ケース2:川崎取締役の失墜(5)
とにかく勝て、勝たなきゃ自分が惨めだぞ。
「勝つってなんだろう?」
賢一少年は過去に自問する。
『貴方は、採用されたらどの部署が御希望ですか?』
『平社員です』
『君、平社員は部署ではないが?』
高梨と川崎の過去への追憶。
「今日、鷹島さんに会いました」
「ほう、どうだった?」
「すっかり変わってました」
千騎が宇津木に語るのは、変わり果てた過去。
再び現れた過去は、人をどんな明日へと導くというのだろう?
てなわけで、この作品では珍しく、一か月と言う早いスパンでの再会に感激の豊福です。
え? 感激するぐらいなら最初っからやれって?
ふっ(遠い眼で誤魔化す)。
冗談はさておき、もう一つの作品『八枚の翼と大王の旅』の方にメインの執筆比重を置いているからですね。
あっちは最近、ほぼ毎月連載でやっております(宣伝)。
向こうは既に最終回まで構成が済んでいますが、こっちは最終話となるケース3の構成が大雑把な骨組みだけでほぼ白紙状態なのも、遅筆の原因となっていますね(汗)。
ケース2自体の構成は既に決まっていても、ケース3の伏線となる描写に苦労してたり(爆)。
まあ、その内何とかします。
見苦しい内幕はこれくらいにして、それでは、本編をどうぞ。
十三個目のピーピングジャック
ケース2:川崎取締役の失墜(5)
-1-
賢一はビルの屋上で一人稽古に励む。
今日は都合で千騎が来られないと言われたが、修行に手は抜かない。
基礎稽古を一通り終えると、賢一はサンドバッグに向かう。
「骨の白虎で、手の重さを、サンドバッグの重さを退治して捨てるんだ!」
繰り返し繰り返し、掌底を打つ。
千騎は、基礎稽古以外は、とにかく好きな事を繰り返せと言う。
苦手な関節技を練習しなくていいのかと聞くと、千騎はこう返した。
『そんな暇があったら、自分の骨の声をもっと聴け。骨の扱い方、その一つがうまくなれば、自然と苦手な事や嫌いな事も、関節技だって出来るようになる。自分の好きな事をして自分を好きにならなくちゃ、自分の骨の声なんか聴けるもんか』
前のジムでは、勝つためには嫌な事や苦手な事もやれと言われた。
とにかく勝て、勝たなきゃ自分が惨めだぞと。
「………勝つって何だろう?」
惨めなのは嫌だ。
でも、自分が好きな事をやれなければ、結局惨めじゃないか。
サンドバッグを叩く手を止め、息を衝き、汗を拭う。
そして、もやもやした気分を振り払うため、一番好きなバットを握る。
バットの重さを、相手のボールの重さを、白虎で斬って捨てる。
力と重さを水にして、骨の髄を通して地に向かって流す(滑らかの語源)。
うねる青竜を軸に振り抜く。
そうイメージする。
ただひたすらに、無心に、気合いを、愛を漲らせ。
-2-
大城財団、取締室。
「鳥羽君、今夜の予定は――」
川崎はそう言いかけて顔をしかめる。
「――すまない、小早川君。今夜は会食の予定はあるかな?」
川崎付きの秘書、小早川は苦笑する。
「随分お悩みの御様子ですね」
「………悩んで解決する訳でもないのにね」
「ご安心ください。今夜は会食の予定はありませんよ。それこそ鳥羽部長をデートに誘えばよろしいのでは?」
「じゃあ、君もデートに付き合ってくれ。僕はプレイボーイだから、複数の相手じゃないと満足できないんだ」
「軽口が出る様なら、まだましですね」
その時、部屋の電話が鳴った。
「もしもし――」
小早川が対応する。
「取締役」
「誰からだ?」
「高梨常務からです。今夜、会食をお求めです」
「………とんだデートだ。モテモテなのも困るね」
小早川は噴き出すのを堪えた。
-3-
千騎は独り、赤提灯の屋台で安酒を呑んでいた。
ついさっきまでは、凛花と羽原、そして但馬課長こと鷹島元警部補と、高級レストランで値の張るワインを飲んでいたのに。
但馬の奢りで、表向き和やかな会食。
皆が笑う中、千騎だけは引き攣った笑いで、ただ心の中で繰り返す。
(鷹島さん、何故警察を辞めたんですか?)
