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十三個目のピーピングジャック  作者: 豊福しげき丸
1/10

ケース1:高梨透子捜索

 初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。PN豊福茂樹改め豊福しげき丸です(諸般の都合により改名)。どうかよろしくお願いします。

 本作は拙作、六枚の翼(前篇)、の設定を引き継いでおります。

 あらまあ、前作の主人公一矢君てばこんな事を考え付いて大城実朝さんに託したんだね。

 でも本作は同時アップした、六枚の翼(後編)改め、八枚の翼と大王の旅、と違って、この作品だけでも完全に独立して読めるよう構成しておりますので、初めて読まれる方もご安心ください。

 でも武術成分は相変わらず濃いです。見捨てないで読んで(爆)。

 それでは、メガフロートサイバーパンクシティ、綿津見市へようこそ。

『十三個目のピーピング・ジャック』


 ケース1:高梨透子捜索


 -1-


 東條千騎は西暦二〇六二年を生きる私立探偵である。

 多分。

 そのアイデンティティーは揺らいでいた。なにしろ彼が今やっている事は紛れも無くコソ泥だ。犯罪組織にでかい借りなど作るのでは無かったという後悔が湧き出そうになる所を辛うじて鎮める。これも仕事の一部だと割り切って冷静に事をこなすべきだ。

 依頼人は犯罪組織に関わりを持った事など無いし、事もあろうに彼らに盗みを依頼する事も無かった。犯罪組織は自分たちが関わった事がばれないように第三者である千騎達に声を掛ける事も無かった。そして千騎も犯罪組織に借りなど作らなかった。

 万事はそれで全て丸く収める。OK。

 下準備は万全のはずだ。昨日の内に警備員に変装して警備室のコンピューターにハッキング用のバックドア端末を仕込んでおいたし、社員証に制服も調達したし、管理責任者の行きつけの眼科医を不倫写真をネタに脅し、管理責任者を新型の眼球ストレス治療機の無料体験と偽って呼び出させ、網膜や指紋や声紋のデータも入手した。

お蔭で今、千騎は研究所のセキュリティをあらかた突破した。

 こめかみの思考感応端末――通称シンク・リンク・ジャック(TLジャック)――に自称天才ハッカー、ジョニー・ロンの冷静で自信に溢れるメッセージが入る。『目当てのブツは次の部屋だ』

 ジョニーは思考感応端末を脳に外科的に直結している。精神障害の一種であるADHDの治療行為として許可されたものだ。この障害を持つ者は時に異常なまでの集中力を発揮する。ピカソやエジソンやアインシュタインもADHDだったと言う。だが彼らはその特定の才能への没頭と引き換えに、日常生活に支障があるまでの物忘れや不注意を起こす。シンク・リンク・ジャックはそんな彼らのスケジュールや持ち物、仕事の管理を行ってくれる、生活に欠かせないものだ。ADHDだけでなく、他の精神障害においても、直結型TLジャックは脳内物質をコントロールして、障害を和らげてくれる。

 普通の人間にとっても非直結型のTLジャックは最早生活に欠かせないものとなっていた。電話であり、パソコンであり、クレジットカード(一度登録した脳波自体がセキュリティ)であり、映画やゲームへの没入端末でもある。車やタクシーでの移動時間の間、トリップインゲーム(TIG)、トリップインムービー(TIM)、トリップインネット(TIN)に浸り、目的地に着いたら自動的に現実へ排出してくれる。予めタグを付けた貴重品が手元から離れれば派手な警告音を出しながら現実に排出してくれるからスリや置き引きの被害の心配もほとんど無い。ADHDで無くとも持ち物やスケジュールの管理を行ってくれるのは有り難いものだ。子供やお父さんにとっては有難迷惑かもしれないが、お小遣いの管理だってしてくれる。それに二十八歳の千騎達の世代にしてみれば、思考を読み取らない入力方法がそもそも想像できない。年寄りたちは昔はタッチパネルやマウスやキーボードでアイコンを操作していたと言うが。

 話を戻す。ジョニーはTLジャックをハッキングの為に違法チューンしていた。脳に直結された端末はありとあらゆる電脳違法行為を易々と(たまには手こずるが)やってのける。研究室の警備カメラに無人のままの映像を流させ、ドアを開き千騎をエスコートした。

 千騎は固唾を呑みながら部屋に入る。

 机の上に指示されたものと同一のボックス。

 蓋を開ける。一ダースの最新型シンク・リンク・ジャック。

 だが机の上にはもう一つの分、同型のTLジャックがあった。

 ここで好奇心と所有欲が首をもたげる。こうまでして依頼人が欲しがる最新型TLジャックとは如何程のものなのか?

 逡巡の末、千騎は本来の依頼である一ダースのジャックをウェストバッグに入れた後、十三個目のジャックに手を伸ばし、ポケットに入れた。


 -2-

 

 大城財団本社第二営業部は活気ゆえの喧騒に包まれている。

 川崎部長は現場との地続きを好み、部長室は応接以外使用しないタイプの上司だった。ミスをした部下を部長室に呼び付けることなどせず、現場の仮設席でほとんどの決済をこなす。現場の状況を常に把握し、洞察していないと気が済まないタイプなのだ。

「このミスのリカバリィなんだが、プランC3の応用で行けると思わないか? 本当は最初からそうしたかったろう?」

「確かに……。勉強になります」

「本多、あんまり部長に甘えるなよ! ミスを繰り返すな! ちゃんと次からは自分達でも見つけろ!」鳥羽副部長が叱責を飛ばす。

「はいっ! 肝に命じます」

 本多課長は背筋を伸ばし、一礼する。

「本多」

 川崎はじっと部下を見つめてから軽く頭を下げる。

「よくミスを誤魔化さずに正直に報告してくれた。有難う」

「恐縮です!」

 部下の怯え懦みを見抜きつつも、決して責めず、勇気に感謝さえして見せた。それは現場中の人をほっとさせた。だからいつも彼の元には正直なミスの報告と、部下の本音の企画書が集まる。 

