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夜の密会と書いて監視と読む

 前世の記憶を持っていた場合にそれを人に話すべきか。


 生まれ変わりというものを経験した者によくある悩み事の一つかもしれないが、俺の場合は悩むことなく隠すことを選んだ。


 信じてもらえないことが怖かったわけではない。

 前世に縛られることが嫌なわけでもない。

 ただ、俺が話すことで彼女たちが前世の記憶を戻してしまうことを恐れているのだ。


 前世の彼女たちを殺してしまったのは俺なのだから。

 深夜。半分以上欠けた月が西の空へ落ち始めたころ。

 俺は家の倉庫のすぐ近くに新しく設置した犬小屋に来ていた。

 家からの明かりはほとんど消え、わずかにアンヌの部屋からのみついている。

 おそらく酒を飲んでいるのだろう。

 明日また自分は飲まない懐をいためて買い足さなければいけないと思うと気落ちするが、予定通りにことを運ぶためには必要な犠牲であったといえよう。というか、そう思うしかない。


 さて、深夜とはいえ外に出たのはもちろん用事があったからである。

 魔犬もとい、ヘルヘルの躾という用事が。


「……というわけだ。良かったなヘルヘル。しばらくはうちで飼ってやれそうだぞ」


 この魔犬を家に招いてからの間、俺は毎晩ここにきて話をしていた。

 その理由はもちろん魔物であるこの魔犬を監視することであるが、もし飼うことになった場合にこいつがどういう反応を見せるのか試すこともしていた。しかし、意外にも人に飼われることは前向きのようで、魔物としてのプライドなどを聞いてみたが、こいつにとって命の安全さえ確保できればそれ以外のことは二の次らしく、むしろ安定した住まいにちゃんとした食事がとれるのは好都合らしい。


「あっ、旦那もあっしのことそう呼ぶんですね」(けっ、夜遅くに起こしたらと思ったらそんなことかよ)


 家族会議の顛末は一通り魔犬に話した。

 別に話す必要なんてないのだが、こいつは犬としてはある程度理解力と思考力があるため、自身のおかれた現状と今後の振る舞いぐらいは考えてくれるだろうという期待はしている。

 この急にへりくだったようなしゃべり方になったのも、おそらくこいつなりの処世術なのだろう。

 用心して片眼鏡(読心性を付与済み)をつけているため、何を考えているのかは丸わかりなのだが、不穏なことを考えない限りは見逃すつもりだ。


「このヘルヘルという名前は、本人たちが以前本で見た『ヘルハウンド』という魔物に似ているからつけたそうだ」


 まさかミーリィもユーリィも似ていると思ってつけた魔物の名前がまさか本人(犬なので人はおかしいが、本犬?)だとは思っていなかったのだろう。

 魔犬を実際に見てもヘルハウンドだとわからなかったのは、この世界では製本や本を刷る技術は浸透しているが、写真はまだそこまで発達はしていないので本にあったのはおそらく挿絵だったことと、昔のことのため記憶が薄れているのだろうと推測はできる。


「本?」(なんだそりゃ?)


 人語を話せる魔物は言葉がわかるからか人間の使っている単語の多くを理解できる。

 しかし、それは魔力や武器などの戦いに関するものや動物や植物などの自然にあるものがほとんどで、文化的なものはあまり知られていない。


「ああ、そういえばお前たち魔物には馴染みのないものか。

 お前らは木や壁にマーキングして情報を残すだろ? 人間の場合はそれを紙っていう布みたいに薄いものに情報を残す。それを何百枚も束にしたものを本と読んでいるんだ」


「じゃあ、旦那もその紙ってやつにマーキングするんですかい?」(紙なんて知らねえが、布みたいな薄っぺらいものに人間ってぶっかけるなんてな。見たことはねえけど)