(あなたは俺と違って、正義に疑いも迷いも無かった人だったのに)
但馬は、ピーピングジャックですべて聴いていたはずなのに、その問いかけに応えない。
「最近三島興業は好調ですけど、何か秘密でもあるんですか?」
凛花が軽口を装って探りを入れる。
「自慢じゃないけど、私の所為かな」
「凄い自信ですね。じゃあ、但馬さん自身の秘密は?」
「簡単さ」
「何です?」
「僕も聞きたいな~」
羽原も軽口に乗る。
「気付いたからだよ。善良な人間なんていないって。だから欲を利用するのが上手くなったのさ」
但馬、もとい鷹島は、そう言いながら、千騎に鋭い鷹の目を向けた。
千騎は立ち上がった。
「すみません。うっかり用事を忘れてました。お先に失礼します」
三杯目の菊正宗を飲み干し、酒臭い溜め息を吐くと、横の席に一人の男が座る。
目を向けると、これまたよく見知った、よれよれのグレーのサマースーツ。
「宇津木さん?」
「久しぶりだな、千騎」
「俺の後でも尾けてたんですか?」
「お前が女ですこぶるつきの上玉なら、そうしてたかもな」
「冗談ですよ。凄い偶然だな」
「しけた面だな。探偵はそんなに儲からないのか?」
「………今日、鷹島さんに会いました」
「ほう、どうだった?」
「すっかり変わってました」
宇津木は、どんな風に?、とは聞かなかった。
それくらいは察した。
「まあ、人間だからな。同じままで居続けるのも大変って事だ」
「俺が―――」
「―――辞めなければ、なんて思うのは思い上がりだぜ」
「………」
「お前はお前の仕事をしろ。それが結局、本当の意味で人の心を変え現実をねじ伏せる」
「耳タコですね」
「真理だからな」
「それより、そっちはお変わり無く?」
「商売繁盛で反吐が出らあ」
「お変わり無い様で」
「そこでだ。それなりに顔の広いお前さんに頼みがある」
「じゃあ、ここは奢って下さいよ」
「冷酒一杯」
「鷹島さんはブルゴーニュのワインでしたよ?」
「けしからんな。あくどい儲けにも程がある」
「………宇津木さんの奢りの方が、美味しいですよ」
宇津木は黙り込んだ。
やがてごそごそとポケットの中を探って、一枚の紙の写真を取り出す。
「レトロですねえ」
「やかましい。とにかくこいつらを見かけたら連絡してくれ。整形は当然してるだろうが、そこはお前さんの勘に任せる」
一組の男女の写真。
「こいつらは?」
「四、つまり死の付く日に殺しをやる、いわゆる快楽殺人鬼だ。本庁の指名手配犯だぞ」
-4-
「しけた顔だな」
高梨常務は高級料亭で川崎に言い放つ。
「地顔です」
川崎は憎まれ口を叩きながらも、山梨の白ぶどう酒を高梨のグラスに注いだ。
刺身を塩わさびとこの酒で食わせるのが、この店の趣向である。
それは奇しくも千騎の寿司の食い方と同じだったが、当然二人は知る由も無い。
「最近はつまらない仕事ばかりをしているせいだろう」
「つまらないとは心外ですね」
「無難な企画、無難な仕事に判子を押すだけの単純な作業だ。以前の君は影も形も無い」
「…………事実上の謹慎中ですから」
「覚えているかね、面接試験の時を」
「……覚えていますよ。人事部長殿」
『貴方は、採用されたらどの部署が御希望ですか?』
『平社員です』
『―――君、平社員は部署では無いが?』
川崎の答えに高梨の余所行きの口調が消える。
『お言葉ですが、それが希望です』
『分からんな。君の学歴なら、平など研修中の肩書に過ぎんよ。書類上の通過点に過ぎん。最初から管理職の経験を積むべきだろう』
『それでは、僕の望む管理職にはなれません』
『君の望む管理職とは何だね?』
『人事部長はゲームをされますか?』
『中学生まではやったが、結局はもっと役に立つ事に興味が移った』
『それは残念ですね。ゲームは役に立ちますよ』
『……そこまで言うなら最後まで言ってみろ』
高梨の怒気に他の面接官が青ざめた。
