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十三個目のピーピングジャック  作者: 豊福しげき丸
2/10

川崎取締役の失墜(1)

後継者争いに揺れる大城財団。

将来を有望視される新取締役川崎。

陥れる陰謀。

川崎を救うために鳥羽は奔走し、探偵事務所の扉の前に導かれる。

時を同じくして凜花もまた―――



 十三個目のピーピング・ジャック


 ケース2:川崎取締役の失墜(1)

 

 -1-

 

 葵凛花は小娘であった。

 米国で飛び級を重ね、大学を卒業したのが17歳。Ⅰ類公務員試験合格を経て警察に入り、理想と現実のギャップと、国内大学卒との学閥の壁に悩み退職したのが20歳。

 理想を実現した大城実朝の会社ならばと期待して入社し、そこでもやはり理想と現実のギャップに悩み21歳の現在に至る。

 社会的には小娘同然の年齢である。

「人が必死こいて悩んでたのに、あのアホは!」

(あれではまるで、まるで)

 次に浮かびそうになる言葉を必死に頭をふって追い払う。

 そんな訳が無い。あんな不真面目な軽薄男がそんな訳が無い。

 イカの姿あげフライ(駄菓子)を齧りながらのど越し生をグイッと呷る。いささかチープな組み合わせだが、千騎にそれなりの額の依頼料を払ってしまったので仕方が無いし、それなりに旨い。

 アルコールの火照りをクーラーをガンガンに効かせて冷ましながら痛飲する。

「人を散々振り回した挙句『友達になってくれ』だとぉ!? ざけんなコラア!」

 姿あげは噛み砕かれた。そりゃもう景気よく戦慄する程に。

「まあ、デートは約束だから仕方ないわよ。だけど、こうなったからには、今度はこっちが散々振り回してやって袖にしてやる!」

 メラメラと闘志を燃やす凛花であった。

 

 -2-

 

「ぶぇっくしょん」

 東條千騎は探偵事務所で粗相した。

「失礼しました」

 同席する依頼人の夫婦と弁護士に謝りながら、誰か噂でもしたのか、いや、単にクーラーのかけ過ぎかと思い直しTLジャックによる思考制御でエアコンの温度を上げる。

「それで、調査の結果は?」

 弁護士北島は眼鏡にかかった飛沫を拭きつつ、殺人的目つきで千騎を睨み付けた。

「担当者の難解な専門用語を駆使する持って回った拒絶の言い回し。言質を取らせない言い逃れ。まずクレーマー対応係とみて間違いないでしょう」

 千騎は淡々と告げる。

「それじゃあ、母ちゃんはクレーマーと思われてるって事ですか?」

「どうしよう! 父ちゃん、じゃあうちの息子の怪我は治らないまま保険が打ち切られるってことかいな!?」

「それは、裁判になったら勝てないと?」

 北島は唾を呑む。

「いえ、逆でしょう。クレーマー対応係が回された事でクレーマーと思われたのではないかと不安になって、奥さんは今の病院の効果の上がらない治療を打ち切って転院する事が出来なかった。結果、息子さんの怪我の治りが遅れた。息子さんと同様な症状の目覚ましい回復実績を持つ蜂賀病院と片桐整体院に転院して下さい。そこで息子さんの怪我が快方に向かえば、裁判員は、責任の所在をどこに求めると思いますか?」

「あ……」

 北島は顎を落とした。

「で、では、名誉棄損で精神的慰謝料も行けるのではないかね?」

「……。それをした途端、裁判員の判断はやはりクレーマーだったのかと言う方に傾きますよ」

「あ……」

「むしろ強気に出るのならば、示談の席で今回の件を公表する覚悟もしていると言うだけで充分でしょう。実直保証は東都海上に比べて評判が悪く、業績で後れを取りつつある。今回の件が致命傷にならなければいいですが、と。その上で相手の判断に任せてしまうのが一番いい」

「成程……」

「じゃあ、勝てるんですか?」

「ウチの息子をいい医者に見せてやれるんですね」

「最終的な決断は依頼主である畑中ご夫妻にお任せしますが、大事なのは息子さんに適切な治療を受けさせる事です。実直保証を悪役にしてやっつける事ではありません、そのお金だって他の事故に遭った方々や勤める社員に回すべき大事なお金なんです。間違えてはいけませんよ。今のクレーマー対応係さんでさえ、味方に付ける事です。言うべき事は、ただ最初から私達の心に寄り添って欲しかった。それだけでしょう」