 本多はもう一度深々と礼をしてから自分の席へと戻って行く。

「鳥羽君も有難う。いつも損な役回りをさせる」

 川崎は相好を崩し鳥羽を労った。

「自分は真面目が取り柄の人間ですから」

「時々思うんだが、君が上司で僕が部下でも構わないな。君がいないとうちの部は、締りが悪くて回らない。お蔭で僕は伸び伸びやらせて貰ってる様なもんだ」

「部下でもいいなどと、それは部長がそれだけ能力のある人間だから言える台詞です」

「そうだな。僕は現場の能力があると言ってもいい人間だろう」

 川崎は安物のビジネスチェアの背もたれに身を預け、伸びをした。

「うーん。離れたくないなあ。現場」

「部長のような人にこそ役員になって貰わないと困ります。目先の利益に囚われず、部下の教育を重視し、流れとサイクルを掴むのが上手い方にこそ」

「期待してくれるのはいいが、役員会は派閥争いに明け暮れる万魔殿だ。僕にどれだけの事が出来るものか」

 水素発電事業を核に奇跡的な発展を遂げてきた大城財団も、三年前のカリスマ会長の入院から後継者をめぐって内部分裂を起こした。誰が味方で誰が敵か、虚々実々の暗闘と駆け引き。誰が善で誰が悪か、社内では常に情報操作が行われている。

 聖書では善悪の知識の木の実を食べた事が人間の不幸だとも言う。全面的に頷く訳では無いが、川崎も鳥羽も一部その通りだとはと思う。例えば理性的な人間がいて、片方情の厚い人間がいるとする。組織としては、理性的な人間にシステムの骨組みをつくらせ、情の厚い人間に実地の血を通わさせるのが最適のやり方だろう。どちらが善で悪で正しいか間違っているかなどナンセンスだ。カリスマたる大城会長や叩き上げの川崎部長の元では常にそういう有機的結合が行われてきた。だが歴史上、カリスマを失った組織が腐敗していった事例は枚挙にいとまがない。利己主義と責任の押し付け合いと自分達こそ主導権を握るべきだと言う責任感の強さと自己正当化が排他主義を生み、生贄の『悪』を要求する。そこで生まれる反発や敵愾心が幻の『悪』に実体を持たせてしまう。責任を分かち合い、ミスや問題を皆で解決する、いい意味での日本人らしいなあなあさが無くなって行き、責任逃れのなあなあさが横行する。

 鳥羽は、大城財団にだけはそうなって欲しくなかった。大城会長が復帰し、新役員となる川崎とで悪い流れを変えてくれる。そんな子供じみた希望と理想を持っていた。

「高梨常務なんか、最近妖怪じみて人の心が読めるって噂だぞ」

「部長だって大概人の心が読めるじゃ有りませんか。張り合えますよ」

「いやそれが、僕のがただの洞察力だとすれば、向こうは超能力とかそういう感じらしい」

「また眉唾な」

「だといいがな」

 川崎部長達の物語はケース2にて語られる予定であるが、ケース1にて語られるのは以上である。

 ケース1は高梨父娘の物語である。

 

 大城実朝会長は大城財団の創始者である。巨大水素燃焼発電施設を中核とした人口百十万の巨大メガフロートアイランド、綿津見市を、英和自動車、佐々木建設、八島化学などの各企業との協力の下造り上げた立志伝中の人物だ。

 二〇一〇年代、地球温暖化対策は行き詰まりを迎えていた。次世代エネルギーと目されていた太陽光発電は、夜間や曇雨天時にエネルギーを供給できない不安定さから、電力会社が企業からの買電を拒否し、事業として成立しなかった。風力発電も同様であった。

 福島の悲劇があった後も、世が原子力発電を消極的是として受け入れつつあった時代、大城は綿津見市構想をぶち上げた。八島化学の海水からの光触媒水素製造に加え、太陽光、風力電力を広く一般企業から買い上げ、その電力からも電気分解で水素を製造して貯蔵し、英和自動車からの技術供与で建造した水素燃焼発電施設で安定的な電力を電力会社に売電したのである。余剰な水素は英和の水素自動車の安価な燃料としても日本中に供給された。

 二〇二〇年に稼働を開始した綿津見市発電施設は年々拡張、巨大化され、同様の十の施設をも日本各地の海に築くに至った。二〇六〇年には日本のエネルギー自給率は八十七パーセントに達し、ほぼ自立の体勢を整えたばかりか、太陽光発電、水素製造発電プラントの輸出をするにまで至った。

 他にも大城財団の成した業績は多岐に渡る。例えばシンク・リンク・ジャックの基本パテントの三十八パーセントをも財団は所有している。極限環境下作業用ドローンとマイクロマシン(それ自体が侵入型制御棒であった)を以って福島原発からの核燃料完全回収を二〇五九年に成し遂げたことは記憶にも新しい。

 だがその原発処理で己の使命を全うしたかのごとく、大城実朝は六十二歳で病で入院し、表舞台から姿を消した。六十五歳の今も退院の目途は立っていないと聞く。


 -3-


 東條探偵事務所は二十五歳で警察機構からドロップした千騎が設立して以来、大城財団どころかどの企業体にも所属せず、商工会議所にすら所属していない綿津見市唯一の完全独立の探偵事務所である。

よって企業体や組織に属する事によって得られるいかなる恩恵も受けられないが、それは男の矜持と言う名前のやせ我慢で耐え忍んでいた。

 その誇りに見合った、依頼人が他には相談できない類の利害の複雑に入り組んだ仕事もたまには来る。見合わない仕事の方が多くはあるが。

 その暑い夏の日には終業時間の午後七時になってもそのどちらも舞い込むことは無かった。小洒落た粗挽きマスタードカラーの麻のサマースーツをハンガーにかけ、赤いアロハシャツとダメージデニムのラフな姿に着替え、冷蔵庫からジンとライムソーダを取り出しショットグラスに注ぐ。ジンベースカクテルはアルコール中毒率が高いと言われているが、たまに飲むには一番好きな酒だ。

 灼熱と清涼の矛盾する二つの感覚が喉にしみる。

 余韻を楽しみ一息を衝いてからつまみを探す。一見変な組み合わせだがなかなかイケると思っている、やわらかいかくんせいを齧るその時、インターフォンが鳴った。

 時間外だぞ、面倒くさい。と思いつつも玄関のカメラをオンにする。

 二十代半ば、黒いビジネスウェアで隙無く身を包んだ、モデルの様に長身で腰まである真っ直ぐの黒髪の、控えめに言っても美人だった。

 ドアを開ける。

 実物はそれ以上だった。

 生命力の灼熱、凛楚とした清涼、おおよそ人間には有り得ないと思われた矛盾する二つの感覚が心にしみる。

「戸根木警部の紹介で来た葵凛花です」

 その声はショパンのピアノ楽曲の様に心地好い。

「スッポンの戸根木の爺さんか。まだくたばってなかったんだな」

 憎まれ口を叩いたが、戸根木は刑事時代散々世話になった上司だ。この頼みは無下には出来まい。

「中へどうぞ」

 ソファを勧め、焙じ茶を淹れる。

「それで、御用件は?」

「大城財団の高梨常務の御令嬢、透子さんが失踪しました」

「その透子さんを探せと言うのが依頼かい?」

「その依頼が、本来、大城財団保安部である我々の所に来るはずが、有りませんでした」

(こんな所に話を持って行かねばならないのは不本意です)

