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十三個目のピーピングジャック  作者: 豊福しげき丸
9/10

インターミッション(1)

 約一か月のお久しぶりです。豊福です。

 今回は本編に収まり切らなかったインターミッションです。

 パン屋『銀の鈴』の面々や、賢一と千騎の修行風景、そしてなぜか今更の、忘れ去られたキャラであろう(爆苦笑)毒島の、とある一日をお楽しみください。

 それでは本編をどうぞ。

 十三個目のピーピングジャック

 

 ケース2.5:インターミッション(1)

 

 -1-

 

 綿津見市の人気パン屋、『銀の鈴』

 今日もパンのほとんどを売り切り、閉店時間を迎えた。

 後片付けをしながら店員たちが雑談に興じるのも、また日課と言える。

「和子おばさん」

 透子はトレーを磨きながら口を開く。

「なんだい? 透子ちゃん」

「おばさんは、銀二おじさんのどこに惚れたんですか?」

「あ、それあたしも聞きたい」

「俺も俺も」

 万梨阿と梶原も乗ってくる。

「はー。あんたら若い子の色恋ならともかく、こんなおばさんの昔話なんて、聞いても面白い事無いよ」

「そんな事言わずに」

「そうっすそうっす」

「スゴイ興味あります」

「しょうが無いねー」


 和子は調理師学校を卒業した後、念願のパン屋を開くための資金と修行の為、仙台の有名パン屋に就職した。

 銀二はその一年先輩だった。

 奇妙な先輩だと思った。

 まだ新人だからミスをする事も有るし、別に働きづめと言う訳でも無く、普通に休憩もする。

 自分から話題を振る事も無く寡黙な方だが、会話の聞き役も上手く、さりげなく人をいい気分にさせる。

 だが何と言うのだろうか、へらへらしている他の同僚や若い先輩と違って、気を抜く事が無いのだ。

 いつも静かな気合いと言うか、気迫に満ちている。

 他の人が、すねたりしょげたり調子に乗ったりクサったりして、手を抜くような処でも、手を抜かず、熱意を失わない。

 いつも一生懸命なのだ。


「おー、やっぱり師匠は昔からそうだったんすね―」

「親父さんらしい」

「そんな所に惚れちゃったんですね」

「いや、奇妙な人だと思ってたよ。要領の悪い人だって。それにあの人自身も言ってたけど、昔からそうだった訳じゃ無いってさ」


 ある日訊ねた。

 何でそんなに一生懸命なんですか?

 彼は答えた。

 その字の通りだよ。一所懸命じゃなくって、一生懸命だって思い知ってるだけだよ。

 私は訳が分からなかった。

 何が違うんだって?

 彼は言った。

 昔恩師から聴いた。一つ所に命を懸ける。大事な試合や試験やデートの時には、誰でもそうする。

 でも、一生懸命は、ただ気付く事だ。

 気付いて、覚悟して、逃げない事だって。

 私は腹を立てたよ。

 言ってることがわかりませんって。

 そしたらあの人は昔話をし始めた。

 中学の頃、それなりに仲の良かった友達が登校拒否になった。

 ずっともやもやしたが、結局その時は大した事も出来ず、放っておき、自分を誤魔化して高校に進学した。

 実際、クラスに一人二人は登校拒否になるのが当たり前の時代で、それで自分も悩み過ぎれば同じになる。その不安から、誰もが見て見ぬふりをしていた。

 だが、高校で出会ったその恩師からその言葉を聞いた時、衝撃を受けた。

 人の一生で、自分や出会う誰かの命が懸っていない時なんて、一瞬も無いんだよ。と。

 今焼いているパンに、食中毒になる原料が混じれば、そのパンを食べた人は大病を患い、時に命を落とす。

 それは誰でもわかる当たり前だ。

 でも、登校拒否になった奴に、そうなる前に、もっと学校に来るのが毎日楽しいと思わせていれば。何かの理由で恰好を付けて嘘を付いていて、毎日が苦しかったのならば、嘘なんかつかなくっても、俺達はお前を馬鹿にしたり蔑んだりしない、例え、一時そうしようとも、自分達こそ反省して、変わらずずっと友達でいるって思わせていれば、そうはならなかったかもしれない。

 就職して大人になれば、時に死にたいなんて思う事は誰でも当たり前になる。

 でも、だからこそ、今日食べたパンが美味しいってその理由だけで、今日も、明日一日だけでも頑張ろうって思うかもしれない。

 既に幸せな人も、更に幸せな気持ちを味わって、もっと幸せになろうって思って、そんな困った人に優しくするかもしれない。

 命の懸っている、当たり前の毎日を積み重ねるのは、ちゃんと意味が有るんだって。

 私のクラスにもそりゃあ、いつも一人や二人、登校拒否児はいたからね。

 気付けば思い出して泣いてたよ。

 でまあ、あの人がハンカチをよこして、後日私がそれを洗って御礼の品と一緒に返して、またその御返しをしてを繰り返して、まあ、いつの間にやらだね。

 