 畑中夫妻は何度も頭を下げ、事務所から夜の街へ去っていった。

「まったくお前ってやつは」

 北島は顧客の前では喫わぬ煙草を咥え火を点けた。賞賛と、してやられて腹立たしいのが半分半分だ。

「実直保証のクレーマー対応係だがな。貼り付いて見た所、相当今の仕事にキテル感じだったぜ。お前さんがた弁護士協会でバックアップしてやって独立させてやったらどうだ? 弁護士に相談があった時点で即座に最も治療期間と治療費がかからずに済む実績のある医療機関を紹介する仕事なんてどうだ? キャッチフレーズは『双方ともに納得の行くベストの医療を紹介します』、なんてな」

「『壊し屋戦鬼』め、日本中の保険のクレーマー対応係を退職させるつもりか? 保険会社がぶっ壊れるぞ」

「潰れなきゃいいだろう?」

 悪戯小僧の笑み。

 北島は最早呆れるしか無かった。


 -3-

 

 大城財団の川崎平取締役は柳治専務取締役の執務室に呼び出された。

「用件はわかっているかね?」

 広々とした部屋にシャープに配置された近代的なデザインの机も椅子も調度品も、最高級の黒檀から削り出されたものだった。持ち主の尊大で冷酷とも見える黒い底なしの孔のような瞳をより威圧的に見せる。スーツまで黒だ。

 裁判官。柳治のあだ名はそれだった。

「第二営業部の事ですか?」

「そうだ。本多君のミスが我が社に与えた損害がいくらになると思うかね?」

「私の不徳の致すところです」

「そう。それは私の不徳の成すところでもある。私の傘下に入りたまえ、それしか庇いだてれる途は無い」

 判決は下った。その眼はそう告げた。

「少し……考える時間を下さい」

「余り長くは待てんよ」


 専務執務室から出ると、鳥羽と本多が待ち構えていた。

「も、申し訳ありません!」

 本多は膝と頭を床に擦り付ける。

「やめたまえ」

「しかし!」

「……本多君の息子さん、いじめられてるんだってね。聞いたよ。そんな精神状態の君をプロジェクトから外さなかった僕の責任でもある。自分一人を責めるのはやめたまえ」

「本多、取締役の仰る通りだ。それに俺の責任でもあるんだ。くれぐれも早まった真似はするな」

「すみません……、本当に……すみません」

 涙は滂沱と流れた。

 川崎は立ち上がらせた本多の肩に手を添え、強がった笑みを浮かべ励まし続けた。

 

 -4-

 

 金曜日、綿津見市民球場。

 この人工島の住民の多くは震災と豪雨の被害に遭った東北と九州の人々である。

 故に、年に一度、三日間繰り広げられる東北イーグルスと九州ホークスの伝統のナイター戦は島中の人々が盛り上がる。

 凛花はイーグルスのユニフォームに会津白虎隊の羽織を纏い、そわそわしながら待っていた。

 そこに現れた千騎は―――

 ホークスのユニフォームに薩摩島津十字の羽織を纏っていた。

 凛花はロングメガホンを上段に構え、告げる。

「―――薩奸、死すべし」

「ま、待て、待て! 話せばわかる!」

「るさいわ! このボケ!」

 三撃目までを華麗に躱した千騎であったが、人ごみの中、退路は断たれる。

「痛い痛い痛い! おま、殺気がこもってる!?」

 止めはコブラツイストであった。

「ギブギブギブ」


「帰れよ、クズ!」


 凛花と千騎が声に目を向けると、イーグルスのキャップを被った少年達が、ホークスのキャップを被った少年を突き飛ばしていた。 ホークスキャップの少年は尻もちを着き、涙を浮かべる。