 流れ込む声に出さぬ声。

 おやおや。

 千騎が研究所で入手したシンク・リンク・ジャックには人の思考が覗ける機能が備わっていた。ピーピング・トムならぬピーピング・ジャックだ。無論、相手もシンク・リンク・ジャックを装着していればの話だが。

 千騎は内心の呟きは聞かなかった振りをして尋ねた。

「つまり透子さんの失踪には社内の人間にすら明かせない事情が絡んでいると」

「だから、明日にでも、部外者である貴方に捜索を依頼する可能性が高いと踏んでいます」

「それで俺にどうしろと?」

「依頼を受けて欲しい。その上で『明かせない事情』を我々にリークして欲しいのです」

「断る。それを受けたら俺の稼業は立ち行かない。守るべきルールはある」

「事が犯罪がらみでも、ですか?」

 まだ若い正義感。

「それは貴女も元警官だからか?」

「何故それを?」(戸根木警部から予め聞かされていたのかしら?)

「別に警部から聞いていた訳じゃない。ただのカマかけだ」

「嫌な人ですね」(ちょっといい男だと思ったのが馬鹿みたい)

「俺は貴女みたいな人は嫌いじゃない」

 千騎は子供の様に笑った。

「だから今なら依頼を受け付けている。透子さんの捜索と、それに絡む犯罪の調査を、貴女個人から」

 ピーピング・ジャックの機能をオフにした。これ以上心を覗くのは面白いが、失礼だ。

「良ろしければ詳しい話を。そして条件について話し合おうか」

 凛花は目を丸くした。

「私個人からでは大した依頼料は払えませんよ」

 予想外の申し出に怒ったかのように眉を上げ頬を赤くする。

「構わないさ」

 凛花は息を吐くと事のあらましを語り始めた。

 高梨敬三常務は大城財団の事実上のトップである柳治専務と対立する派閥の長である。他に二者の共倒れを狙う押田平取締の派閥も存在するが、規模はやや劣る。

 高梨は柳治との力関係を逆転するため、新規の取引先を次々と開拓している。

 それもまるで相手の心が読めるかの様に強引且つ好条件で。

 だが新規取引先の一つ、アイス・ガーデン・グループは控えめに言ってもきな臭い企業だった。元々が軍需産業、死の商人である上に、傘下の民間軍事企業は必要に応じて非合法な活動を行っているとの噂もある。犯罪組織との癒着まであるとの噂も。商品、即ち武器の需要を自ら作り上げているらしいのだ。

 高梨はアイス・ガーデンの弱みを握っているかの様に好条件を取り付けたと言う。だがそれはあまりにもリスキーな行いだ。娘の高校生、高梨透子はその報復として彼らに誘拐されたのではないかと言う憶測さえ成り立つ。

「これはまた、ただの探偵が手を出せば大火傷しそうなシチュエーションだな」

「断りますか?」

 凛花の声と表情はそれゆえ沈み、重苦しかった。

「まあ、まだ誘拐と決まった訳じゃない。年頃の娘だ。ただの勘だが家出かも知れない。できる限りのことはするさ」

 千騎は努めて明るく笑った。ただの勘ではない。高梨親子はピーピング・ジャックを所持している可能性が高い。不幸にも未成熟な女の子が人の思考が読めると言う事は、人間不信を引き起こすには十分だ。そして幸運にも人の心が読めるのなら、余程の不意打ちでない限り、アイス・ガーデン・グループに拘束されている可能性も低い。

「それに、そうだな。成功報酬に貴女とのデートを付け加えてくれれば断る手は無いな」

「女性の依頼人には皆にそう言ってるんですか?」

 凛花は眉根を寄せた。

「おや、ばれたか」

「やっぱり」

「冗談さ、君にだけだよ」

「信じられません」

 凛花はそっぽを向く。

 ―――だが契約は成立した。


 -4-


 一夜明け、千騎が洗面台の前でシェービングクリームを顔の下半分に塗りたくっていると、その電話はやって来た。ある意味予想通り、高梨敬三の秘書からだった。

 呼び出された場所は高くも安くも無いそれなりのホテルのスイート。探偵を雇ったなどと家の人間にも近所にも会社の人間にも知られたくないし、自らが事務所に足を運ぶ気も無い。そんな類の人間がよく取る行動だ。

 朝食のマスタードの効いたホットドッグを齧りコーヒーを飲みながら車を走らせ、5分もするとホテルに到着する。フロントで名を告げると目当ての部屋の番号を告げられた。

 訪れた部屋のドアの前で待ち受けていた女性は、おそらく電話をかけてきた秘書だろう。

「東條さんですか?」

 ハスキーな声。同一人物だ。

「ああ」

 懐から探偵ライセンスを取り出して見せる。

「中へどうぞ。高梨が待っております」軽い会釈。千騎も会釈を返す。

 開かれたドアをくぐりながら千騎は自分のピーピング・ジャックに施した設定を再確認する。全く思考を読ませないと高梨は不審に思うだろう。千騎が望んだ思考だけ相手に読ませる。読ませる間は心の底に鎮めた思考を意志の力でコントロールする。昔、習わされた古流剣術と禅の心身運用法の応用だ。

 スイートのソファに腰掛けていたのは五十前後の威厳と狡猾さを感じさせる男だ。いかにも大企業の重役らしい。だがその顔には若干の苛立ちと憔悴の色もあった。

 一礼する。

「東條です」(おやおや、おやつれですな)

「座りたまえ」(大きなお世話だ)

 高梨は顎で指示する。

 千騎はテーブルを挟んだ向かいのソファに浅く腰掛ける。

「今日はどのような御用件で?」(これだけ御困りの様なら金離れも良さそうだ)

「金離れは君次第だ」(舐めるなよ、若造)

「さすが大城財団の専務。心を見透かされましたか」(怖い、怖い)

 高梨はその反応に落ち着きを取り戻し、不敵な笑みを浮かべた。

「歳の甲さ」(こいつも操れるな)

 高梨は主導権を握った事に満足し、テーブルの上の茶を啜った。

 千騎は主導権を握らせた事に安堵してハンカチで額の汗を拭った。

「では改めて、如何様な御用件で?」(何故こんな私立探偵に?)

