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十三個目のピーピングジャック  作者: 豊福しげき丸
8/10

川崎取締役の失墜(7)

 ―――真っ白に燃え尽きたぜ―――


※注:千騎では無く筆者が(爆)。


お久しぶりです、めでたくケース2最終回をお届けできて感謝感激の豊福です。

何とか前から約一月で描き上げられて、冷たいのも暑いのも熱いのも含め、ただ汗を拭うばかりです。

今回前説は有りませんが、その分本文はその分も気合を込めて、文章量もいつもの2倍以上となっております。

どうか最後まで飽きずに読んで欲しいの事あるよ(最後にヘタレて日本語が変)。

前回言った新企画のお知らせもあとがきであります。

それでは本編をどうぞ。

十三個目のピーピングジャック


ケース2:川崎取締役の失墜(7)


-1-


洒落たイタリアンでコース料理の合間に、小皿のアンチョビパスタが運ばれてくる。

「うーん、おいしいぃっ。絶望パスタって言うから、どんな変な味かって思ったけど、すごくおいしい!」

 凛花が顔を輝かせる。

「絶望って言っても、不味くて絶望って意味じゃなくて、どんなに絶望していても、これを食べると幸せな気持ちになれるからなんだって」

 羽原が得意げにトリビアを語る。実際には凛花が知らなかっただけで、色んな所で語られているネタである。

「騙されたみたいで悔しいけど、納得できる味だわ」

「あははっ、雅さんは本当に負けず嫌いなんだね」

「そーよ、悪い?」

 凛花の脳裏に千騎の馬鹿面が思い浮かぶ。

「個性的で悪くなんかないよ。喧嘩するのは西條みたいな馬鹿な奴が悪いんだよ」

「………」

 何だろう、味方されたのに、なんかこう、嬉しくない。

「人に誤解されるって辛いよね」

「……そ、そうよね」

「でも大丈夫。僕は雅さんは気が強いだけで、とっても魅力的な人だってわかってるから」

「……どうも」

「僕も誤解されたり、色眼鏡で見られやすいんだ」

「そうなの?」

「昔、過ちを犯してね。行き場所を失くしたところを、但馬さんに拾ってもらったんだ。彼は人を色眼鏡で見たりなんかしない」

「あ、あたしだってしないわよ!」

「そう」

 羽原の眼がスッと笑みに細められる。

「雅さんならそう言ってくれると思っていたよ」

「当たり前よ」

 凛花の脳裏に馬鹿野郎のアホな顔が浮かぶ。

(それがいい出会いなら、楽しい酒だって一緒に呑むだろう)

 あの馬鹿野郎に負けたりなんかしない。

「実はさ、僕の他にも過ちを犯した人はいるんだ。雅さんなら、彼等だって色眼鏡で見たりなんかしないよね」

「勿論よ」


 以上は午後五時三十五分に起きた事であった。

 

 -2-

 

 午後五時五十五分。

 一向につながらない電話に業を煮やした千騎は、探偵事務所のある雑居ビルからラリーモデルで飛び出す。

 水素ターボの咆哮よりも、自身の心臓の鼓動の方が、やけにうるさく感じられる。

「ジョニ―」

『何だ?』

 次に電話で呼び出したのは相棒の凄腕ハッカー。

「凛花のナンバーとアドレスはお前知ってたか?」

『いんや』

「なら、これから送る。大至急TLジャックをハッキングしてくれ! 知りたいのは凛花の居場所と、現在あいつの身に何が起こっているかの、音声、出来れば映像も、全部のデータだ!」

『……千騎』

「なんだ?」

『貴様、とうとうストーカーに……。

 安心しろ。警察には匿名で報告してやるから、ムショでクサい飯食って来い』

「違うわっ!」

 仕方なく事情を話す。

『という事は、鷹島はピーピングジャックを持っていたと』

「ああ、だから、凛花が大城のスパイだってのはとっくにばれてるはずだ! ここで連絡がつかないってのは相当ヤバイ!」

『泳がすのを止めて監禁して、あんな事やそんな事を』

「それがシャレになってない可能性がマジ高いから急げっての!」

『らじゃー』

 ジョニーはキーボードと自身のジャックを起動させ操り、手始めにGPSをハックした。

 

 -3-

 

