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十三個目のピーピングジャック  作者: 豊福しげき丸
3/10

ブロマイドの手がかり

徐々に明らかになるピーピングジャックの正体。

東條探偵事務所を訪れた鳥羽部長。

そしてわかったブロマイドの手がかり。

一方、ありふれた殺人事件に疑念を持つ、千騎と凜花の元上司、スッポンの宇津木。

手繰り寄せる糸は何処につながっていくのか?


それはそうとお待たせしてごめんなさい。

そっちも大して進んでないのですが(汗)、八枚の翼と大王の旅の方にしばらく注力しておりました。

いっそ文句でも有難く受け取りましてよ、おーほほほ。

まだ甘いわね岡さん(ネタが古すぎる)。

どうか見てやって下せえお代官様あ(ネ略)。

 十三個目のピーピングジャック

 

 ケース2:川崎取締役の失墜(2)

 

 -1-

 

 ジョニー・ロンはピーピングジャックを懐から取り出し、東條探偵事務所のソファテーブルのガラス天板の上に載せた。

「解析は終わった」

 千騎はジャックを手に取り訊ねる。

「で、どうだった、こいつは?」

「コピーは無理だな」

「お前でもか?」

「ソフトのコピーは出来る。だがハードが特殊過ぎる。こいつのソフトを普通のシンクリンクジャックに載せてもエラーしか出ない」


 そもそもシンクリンクジャック自体が特殊なハードである。

 大まかな説明で言えば、脳構造とそれを行き交う信号、それも言語野と共鳴する超特殊チップが中枢となった機械だ。

 通常のジャックのチップは使用者の言語的思考、それも本人が発信しようと明確にイメージした信号を拾う。

 口に出す訳では無いが、出そうと思った言葉しか拾う事は無い。

 正確には他の脳信号情報もノイズとして拾うが、チップがそれを言語や意思情報として組み立てる事が出来ない。

 だが、その本来ノイズとしてスルーされる信号を、ピーピングジャックは言語や意思情報として組み立ててしまう。

 今までのチップよりも更に高度に人の脳構造を模したチップが搭載されているのだ。

 有効距離は約1.5メートル。

 加えて相手もシンクリンクジャックを付けている場合のみ、その機能は発揮される。

 幸いにもインターネット回線を通じて他人の思考を覗き放題と言う、最悪の事態は無い。

 それがジョニーの出した結論だ。

 

「まあ、ある意味こいつが世界中にばらまかれるなんて事が無くてよかったな」

「まったくだ。金輪際あんな依頼は御免被りたいぜ」

 千騎はぐったりとソファに身を任せ、行儀悪く寿司をつまみながら甲州ワインを呷る。下戸のジョニーは抹茶だ。

 その時インターフォンが鳴った。

 映像を繋ぐ。

「見ない顔だな」

「なら依頼人か? また悪い依頼じゃないといいがな」

 ジョニーは意地悪く笑う。

「まったくだ」

 千騎は苦笑で返しつつドアを開けた。

「営業時間外ですので、ラフな格好で失礼します。ひょっとして当事務所にご依頼でしょうか?」

「そうです」

「お名前は?」

「鳥羽信二と申します」

「誰からの紹介で?」

「高梨からの」

「……。彼はお元気ですか?」

「ええ。憎らしいぐらいに」

「彼も私と会った時は丁度あなたと似たような良くない顔色でした。医者ではありませんが、微力は尽くしましょう」

「……お願いします」


 千騎は眺めていた書類をテーブルに下ろした。

「なるほど。では藤上流通との取引に関する不審点と背後関係を洗い出す。それをご依頼内容と受け取り間違いありませんね」

 奇しくもそれは凛花の任務と同じものであったが、それを千騎は知らない。

「その通りです」

「貴方にとり、貴方の職場はそれを守るだけの価値が御有りのようだ」

「……そうです。サラリーマンなんて、いくらでも代わりのいる、余程金にがめつい俗人か、これと言った取り柄や夢が無い凡人か、どちらかの人間がなるような職かも知れません。でも、私はこれをやっていて楽しい。少なくとも、川崎部長の下ではそうでした。例えるならば、いつまでも終わらない文化祭とその準備の日々を繰り返すような、そんな楽しい日々です。取り柄が無いなりに、ただ、仲間ととびきりの出し物、企画を語り合い、形にし、顧客と技術者との橋渡しをする。贅沢と分かっていても、私はそんな日々をいつまでも繰り返したい。終わりなんて来ないでほしい。……ただの、我が儘です」