「好奇心は身を滅ぼすぞ。用件だけ言う」(くどいがもう一釘だな)

「何の事やら」(怖い、怖い)

「娘が家出した。社内の人間に知られるといささか体面が悪い」(これで了解しろ)

「つまり深い事情は聞かずに探し出して連絡するなり、確保しろと」

「そうだ。わかっているではないか。流石私立探偵だな。分をわきまえている」

 すると、高梨のジャックから千騎のジャックへ、透子の写真や動画、交友関係などの調査のための資料が流れ込む。

「ですが、もし御嬢さんも人の心を見透かせるのなら、確保は難しいですな」

「……そんな事は無かろう。だが確保が難しければ連絡だけでもいい」(……心臓に悪い)

「専務の娘さんです。有り得ない話でもないでしょう」

「深い事情は聞かない約束だろう」(いやまさか、ただの当て推量だ)

「失礼。そうでした」

「だがまあ、私の才能を受け継ぐのは有り得る話だ」(落ち着け。これで筋は通る)

 高梨はピーピング・ジャックを介して千騎の思考に耳を澄ませる。だが何も聞こえない。空だ。代わりに昔の習慣で覗き込んだ瞳に浮かんでいたのは哀しみだ。

「人の心が覗けるからと言って得になるとは限らない。大事なのはその人の有り方そのものでしょう。貴方も、娘さんもその事がお分かりにならないのは残念です」

「何の事だ?」

 とぼけて見せたが動機が早くなる。

(一体こいつは?)

「残念ですが、貴方の御依頼を受ける事は出来ません」

「ここまで話をさせておいて何を!」(何故自分が激昂している?)

「何故ならもうすでに同じ依頼を他から引き受けているからです」

「誰だ? 家内か、柳治か?」

 高梨は必至で千騎の心を探る。手応えは無い。

「生憎極秘の伝手で来たので私も知りません」(知りません)

 高梨は絶望に襲われかけたが思い直す。

「金なら向こうの倍額払う! ……な、だから」

「大変嬉しいお誘いですが、それを受けたら私の稼業は成り立ちません」

「この若造が、綺麗事を!」

「確かに。綺麗事を振りかざして綺麗事に守ってもらおうとするのは若造特有の甘えでしょう。ですが綺麗事が命を賭けた神聖な誓いだと思っている者もいる。それが本当の誓いならそれは貴方や貴方の家族だって守る。他ならぬ貴方自身が守れる。アイス・ガーデンを脅したりするのはおやめなさい。娘さんの家出がそれだけでは済まなくなる可能性がある」(何より大城実朝の理想に衝き動かされていた筈の貴方自身が可哀想だ)

 千騎はそう言葉と心で言い捨てるとソファから立ち上がる。

「待て、私と娘が人の心が覗ける事は誰にも言わないでくれ!」

「言っても誰も信じませんよ」(言いません。本当に)

 高梨は糸が切れたようにがっくりと項垂れる。

 千騎は静かにドアを開ける。

 専務の怒鳴り声に耳をそばだてていた秘書は慌てて飛び退く。

「さようなら」

 千騎は、口を開いて立ちすくむ秘書に礼儀正しく挨拶し、立ち去った。


 -5-


 千騎の中古の英和のスポイラーを取り払った見た目地味なスポーツセダンがホテルの地下駐車場から軽快に飛び出すと、路上駐車していたメルセデスが発進して尾行して来る。何度か出鱈目に交差点を右左折したが付いて来る。中古セダンと言ってもラリーカーモデルだし、チューンもしてあるからその気になればメルセデスと言えど廉価モデル位は振り切れるだろうが、厄介事は早めに片付けたい気分だった(ムシャクシャしていた)ので、人気の無い埠頭まで誘い出して車を停める。

 千騎が車から降りると、向こうも車から降りて来る。髪を撫でつけた白人のいかにも切れ者のビジネスマンと言った男と、体格のいい軍隊経験のありそうな黒人とアジア系の男二人の計三人だ。

「いい度胸ですな」(アイス・ガーデンを舐めているのか?)

「臆病でね。路地裏で不意を打たれるよりは、ここでカタを付けたかったのさ」

「賢明ですが、それでも自信過剰ですよ」(探偵風情が)

「御名前は?」

「聞かれて答えるとでも?」(保安部のマルティン・ヘフナー係長)

「では腕尽くで」千騎は不敵に笑った。

「後悔しますよ」ヘフナーは男二人に手で合図した。

 男達は懐に手をやり金属片から削り出したようなナイフを取り出し構える。実際に下町の工場か何かで金属片から削り出させたのだろう。港以外のルートは人工礁とセンサー網で囲まれた綿津見市では拳銃は勿論、大型の刃物を持ち込む事も不可能に近いからだ。

 三人は勝利を確信したニヤついた笑いを浮かべた。

 千騎は無造作に右の男に歩み寄った。右の牽制の突き。間合いの外。当たりはしない。

 だが恐ろしく速かった。

 鼻先に感じた空気の圧力。男は拳が引かれてから何が起こったのか理解し、慌てて千騎の引いた右拳に切り付けた。

 掠りもしない。

 千騎の左手が悠々と男の右手首を掴み脇に引く。右足を踏み込み右腕で頭を下げさせてから左足を引付け、絡み付く様に右腕を絞り上げると男はたまらずしゃがみこんだ。左の男は千騎が右の男を挟んで反対側に回るよう立ち回ったため、咄嗟に手出しができない。千騎の左手が男の手首を極めナイフを取り落させるのと同時にとどめの右の膝が男の顔面に突き刺さる。崩落。

「一人」

 残った右の男は慎重に千騎の両手を注視する。出鱈目の様に手が速い。一瞬も目を逸らせない。千騎はぱっと両手を上げる。男の目が釣られる。その瞬間には金的への蹴り。たまらずかがんで股間を押さえた所に顔面へ掌底。昏倒。

「二人」

 千騎はヘフナーの胸倉を掴み上げる

「三人目も行くか?」

「ま、待て、待て待て待て。私は話がしたかっただけだ。こうなったのは君があまりにも好戦的だったからだ、違うか?」

「受けなければ良かっただけだろう?」

「とにかく話を聞け。悪い話じゃない。君の得にもなる!」

 千騎は手を放す。

「どんな話だ?」

 ヘフナーは服が千切れてないかと襟元を撫でて確かめる。

「君が探し出す高梨透子嬢の情報ないし身柄をこちらに預け、我々の手柄にさせて欲しい。謝礼は高梨が払う額の倍払う」

 とんだインフレだ。四倍、合わせて七倍の依頼料が手に入る所だったのか。

「俺を叩きのめしていればタダで脅し取る気だったんだろう?」

「とんでもない!」(その通りだ、畜生!)