 某所。

「初めまして雅さん」

「初めまして」

「お会いできて、僕ちゃん光栄でーす」

 凛花の手を二人の男女が握る。

「アタシたちの事を色眼鏡で見ないって本当?」

「もしそうだったら、僕ちゃんうーれしーなー」

「と、当然よ」

「アタシ、昔人を傷付けたの。それでも?」

「たとえそうでも、心を入れ替えたなら、色眼鏡で見られて良い訳無いわ!」

「そう。嬉しいわ」

 女は笑って凛花を抱擁する。

 凛花はぎこちなく受け入れる。

 そして―――凛花の視界は暗転した。

「ゴメんね、凛花ちゃん。アタシ、これっぽっちも心なんて入れ替えてないの~」

 その袖からは火花を放つ小型スタンガン。

「心なんてバケツの水じゃ無いんだから、僕ちゃん入れ替えるなんて無理無理~。漫画の見過ぎ~」

「今でも人を傷付けて殺すのが大好きなのよ~」


 -4-

 

 凛花が目を覚ますと、両手足には手錠がかけられ、建物(倉庫と思わしき)のむき出しの鉄骨にワイヤーで繋がれていた。

「お目覚めか~い、偽善者ちゃ~ん」

 男が椅子に腰掛けながら見下ろす。

「だ、誰がよっ!?」

「あら、自分が心に嘘ついてお行儀よくしてるから、人も心に嘘ついてお行儀よくしてくれるって勝手に期待する人の事を偽善者ってゆ~のよ~、知らなかった~?」

 女が隣の椅子で嘲る。

「てめえの事だ、手前の!」

 男が軽薄さを捨てて凄む。

「――――――――っ!」

 悔しい。

 言い返したいのに、こういう時に限ってうまく言葉が出てこない。

 ちっぽけな子供のままじゃ居たくなかったから、これまで頑張って来たのに。

 凛花は歯噛みした。

「アタシたちは殺したいから殺してんの。偽善者と一緒にしないでちょうだい」

「大丈夫。凛花さん、君はこれを受ければ素直になれる。偽善者じゃなくなるんだよ」

 羽原の手には液体に満ちた注射器。

 おそらくは麻薬。

「何する気っ?」

「分かってるって、ツンデレでしょ? みんなそうなんだ。僕の事好きって言っておいて、もっと僕の気を引こうとそんな心にもない事を言う。でも、これを受けるとみんな僕の好きなようにしてくださいってお願いする様になるんだ。素直になれるんだよ~」

「飽きたら寄越しなさいよ~。殺してあげるから」

「後始末は僕ちゃんたちの係だぜ。みんな美味しいとこどり、WINWIN」

「当然だよ、僕に愛されなくなったら生きてる価値なんて無いモン」

「――――――っ!!!!!!!!」

 凛花は自由になる場所を必死に動かして何とかしようともがく。

 羽原も迂闊に近付けない。

「仕方ないなあ、手伝ってよ。彼女が自分に素直になれるように」

 その言葉に男女は笑いながら立ち上がる。

 

 ――――助けて――――

 ――――お願い、助けて、千騎!――――

 

 バガアアアァァァンッ!!!

 

 安いスチールの扉が吹き飛ぶ。

「オ・レ・を・ストレスで殺す気か―――――っ!このバカお嬢が―――っ!」

 千騎は現れた。

 ついでに男がドアと千騎の下敷きになって潰れていた。

 あまりの事に女と羽原の動きも止まる。

 ツカツカと凛花の目前に歩み寄ると説教を始める。

「全部聞いてたわこのボケが! 叱り飛ばす覚悟も無いくせに、悪たれに半端な同情掛けてんじゃねえ! ちらっとでも救う気が有るんなら、きっちりとどめもくれたる用意もしとけ! このお子ちゃまがぁ!」

「うるさいうるさいうるさいッ! いきなり現れたら上から目線で説教だとぉ? ちょっとでもアレのナニかと思ったアタシのソレを返せこの馬鹿野郎!」

「あーうるせえうるせえ、うるさいのはおめーだ」

 千騎は携帯キャンプツールを取り出すと、ペンチカッターでパチンぱちんとワイヤーと鎖を断って行く。

 これには呆気にとられていた女と羽原も正気に返る。

「「野郎!」」

 古来、古流剣術に於いて無手の技は、掌握、それ一つしか無かったと言う。

 足踏みのコツ二重響き(二重の極み、沈墜勁)と縒り(斬徹、纏糸勁)と丹氣(丹田の気合い、十字勁)が合わされた掌握が打として内蔵に添えられれば、悶絶して倒れ―――

 手首を掌握し、相手自身の易筋、易骨の流れ、即ち身体を壊すまいとする自然な反射の流れに手を添えれば、自ずと崩し、投げは成り、相手が逆らいの我を見せればそれにすら寄り添えば、また投げは成り、時に壊す―――