「やめなさい! たかが応援するチームが違うぐらいで、そんな事したらダメじゃない!」

「……お前、一度自分の姿を鏡で見てみろ」

 周囲からどっと笑いが巻き起こる。

「そうだ、そうだ! みっともないぞ」

「どっちもやめろや! 恨みっこ無しだぜ!」

「だ、そうですよ。凛花さん?」

「お、おほん。いい、君たち、やめなさい」

 イーグルスキャップの少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

 追いかけようにも人ごみの中をすり抜ける小学生など捕まえられる訳が無い。

「まったく」

「大丈夫か坊主」

 千騎達は少年を助け起こす。

「悪ガキたちは尻尾巻いて逃げてったから、もう平気よ」

「……平気じゃないよ」

 ホークスキャップの少年もそう言い捨てると走り出し、人ごみの中に逃げて行った。

「ま、待って。………どうして?」

「……ありゃ、学校でもいじめられてるな」

「そんな……」

 凛花が項垂れて落とした視線の先に、一枚のホークス選手のブロマイドが落ちている。

「これは……?」

「おお、スゲーな。これのサイン、選手の直筆だぜ」

「『本多君へ』って書いてある」

 凛花は千騎に向き直った。

「これ、探し出して届けてあげなさいよ」

「仕事の依頼かい?」

「それくらいタダでしなさい!」

「やだね」

「お前は~!?」

「またデートしてくれるならいいぜ。お姫様」

「ぬ、ぐぬぬ~」

 顔を赤くする凛花であった。


 -5-

 

 土曜日、綿津見水族館。

 休日とは言え、まだ早朝で人がまばらな、深く静かな海の底にいるような空気の中、川崎と鳥羽は大水槽を眺めていた。

「取締役……」

「川崎さん、でいいよ。今日は休日だろう」

「川崎さん。これからどうするつもりですか」

「なるようにしかならないよ」

「やめてください! 貴方には大望が御有りのはずだ! 我々第二営業部など見捨てればいいんです!!」

「イルカならそうするんだろうね」

「……?」

「イルカは人間以上に賢い。人間みたいに無様に前頭葉が発達していないから、いつでも海中と言う空間をありのままに捉え、支配している。妄想も大それた望みも抱かない、過ぎた欲望を持たない。空想と現実を穿き違えて過ちを犯す事が無い。サメでさえイルカには大人しく従う。理想的な海の王様さ」

「……川崎さんの様ですね」

「僕はそんな悟り澄ました人間じゃない」

「いえ、そういうのでは無く、理想的なリーダーと言う意味です」

「僕は文学部出身なんだよ」

「? 経歴では経済学部でしょう? それもハーバードの」

「子供の頃から本が兎に角好きでね、純文学からラノベ、推理小説、SF、ファンタジー、歴史もの、恋愛もの。何でも読んだ。登場人物の心のひだに一喜一憂し、知恵に、勇気に、心躍らせた。クサい言い方だけど、人生に大切な事は本に込められた沢山の人の気持ちから学んだ。だから自分ではロクな文章が書けないのを承知の上で、私立大学の文学部の特待生入試を受けた。僕が物心つかない頃に、国公立大学から文学部は無くなっていたし、親も文学部に進学するなら学費は払わないと宣告していたたからね。文学なんて経済活動の役に立たない道楽だと、国と少なからぬ大人たちは無言の烙印を押していたんだよ。悔しくて見返してやりたくって、大学を首席で卒業資格を取った上で、ハーバードの経済学部に転科留学した。親は留学に喜んで金を出したよ。だから僕は文学と経済の二つの学士号を持っている。そりゃもう、めちゃくちゃに大人気ない人間なんだよ、僕は」

「………」

「僕は自分の才能に賭けた。でもそれは経済経営の才能じゃない。それはただの箔付けさ。文章から、ほんの小さな一欠けらの言葉から、それを書いた人間がどんな気持ちで、本当は何を望んでその言葉を記したか、それを読み取る才能にさ」

「それで、なんですね。人の心を読むのがあんなにも上手いのは」

「子供の頃は、まだ文字チャットで会話していたネットゲームにもはまったよ」

「分かります。あれにキーボードで文字を書き込むのはたまらなく楽しかった。今には無い風情ですな」

「聴こえるんだ。何気ない言葉づかいから、その人間が何に腐っていて、本当は何をして欲しくて、どんな活躍をしたいのか。そのサポートをする内にギルマスになって、そこそこ活躍して、遂にはラノベ小説の主人公達のモデルにまでなったと言う、実在した伝説のプレイヤー達みたいだ。なんて言われた時は、そりゃもう有頂天になった。自分も物語の主人公に成れたんだって」