「高梨敬三も娘を盾に脅すつもりだったのか?」

「そこまでは言わない。日本人は一宿一飯の恩義を時に命より重んじるんだろう? 我々アイス・ガーデン警備保障はその恩を売りたかっただけだ」(出来るだけ高くな)

「そうか。あんたの願い、一部叶えてやってもいい」

「本当か?」

「あんたの情報提供のお蔭で娘が見つかった。それくらいの口添えなら高梨敬三にしてやってもいい。それ以上の欲はかくな」

「金は払うと言ったろう? もう少し色を付けてくれたまえ」

「金は要らん。だがあんたの代わりにもっと有能な奴らが大勢現れても面倒だから、俺への脅しがそれなりに効いたとあんたの上司に報告してくれればそれで結構だ。あんたも上司に失敗の報告などしたくないだろう」

「……」(どうしよう?)

「嫌なら無理やり言う事を聞かせてもいいんだ。そうだな、あんたにだって上司に知られたくない事の一つや二つあるんだろう?」

「何のことだ?」(裏金をつくっていた事か? 上司の愛人の恵子と情事を交わした事か?)

「そうだな、明日またこの時間にこの埠頭で合おう。俺は探偵風情だからな、その時までに俺はあんたの事を調べ上げてみせる。返事はその時聞こう」

「待て、待ってくれ」

 ヘフナーは鋭利だった顔を悲壮に大きく歪めて懇願する。

 千騎は何も答えず車に戻り、無情にドアを音を立てて閉めると発進させ去って行く。

 まったく。

 高梨にアイス・ガーデンを脅すなと説教しておいて自分はこれだ。千騎は己の短気と大人気なさと都合の良さに我ながら呆れて笑った。


 -6-


 千騎が次に訪れたのは下町にあるジョニー・ロンのマンションだ。部屋は綺麗に整理整頓されていた。だが天才ハッカーにしてヲタクでギークでコレクターであるジョニーのコレクション、美少女フィギュアやロボットのトイ、漫画やラノベやコンピューターの専門書が整然ながら圧倒的な量を以って広い部屋を占拠している。はっきり言って経済状況は千騎よりもリッチだ。千騎からだけでは無く色々な所から高額なギャラで仕事を請け負っているからだろう。勝手知ったる他人の家、千騎はジョニーの籠っているであろうコンピュータールームのドアを開け、中に入った。『電子の要塞』の言葉が浮かぶ。

「来たか、東條」

 冷静だがエネルギッシュな印象を与える、眼鏡をかけた太めの香港系中国人、ジョニーは正面のモニターから目を離さないまま声をかける。

「まずは礼を言う」

 千騎は空いている椅子に座る。

「ジョニーのしてくれた設定は完璧だった。お蔭で高梨専務に都合の悪い思考を読まれずに済んだ」

「読まれてもいい思考を自分の都合の良いよう制御できるお前の方が異常だ」

「禅だ。それにお前のクラッキング技術程じゃないさ」

「まあな」

 ジョニーは犬歯をむき出しにして笑う。

「それより、これで東條の十三個目のピーピング・ジャックは、他の十二のピーピング・ジャックを管理統括する為の上位ユニットでほぼ間違いないって事だな」

「ああ、運が良かった。それに広東語だけじゃなく英語からの翻訳も完璧だ」

「もう俺の心は読まないでくれよ」

 ジョニーの広東語の思考もジャックは翻訳して見せた。読む必要の無いくらい分かり易い思考か、読んでもわからない複雑な専門知識ばかりで、読む意味が余り無いと言うのが千騎の感想だったが。

「読まないさ」

 それでも安心させるために一応言ってみる。

「俺ならピーピング・ジャックなんて着ける気にもならん。道ですれ違った可愛い娘が気持ち悪いヲタク野郎なんて思い浮かべていたらなんて思うとぞっとする」

 ジョニーは己の身を両手で抱いて身震いした。

「それにしても、残りの十個はどこに行ったんだろうな?」

「わからん。刑事時代のコネを伝ってみたが、盗難届も出されて無いようだしな」

「あれだけヤバイ研究だ。公的機関は頼れんよな」

 今後に嫌な感じはあるが、それに拘泥してもいられない。今はすべき事がある。

「それより、高梨透子の新しいデータが入った。いつも通り頼む」

「いつもの手順だな」

 この三日間でネットにアップされた画像データと透子の顔データを顔認識ソフトを使って突き合わせ、透子がどこにいたかを洗い出す。いざとなれば街中の監視カメラデータに違法ハックして『透子の顔』を洗い出す。

「まあ、時間はかかるが、大体bot(自律プログラム)任せだから、大した手間じゃない」

「あと、アイス・ガーデン警備保障の保安部のマルティン・ヘフナー係長。帳簿を誤魔化して裏金をつくっているお決まりのパターンだ。裏を取ってくれ。上司の愛人の恵子と言う女とも情事を持っている。恵子の画像も入手したい」

「裏金の方は直接ハックすれば判るだろうが、恵子の画像はどっちかと言うとソーシャルハッキングだな」

「とりあえず恵子の方は、上司の名前だけでも判ればこっちでも調べられる。会社名簿から名前が引き出せたら連絡してくれ」

「了解」


 -7-


(こいつ何様)

(我が儘ばっかり)

(こっちが我慢してやってるのに気付かないんだよね)

(専務の娘だからって、勘違いしすぎ)

(親が偉くてもアンタが偉い訳じゃないでしょう)

(金だけだよね)

 友達だったはずの者達の残骸。

(付き合ってるのに、ヤらせてくれないんだよなあ。御姫様かなにかのつもりかよ)

(何かどんどん付き合うメリットが金しか無くなってく感じ)

 彼氏だった筈の者の残骸。

((まあ、精々我慢して取り入ればいいか))

「嫌っ!」

 高梨透子は目を覚まし、安物のパイプベッドから上体を起こした。

「目が覚めたかい」

 安物の化粧をした娼婦が迎え酒を飲みながら透子に話しかけた。

「ここは……」

 高梨透子は呟きながら思い出す。そうだ。あてども無く街をさ迷い歩いて、一つ淋しく光る街灯の下、力尽きてしゃがみこんでいる処をこの娼婦に拾われたんだ。


「ここはあたしの商売場所だよ。しゃがみこまれたら迷惑なんだよ」(家出娘だね。可哀想だなんて言ったらかえって傷付けるやつだ)

「邪魔だからあたしの部屋にいな。勝手に冷蔵庫から飯を漁って、勝手に寝ればいいよ。その後は好きにしな」(やれやれ、あたしも大概お人好しだよ)