 ―――掌握、そして、気合―――

 あまりにその全てを表すが故に、その真の意味が忘れ去られた言葉たち。

 女は肝臓を押さえて床に転がりのた打ち回り、羽原は肘と肩の筋を壊された。

「お、おえふ、げふん」

「ひ、ひぃぃい」

 だが、ドアの下敷きになっていた男が、気絶から覚めたか立ち上がる。

「てめえ……」

 男は先程まで座っていた降り畳みの木製椅子を壊し、一番長い木材を即席の木刀にする。

「くたばりやがれ!」

 男はそれを振り下ろした。

 千騎は即座に手を振り上げ、そっと相手の木片に寄り添え、振り下ろした。

 受け止めるでなく、わずか1ミリの『滲み』を以って相手の剣に滑り入る。

 木刀でも真剣に勝つための技。

 古流剣術基本中の基本、―――鎬斬り―――

 それを千騎は無手を以ってしたのである。

 男の木片は空を切り、千騎の手刀は男の鎖骨を砕いた。

「う、うげぇぇえええ!」

 のた打ち回る三人の足首を、千騎は一人ずつ踏んで壊す。

 逃げる事も出来なくなった所を、

「さーて、皆さんお待ちかね、地獄の説教ターイム」

 アルカイックスマイル。

「「「ひいいいぃっ」」」

「さて、羽原、てめーが付き合った女にすぐ飽きられんのはツンデレなんかじゃねえ。てめーが薄っぺらくてしょーもねーからだ」

「いやあぁぁ!」

「顔もいいし見た目の性格もいいし頭もいい。さぞ人に褒められて生きて来たんだろうが、それに調子に乗って、褒められるだけの安全で薄っぺらな人生しか歩まなかったお前が悪い!」

 昔の中国の人は言った。

 若者をみだりに褒めてはならない。なぜならその人が他人に褒められたいだけ、即ち他人が主人となる人生しか歩めなくなるから。その人自身が人生の主となるべく、褒め過ぎないのがいいのだと。

「伝説のジゴロとやらの言葉にあるぜ。『オレの人生は女性たちに捧げ尽くした』ってな。そんなもんなんだよ! 惚れた女に手前の命を賭ける、惚れた仕事、道に手前の命を賭ける! そう云う男に女は惚れるんだ! おめーのやってるのは、たまたま金持ちに生まれた外道が、自分の安い自慢を聴かせるために人に残飯与えて喜んでる様なもんだ!腐ってんだよ! 最初は騙されても、女だってその内その臭さに気付く!当たり前だろーが!」

 ―――羽原は泡吹いて失神した。

 合掌。

「つぎはおめーらだ」

 男と女が抱き合って震える。

「黙って聞いてりゃあ、偽善者偽善者うるせーこって。有り難くも教えてくれるってんなら、俺もお前らが何者なのか教えてやろう。

 理解不能なサイコパス? 人の心がわからない極悪人? 欲望に忠実な殺人鬼?

 ケッ、そんなどっかで聞いたような話知った事か。

 てめーらはな、ただの欲望のままにも生きられない、淋しがり屋の臆病者の言い訳好きな偽善者だよ。みみっちいな!」

「「な、なな、な、な!」」

「他人が怖くて怖くてしょうがないから、自分が好きな事を何もできないのを他人のせいにして自己欺瞞の『憎しみ』とやらに逃げて! てめ-の中がてめーで作っておいた『憎しみ』で一杯になったら、他の奴が幸せそうなのが自分と違うからって淋しくなって! 相手の中も憎しみで一杯にして自分と一緒にしたいから傷付けて、傷付けられた相手が自分と同じ恐怖で一杯になったら孤独から解放されて嬉しくって、相手が自分を憎んで拒絶したら、『ほらお前も人を憎しむ偽善者だから殺してもいいんだ』と、それこそ言い訳の偽善に酔う! どこをどう見ても言い訳好きの淋しがり屋の臆病者のみみっちい偽善者だろうが!

 本当に欲望のままに生きるってのは、惚れた女に命を賭けて、惚れた仕事に命を賭けて、人を喜ばせて自分も目いっぱい楽しんで、例えよいよいの爺婆になって手も足もろくに動かせなくなっても、周りも自分も幸せにするために機嫌よく過ごすって言う、最後に残された笑顔って武器で闘って生き抜く! そいつが本当の心のままに生きるってこった!

