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十三個目のピーピングジャック  作者: 豊福しげき丸
5/10

ケース2:川崎取締役の失墜(4)

「私立探偵、東條千騎さん?」


「私から、賢一君に武術を教えさせていただけませんでしょうか?」


 どうも、本当に長らくお待たせいたしました、豊福です。

 いえ、『八枚の翼と大王の旅』も読んで下さる人からご覧になれば、こないだアップしたばかりじゃんなんですが、あちらをメイン作品として執筆している都合上、どうしてもこちらの筆が遅くなってしまい、誠に申し訳ありません(平伏)。


 それはさておき、今回から賢一が弟子となり、『ベ〇トキッド』な展開となっております。

 今回はなんと身勝手の極意。

 言っておきますが、ヲタク作品で、最初に身勝手の極意(その名称では出しませんでしたが、実在する極意として)を作品中で取り扱ったのは、とよたろう先生の『ドラゴンボール超』では無く、冨野監督の小説版『リーンの翼』です。

 マジですよ。

 どんなものかは、本編をご覧ください。

 こうご期待。

 十三個目のピーピングジャック

 

 ケース2:川崎取締役の失墜(4)

 

 -1-

 

「私立探偵、東條千騎さん?」

 本多賢一の父、雄一郎は自宅のリビングで、渡された名刺を読み上げる。

「ええ、依頼人から、この写真を賢一君を探し出して渡すよう頼まれまして」

 千騎は本多選手のブロマイドを懐から出す。

「これはこれは、大変有難うございます。依頼人さんには是非よろしくお伝えください。ほら、賢一もお礼を言いなさい」

「……有難う」

「……もっと元気よく言わないと、感謝は伝わらないぞ」

「………」

「その件なんですが」

「その件とは?」

「ええ、実は依頼人からは、賢一君がもういじめられなくなるように、元気付けて欲しいと頼まれていまして」

 そう言って、千騎は二枚目の名刺を懐から出す。

「? ―――風巻光水流古武術師範代、東條千騎?」

「宜しければ、私から息子さんに武術を教えさせてはもらえませんでしょうか? 失礼ながら、今のジムはお子さんに合っておられないようです」

「―――――、そうなのか? 賢一」

「……」

「はっきり言いなさい」

「………僕、もうあそこ嫌だ………」

「―――――っ!!」

 どうして言わなかった? その言葉は呑み込んだ。

 何故なら気付いてしまったからだ、息子を励ましているつもりの自分の言葉が、ジムに縛り付ける鎖になっていた事を。

「違っていたら御免よ、賢一君。本当は、野球をやりたかったんじゃないかい?」

 千騎は優しく問いかける。

「…………」

 賢一は泣き出しそうな貌になる。

「この子は、生まれつき内耳が弱いんです。ノックの練習で十数本も捕ると、内耳が揺さぶられて方向感覚がおかしくなって、ボールを追えなくなってしまう」

「それなら格闘技でも、激しい練習や試合をしたら同じでしょう?」

「それでも……自分を守れるくらいには強くなって欲しかった……」

「なるほど。では、少しばかり無作法をしますが、宜しいでしょうか?」

「???」

「良くご覧ください」

 そう言って千騎は立ち上がると、リビングの障害物の多数あるスペースを、縦横無尽に能の様に舞う。

 恐ろしく滑らかで速いその動きは、予めレールでも敷かれていたかの様でさえある。

「「……凄い……」」

 千騎はその言葉に動きを止めると、問う。

「さて、それだけでなく、私の頭部はどれだけ動いていましたか?」

「……? いや、そうか! ほとんど動いていない!」

「一流のプロスポーツ選手は、激しく動いても、実はほとんど頭を揺らさない動きをします。それにはコツがある。改めて申し上げます。私から賢一君に武術を教えさせてもらえませんでしょうか?」


 -2-

 