「……説明が足りなかったな。人間はマーキングはしない。後、この話はもうやめよう」


 犬の行動でたとえたのは大きな失敗だった。

 さすがに下手な説明はしないほうがいいことは学習できたので話題を変える。




「しっかし、あっしにはわかりかねますねえ。旦那どうしてその家族会議とやらで演技なんかしたんですかい?」


 一通りの説明の後、家族会議の後にルカとトーリから同じことを聞かれた。

 演技とはもちろん、アンヌに買収をけしかけたことである。


「もともと議論に勝つつもりはなかったからな。というか、勝てなかったんだよ」


 今回、アンヌを買収したためルカとトーリの票を失い敗北したが、もしアンヌを買収していなかったとしてもアンヌの票が賛成に移っただろうから敗北を避けられなかっただろう。

 この魔犬を飼うことになるの安全面の上では現状問題ないのだが、飼うにあたって賛成派のミーリィ、ユーリィ、ネクには二つのことを学んでほしかった。

 一つ目は個人が責任を持って世話をするということ。これは、特別頼んだりしたわけではなく、ルカとトーリが自発的に言ってくれた。

 二つ目は反対に誰かを頼るということ。生き物を飼う以上、困難にはぶつかるし、一人ではどうしようもないことが出てくる。そのときに自分の力不足を認識し、周りを頼るという選択肢に気づいてほしかった。

 だからあえて三人には心を折るような言葉を投げかけた。彼らが自らの未熟さを自覚し、他の家族に「助けて」と言う必要があることを気づかせるために。


 しかし、これは予想外の成長を見せたネクによって失敗する。

 それはそれで喜ばしいことだったのだが、その反面、なんでも自分たちだけでやろうとしているんじゃないかと不安になった。

 買収がなく、俺とルカ、トーリが反対側、アンヌが賛成側に入り飼うことが可決した場合、彼らは俺たちはおろかアンヌにも「自分たちのわがままだから」という責任感から頼ることができなくなってしまうような危うさがあるからだ。

 そのため最低でもルカとトーリには頼ることができるように2人を賛成側にまわってもらおうと思い、アンヌに禁酒解除を持ちかけた。それをすればルカとトーリは賛成側にまわるだろうとふんでいたから。

 結果としては、ルカとトーリのどちらとも反対派からいなくなり、アンヌも酒に釣られただけであるから飼うことに賛成派にとっての敵は俺だけになったことは成功といえるだろう。

 しかし、ルカとトーリが賛成票ではなく白票にさせてしまったのは俺の浅慮が原因であることは反省しないといけない。なにせ、今回の方法は悪手すぎた。あの時は瞬時の思いつきでアンヌを買収しだが、今になって考えるともっとうまくやる方法なんていくらでもあったし、まだこれから多感になる三人にとって悪影響にならずにすんだのは、ルカとトーリの機転のおかげだ。

 正しい目的だからって、手段を間違えたら意味がないってことを数ヶ月前にトーリに言ったばかりだったのに、言った本人がそれをしでかしたから彼女たちは怒ったのだろう。


「いやいや、旦那。あっしが言いたいのは議論に勝つ負けるではないですぜ。

 しばらくこの家を観察していたが、ここの縄張りで一番上なのは旦那じゃないですか。ならなんで回りの意見を聞く必要なんてあったんですかい?」


 俺が魔犬を飼っても大丈夫だとは思いつつも信用しきれない理由がここにある。

 どうやらこの世界では魔物は完全実力主義で上下関係が決まっているため、力のある魔物が決めた決定に力のない魔物は従うしかないらしい。それだけ聞くと、国王における権威主義がはびこっているこの世界の社会も似たようなものなのだが、魔物のほうはさらに徹底していて情に薄い。自身のボスの命令なら肉親だろうが、兄弟だろうが、自分の子供であろうが躊躇うことなく殺してしまう。

 実際にこいつにも俺がこいつといたデブリを消したことに対して聞いてみたが、手駒を失った痛手以上の感情は読心性を付与した片眼鏡でも読み取れなかった。

 こいつは俺のことを自身より格上だと認識して従っているが、それは今だけであって寝首をかけそうだったり、俺より格上と認定できる敵があらわれれば間違いなく敵側に寝返るだろう。

 ならばいっそのことここで始末しておけばとりあえず裏切られる危険性は排除できるのだが、


「別に俺が一番上ではないが、たしかにお前の言うことも一理あるかもな……だが、そうしていたらお前はこの家から出て行くことになっていたが、そんなこと言っていいのか?」


「あっ……で、でも今更旦那はそんなことしませんよね?」(しくじったか!? いやいや、これぐらいなら大丈夫なはず)


 微妙に抜けているところがあるのが、余計に判断を鈍らし、現状は保留という選択肢を選ばせる。


「反対していたとはいえ、お前が家族の一員と決まった以上そんな仕打ちをするつもりはないさ。……今のところはな」


「今のところ、ですか?」(た、助かった……のか?)