 てめーらは、どこからどう見ても人生を闘う事も出来ねー只のチキンだ!」

 ―――男と女は泡吹いて失神した。

 合掌。

「やり過ぎ!」

 凛花は千騎の後頭部を景気よくしばく。

 千騎はノックアウトされる。

「あ痛~、お前なー、折角助けてやったのにそれは無いんじゃない?」

 千騎は身を起こそうとして、床に手錠の鍵が落ちているのを見つけて拾う。

 凛花に手渡す。

「ほれ」

「あ、有難う……。でも、それとこれとは話が別よ!」

「あーはいはい」

「この後始末どうするの?」

「宇津木のおっさんにはもう一報してある。おっつけ来てくれるさ」

「そう」

 凛花の手錠は外れた。

 二人は倉庫から立ち去るべく、ドアの壊れた出入り口に向かう。

 外では夕日が落ちようとしていた。

 だが、夕日の光を遮る人影が一つ、現われる。

 但馬、いや、鷹島だった。

「残念だったな千騎。お前らは帰れない。どこにも」

「……先輩」

「分かっているだろう。お前は俺に一度も勝てた事が無い。今度も同じだ」

 鷹島は背広を脱ぎ捨てる。

「―――持ってな」

 千騎も芥子色のサマージャケットを脱ぐと凛花に放った。

「ちょ、ちょっと」

 鷹島と千騎は間合いを取って睨み合う。凛花もそれ以上は何も言えず、ただ見守る。

 鷹島の鋭い攻め。

 次々と放たれるパンチやキック。

 このスピードと圧力では反撃もままならず、潰されてしまうだろう。

 千騎は受けで精いっぱい―――だったのだが、

 凛花は息を呑む。

 千騎の動きが攻撃を受けるごとに追いつめられるどころか、力みが消え、華麗ともいえる捌きになっていく。

 動きがまるで羽のように軽く柔らかい。それでいて鋼の芯を持っている。

 まるでこの戦いの中で上達しているかのようだ。

 鷹島は暴風千手の如き技で翻弄にかかる。

 だが、千騎はまるで、その嵐の中、只一つの頂を目指し登るかの様に、ひたむきに一つの捌きを繰り返す。

 やがて千騎の手が鷹島の手首を捉える。

 ―――掌握―――

 千騎が炎が揺らめくような動きで投げを打つ。

 鷹島が力で堪える。

 千騎はその我を利して関節を壊しにかかる。

 このまま行けば羽原と同じく彼の腕は壊れる。

 だが、鷹島は咄嗟に蜻蛉を打ち、空中で一回転して逃れ、飛び退った。

 また両者が離れた間合いで睨み合う。

「流石です、先輩。やっぱり素質も身体能力も、俺は貴方に敵わない」

「なら、負けを認めるか?」

「生憎、今日ばかりはそれは出来ません」

 そう言って千騎は構える。

「スぺシウム光線?」

 凛花が思わず突っ込む。

「風巻光水流、無手八双の構え。よく見とけ!! ヒヨッコ」

「誰がヒヨッコだ!?」

 この隙に鷹島は打ちこめばよかったようなものだが打ちこまなかった。

 隙が、分からなかったのだ。

「剣とは意のまま思いのまま。

 転がる石のごとく己を磨き、

 美しき我が儘(義)を得て禅成れば、

 道に至り門開かれ、龍(流)を発し一矢己の中を打つ。

 これ即ち神弓必中、果より因を生ず。

 千技(沢山の技)百般(沢山の芸)十器(沢山の武器)を学ぶとも、

 究むべき業はただ一つ。

 それ即ち掌握。

 終わる事無く繰り返す、修(治)むべき行いただ一つ。

 それ即ち気合い(勁)。

『骨を以って悪を奪い、力を頂き大地に還し、血肉をして敵意で無く気合い(愛)を注ぐのみ』

 お前は骨で悪を奪えてねーんだよ、このヘッポコ娘が!」

「う、うるさいうるさい!」

 鷹島はそれをただ黙って眺めて訳では無かった。

 じっと千騎の構えを分析していたのである。

 刀を蜻蛉に構えるかの如き、右手上、左手下の構え。

 だが、それを除けば右手右足が前の、オーソドックスなサウスポーの構えには違いない。

 左ジャブでは無く、右ストレートから入れば崩せるセオリーは確立している。

 しかし微かな違和感。

(俺が千騎に怖気づくだと?)