 透子は言われるままに娼婦の部屋へと付いて行った。そして食事もせずただベッドに倒れ込み、眠った。久しぶりに長い時間寝た。最後に悪夢になったのは瑕だったが。


「これから飯をつくるからちょいと待ちな」

「あ、はい」

 応えながら透子は充電していたカチューシャ型のジャックを手に取る。この娼婦の心を覗くべきだろうか。やけっぱちな気持ちで覗かない事に決める。もういい、ここまで来たらひと時の優しい嘘に騙されて破滅するのもいい。

 疲れた。

 透子は我知らず泣いていた。

「よっぽどひもじかったんだね」

 娼婦は透子の頭を掻き抱く。

「待ってな。飛び切り美味しいのをつくってやるから」


 -8-


 昼休みの時間、千騎は依頼人である葵凛花に連絡を入れる。

「―――と、言う訳だ」

 若干の脚色を入れて千騎は現状を報告する。

『それなら、アイス・ガーデンに透子さんが誘拐されたと言う線はほとんど無い訳ですね』

「ああ、まず無いだろう。その代りここから先は地道な捜査だ。いつになるかは気長に待ってくれ」

『なら私も仕事の後でなら手伝います』

「はあ?」

 千騎は思い切り間抜けな顔をする。

『私だって元刑事です。足手纏いにはならないでしょう』

「そんな事は知っている。だが俺には俺のやり方が有ってだな」

『流儀はそっちに合わせます。じゃあ、また後で』

「お、おい―――」

 抗議しようにも通話は既に切れていた。

 ピーピング・ジャックを持った目標人物相手に心をガードできない相棒などいた所で足手纏いだ。だが真実を言う訳にもいかない。知られたくないヤバイ橋だって渡る。

 千騎は頭を抱えた。


 -9-


 人口百十万の都市で一人の人間を探し出すのにはそれなりの労苦がいる。

 ジョニーに任せた電脳調査が上手くいけば大分足跡は追えるのだが、違法ハッキングまではなるべく最後に取って置きたい手段である。二人仲良く揃って手を後ろに回すわけにはいかない。

 まずは透子の通う綿津見北高校の近くのコンビニやファミレスや店舗での聞き込みから始めた。透子の写真を見せ、彼女の評判を聞き、またよく行く場所に心当たりがないか尋ねて回る。

「探偵さんか。親御さんに頼まれたのかい?」

 先々で繰り返し問われる。

「今朝彼女の父親に呼び出された。彼は心配していた」

 と、嘘では無いが全てでは無い答。

 透子は仲間によく奢る娘だった。だが気前のいいと言うのとはちょっと違い、代わりに小さな我が儘を相手に聞かせていたそうだ。

「でもまあ、悪い子と言うよりは、相手に気を遣わせないつもりだったんだと思うよ」

 だが相手がそう受け取ったとは限らない。金に物を言わせて我が儘を押し通すと思われ、仲違いしたのが失踪の原因かもしれない。と、ファミレスの店主は語る。

 そのファミレスで遅めの昼食をとり、バイトのウェイターの大学生に高校生も年齢を誤魔化してよく訪れるようなクラブやダンスホールやライブハウスの情報を聞き出す。予め回ろうと思っていた所と大差ないが、裏付けが取れたと思おう。

 下校時間を待つ。

 他の友達の話も聞いてみたくはあるが、とりあえずは資料に有った彼氏の池内とやらを待つ。三年生なのでインターハイ予選の終わった今、部活はもうない。図書室で自習するのでもなければ直に校門から出てくるだろう。

 八分待った。

 池内は出てきた。なかなかのハンサムだ。千騎は校門向かいのコンビニから出て静かに後を付け、バス停で時間を待つ彼の後からそっと肩を叩く。

「こんにちは」

 池内は振り返りぎょっとする。

「俺は探偵だ。こう言えば、君に声を掛けた理由が大体わかるんじゃないかな?」

「高梨の事ですか?」

 池内は理解と警戒の入り混じった目を向ける。

「そうだ。進学補助施設の時間にはまだ余裕があるだろう?」

 千騎はファミレスでドリンクバーとチーズケーキを池内に奢る。

「高梨の行きそうな所は大体こんな所です」

 池内は躊躇いながらも粗方を話してくれた。それは透子を追い込んだ罪の意識が有ったからだろう。


 四日前の口論。

 だんだんエスカレートした挙句―――

「あたしの事、もう面倒臭いとしか思ってないんでしょう」

 透子は涙を浮かべた。

「そんなこと言ってないだろう、お前の被害妄想だよ」(心でも読めるのか、化け物)

「今あなた、化け物って思った!」

「うっ、うわあああっ!」

 池内は恐怖に駆られて透子から逃げ出した。

 その次の日から透子は学校に来なくなった。


「やっぱり俺の所為なんでしょうかね」

 池内はじっと、カップの中の紅茶に映る自分の瞳を見つめる。

「月並みなセリフだが、お互い悪かったのさ。君一人の所為じゃない」

 千騎はコーヒーを啜った。

「だが君が責任を感じていて、まだ透子さんの事を好きなのなら、お互いもう少し正直に、それでいて優しく強くなる事だな。それで嫌われるなら仕方無い事だろう。その年頃で性交渉を持ちたいと言うのは男としてまあ、普通の事だ。友人だってまだヤってないのかと馬鹿にするのかもしれない。だがそれよりも透子さんが大事なら、したいけど我慢するって言いたまえ。相手の所為にする事でもない。君自身の意志で決める事だ。させてくれない、じゃなくて、大事にするって」

「……俺自身が」

 池内は顔を上げる。

「相手に不平不満を持ち続けると結局は自分が惨めになるだけなんだよ。悟れとまでは言わないが気付きたまえ。どうせ同じ事なら、やせ我慢して男の見栄と意地を張った方が惨めじゃなく格好いいだろう」

 千騎は池内と目を合わすと微笑んだ。

「情報提供有難う。礼を言うよ」

 レシートを取ると立ち上がり、次の聞き込み場所へと向かって行った。


 -10--


 ジョニーは電脳空間を駆ける。いくつものサーバーを経由して逆探知を困難にする細心の注意を払いながら業務メールに紛れ込み、アイス・ガーデン綿津見支社の社内ネットワークに、思考と集中力がそのまま電脳空間でのアドバンテージになる直結リンカーならではの技でするりと身を割り込ませる。セキュリティプログラムの構造がまるで物理的実体があるかの様に観察、把握できる彼に、この程度の隙間を見つけるのは何と言う事は無い。