 気付けば三人とも鼻をすすっていた。

「なんだいなんだい、透子ちゃんはともかく、いい年した大人のあんたらまで」

「いやだって。やっぱり師匠は凄いっすよ」

「アタシだってここのパンに救われた一人だもん。わかりますよ~」

「私もです!」

 厨房のドアが開く。

「どうした? 御通夜みたいに? まさか何かあったんじゃあないだろうな?」

 銀二が血相を変える。

「「「うわあ~~~ん」」」

 三人は銀二に抱き付く。

「な、何が有ったんだ一体?」

 銀二は和子に問う。

「さてね?」

 和子はお茶目にウィンクした。

 

 -2-

 

 毒島は手作り家具職人の店先を竹箒で掃いていた。

 思えばなぜここに居るのだろう。

 高校でヤンキー人生を謳歌した後、テレビで見た職人に憧れて、一度は家具メーカーに就職したりもした。

 三日でクビになった。

『気に入らねえから三日で辞めてやったよ! やっぱり俺にはこっちの世界の方が水に有ってんだよ!』

 色々あって(今にして思えば自業自得だが)堅気には戻れなくなった。

 喧嘩に強いのと狡賢いのだけが取り柄と、諦め開き直っていた。

 今更、テレビで見て憧れた、頑固職人その人の店に自分がいるのが、未だに信じられなかった。

 腕が治って、最初その戸を叩くのは、それはもう小便を漏らすぐらいビビった。

 前日は一生布団の中でくるまったままで過ごしたいと思った。

 だが、そうしなければ、それ以外の事をしているのを見かければ、尻の○に真△のブ◎シを突っ込まれた写真を全裏社会SNSに晒すと脅された。

 あいつは、千騎は、それを絶対にやる男だ。

 それをされれば最後、一生を無残な切れ●で過ごし、裏社会の最底辺で生きるしかない。他に選択肢は無い。

 掃除が終わり、店内に戻ろうとすると、中から自分より若い他の弟子たちの声が聞こえる。

「情けねえよなあ! 毒島の奴」

「年寄りだから物覚えが悪くって、いつも怒鳴られてばかりでよ」

「そのくせ親方に『いつでも辞めていいんだぞ』って言われた時の面」

「最高だよな! 半べそで鼻水垂らして土下座して『それだけは勘弁して下さい~』ってな」

「本当、無駄に歳食ってるくせに最低だよ」

 毒島の中にどす黒い感情が湧き上がる。こんな餓鬼ども残らず殴り倒して地面に転がして、泣かせて土下座させるのなんざ訳が無い。

 だが、奥歯を噛みしめ、血を吐く思いで思い止まる。

 それをすれば今度こそおしまいだ。

 すると、奥から親方が出てきた。

「手前等こそ最低だ」

「お、親方?」

「こ、これはその」

「手前らには、泣いて土下座するほど、この職に命懸けてねえって事がよぉっく分かった。出て行くのは手前らの方じゃねえのか? ええ、どうなんだ?」

 弟子たちは黙り込む。

 毒島は堪らず扉を開け店内に駆け込んだ。

「師匠!」

 毒島は親方に抱き付く。

「お、おれ、この職に命懸けます。ずっとやります。有難うございまず、じじょう~」

「よ、止せやめろ、気色わりー。大の男がピーピー泣くな縋るな!」

「じじょう~」

「いいから離せ!」

 大の男が泣きやむのは、それからしばらくかかった。


 -3-

 

 探偵事務所雑居ビル、屋上。

 今日も賢一と千騎は修行に励む。

「肝臓と腎臓は文字通り肝腎だ」

 賢一は千騎の指示のもと、懸命に掌打や拳打、即ち掌握を繰り返す。

「内臓であり、気合い(この場合、五行の氣)を発するのは勿論、他の内臓と違って亜骨でもあり、軸でもあるからだ」

「肩や肘と同じ様に、関節の様に、回転する軸として扱え、だよね」

「そう。陰陽巴の理だ。こいつが上手くなれば、所謂ワンインチパンチだって打てる」

 そう言って千騎はサンドバッグに手を添え、実演する。

 サンドバッグが跳ね上がる。

「スゴイ、カンフームービーみたいだ! 日本古武術ってすごかったんだね!」

「まあな」

「肝腎ってそういう意味だったんだ。でも、誰でも知ってる日本語なのに、何で誰も知らないの?」

「そいつは耳が痛い」

「?」

「『昭和の帝の代が終わるまで、真伝漏らすべからず』、そう言う不文律が有った」

(帝は、実際の統治者である国王または大王(皇族はすべて王を名乗るので区別してこう言う)でもある事を指すので、象徴天皇制である現代では公式に使われる事は無い。専ら、第2次世界大戦以前の天皇を指す言葉である。国王との違いは最高神官を兼任する事。だから西洋の皇帝は、厳密には東洋で用いられる皇帝や天皇の意味では無い。最高神官であるが故に、帝を退き仏門に帰依した場合は、ローマ教皇の様に法皇と名乗るのである。ちなみに大王、国王の地位を天皇が名義上兼任しなかった時代も有った。足利、豊臣の国王殿下パタリロかよである。と言っても、秀吉の方は明から和平の証として与えられたその地位の名を、すぐに突き返したので、通常、太閤殿下としか呼ばれなかった)