 鳥羽の眼は赤く、潤んでいた。

「十分です」

 千騎の言葉に、鳥羽は顔を上げた。

「十分な価値です」

「………」

「後、改めて伺いますが、取引の担当者は本多氏で間違いありませんか?」

「そうですが何か?」

「いえ、別の依頼に関する事なのですが、こちらも本多さんと言う方を探していまして、ひょっとしたらと」

 千騎はキャビネットからブロマイドを取り出し、テーブルに置いた。

「何だこのホークスのユニフォーム? 見た事無いぞ」

 ジョニーが首を傾げる。

「まだホークスが福岡ホークスの名称だった時代のモノらしい」

「……ひょっとして」

 鳥羽はブロマイドを手に取り、眼を丸く開く。


 本多課長の父親は、熊本の生まれだった。

 小学生の時の時、大豪雨で家と両親の働き場所を失い、仮設住宅の暮らしも限界になり、家族で引っ越す事になった。

 往路、福岡に寄った際、どうせならと球場に立ち寄り、少年が大ファンだった、彼等と同じ本多と言う名前の選手の直筆のサインが手に入らないかどうかと両親は球団関係者に尋ねてみた。

 すると、少年たちの境遇を聞き及んだ球団は、試合後、特別に本多選手本人と引き合わせてくれた。

 本多選手とチームメイトたちは、君達を励まさなくてはいけなかったのに、去年は優勝できなくて済まないと謝った。

 目の前でサインしたブロマイドと、今年こそ優勝すると言う約束を、本多少年に送った。

 そして、約束は果たされた。

 東北のような、その年に成し遂げられた奇跡では無かった。

 一年遅れてしまった。

 だが、悔しさをバネに努力して辿り着いた、それ故の伝説となった。

 

「いや、そうだ、間違いありません。本多君の家宝だ。なぜ、これが探偵さんの手に?」

「おそらく本多さんの御子息でしょう。彼が市民球場で落とされまして」

「なら、私が届けます」

「いえ、これは私が届けるのと、ついでのお節介までが依頼人からの依頼なので」

「はあ?」


 -2-


「賢一」

 本多雄一郎は、一人息子の部屋の固く閉ざされたドアに語りかける。

「今日はジムに行かないのか?」

 返る答は無い。

「駄目じゃないか、練習をさぼってると強くなれないぞ。そんなんじゃ、いつまでも―――」

 ―――いじめられてばかりだぞ。

 その言葉は辛うじて呑み込む。

「その、何だ、元気になれないぞ。父さんはお前に元気になって欲しいんだ」

 やはり返事は無い。

 賢一少年は膝を抱えていた。

 へたっぴ。

 運動音痴。

 才能も見込みも無い。

 根性も無い。

 他の子がいくつも技を覚えるのに、技一つ満足にできない。

 罵りと嘲り。

 祖父のブロマイド。

 あれだけが唯一自慢できたものなのに。

『それがすごくってもお前がすごい訳じゃないだろ』

 何も言い返せなかった。

 無くしてしまい、父にも祖父にも合わせる顔も無かった。


 -3-


 サラリーマン、中原は路地裏のゴミ袋のベッドの上で目を覚ました。

 どうやら昨夜も泥酔していたらしい。

 嫌々ながらも今日も出勤する為に、枕にしていたゴミバケツから頭を起こす。

 ふと違和感を感じる。

 掌の感触がおかしい。

 見れば乾きかけた血で赤黒く染まっている。

「ひっ、ひいぃぃぃっ!」

 血染めのジャケットのポケットの中にも、血染めのナイフ。

「なんだよこれ、なんなんだよおぉぉぉ!?」


 定年間際の刑事、宇津木警部は七割白髪の顎髭をさすった。

「被害者は竹内物産の会社員、兵頭祐輝次長、三十八才か」

「犯人は部下の中原で間違いないんじゃないすかあ」

 若手の刑事、今井が溜め息をつく。

 血まみれ姿の中原が市民の通報により身柄確保されてから三時間後、廃倉庫から兵頭の死体が発見された。

 二人の刑事は調書から顔を上げ煙草に火を点ける。

 以前から中原は兵頭と折り合いが悪く、中原はしょっちゅう飲み屋で『兵頭の野郎、ぶっ殺してやる!』とこぼしていた。との、職場の同僚や飲み屋の店員の証言もあった。

 加えて、中原の主治医からはアルコール中毒の初期症状との診断も出ている。

 だがおかしい。

 宇津木のカンはそう囁いている。

「薬物依存ってぇのは、記憶や体験への過度の執着なんだそうだ」

「はい?」

「例えばこの煙草だが、イライラした気分を鎮める、いわゆるダウナーだ。こいつを喫うとスッとする、その成功体験、いや、逃避体験ともいえるそれに執着して、俺達は喫煙を繰り返す。それが合法非合法を問わず、ニコチンや、アッパーであるアルコールと言ったドラッグの習慣ってやつだ」