 だが彼は侵入の痕跡をクリーニングすると、特に何をするでも無くただ待つ。

 圧倒的な能力に酔い痴れていては必ずそのうちボロが出る事をジョニーはよく弁えている。だから彼は目的の人物がTLジャックから必要なパスワードを打ち込むのを待ち、特製ソフトを使ってデヴァイス間のやり取りを直接盗み聞きしたのだ。

 鍵さえ手に入れれば不必要なリスクを冒す必要は無い。

 ジョニーは管理者権限を以って自分の脳波を非常勤顧問の登録とすり替えて認証させ、悠々と目的のファイルに侵入する。


 -11-


 千騎は池内から貰った情報から方々に足を運ぶ。三日前、二日前の透子の足取りが徐々に浮かび上がってくる。だが肝心の昨日と今日の足取りはまだわからない内に午後五時を過ぎる。時間が足りない。そろそろマルティン・ヘフナーの調査もしなければならない。

 電話が来た。無視したかったが頭痛を堪えつつ出る。

『葵です』

 予想通りの声。

『仕事が上がりました。場所を教えていただければ、これからそちらに向かいます』

「……。いや、いい。こちらからそっちの会社に迎えに行くさ」

『えっ、えええっ?』

 明らかに動揺した声。

「どうした?」

『こっ、困ります! 同僚に彼氏とか思われたらどうするんですか?』

「思わせておけばいいじゃない」

 逆襲の糸口に愉快を感じ、くつくつと笑う。

『とにかく、こちらから事務所に向かいますからね!』

 凛花は言い捨てて通話を切る。

 一しきり笑って精神的余裕ができた。千騎自身も事務所に向かいながらジョニーに電話を掛ける。

「そっちの進行はどうだ? 兄弟」

『ああ。ばっちりだ。ばっちりすぎて安心して報告を忘れてたな』

 これがADHDと言うものである。分かっているのでお互い腹も立てない。

『マルティン・ヘフナーは真っ黒だ。裏帳簿は抑えたぜ』

「いつもながら見事な手際だ。助かる。後、上司の方は?」

『上司の名前は寺嶋隆課長だ。クレジット履歴から追った行きつけの店はバー『月影』。ついでにヘフナーの行きつけの店はバー『サザンシー』。だが高梨透子の足取りの方はさっぱりだ。済まない』

「画像やクレジット履歴自体が上がっていないならいくらお前でも探しようが無いさ」

 データ痕跡が無くてはどんなに優れたハッカーやプログラムでも追跡は物理的に不可能と言うものだ。だからこそ、この二千六十二年でも足で稼ぐ捜査が無くならないのである。

 更に二、三の打ち合わせをしてから通話を切ると、丁度事務所のある貸しビルに帰り着く。地下の駐車スペースにまだ凛花の車は無かった。事務所に戻りコーヒーを二人分沸かし、改まって禅を組む。下半身に濁養の気が沈み、上半身の気が清澄となる。気合(愛)が全身の隅々まで行き渡り、満たされ、強張りがほぐれる。

 インターフォンが鳴る。

「葵さんだろう? 鍵なら開いている」

 ドアを開け凛花が入ってくる。

「さあ、行きましょう」

「調査かい? それともデートの件かな?」

 子供のような無邪気な笑み。

 凛花は柳眉を逆立て怒ったように頬を上気させた。

「調査に決まってるでしょう、馬鹿!」


 -12-


 食事が済むと、透子の感情の堰は一気に切れた。気付けば何時間もかけて娼婦、安達万梨阿にこれまでの話を打ち明けていた。

 万梨阿はただ黙ってじっと話を聞いていたが、透子が語り終えると、やがてゆっくりと口を開いた。

「あたしもね、昔付き合ってた男から逃げ出したんだよ。そうしてあちこちを巡り巡ってから、今こうしてここにいるのさ」

「万梨阿さんも……」

「だから好きなだけここに居な。ただし食費ぐらいは実費で払ってもらうけどね」

「あ、私もう手持ちがあんまり……」

 透子の顔がまた泣きそうに歪む。家から持ち出した現金は残り少ない。履歴の追われる電子払いは避けたかった。

「お見通しだよそんな事は」

 万梨阿は腰に手を当て不敵に笑う。

「二丁目のパン屋が人手が足りないって言ってるんだよ。そこの女将は気建てのいい人だから安心しな。余計な詮索なんかしないで雇ってくれるよ」

 万梨阿の街角への『出勤』がてら、二人はパン屋『銀の鈴』を訪ねる。そこは香ばしいパンの薫りと、何を選ぼうかと弾む客の笑顔に満ちていた。

「いらっしゃい、万梨阿」

 女将は太っちょの陽気で朗らかな、万梨阿の言うように気建てのいい人に見えた。

「おや、その見慣れない可愛い子ちゃんは誰だい?」

「それなんだけどね、女将。例の話、あたしの代わりにこの子を雇ってもらえない?」

 万梨阿の言葉に女将はふっと溜め息をく。

「……そうかい」

 だが気を取り直して笑う。

「しょうがないね。あんたの頼みだ。もちろん雇うとも」

 透子に右手を差し出す。

「宜しくね、お嬢ちゃん」

「あっ、はい、こちらこそ」

 透子も右手を差し出す。

 握手した感触はとても厚く暖かかった。


 -13-


 調査は再開された。

 千騎と凛花はお互い刑事時代の経験を生かした見事な手際で聞き込みを続ける。しかしなかなか収穫は上がらない。やがて七時になると、千騎は切り上げを宣言する。

「どうして? クラブなんかこれから人が多くなる時間でしょう?」

「これからの時間はアイス・ガーデンのヘフナーの調査に回す」

 下手に言い訳するとこじれそうなので、千騎は自分の考えをすっかり凛花に打ち明けた。

「それを受け入れさせる訳? アイス・ガーデンにも高梨常務にも?」

「ああ。そこいらが丁度いい落としどころだろう」

「それを全部尾行に気付いた時に思いついた訳? 貴方って短気で大人気ないの? 冷徹で計算高いの? どっちなの?」

「どっちもさ。自分の全てを味方にしないと、探偵なんてやってられない」

 二人は古き懐かしき気怠さの漂うバー『月影』に着くと、マホガニーでできたカウンター席に座り、落ち着いた愛想の無い老紳士然としたバーテンダーに語りかける。

「少し話を伺いたいんだが」

「はて、スコッチのボトルをキープしたいと聞こえましたが」

 抜け目のない老人である。

「ジョニ黒を頼む。西條だ」

「西條様ですね。それで何のお話でしょうか?」

「寺嶋さんとその恋人の恵子さんについて知りたいの」

 凛花が詰め寄る。

「存じております。二人にはよくこの店を贔屓にしてもらっておりますので」

「写真か何か無いかしら」

「生憎私は持ち合わせておりませんが、向こうのテーブルのお客さんがアイス・ガーデン社のお方々なので、お持ちかも知れませんな」

「では、先ほどのジョニ黒をグラスでハーフ&ハーフ、人数分向こうのテーブルに」

 千騎が目配せする。

「承知しました」老人はやっと相好を崩す。

 千騎と凛花はテーブル席へと歩み寄る。


 続いて訪れた『サザンシー』は店名に因んでか前世紀のサザンロックの流れるラフで陽気な店だ。一見切れ者然とした冷徹で隙の無い男に見えるヘフナーが心落ち着けるのは意外とこういう場所であったらしい。バーテンダーも陽気な、と言うより頭のネジが一本どこかに飛んだような黒人の髭面の男だった。