 鷹島はそれを振り切って右ストレートを放つ。

 千騎の左手はその肘を受け流し、『滲み』の掌底で鷹島のこめかみを打つ。

「がっ?」

 鷹島はダッキングで浅く逸らした筈が、掠めたその衝撃に目が眩みそうになる。

 それでもなお繋いだ戦闘意欲は左のショートアッパーを千騎の顎に放つ。

 千騎の上の右腕はそれを切り落とし、

 そのまま鷹島の心臓を掌握の一撃となった。

「風巻光水流無手練技。

 ―――輝(氣)竜双掌(生)―――」

 鷹島はゆっくりと崩れ落ちる。

「……人は、それでも人を生かしたいと思う生き物なんです。

 貴方はそれを押し殺していた。

 人を傷付ける快楽に酔って誤魔化そうとしていた。

 でも、俺は無駄な力みや気負いを捨て、一つの流れを得てその我が儘一つを通した。

 俺が勝ったのはただ、それだけの差。

 そして何より、貴方を打ち据えたのは、貴方が信じようが信じまいが、貴方がこれまで人生で関わって来た人達の、貴方に向けられた愛と哀しみです。

 俺は、それに少しだけ、そっと相(愛、哀)の手を添えただけ」

 鷹島の意識が薄れゆく中、最後にその一言が聴こえる。

「その証拠に、貴方を救えるのは俺の説教じゃない。本当に必要な医者を呼んでおきました」


 やがて倉庫前にパトカーがやって来て、宇津木達が高島達を確保、連行していった。

 千騎と凛花は黙って見送る。

 宇津木も、一礼をしただけで、賞賛も慰めも千騎に掛ける事は無かった。

 パトカーが通りの向こうに消えると、千騎は後ろから凛花を抱き締めた。

 それは力弱く、幼子が縋るかのようだった。

「頼む………。今夜は側に居てくれ」

「―――っ」

 凛花は震え、そして答えた。

「いいよ」


 -5-

 

 警察病院。

 鷹島が病室のベッドの上で目を覚ますと、宇津木と、別れた筈の妻が居る。

「よう」

「宇津木さん」

「まだ、さん付けで呼んでくれるとは嬉しいもんだな」

「癖ですよ。別に敬意を込めた訳じゃない」

「そうしたくなる気持ちは分かる。なんていうのもおこがましいが、あれから何が起こったのか、細君や同僚から粗方聞いた」

 きっかけはある事件だった。

 傷害事件から救ったはずの善良な一般市民。

 だが、後にその一般市民が犯人に対して行っていた、恐喝を含む、数々の陰湿な行為が明るみに。

 それからと言うもの、鷹島は時間がある限り、過去の事件における善良な筈の一般市民と犯人の裏を調べた。

 恐ろしかった。

 どちらが本当の怪物かわからぬ事例が山の様にあった。

 確かに通り魔や窃盗として無辜な市民が被害に遭った場合もある。だが、犯人をその境遇に追い込んだ背景や人物達はもっと恐ろしった。

 悪意の無さ、押しつけの善意、当然の権利とやらを振りかざして人を押し潰すモンスターたち。

 気付けば妻は人相の変わった自分に愛想をつかして出て行き、自分も自然と辞表を出した。

「お前が人間を信じれなくなった気持ちは分かる。俺だって偶に思う」

「……………」

「だがな、細君が辛かったのは、本当はそれ以前なんだ」

「―――っ?」

「………本当よ」

 それまで黙っていた妻が口を開く。

「貴方が市民を守るおまわりさんじゃなくなって行くのが、まるで人を裁く冷酷な判事か何かのようになっていったのが、たまらなく辛かったの。正義の為に、加害者だって人間だって事を、容赦を忘れていくのが、大事な何かを切り捨てて行く姿が辛かったの。貴方がやる気を出して頑張れば頑張る程に、私は見ていて辛かったのに、何も言う事が出来なかった。水を差さないのが内助の功と、自分に嘘をついていたわ。

 だから、私は貴方に愛想を付かしたんじゃ無いの。

 貴方がズタボロになるのが心のどこかでわかっていたのに、何も言わなかった私に愛想を尽かしていたのよ。

 私は、自分から逃げ出したの。

 それに、私は気付いてなかった」

 妻は、涙を流した。

 鷹島も、自分の頬が濡れているのに気付く。

「なあ、鷹島」

 宇津木はやりきれないとばかりに、病室にもかかわらず、煙草を咥えた。

 火を点けないのがせめてもの思いやりだった。

「結局、それだけの事なんだ。どの犯人とその周りの人や被害者に有った事も、それだけの事なんだ。

 後ろめたさを言い訳で誤魔化しただけなんだろう。

 お前の様に、奥さんの様に。

 誤魔化す程に言い訳を暴かれるのが怖くて、更に言い訳で鎧を重ねるモンスターになっていく」

「なのに、なぜ、宇津木さんは刑事を辞めないんです? 千騎は、何故探偵を?」

「千騎が言うには、人は玉ねぎなんだとよ。お前はそれを見失ってるだけだから、教えてやってくれとさ」

「?」

「人の本性を知ろうと、皮をむいても皮を剥いても、結局は酸っぱくて辛い皮しかない」

「その通りじゃないですか! なら何故!?」

「まあ最後まで聞け。それでも、人の心が甘く感じられるのは、愛が有ると思うのは、誰かの為に玉ねぎを炒めるから甘いんだとさ。これもその通りだろう?」

「―――――――」

「人は人を好きになって、それでもぶつかり合って、自分の至らない所に気付いて、毎日玉ねぎを炒めて生きてるんだ。いつだって誰かが誰かの為に玉ねぎを炒めて生きている。炒めた味わい深い玉ねぎになれる事をちゃんと知っている人が、今この瞬間にもそれに気付いている人がいるんだ。