「凄いじゃないですか。私もそんなプレイヤーに憧れましたよ」

「でも、天狗になってたんだろうね。ある時、その鼻っ柱をその小説のモデルになった当の本人にへし折られた」

「いや……それは流石に相手が悪いというものでしょう」

「いやいや、それが、とどめを刺されたのは、どっちかって言うと、普段みんなから馬鹿にされていた、ある平凡なプレイヤーの言葉だったんだ。『馬鹿にされても、許してやれよ。好きな事をする事を、自分が自分に許してやれよ』ってね。自分を苦しめ続けていたのは結局、自分の見栄とコンプレックスだったのさ。それから決めたんだ。本当にしたい事をしよう。本当に必要な事をしようって。おだてられて調子に乗って、少しでも自分を大きく見せようとして他人を傷付けていたのは恥ずかしい事だって気付いた。自分が中身の無い風船になっていた事に気付いた。そして、親の反対を押し切って、文学部に進む覚悟を決めれたんだ」

「部長は御立派です」

「今の部長は君だろう?」

「すいません、つい癖で」

「まあ、それのお蔭で、今の僕は君達に慕われるぐらいのマシな人間に成れたんだろう。でも、時折思わないでもない。もし当時からカミさんと君達が側に居てくれたなら、きっと僕の方が勝っていたとね」

「まったくですな。私も川崎さんや妻に子供の頃から知り合えていたら、さぞあれもこれもうまく行ってただろうとよく思います」

 二人は顔を見合わせ、堪えきれず噴き出し、大笑いした。

「人間は馬鹿だ。すぐ妄想するし、現実逃避する。でもそんな空想の中から科学法則や夢や理想を見つけ出し、現実に持ち帰る。二つの国を隔てる海を何度も泳ぎ渡り、現実を理想に近付け、理想をより現実を幸せにする形に近付けて行く。それはイルカにはできない悪あがきだろう? 報告書に込められた理想と現実を眺め、本当にしたい事はこうだろう、頑張れ、泳ぎ切れと、声にならないエールを送る。第二営業部の日々は、本当に楽しかった。……でも、あんまり楽しすぎて罰が当たったのかもしれない」

「それは、いえ、そんな事は」

「分かってるんだ、感傷だって。第二営業部が解散させられても、みんなきっとしっかりやるって。でも、僕は、僕たちが造った城が壊されるのが嫌だ。僕が知っている顔達が、お互いに笑いかけ合う姿が無くなるのが嫌だ。………だから、何を選べばいいのか、分からない。いや、分かりたくないんだ」

 揺らめく水が光を屈曲させ、無言になった二人に複雑な陰影を落とす。

 川崎は、その努力は、報われなければならない。

 鳥羽は拳を握り、彼を救うための最後の賭けに出る覚悟を決めた。

 

 -6-

 

 日曜日、とあるホテル。

 秘書はスイートルームの扉の前で鳥羽を待ち構えていた。

 ハスキーな声で告げる。

「どうぞ、中へ」

 ソファに座り待ち構えていたのは高梨常務取締役だった。

「座りたまえ」

「では、お言葉に甘えて」

 対面のソファに着座する鳥羽の眼を高梨の鋭い眼光が射貫く。

 相変わらずの迫力だ。貫録を増した感さえある。だがなぜか不快な感じは受けない。嫌味なく枯れて品が上がった印象だ。

「君が私を頼ってきた事情はおおむね理解しているつもりだ。用件のみを言いたまえ」

「御力を貸して下さい」

「見返りは何かね?」

「敵の敵は味方と言います。それで充分ではないかと」

「言葉には気を付けたまえ。同じ社内の同僚だ。競い合い切磋琢磨する間柄であっても、敵などではない。それはいささか不穏な物言いと言うものだ」

「失礼しました。ですが意は汲んで頂けるものと思っております」

「フム。仮にその意とやらを汲んだとしても、私と川崎君とでは立場も力も違う。そうなれば、私が川崎君を庇護すると言う形になる。庇護であれば私が親で川崎君は子だろう。君はその結末でいいのかね?」