「??」

「まあ、武術の伝承が難しかった時代が有ったのさ」

「ふーん」

「例えば『頑張る』って言う日本語が有る」

「誰でも知ってるよ。あれ、でもこないだ読んだ武術の本には、頑張らない事が極意だって書いてたけど?」

「まあ、今じゃあ、武術関係者でもそんな有様だ。もちろん書いた人の責任じゃない。『骨は頑健であり、これに按じて身を任せれば、凝り消えて、血肉に気合い、愛満ち得て、肌ぞ張る』って言う意味だって、誰も教えなくなったからだ。だから、頑張るって言葉は力む、依怙地になる、って言葉だと誤解された」

(ちなみに、依怙地とは『寄り(依り、縒り)添う』を忘れる、無くす、と言う意味である)

「なんでそうなったの?」

「『頑張る、は英語でファイトやガッツの意味だから、学校ではその意味でしか教えてはいけません』」

「なんで?」

「別に頑張るだけじゃなく、他の沢山の日本語がそうなったんだ。野蛮で危険な日本語はすべて矯正されなくてはならないって、日本が戦争に負けた時に、日米の指導者や文化人の間で決まった」

「それって変だよ! 頑張るって全然野蛮な言葉じゃないじゃん?」

「父母や妻子や恋人や友人を愛する気持ちが、心身を満たしていれば頑張れる。でもこれは、身内、言い換えれば日本と言う自国ばかりを愛して、世界平和を愛さない言葉だと解釈されたんだ。まあ、言ってしまえば孔子の呪いだな。だが、戦後の朝鮮半島の悲劇とかを見ると、ある意味それで良かった面もある。日本もああなっていたかもしれないからな」

「??」

「すまん、小学生には難しすぎたな。じゃあ、俺の師匠から教わった、アニメの台詞で言う」


 自分達のギルドばかり良くても駄目なんよ

 おうちも街もどこかで全部つながっとって―――

 アキバの街が幸せになれんとやっぱり〈三日月同盟〉だって幸せにはなれん

(ログ・ホライズンより)

 

「だから、誰かを愛する時は、それがたとえ自分独りを愛する時でも、みんなも幸せであるようにと願わなくちゃならないのさ」

「じゃあ、頑張るって気合いを心や体に満たす時は、世界中のみんなの幸せを祈る愛で無いと駄目なんだね」

 千騎は笑って賢一の頭をクシャクシャにした。

「そうだな。みんなそうなれるといいな」


 -インターミッション(1)end-


 お疲れ様でした。

 今回もまた武術成分が濃く、汗顔の至りです。

 劇中で千騎も言った通り、伝書が有っても、実際には失伝、誤解した内容が多い日本古武術。

 日本古武術の事なのに、中国武術を学んだ方が本来の意味がよくわかったと言われる御方が多いのはそう言う訳であり、現在においても、言葉の意味自体が違ってしまったため、世や人に伝える事は難しいのが現状です。

 それでも武術を学ぶ人は、いわば民俗考古学者であると同時に、ルールに守られていない『本当』、と言う心身の術理を追い求め続ける、研究技術者でもあるのでしょう。

 そうして、交流や『秘伝』誌を始めとする数多の書で応え(答)合わせをし、術理を追い求めて行く。

 矛盾しているように聞こえ見える事も、本来は矛盾していないのだ、と。

 たとえばある方の言う、肩甲骨を広げる事が押す力になる事も、別の方が言う肩甲骨を縮める事が押す力になる事も、当方の流派に於いては肩甲骨に金龍を縒ると言う一つの事で、矛盾しないのです。

 同じように当方の流派と別の方に於いて矛盾する事も、更に別の流派の考えを参照すると、実は矛盾していなかったりした事も有ります。

 これがただ争い、勝ち負け黒白に徹していれば、ただただ矛盾が残るばかりで、誰も何もわからないのです。

 実際、武術に限らず、あらゆる事象や学問においてもそうなのですが。

 ただ勝つのではなく、本当の事、理を解りたい。即ち己の我と云う殻に打ち克ちたい。

 それが武と云う一文字なのでしょう。

 みんなヒヨコで、それでいいのだ(バカボンのパパ風に)。

 それでは己を含め皆様が、転がる石と磨かれ『義』得る事を祈って。

 まったね~。

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