 それだって、ありふれた、守らなきゃいけない当たり前の事だろう。

 もし刑事にできる事が有るのなら、それは裁判官の様に罪を裁く事じゃない。

 玉ねぎを炒めるように、すぐには届かないと分かっていても、過ちを止めて叱る事だけだろう。驕りと言われようと、叱る事だって愛情だから、それを繰り返す事だけだろう。

 歌にある様に、迷子の子猫に必死になる、犬のおまわりさんのようにな。

 千騎は刑事から逃げたが、逃げていなかったんだ。人が、玉ねぎを炒めて生きている事から。

 あいつは探偵だが、今でも迷子の子猫に必死になる、ただのおまわりさんなんだよ」

 鷹島は毛布に顔を埋め、嗚咽する。

 細君は彼を、おずおずと、やがて強く抱き、そして抱き締め合う。

 二人は残された僅かな時を、しっかりと寄り添い合った。


 宇津木は一人病室を出る。

「畜生………」

 火を点けた煙草は、恐ろしく苦かった。

 思わず顔を覆う。

 指の隙間から、それはこぼれ落ちる。

 この歳になっても、まだ後悔の涙とは縁が切れないらしい。

 

 -6-

 

 探偵事務所。

 ソファの上で、千騎は凛花の膝に顔を埋め、泣き疲れ眠ってしまった。

 凛花もずっと千騎の頭を優しくあやしていたが、いつしか座ったまま眠っていた。

 空がうっすらと明るくなり、鳥たちがざわめき始める。

 二人はどちらからともなく目を覚ました。

「おはよう」

「おはよう」

 千騎は立ち上がり、コーヒーを沸かし始める。

「子供の頃さ。島津の家に預けられてた時、よく御当主さんから言われたもんだよ。『これから先、お前は戦犯の子孫として苛められるだろう。だから、格好良く生きよ。上辺の格好では無く、行いの伴った、魂の格好よさで生きよ』ってな」

 ――古の、道を知りても唱えても、我が行いにせずば甲斐無し――

「いい御爺さんね」

「ところが余計いじめられたんだよ。『いい恰好しい』って言われてな」

「そんなのに負けなかったでしょうね?」

「ふーん?」

「何よ?」

「いや、あんたも言われてた口だと思ったんだけどな。『背丈とプライドがエベレスト』とかさ」

「ぐっ」

 今でこそモデル体型と羨ましがられたり言い寄られたりだが、子供の時は確かに言われていた。

 顔が熱い。

 これは怒りと羞恥の所為だ。そうに違いない。

 千騎はテーブルの上に二つのコップを置く。

 顔が近い。

 凛花は固まる。

 千騎はそのままさりげなく口付けた。

 やばい!

 感触がその味わいが余りにも○×%□※!

 このまま攻められたら非常にヤバイ!

 凛花は真っ赤な顔で立ち上がった。

「か、勝ったなんて思わないでよ! 慰めてあげたのはあたしの方なんだから! 調子に乗らないでよね! わ、私の勝ちなんだから、いずれ返して貰うから!」

 指を突き付けて捨て台詞をまくし立てると、

 そのまま慌ただしくドアを開けて出て行った。

 乱暴に閉まる音。

「………え――――――――!?」

 一体何を間違えたのだろう??

 千騎はその後しばらく頭を抱えたが、答えは出なかった。泣きたくなったが涙は出なかった(笑)。

 

 -7-

 

 後日。

 大城財団、重役会議室。

 いつも議長は柳治専務だが、今日の議長は高梨常務だった。

 何故なら、今日の議題は柳治派閥の糾弾だったからだ。

「――――以上の不正が、北川取締役の指示で行われた証拠がそろっております」

 北川は柳治の子飼いの部下である。

「この証拠は、無論警察にも提出いたしました。これほどの巨大な犯罪が有った以上、対外的にも、社内のけじめとしても、派閥の長たる柳治には降格、謹慎の処分を下さざるを得ません。

 よって柳治は常務に降格の上、4か月の謹慎。

 代わりに、不肖このわたくしが専務を務める事と相成ります。どうか皆様のご協力を切にお願いいたします」

 柳治を除く全員から拍手が起こる。

「また、我が社の本多雄一郎君の起こした業務損害も、北川君の不正な操作によって拡大していた事が判明しました。よって、責任の所在を問われていた川崎君への処分は無い物と致します」