「~~くっ………」

 役者が違う。

 営業のウィン‐ウィンテクニックなど通じる相手では無い。共闘や裏取引の場数が違い過ぎる。老獪とはまさしくこの男の事だ。

「用件が終わりなら、私は帰らせてもらう。多忙なのでね」

「待ってください!」

 高梨は鳥羽の懇願など意に介さぬふうに立ち上がった。

 だがさりげなく懐から一枚の名刺を取り出すと、テーブルの上に置いた。

「これは独り言だが、今回の件、本多君のミスに対して藤上流通の被害の規模が大き過ぎるかもしれん。調べる気なら、偶然君の入手した名刺が役立つかもな」

 鳥羽は名刺に目を落とした。

「……東條探偵事務所?」

 高梨はそれ以上鳥羽に目もくれず、部屋から立ち去って行った。

 鳥羽は暫らく閉じられたドアを見つめた後、己の頬を両手で張り、立ち上がった。

 諦めない。

 最後に残ったカードが何であれ、まだ手札があるのなら諦めない。

 グシャリ。

「? ああ、しまった」

 うっかり名刺を握り潰してしまった。

 苦笑するその瞳には強い意志の光。

 

 高梨は秘書に告げた。

「車を急いで『銀の鈴』に回してくれ。娘が初めて生地から作ったパンだ。食いそびれるわけにも行くまい」

「了解しました」

 秘書は無表情を務めたが、口の端が笑いに歪むのを堪えきれなかった。

 高梨は苦々しく呟く。

「まったく。私もいろいろ甘くなったものだ」


 -7-


 月曜日昼、大城財団秘書室長室。

「本日は何の御用ですか? 滝藤室長」

 凛花は会釈した後呼び出された理由を問うた。

 滝藤律子は二十年に渡り大城実朝会長を支えてきた、柳治と高梨でさえ一目を置く女性である。

 四十も半ばを過ぎているにもかかわらず保たれた毅然とした美貌と高い能力は、凛花も憧れる所だった。

「貴女の経歴を見込んで、調査をお願いしたいの。保安部長の許可は取ってあるわ」

「ならば是非もありませんが、何の調査でしょうか?」

「藤上流通との取引に関してです」

 凛花にはまず西部銀行に出向してもらい、西部の行員身分を書類上得てもらう。その上で西部をメインバンクとする藤上流通への出向社員として派遣され、ある程度の財務監査権限を得た身分として通常業務を行いながら、本件の調査を極秘裏に行ってもらう手筈である。

「今回の取引であった損害自体に、虚偽の報告の可能性がある、と?」

「ええ」

「虚偽を暴くだけでなく、その背後関係まで明らかにするのが望ましい、と?」

「できれば」

「室長は、誰が背後にいるとお考えですか?」

「さあ、そこまではわかりません。でも、川崎取締役には会長も目をかけておられました。私も有望な方だと思っています。もし陰謀だとすれば、潰させる訳には行かないでしょう」

 川崎は積極的に人に借りを作ってきた。

 そしてその借りを返すのに、また人から借りを作って返した。

 それが反対派閥同士の手を借りた事を知らせず、プロジェクトが成功した後で、両派閥に明かす事を繰り返してきた。

 甘言では無く、実績で、両派閥が手を組んだ方がより高い利益を上げられる事を証明してきたのだ。

 多くの者が反対派閥に借りを作るまい、弱みを見せまいとする中、その逆をしてきた。

 取締役となってより大きなプロジェクトを指揮できる立場となったこれからは、より社員を一丸とまとめる可能性を持っている。

 それなのに柳治や高梨、どちらかの単一の派閥に取り込まれたのでは意味が無い。

「責任は重大ですね」

「貴女の能力を信じています」

 滝藤は微笑んだ。

 

 -8-

 

 月曜日夜、東條探偵事務所。

「ここか」

 扉のプレートを確認した鳥羽は唾をゴクリと呑み込んで意を決し、インターフォンを鳴らした。

 

 ―――川崎取締役の失墜(2)へと続く―――


水族館の川崎と鳥羽のシーンは早い内から脳内に浮かび、書きたかったシーンの一つです。

いかがだったでしょうか?

ケース2の裏の主人公というべき本多少年や、ラスボスもちょっとお目見えしました。ここから物語は盛り上がって行きます(予定)。

次回からはいわゆる手強い犯罪者がどんどん出てくる予定。千騎と凜花がどう渡り合っていくのか手に汗握って欲しい所です。

あんな奴やこんな奴やそんなライバルも。

その連中がやっぱり出て来るアレを悪用する訳です。

まあ、それがタイトルですしね。

次回もお楽しみに。

六枚の翼(前篇)と八枚の翼と大王の旅もよろしければご一読を。

(できれば)近日中に再見!

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