『最初は誰も気にも留めない一人ぼっちの無名のキャラなんですよ。誰も助けてくれない。
他の運のいい奴は面倒見てもらえるのに、自分はあれもしてもらえない、これもしてもらえない、そりゃもう、不満ばかりです。
でもある日、自分よりも初心者のプレイヤーに出会って、自分の不満の裏返しを、して欲しかった事をしてみると、すごく喜んでもらえた。出会う人ごとに同じ事をすると、たちまち仲間が増えて行った。
いつの間にやら、気付けばちょっと名の知れたギルドリーダーですよ。
だからです。
最初からのエリートコースなんてクソ喰らえです。
平社員の不満をいっぱい抱えて管理職になりたいんです。
≪管理職の苦労も知らないで、好き勝手言いやがって≫、なんて言うだけの、平社員の不満を理屈だけで分かって、心で分からない人間になんてなりたくない。格好悪い大人になんてなりたくない。
それが僕がゲームで学んだ事だからです』
「若気、汗顔の至りです」
「……鳥羽君は今も闘っているよ」
「―――?」
「彼は独自に今回の件に調査を入れている。無論、私費でだ。彼一人に闘わせるのが、君の言う、格好いい大人かね?」
「―――――ツ!!」
川崎はわなないた。
目尻に涙が滲む。
「私に言えるのはここまでだ」
「……恩に着ます」
「せいぜい恩に着てくれたまえ。少なくとも、さっきまでの君ならば、私の派閥に加える価値も無いからな」
-5-
千騎は三島興業を訪れた。
羽原が別の仕事に手を割かれているので、代わりに三島に商談をこなしに行く人間が必要になったからだ。
冴えない上司が希望者を募った時、千騎が一番に手を挙げた。
大きな声では言えないが、以前から三島の調査をしていたお蔭で、引き継ぎもほぼ完璧である。
『いや、君はおっちょこちょいだと思っていたけど、やる時はやるんだねえ』
と、無邪気に喜んでいた課長を騙すのは、少し心苦しかった。
結局は自分の都合である。
鷹島が今、どんな人間かを確かめたかったのだ。
仕事は無難にこなした。
それなりに相手を満足させつつも、悪目立ちしないように成果も挙げ過ぎない。
「藤上さんは、いつもいい取引をしてくださるので助かります」
そう言う三島社長の顔色はどこか冴えない。
成長株の企業の代表の印象では無い。
(本当に、大城の柳治専務に操られているのかもな)
世間話も終わると、
「実は私は三島さんに来るのは初めてなので、後学の為、少し見させてもらってもよろしいでしょうか?」
と、自然に切り出す。
「ええ、もちろん構いませんよ」
ピーピングジャックのガード機能はオンにしておく。
禅が揺らいでいるのを自覚していたからだ。
何も考えていないように見えるのは、鷹島の変貌のショックの所為に見えるよう振る舞うつもりで。
社内をぶらつき、それとなく但馬課長としての鷹島の評判を聞く。
いい評判しか聞かない。
ふと淡い期待を抱く。
少しばかりの人間不信に陥っていても、心根は変わっていないのではと。
だがそれは裏切られる。
鷹島を見つけた。
だがそれは一組の男女と親しげに話す姿だった。
刑事の勘が告げる。
アレは整形していても、奴らだと。
指名手配中の快楽殺人鬼。
鷹島がそれに気付かない訳が無い。
鷹島は、本当に変わったのだと。
-川崎部長の失墜(6)に続く-
「うるさい! お前はアタシの親か何かか!?」
「お前みたいな痛がりの辛がりの根性無しに、何も出来る訳が無いだろう!」
過去を恐れれば怖れるだけ、人は空回って行く。
だが、人は選べる。
今に踏み止まり、立ち向かう事を。
「それは、お前の、立派な才能だ」
千騎は、答を見出す。
次回もよろしくご覧悦お願い致します。
さて、今回も活動報告で、ログホラのモデルになった?時代のお話パート3をやっております。
今回は、久しぶりにやらかしちゃいます(何をだ?)。
それでは、まったねー。