「ああ。けど、家族に手を出さないかぎりは、だ。けど、もしお前が俺の家族に手を出したならその時は……」


「その時は?」


「お前を殺す。

 たとえどんなところに逃げようが、どんなところに隠れようが、必ず見つけだし、罰を与え、痛めつけ、嬲り、そして生まれてきたことを後悔させた後に殺す。

 どれだけ時間がかかろうが、どれだけ犠牲を払おうが、泣いて許しを請われようが、絶対に絶望を与えてやる。安心していられるときなんても一瞬もないと思え。

 ……情がないお前たちには理解できないだろうがそれだけは覚えておけ」


「だ、旦那の家族にあっしがそんなことをするわけないじゃないですか、キシシ」(あまり接したことはねえが、人間ってのは家族なんてそんなに大事にするのか? それとも……どちらにしろ、しばらくは脱走なんてできねえな)






「これからのことについてだが、今後もお前は普通の犬のふりを続けろ。お前の正体を絶対にばらすな」


「じゃあ、旦那以外の家族としゃべることも駄目ですかい?」


「そうだ。俺以外の家族としゃべることも、お前のスキルを使うこともなしだ。もちろん妖精も食べることもな」


 しゃべることを禁止にする理由は、こいつが魔物だとばれないようにするためでもあるが、それ以上にミーリィやユーリィ、ネクがそそのかされるのを防ぐ意味をこめている。

 あっちの世界の聖書の話を鵜呑みにするわけではないが、イブだって蛇がしゃべらなければだまされることはなかっただろう。


「スキルもですか。あっしは別にかまいませんが、旦那はそれでいいので? 手前味噌にはなりますが、あっしのスキルはなかなか使えると思いますぜ?」(妖精? ああ、エサのことか)


 魔犬のスキルについてはすでに調べがついていた。

 特徴的なのは嗅覚強化により相手の匂いだけでなく魔力を感知するものと、聴覚強化により気配を察知するもの、そしてもう一つ。

 こいつが犬鳴いぬなきと自称している犬笛のように人間には聞こえない音を発し、さらにそれを特定の対象にだけ聞こえるようにする特殊なスキル。

 戦闘系のスキルはなく、生き延びるために特化したであろう能力がこいつの性格を濃く反映していた。


「必要ない。ここらあたりで害になりそうな魔物は全て狩りつくしたからな。

 たまにお前みたいなよそから来る魔物もいるが、その場合の対策もたててある」


「そ、そうなんですね。いやあ、さすが旦那だ」(どおりでこの辺に厄介そうな魔物がいねえと思ったらこいつのせいかよ!)


「今日の話はこれで終わりだが、何かあるか?」


「いや、特にはないですかね……あっ、一つありやした」(これだけは言わなくては)


「なんだ?」


「あっしの食べ物なんですが、オニン(タマネギっぽい野菜)というやつだけは除いてくれませんかね?」(あれ食うと調子が悪くなるんだよなあ)


「……わかった。ルカに言っておくよ」


 ちなみにオニンというのはあっちの世界のタマネギにあたる。

 どうやら、魔物でも犬にタマネギはご法度のようだ。

設定10

 さすがに異世界にドックフードは存在していないため、ヘルヘルの食事は基本的に俺たちと同じ食事(プラスでたまに骨がつく)を与えることにする。

 魔物やデブリにとって妖精は高カロリーかつ高エネルギーの食材であるが、とらなければ生きていけないというわけではないらしい。


-アーサ 日記より-


次回更新 10月25日

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