 藤上流通のアフターファイブ。

 デスクから立ち上がり、背を反らし欠伸をする千騎に声がかかる。

「西條君、今日こそは私を手伝いなさい!」

 仁王立ちで告げる凛花。

「手伝ってくれたら晩御飯くらい付き合ってあげてもいいわよ!」

「………パス」

「なっにいぃ!?」

「先約がありますんで」

「だ、誰とよ?」

「企業秘密です」

 呆然とする凛花を尻目にさっさと帰る千騎。

「……人が下手に出てやったのに、このアホたれボケたれクソったれ! くたばりやがれ!」

「ひどいよねー」

 横からフォローを入れる羽原。

「安心しなよ。僕が代わりに手伝ってあげる。食事も僕のおごりでどう?」


 -3-」


 凛花を袖にして、今日から探偵事務所のある雑居ビルの屋上で(以前から自分の稽古の為と言って、大家に許可は取ってある)賢一少年の修行を始める。

 基本的な礼儀作法を教え、これまた基本の身体を解すための緩やかな動きの型を教える。

「呼吸は基本、吸うが一、吐くが二の割合でゆっくり行う。吸う時に頭、吐くの一の時に胸、二の時にお腹を意識する。いつでもできる事だから、余裕のある時はなるべくいつも意識しろ」

「……こんなのんびりした修行ばっかりでいいの?」

「十分足腰とかきつかったろう?」

「そうじゃなくて、もっと速くしたり激しいのもしなくていいの?」

「そりゃ激しい修行も有るけど、まずはのんびりしなけりゃ、気合いってのは湧かせないし出せないし体に満たせない」

「???」

「身勝手の極意ってのを知ってるか?」

「うん。知ってる。パパが見せてくれたアニメビデオメモリーにあったよ」

「実は俺はそのアニメ見た事無いし、漫画も読んだ事は無いんだが、身勝手の極意ってのは実在する」

「本当?」

 そう言って千騎は木刀と銃を準備する。

 賢一はぎょっとする。

「安心しろ、おもちゃのエアガンだ」

 ほっとする。

「向こうに行って、そいつを俺に向けて撃ってみろ」

「ええ?」

「いいから」

 賢一はこわごわと引き金を絞る。

 パスッ。

 カァッン!

 達人がテレビで実演したのを見た方もおられるであろうが、千騎の木刀も、エアガンの弾を空中で打ち払ったのである。

「――――凄い!」

「人間には脊髄反射ってのがあって、気合いさえ身体に漲っていれば、身が勝手に動いて相手の攻撃を打ち払える。これが身勝手の極意だ」

「どうやったらできるの?」

「どうやったらできるか、と言うより、どうして賢一君や普通の人には出来ないかなら説明できる」

「どうして?」

「俺や達人は一拍子で動けるが、賢一君や普通の人は二拍子どころか、三拍子や四拍子で動いているからだ」

「???」

「人間の筋肉ってのは、液体の化学反応で動く。水素やガソリンを燃やして走る車の様なものだ。大まかに言うと、気合いと呼んでいる水(正確には油脂分等も含む)で動く。筋肉は繊維がほぐれて水が十分に行き渡ってないと、素早く強く動けないんだ」

「だから気合いを漲らす(昔から肉食文化のある中国では『加油』)んだ!」

「そうだ。達人は常に気合いが漲った状態にある。だから一拍子、瞬時に身勝手に動ける。スポーツが得意な人は、必要に応じて気合いを漲らせてから動く、つまり二拍子で動いている。普通の人は、恐怖や緊張や無駄な力で筋肉が固くなっているから、一度力を抜くのも必要で三拍子。その上、力を抜いた時に体を支えるバランスが崩れるから、それを立て直すのに四拍子必要になる訳だ」

「どうやったら達人になれるの?」

「まずは、ジムでも云ったが『骨がある』、つまり骨に上手く体を預けて支えさせる事。そうすれば無駄な力が抜ける(『脱力』と言うよりは、『馬犬の如く解き放たれ自在に遊び得る』が漢字本来の意味)。そして、気合いって言うのは言葉通り『愛』って意味があるんだ。君にだって、誰かの愛情に包まれた時、身体が解れてのんびりと落ち着く気持ちになった時があるだろう? それを思い出せばいい」

「……うん。もう亡くなったおじいちゃんと一緒に居るとそんな感じだった」

「そうか」

「でも、僕が野球が出来ないのがわかって、悲しんだまま死んじゃった……」

「……そうか。なら、尚の事もう一度野球が出来るようにならなくちゃな」

「ううっ、うわあぁぁぁん」

「きっと、天国で見ていてくれるよ」

「おじいちゃん、おじいちゃぁん!」

 千騎は賢一が泣きやむまで、優しく抱き寄せて頭を撫で、あやし続けた。

 

 -4-

 