 川崎が立ち上がり、頭を下げる。

「有難うございます」

 また、柳治を除いて拍手が起こる。

「では、滝藤くん。定例報告を」

「わかりました」

 その後、会議はつつがなく進んだ。

「最後に、川崎取締役の提示する新プランです」

「「「おお…………」」」

「このプランが実現すれば、大城財団は一層の躍進を遂げるでしょう」

「そこでだ」

 高梨が立ち上がる。

「このプランのリーダーには、当然発案者の川崎君がなるべきだろう。幸いと言うのは失礼だが、北川君の退職により、事業統括マネージャーのポストが空いている。私は彼をこのポストに推薦するが、どうかな?」

 賛成票は、数の減った柳治派閥を除く全員であった。

 事業統括マネージャーは、会長、専務、常務に次ぐナンバー4のポストである。

 また、これを機に柳治派閥を離れた役員や中立であった役員も川崎に付く。

 川崎は、失墜を経て、飛躍したのである。

「身に余る大役に、身が引き締まる思いです」

 彼はこの後何を言ったか、ロクに覚えていない。

 脳裏には鳥羽や本多たちの信頼の笑顔が思い出され、目頭から溢れそうになるモノを留めるのに必死だった。

 

 -8-

 

 本多は午後五時の退社後すぐ、小学校に呼び出された。

「はあ」

 川崎の昇進を祝う宴に参加できないのは残念だが、これも今まで賢一にしっかりと向き合えなかった罰と、真摯に受け止めるしかあるまい。

 聞けば賢一が同級生を殴ったと言う。

 先生や相手の父兄には叱られるだろうが、賢一がいじめられるがままの意気地なしで無くなった事は認め、親としてしっかりと庇わねばなるまい。

 そう覚悟して、面談室に入る。

 しかし、そこには担任の先生も相手の父兄もいない。

 のんびりと茶を啜る恰幅のいい初老の男。

 確か、校長では無かったろうか?

 まさか、相当に重い処分が?

 本多の顔から血の気が引く。

「まあ、お座りください」

「は、はい。失礼します」

「御宅の息子さんは大した事を成されましたな」

「――――――っ!」

 最悪だ。そう緊張する。

「まことに大したお子さんだ」

 校長は人のいい笑みを浮かべる。

「は?」

「賢一君は、何でもいじめられていたそうですな。

 事あるごとに小突かれて。先生や周りの生徒も、じゃれ合いだろうと思いつつも、時折、やり過ぎなんじゃないか?と眉を顰めていたらしい。しかし、表立ってそれを指摘する者はいなかった。

 そのいじめっ子も、軟式野球部の学年エースや、格闘技の東区学年チャンピオンで人気者。よもや、賢一君の味方をして得する者などいませんでしたからな」

「…………」

 本多は、そこまで酷かったのかと絶句した。

 だが、息を呑むと勇気を振り絞る。

「息子は、それに立ち向かったんです。確かに怪我をさせた相手には謝らねばなりませんが、私は、それ以上に息子を褒めてやりたい。間違った事はしていないと! たとえ、相手の親御さん相手でも!」

 校長は目を丸くし、そして笑い出した。

「???」

「いやいや失礼。本多さんの御覚悟は立派ですが、話にはまだ続きが有るんですよ」

 ある日から、彼等は賢一を苛めるのをやめた。

 そして、別の、運動が苦手で友達の少ない、性格の不器用な子を苛め始めた。

 すると、賢一はその子を庇って闘ったのである。

 あまつさえ、賢一は東区チャンピオンの真一を打ち倒してしまった。

 それが今日の事件の顛末である。

「それを知った真一君の親はすぐに飛んできました。仕事を放り出して。

 当然、柳眉を逆立てて担任の坂口君と賢一君を糾弾しに」

 坂口はその親相手に一歩も退かなかった。

 自分は真一たちが賢一をいじめているのに薄々気付きながら、何もしなかった。

 真一たちが標的を変えて別の子供を苛めても、何もしなかった。

 しかも、真一に標的を変えた理由を聞くと、賢一が予想以上に強くなっていたから、いじめるのが怖くなったからだったと白状した。

 それでは喧嘩や諍いですらない、ストレス解消の為だけの弱い者いじめに他ならない。

 賢一だけが立ち向かったのだ。

 担任の自分すら見て見ぬふりをしていたのに。

 私は自分が恥ずかしい。真一君の親御さん、貴方がたも自分を恥ずかしく思うべきだ、と。

 私に頭を下げろと言うのなら、貴方がたも賢一と苛められた少年に頭を下げるべきだ。そして賢一とその親御さんは、貴方に下げる頭など、びた一たりとも持ち合わせてはいない、と。

