貴族の騒がせ娘と書いて悪友と読む
「ルシェルカさん、少し来ていただけますか?」
「あっ、はい」
先ほどルカの応対をしていた女性が再度受付カウンターに呼び出す。
いつもならこれで報酬をもらい、ギルドカードを返してもらうだけなのだが、今回はどうしてか受付のほうで話し込んでいる。
まさか本当に何かあったのか? いや、ルカに限ってそんな……
「これは気になりますねー」
「ああ。そういえば今日はやけに人が多いし、何かあったのか?」
「何かあったといわれれば、先日にモロコーがここに大量入荷したみたいですけど、ルカさんのとは関係ないと思いますよ」
モロコーとはあっちの食材でいうトウモロコシのことである。
「へえ……」
「たぶん今日あたりにモロコーを素材とした料理や携帯食料も安くなっていると思いますよ。購入を検討してみたらどうですか?」
「そうだな……って、うわっ!?」
突然背後から聞こえた声に心を見透かされたのを驚いて振り向くと、そこには金のショートカットヘアに切れ長の青眼が特徴的な見知った少女がたっていた。
「どもどもー。アーサさん、お久しぶりですね」
「エマ……エルマティス、さん!?」
「エルマティスさんなんて他人行儀ですねー。いつもみたいにエマと呼んでくださいよ」
白いブラウスに青の上着、貴族の礼服としてはラフともいえる服装をした少女はニコニコしながら近づいてくる。
彼女の名前はエルマティス=アルケイン。
この街を統治している貴族の一人、エルシャナス=アルケイン男爵の娘であり、(俺と)ルカにとって(元)学友に当たる。
「そういうわけにもいきませんよ。あなたは貴族ですし、ここは学校じゃありません」
貴族に対して敬語を使わないのは無礼にあたる。不敬罪などといった処罰されることこそないものの、いちゃもんつけられることは少なくない。学校においては貴族本人だけに気をつければよいのだが、ここはギルドとはいえ外部にあたるので、可能性は低いが貴族に敬語を使わないことを許さないようなやつに聞かれたら面倒になることはわかっていた。
「たかが、男爵のところの次女に気をつかう必要なんてないと思いますが。
そうですねー、ではこうしましょう。アーサさんが敬語を使い、私をエマと呼ばないのならあのことをルカさんにばらします」
「……わかったよ。これでいいか、エマ?」
「そうそう、それでいいんですよー」
貴族でありながら彼女はそこまで爵位にこだわらない。
その理由を彼女は、男爵の次女なんて微妙だからなるべく自分の力で生きていけるようになりたいらしく、そのときに階級をかさにはしたくないと語っていてた。
それだけ聞くと立派に聞こえるが、俺が知っている噂好きでつっこみたがり屋の彼女の本音としては貴族なんてお役所仕事なんてやりたくないのだろうと推測している。
「エマちゃん!? あっ、エルマティスさんのほうがいいかしら?」
「いえいえー、いつも通りの呼び方でいいですよ」
「そう? じゃあ、改めてエマちゃん、おはよう」
「はい、おはようございます。いやー、やっぱりルカさんは誰かさんと違って話が早くて助かりますねー」
「誰のことだよ」
「誰のことでしょうねー?」
「……ルカ、受付で手間取ったのは何かあったのか?」
「おやおやー、無視ですか?」
いつもよりねちっこく接してくるエマに、これ以上反応しても喜ばせるだけだと判断し、ルカのほうを対処する。
エマはそれを気に食わなそうにはしているが、止める気はないようだ。
ルカはそんなエマに苦笑いをしつつ、問題があったわけじゃないんだけど、と前置きしてカウンターでの出来事を話した。
「名字の追加か……」
少し込み入りそうな話だったので、俺たち三人はギルド内のテーブル席に移動し、モロコーのバター炒めと飲み物を頼みながら話を聞く。その結果、ルカが手間取っていたのは、受付で渡された用紙のある記入欄が原因であることがわかった。
「うん、私のギルドポイントがたまってね、ギルド内爵位をいただいたの。ただ、それには名字の登録も必要だって」
「ギルド内爵位?」
「あっ、アー君は基本討伐ギルドの依頼を受けているからわかんないよね。
商工会ギルドに所属している人たちはある程度クエストをこなしていくとギルドのほうから貴族みたいな爵位をもらえるの。
私の場合、今回初めてもらうからバロンって階級なんだけど、爵位をもらうといままで受けれなかったクエストが受けられるようになったり、商工会ギルドと提携している店舗から何か買うときにが少し安くなったりするらしいよ」
「なるほど。たしかに俺のところもそういうのはあるけど、そんな名前じゃなくてA級とかB級だったぞ。
どうしてここは爵位なんだ?」
「それは私も知らない。ギルドに入るときそういう制度があるってだけ説明を受けたけど、理由は特に言われなかったかな」