 大まかに言えば非合法のドラッグとはその効力が強烈であり、二度目以降の摂取では、より量を増やしたそれを摂取しないと最初と同じ幸福感が得られなくなる類のモノを言う。

 結果、大量に摂取する事によって金銭破綻や心身の健康を損なう薬害が現れるのだ。

「だからまあ、アルコールを飲んだ時の成功体験に比べて普段の生活に嫌気を刺している奴ほど、アル中になる確率は高まる。例えば学生時代の飲み歩いた体験ばかりが幸せで、社会人になってからは目の前の現実をねじ伏せられねえ、ねじ伏せる為の努力を間違えている、自分が成功した体験の本当の理由がわからない奴ほど、そうなり易い。経験豊富だろうがそれにも騙される。記憶ってのは所詮イメージで、目の前の今を見極める事には敵わねぇって事だ」

「自分達のニコチン中毒は何なんすかね?」

「俺達の仕事はねじ伏せてもねじ伏せても、きりがねえからだろう」

「言えてますね」

「まあ、中原の話だが、どうもこいつは、殺したい鬱憤を晴らしていたって言うよりは、周りに『気持ちは分かるよ』と言ってもらって、それに甘えるのを喜んでいた節がある。殺したいよりも普段できない甘えたいって言う感情の方がアル中の原因に思えるんだ。むしろ殺したいって事を誰にも言えない、言ったとしても甘えるんじゃなくて、自分の気持ちしか見えない、理解を拒む、それでいて自分の本当の望みすらわからない奴の方が、酒に酔って、つい殺しちまうパターンに多い。今回もそうと決まった訳じゃないが……」

「ハイハイ。今回も他の利害関係もしっかり洗え、でしょ?」

「そう言うこった。わかったつもりにならずに目の前の今を見極めれば本当の意味で過去の経験もわかる。覚えておけ」

(ほんと、スッポンだよな)

 今井は増えた仕事にげんなりした。


 -4-


 藤上流通、営業部。

「彼女が西部銀行から出向してきた三葉雅さんだ」

「三葉です。よろしくお願いします」

 三葉雅こと葵凛花は優雅に頭を下げた。

 その美貌と気品溢れる佇まいに周囲から溜め息が漏れる。

「実はもう一人、島津興産からも出向してくる話なんだが、どうも遅れているようだな」

 笹岡部長は困り顔だ。

 その時いささか乱暴にドアが開かれ、寝癖頭の青年が現れた。

「すいません、遅れました!」

 笹岡はやれやれと首を振る。

「最初からそれじゃ困るよ。ああ、みんな、彼が西條徹君だ」

「どうも。お騒がせしました、西條です」

 粗忽もの丸出しで頭を下げる姿に周囲から失笑が漏れる。

 だが凛花の笑顔だけ引きつっていた。

 

 昼休み。

「西條さん。同じ出向社員同士、お昼を一緒にどうかしら」

 凛花の態度と笑顔は優雅だったが、目は笑っていなかった。

「あ、ああ。お気遣い有難うございます。喜んで」

 男性社員の嫉妬の視線が西條に突き刺さる。

 二人はそれに気付かぬかのように退室した。

 

 蕎麦処、一休庵。

 二人は天ざるを啜る。

「で、どーゆーつもりよ、千騎?」

「業務上の守秘義務を破るわけには行きませんなあ。わっはっはっは」

 西條徹こと東條千騎はすっとぼけた。

「そりゃそっちだってそうだろう? それともそっちも事情を教えてくれるって言うのかい?」

「んな訳無いでしょ」

「じゃあ、この件は終わりな。次のデートの話でもしようぜ」

「……。それなら、ブロマイドの少年の件はどうなったのよ?」

「ああ。どこの誰かは分かった」

「良かった。じゃあ、届けてあげたのね」

「いや、まだだ」

「おい?」

「ただ届けただけじゃ、君の依頼を果たした事にならん。だからもう少し探りを入れるつもりさ」

「ま、まあ、……ならいいけど」

 凛花は顔を赤くして腹を立てたように眉根を寄せる。

「じゃあ、ここは割り勘な」

「おごりなさいよ!?」

 

 -川崎取締役の失墜(3)へ続く―


内偵を進める千騎と凜花の前に現れる人物たち。

「貴方は――――」

彼らは敵か味方かはたまた?

宇津木は地道に捜査の足を進める。

そして千騎が本多少年に回り逢う時に起こる出来事とは。

少年よ、拳を握れ。

お前には骨がある。


ってなわけで次回もよろしくお願いします。


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