せめて心配するくらいは許してほしい。
今日帰ったらアー君の好きな食べ物つくってあげようっと。でも、アー君って何が好きだったっけ?
何をつくっても美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど、彼は全部それしか言わないから逆に好きなものをしらなかったことに気づく。
戻ってきたらちゃんと聞こう。と思いつつ、軽く疲労をとるために靴を脱いで、座ったまま足をぶらぶらさせる。ふとももがほぐれていくのを感じながらしばらく続けていると、力加減を間違えてしまって踵が大木にぶつかってしまった。
「痛ぁっ!?」
「えっ!? ご、ごめんなさい!」
いきなり聞こえた野太い声に反射的に謝ってしまった。
けれど、改めて周りを見渡しても見えるのは木々と草花だけで、他に人や動物なんていそうにもない。
「あの、どなたかいらっしゃいますか?」
念のために確認してみたけれど、返事のほうは聞こえなかった。私の幻聴だったのかと疑ったけれど、それにしては聞いたことのないような低い声だったし、内容もやけに変に思える。
そこで冷静に振り返ってみると、痛いと言ったのは何かしら衝撃があったはずだ。そして、先ほどの状況でその衝撃のもととして考えられるのは私の足と、
「この木から……?」
「な、なに馬鹿なことを言ってんのよ~!!」
再び聞こえた声はやっぱり私が座っているところから聞こえたので、とりあえず靴を履いて私は大木からおりた。慌てることなく対処できたのは、予想が当たっていたからというより、野太い声に反してすごい違和感がある口調に困惑していたのかもしれない。
「足をぶつけてしまってごめんなさい。その……木の精霊さん?」
「誰がプリティーでキューティーな森で美しく踊る精霊よ!」
倒れていたはずの木が突然淡く光りだして、どんどんその姿を縮めていった。枝は四本の足になって、葉っぱは尻尾になって、そして幹の根元のほうは頭と、綺麗な螺旋を描いた角になった。
「ユニコーン、さん……?」
「そうよ! 私こそが世界一美しいと評されるユニコーン一族でも一族で一番ビューティフルと呼ばれるコニーよ! あなたよく知っているじゃない!」
「いえ、別にそこまでは知らないですけど」
「いいのよいいのよ、隠さなくても。擬態した私を見破るなんて、あなた私のファンなんでしょ?
私の美しさにはかなわないけど、あなたもなかなかだわ。しょうがないわね、人間は入れるつもりはなかったけど、特別に私のファンクラブに入るの認めてあげる」
「はあ……」
しゃべられる魔物って全部こうなのかな?
私はしゃべる魔物には初めて会ったのだけれど、アー君から聞いてたイメージと違ってどうしたらいいのかわからない。ただ、一つ疑問に思ったことはあった。
「えっと、あなたはメス、なんですか?」
声が低いだけなのか、口調がおかしいだけなのか。
魔物に会ったとき、アー君は逃げろって言ってたけど、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。
「誰がメスよ!」
「じゃあ、オスなんですか?」
「誰がオスよ!」
「……どっちなんですか?」
「どっちでもないわよ! 私は……誰かこっちに来るわね」
続きを聞く前に打ち切られたのは不満だったけれど、何やら真剣な顔(馬の表情はわからないから正確には雰囲気なんだけど)で警戒を始めるコニーさんの前ではさすがに催促は無理だった。
一方で、彼女が警戒している誰かについて、私には当然、心当たりがある。
アー君のことだよね?
顔を上げて遠くを見るコニーさんに、彼のことを伝えようと口を開いたんだけど、私の言葉が出るよりも早くコニーさんは私が着ている彼のローブのフード部分を噛むと首を振る。
「きゃっ」
数秒の浮遊感の後、体がうつぶせにたたきつけられる衝撃がきたんだけど、それは冷たい地面のものじゃなくて暖かい感触。目を開くと、白くて柔らかい毛皮が広がっていて、それがコニーさんの背中だとわかったのは数秒経過してからだった。
「おそらく、あいつらね。まったく、しつこい男は嫌われるんだから。……えっと、そこのあなた。名前は?」
「る、ルシェルカです。呼びにくいならルカって呼んでください」
「よし、ルカ、さっさとこの場から逃げるわよ!」
「えっ? い、いえ、私はここに残りますよ?」
「何言っているのよ! ここにいたら下手すると殺されるわよ!?」
「大丈夫ですよ。きっとここに来るのは私の……」
「何が大丈夫よ! 私にファンをおいて逃げるなんて美しくないことをさせたいの!?」
「そ、そうじゃなくて……」
「ルカ、私の美貌に敵わないからってそこまで悲観しなくていいじゃない。
いい? 私の美しさは心からくる美しさなの。死んで来世に期待するような心の美しさじゃ私を超えられないわよ?」
「だから……」
「わかったなら、すぐに出発するわよ! 魔力付加、スキル『神速』、そしてレッツゴーーー!!!!」
「私の話を聞いてくださーーーい!!」
気づいたときには猛スピードで駆けていくコニーさんの背中に乗っていた私は、そのときにはもう振り落とされないように懸命にしがみつくしかなかった。
設定15
クエスト申請願い
依頼対象 ユニコーンの角
先日、目撃情報が相次いだユニコーンについて、以下の2点からギルド用のクエストとして発行したいため、承認をよろしくお願いいたします。
1.ザスティン領の治安維持のため
ユニコーンは魔物にしては珍しく人間への害の報告が少ないとされる魔物であるが、その一方で、ユニコーンを狙う魔物や悪質な密猟者を引き寄せてしまう問題がある。このままユニコーンを野晴らしにしておくと、領地内に住んでいる市民の安全が脅かされる危険がある。
2.生態系保全のため
ユニコーンはもともと北の魔物側の大陸にしか住んでいない。そのため、ユニコーンがこのまま住んでしまった場合に、既存のザスティン領に住んでいる動物の種が追い出される可能性があり、ひいては従来の縄張りを奪われた動物の凶暴化や家畜への影響が考えられる。
なお、ユニコーンは角が生え変われば他の地方に行くという報告があるため、今回の捕獲対象としてその角を依頼する予定。
-クエスト申請願い 嘆願者 エルシャナス=アルケイン-
次回更新 11月20日