「教えてあげましょうか?」
「エマちゃん知っているの?」
「はい。といっても、確たる証拠はなくて、私の推測が入っているところはありますけどね」
「それでもいいよ」
「じゃあ、まず一つ目の理由として、管理の手間を省くことが考えられます。
商工会ギルドには何千、いや何万という人が登録していて、それに比例するだけの人が毎日出入りし、クエストを受けています。なので、ギルドに所属している人たちの名簿管理は重要なのですが、全員を同じように管理してたらクエストの認証や成果の確認が大変です。
そこで爵位を与えることで、頻繁にクエストを受ける人、高い質の仕事をやってくれる人を別で管理してスムーズに受付を処理しようってところですね」
この世界にではまだコンピュータや事務処理に役立つ魔道なんて存在していない。もしかしたらスキルには何かそういった方面にも応用できるものもあるかもしれないが、完全に個人の特性に依存して発現し、学ぶことが不可能なスキルを持つ人材を保持するのはいくら大きなギルドだって無理だろう。第一、そんな人材がいるのなら王宮などのもっと上のお堅い組織が放っておかないはずだ。
「二つ目は、人材の確保の点です。
国同士の行き来が自由な昨今において、職人の流出は商工会ギルドには死活問題ですからね。
いろいろ特典を与えてなるべく自分たちのところに職人を留めておこうっていう腹積もりなんですよ。特にギルド内爵位なんてその筆頭ですね。人間、自分が特別だという優越感に浸れるコミュニティからは離れることなんてしないですしね」
私にはまったくわからない感覚ですけど。とエマはおちをつけた。
「すごい! エマちゃん、なんでも知っているね!」
「さすがになんでもは知りませんよー。調べたことだけです」
家のことを褒められても喜ばないエマだが、自分の功績に対しては素直に胸を張る。
「名字の追加というのも、ギルド内で名字と爵位をわかりやすく紐づけているというわけですね。
もちろん正式な戸籍としての情報では残らないので、法律にも触れません。だから名字は偽名でいいはずですよ。それに、ギルドの年会費が高くなるといったデメリットは特にないですし、素直に爵位をいただいたほうがいいと思いますよ」
「うん、そうだよね。でも、どうしようかな」
ルカは紙の前で少し悩むそぶりをみせる。
最初は名字が思いつかないのかと思ったが、一瞬ルカと目が合い、それが違うことを悟った。
「別にそんなに深く考える必要ないんだろ? どんな名字つけたってルカはルカなんだから」
ルカは基本的には自分に素直なのだが、周りのことを決して考えないわけではない。
理由はわからないが、俺のことを気にかけているようだったので、正直になるように促した。
「じゃあ……オルティン。名字はオルティンにしようかな」
「ルカさんの本名と合わせるとルシェルカ=オルティンになりますね。いいんじゃないですか? ねえ?」
「ああ。悪くないと思うぞ」
「本当?」
「嘘言ってもしょうがないだろ。今日もクエスト受注するんだし、今のうちに登録してきたらどうだ?」
ルカの心が変わらないうちにさっさと手続きをするように促すと、ホッとした表情で受付に向かっていった。
「ルカさんの名字の由来って、オルティニウム孤児院が由来ですよね? 複雑ですか?」
受付にいるルカを見ながらエマはポツリとつぶやいた。
茶化すのが目的だったら答えないつもりでいたが、そうではないようなので答えることにする。
「別に。自分がいたところを名字にするなんておかしくはないだろ」
世界が白や黒だけではないなんてあっちの世界にいたころから知っていた。同時に自分が決して白ではないことも。
実際にオルティニウム孤児院の院長オルティニウム氏がやったことは私利私欲のためではなかったし、被害者が赤の他人であったのなら俺も仕方ないと思っていただろう。
だからきっとあの日に俺が彼に向けた感情は本来なら筋違いで自分勝手なのである。
だけど、それは建前の話で、どうしても割り切れないほど俺は彼が嫌いだった。
設定12
商工会ギルドのポイントは、クエストの報酬と違い、ギルド側がクエスト結果を量と質によってはかったもの。これにおける量とはクエストを受注した量と、どれくらいの頻度達成しているかであり、質とはクエストの難易度およびクエスト依頼側からの満足度の指標となっている。
爵位の階級は上からデューク、マーク、カント、ビスカ、バロンの五つ(男女ともに呼び名は共通)にわけられ、1年間クエストを受けなかったり、年会費の支払いが滞った場合にはランクが一つ下がる(ただし、例外もある)。
-「ザスティン領 商工会ギルドの調査報告書」 エルシャナス=アルケイン著-
次回更新 11月5日