 それでも親御さんは収まらず、教室に乗り込んで生徒達に聞き始めた。

『相手が悪いんだよな? みんなは知ってるよな、真一は悪くなくて、賢一ってやつが悪いんだろう?』

『そうでしょう? 遠慮せずに本当の事を言えばいいのよ』

 後はもう蜂の巣をつついた騒ぎになった。

 帰れだの馬鹿親だのモンスターペアレンツだの、お前が謝れだのの大合唱。

 いたたまれなくなった真一が自分の席で泣き出すぐらいだった。

「そしたらね、賢一君が言った訳ですよ」

『やめろよ。それ以上言ったら、今度は真一へのいじめだろう! そんなに言いたかったら、それは今度真一が悪いことしたときに、その時に言えばいいんだ!』

「まったく。私の方が教えられた気分ですよ。

 若い時分、大昔に時代小説や中国演義で読んだ、義侠心と言う言葉を、久しぶりに思い出しました。

 本多さん。貴方は息子さんを誇りに思っていい」

 本多は涙を落とした。

 もうこれだけでも。

 プロ野球選手になれずとも、雄一郎の父は、賢一の祖父は、天国で孫を心から誇りに思う事だろう、と。


 -9-

 

 その病室には、大城実朝の親族の他には、一部の者しか面会を許されない。

 だから、それは数少ない例外。

「不首尾に終わり、申し訳有りません」

 ベッドに横たわる実朝は、何も答えない。

 眠っているのかもしれない。

 だが、それでも言葉を続ける。

「生贄さえ捧げていれば、プランは成功していたはずなのです。

 実朝様の理想を叶える事が。

 ですがご安心ください。もっともっと多くの生贄を捧げる手段を思い付きました。

 実朝様の夢見た理想はきっと、実現する事でしょう」

 

 -ケース3へ続く―

 


「このプロジェクトが成功すれば世界は救われる」

「だが、―――の国々は黙ってはいまい」

「―――テロリストに今まで以上に配慮すべきだ」


「桂場大臣の御視察が正式に決定いたしました」

「素晴らしい御温情です」


「綿津見市か、久しぶりだな―――」

「師匠―――」


 ケース3予告終わり。

 などと煽っておきながら、ケース3開始は、約一年後(平伏陳謝)。

 あらすじだけで、描く各シーンの明確なビジョンが無いまま書き始めてもろくな事にはならないだろうとの判断です。まことにもって御免なさいとしか言いようが有りません。

 何故一年かと言えば、その間、毎月連載、全12~3話(1クール)で新小説を書くからです。

 タイトルは――

 

『機動戦士ガンダムSS』


 ――です。とうとうやりやがったか、この理工系ガンダムおたくが!とお笑いください。

 タイトルからわかる人もおありでしょうが、知る人ぞ知る『センチネル』の続編として描く事になります。

 どこをどう出しても恥ずかしい同人作品(爆)。

 まかり間違ってこの作品が『なろう』ランキング上位を取ろうとも、版権がややこしすぎて出版される確率は宝くじより低く、『なろう』とひょっとしたらコミケ?でしか読む事の敵わないだろう今から幻の超同人作品です。

 どうだ、まいったか(自爆)。

 えー、でも書きたかったんだもん(開き直り)。

 ご期待ください。

 

 それはそうと今話の解説。

 『からくりサーカス』でも出た中国の言葉も出てきております。もう一つの拙作『八枚の翼と大王の旅』でも同じ意味の事を言ってますね。藤田先生が作品中で描かれる武術の技の多くは、誇張や意表を突く目的の大道芸の様な技がほとんどですが(少年漫画としては本来それが正しい。FSSもあれだけリアリティを追及していてもエンタメ面は白土漫画)、端々に出てくる道教儒教(とそれから派生した学問)や神道や禅の思想と、先生自身のお言葉は、『拳児』や『セイバーキャッツ』に劣らずガチですよね。

 そして、今回はようやっとここまで来て、『拳児』や『セイバーキャッツ』より踏み込んだ一歩を描けれたと思っております。途中経過が有る意味そっくりになってしまったのは御容赦下さい(汗)。

 その一歩の御評価は皆様にお任せいたします。

 

 それではまた一年後にお会いできることを願って。

 別(新)作品もお読みの方は、またすぐお会い致しましょう。

 ケース2全篇御閲覧、真に有難うございました。

 

 再見。

 日本語では、まったねー。

 

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