 藤上流通。

「羽原さんの三島興業って、最近業績いいのね」

 凛花が社員食堂でランチを食べながら訊ねる。

「ああ。社のみんなが頑張ってくれてるお蔭だよ」

「他に秘密でもあるんじゃないの?」

「まさか」

 そうはぐらかした羽原は、他愛も無い話をしてから、溜まった書類を片付ける為と言って先に席を立った。

「本当に秘密があるのかもな」

 少しの間を開けてから、千騎がその席に座る。

「何、ひょっとして妬いてんの?」

 凛花が不敵な笑みを浮かべる。

 が、

「偶然かもしれないが、三島が最近新規に受けている仕事の多くが、間接的に大城が関わっている」

 取り合わなかった。

「でも裏取引の確証が無いのよね」

 唇をとがらせる。

「偶然や企業努力と言われればそれまでだ」

「こういう時、宇津木さんならこう言うわよね」

「「『ぼろを出すまで喰らいつけ!』」」

 顔を見合わせて笑い合う。

「ねえ、本当に最近、退社してから何してるの?」

「ああ、いや、まあ、その………、君の依頼さ」

「まだブロマイドの彼、見つからないの?」

「いや、もう見つけた」

「なら何で?」

「………武術を教えてるのさ。その少年に」

 千騎は頭を掻きながら、決まり悪げに席を立ち去る。

 その後ろ姿は酷く照れているようにも見えた。

「馬鹿……、それならそうと早く言いなさいよね」


 -5-


 雑居ビル屋上。

「青竜と白虎って知ってるか?」

「知ってる! 獣王ジャーのブルーとホワイトだし、モンスターボックスってゲームにも出て来たよ!」

「知ってるなら話が早い。実はそれは元々古来中国や日本では五行を司る聖獣ってやつで、五行ってのは人間の体の中にもある。つまり、賢一の体の中にも青竜と白虎は住んでいるんだ」

「本当?」

 青竜と白虎と言う例え話を言うと、大抵の人は胡散臭がるものだが、この場合相手が子供だから逆に教えやすい。

「本当だ。これから言うのは秘伝だから、迂闊に人に言うんじゃないぞ」

 言いふらせば、賢一が周りに馬鹿にされるからである(苦笑)。

「うん!」


「体の中心にぎゅぅっと力と水分を集める。これを玄と言う。玄とは水の事であり力である。その集めた水からすぅっと固まる力を抜くと、中央に青い上への流れ、それを取り巻く白い下への流れに分かれる。体を支える細い青い軸と太い白い軸、その青い軸こそ青竜だ」

「青竜とは陰から陽へ向かう半陽。昇り続けるドラゴンだ。この尻の穴の前から頭頂を貫くドラゴンを意識すると、その上へと向かう流れに引っ張られて、頭や身体が空から吊られて真っ直ぐになり、浮いたような感じになる。そのイメージを持ち続けると、どんな動きでも無闇に頭が揺れなくなる」

「本当?」

「ああ」


「白虎は白い太い軸と骨の中に居る。一言で言うなら、『悪』を退治するのが役目だ。そしてまず退治すべきは君の中の『悪』だ」

「僕、悪い気持ちなんか持ってないよ?」

「いいや、ある。それは君の中の『恐怖』だ」

「!……」

「いじめられるのが怖い、相手が自分より力が強かったり素早いのが怖い、面白半分に酷い事をしてくるのが怖い。その恐怖で君の身体はいつも強張っている」

「うん……」

「それに引き換え、相手は面白半分で君を苛めてるんだから、無駄な力で強張っていない分、力も強く出るし素早い。これじゃあ、いつまでたっても適いっこない」

「ううぅぅ……」

「だが、もし君の中の白虎が君の恐怖を退治できるようになったら、これは逆転する。君は遊ぶように相手をあしらえるし、今度は向こうが何が起こったのか分からなくて、恐怖で強張る。そして向こうは恐怖を白虎に退治させられないから、君の方が強くなる」

「本当?」

「ああ」


「青竜だけでなく、それに繋がる、足の骨の裏を走る蛟(竜の眷属)線と、玉車、将車も意識しろ。二つの玉車と会陰(肛門の前)を結ぶ三角で常に自転車のサドル(本来は当然馬の鞍)に乗っている感覚を持て。腰を沈める時は常に将車を踵の真上にする事。歩く時は、送り足の裏の体重が乗っている所の真上に将車だ。更に頭の揺れが無くなるぞ!」


「体が恐怖や疲れで固くなったと思ったら、その『悪』を骨の中の白虎に食べさせるイメージを持て! 骨が『悪』を吸い取るんだ。退治された『悪』、つまり『鬼』は、『良い鬼』となる。それを護法童子と言う。護法は、身体の外の悪、つまり攻撃や危険を打ち払う動きを勝手にしてくれる。身勝手の極意の内の一つだ」


「振るう木刀は重い。木刀の重さ、手足の重さもまた『悪』と思い、白虎に退治させて水と成し、骨の髄の流れ、白軸の流れに流して地に捨てると思え。時代劇でよく云われる『斬って捨てる』とは、元来、実際に相手を斬るのではなく、重さが無いが如く神速で振るわれた切っ先に、相手の『悪』が斬られ地に捨てられる事だ」


 二人の稽古は熱を帯び毎日続けられた。

 

 -6-

 

 藤上流通。

「雅さん、今日お暇ですか?」

 千騎が凛花に尋ねる。

「あら残念、西條君。今日は羽原君とお食事なの」

「そりゃ残念。じゃあまた」

 千騎はあっさりと立ち去ろうとする。

「待ちなさいよ」

 凛花が千騎の背中に手を伸ばし襟首を掴む。

「ちょっとは食い下がらないの?あんたは?」

「いやまあ、賢一君がな、ブロマイドを届けるよう頼んでくれた親切なお姉さんに、会って御礼がしたいって事だけだから、別に明日でもいいかと思ってな」

「ぬぬぬぬぬ」

「稽古は毎日してるからな。来るのはいつでも構わないぞ」

「……しょうがないわね、明日、『賢一君に』会いに行ってあげるわよ!」

「何怒ってんだ? カルシウム不足か?」

「怒ってないわよ!」

「何だ、西條君、また雅さんを怒らしてるの? そんなんじゃ女の子にモテないよ?」

 やって来た羽原が小馬鹿にした顔で首を振る。

「それはさておき、今日は紹介したい人がいるんだ」

「誰を?」

「但馬課長」

 そう呼ばれると、藤上流通の冴えない課長と話していた、がっしりした背中が振り返る。

 その貌は、千騎が良く知る貌だった。

「………お久しぶりです。但馬先輩。西條徹です」

「………そうか、西條君か。久しぶりだな」

「お知り合い?」

「意外だなあ」

 凛花と羽原をよそに見据え合う二人。

「先輩も、前の会社を辞められたんですね」

「ああ、お前と同じくな」

 そして、千騎のピーピングジャックは脳内に警告音を発し続けていた。

 ――警告。この人物はピーピングジャックを所持、起動しています――

 千騎は警告を無視し、あえて心の中を読ませた。

(あなたは、警察を辞めるような人じゃないと思っていたのに)


 ―川崎取締役の失墜(5)へ続く―


「結局、格闘訓練では、お前は俺に勝った事が無かったよな」

「……ええ、一度も。よくて引き分けでした」


 千騎でも一度も勝てなかった先輩。

 彼は、この事件にかかわっているのか?

 疑いは深まり、千騎は懊悩する。

 そもそも、彼が犯人の一人だったとして、今度こそ勝つ事ができるのか?

 そして凜花にも危険が迫り?


 だが、その時千騎に救いをもたらしたのは―――――?


 とまあ、次回予告が終わった所で『リーンの翼』の解説をば。

 この作品中で主人公は飛んでくる矢を刀で打ち払うのでしたが、彼の体に気合(愛)を漲らしたのは、フェラリオ(妖精)の堕ちた元女王(だったかな?)でした。

 作中で監督は、情交がただの表面的な快楽の追及だけで終ったらもったいないよ、とメッセージを送っておられました。性器だけの快感だけでなく、お互いを認め預け合い、互いの心身すべてや世界を味わうような豊かさを持ちなさい、って所ですかね。

 このテーマは6月アップ予定の『八枚の翼と大王の旅』十五話でも書きます。

 ええっ、ついに? と思った人、残念ながらまだエッチは無しよ(苦笑)。


 では、またお会いしましょう。


 追伸、今回の活動報告ではログホラのモデルになった?時代の話を書いています。

 宜しければそちらも読んでください。

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