「ハーイ、お客さん初めてだね? ご注文は何かな?」

「炭酸水を二つ。それとちょっと常連のヘフナーさんについて話を伺いたいんだが、いいかな?」

 千騎が切り出す。

「話にもよるね、ブラザー、シスター」

 笑いを止め片眉を上げる。

「店で一番高いつまみを」

「では何の話かな?」

 陽気な顔に戻りメロンをカットして皿に乗せ、生ハムを乗せて行く。

「この写真の女性がヘフナーさんが一緒に店に来たことはあるかしら?」

 凛花の左手のウォッチから映像が空中に投射される。

「恵子さんだね。あるとも」

 背後でドアの開く音。千騎と凛花の視線が向けられる。

「ちょうど本人が来たみたいだし、後は直接聞けばいいんじゃないかな?」

 入店したヘフナーは千騎の姿を見ると固まった。

「ば、馬鹿な……、何でこの店に、どうやって?」

「しがない探偵風情のちょっとした芸さ」

 千騎は底意地の悪く見える唇の片端を上げた笑みで答える。そのままスツールから立つと、ヘフナーの首から肩に馴れ馴れしく腕を回し、強引にテーブル席に連れ込む。

「ちょうどいい。明日の朝じゃなくて、今ここで話をしようじゃないか」

(ほとんどヤクザね)凛花は呆れながら付いて行く。

「どうやってここを調べたんだ? いや、そもそも私の事をどこまで調べ上げた?」

「まあ、落ち着けよ、保安部のマルティン・ヘフナー係長」

 ヘフナーは唾を飲み蒼褪める。

「調べ上げたのはこれくらいさ」

 千騎は裏帳簿のプリントアウトを机の上に広げる。

 ヘフナーは可哀想なくらい蒼褪める。身体中の血液を残らず献血したかのようだった。

「な、な、な、な」

 壊れたレコードのようなその声は掠れ裏返っている。

「何故それを、かい? 悪いが企業秘密さ」

 千騎は嘯く。お気に入りのセリフだ。

「それだけじゃないわ。あなた、恵子さんて女性も口説いたでしょう。それも上司の寺嶋課長の愛人と知った上で」

 凛花も再び映像を出しながら容赦なく詰め寄る。

 ヘフナーは観念した。

「……何が望みだ?」


 -14-


 万梨阿は情事を終えた後のシャワーを浴びていた。

 この日、万梨阿を買った男はベッドに寝転がったまま、街頭に立つ彼女を撮った写真をネットにアップする。『今日は俺こんないい女を引っかけて抱いたぜ』ナンパでは無く金で買った事を棚に上げた、恥知らずな自慢。本当は二人でベッドインしている写真をアップしたかったのだが、万梨阿に固く断られたのだ。

 何故万梨阿がそこまで拒むのか?

 男はそれに斟酌する事も、彼女の意志を無視した事への良心の呵責も、この事が一体何を引き起こすかについて責任を感じる事も何一つ無かった。


 -15-


 千騎は夜十時半に今日の調査の終わりを凛花に告げ、事務所のビルから去っていく彼女のクーペを見送る。

「さて」そのまま千騎は再びセダンに乗り込み、水素直列四気筒ターボエンジンに火を入れた。交通量の少なくなった照明だけがぎらつく夜の道路を金属の獣が疾駆する。

 辿り着いたのは繁華街の外れにある手入れの乏しい古ぼけたビル。

 三階にある目当てのオフィスの前に辿り着くと、チンピラが二人たむろしていた。見張りのつもりだろう。

 片割れが千騎に詰め寄って来る。

「何の用だ、ああ?」

 メンチを切って来る。

 もう片割れが千騎の顔を覗き込んで怪訝な顔になる。

「……ちょっと待て、そいつは」

 その声を男は無視した。

「何の用だって聞いてんだよ」

 千騎の胸倉に右手を伸ばす。

 駆け引きすら必要無い。ただ千騎は返した左手で相手の右手首を掴み、右腕で肘を払い左足を進める。チンピラの右腕は綺麗に回され、背中側に極められる。

「あいででででっ!」

 威勢の消え去った悲痛な声。

 もう一人のチンピラは目の前の光景にようやく記憶の引き出しを探し当てる。

「お、思い出した! あんた、地下格闘技場の伝説、『壊し屋戦鬼』だ!」

「知っているなら話は早い。お前らのボスの浦上に合わせてもらおうか」

「は、はいっ!」

 望んで出場した訳では無いが、千騎は綿津見市の地下格闘技場ミドル級チャンプを決めるワンデイトーナメントに出場し、優勝した事があった。『壊し屋戦鬼』とは、その際ほとんどの対戦相手を病院送りにした事からついたあだ名だ。今ほど心の余裕が無く手加減が下手だった頃の話だが、こんな時には役に立つ。

 オフィスの中は外と違い、壁紙も真新しく天井も大理石張りの床も清潔で、少々成金気味ではあったが豪華と言って差支えない部屋だ。

 部屋の主、浦上はスキンヘッドをシャンデリアの光でてかてかと輝かせながら、咥えていたパナマの葉巻を手に移すと笑みを浮かべて口を開く。

「ようこそ、『壊し屋戦鬼』君。御高名はかねがね伺っているよ。今日は何の用だね」

 気さくを装ってはいるがその瞳には蛇の様に冷たい狡猾な光がる。 

「浦上さん。あんたを少年少女売春斡旋組織の長と見込んで頼みがある」

「果て、私はそんな組織の事など知らないが、頼みとやらは聞くだけ聞こうじゃないか。無論、見返りは要求するがね」

 浦上はニタニタと笑う。

「あんたのネットワークにこの少女が引っ掛かったら連絡して欲しい」

 千騎は透子の映像を見せ、そのコピーデータを送ってから、浦上に近寄る。

「見返りもある。耳を貸せ」

 浦上も身を乗り出す。

 千騎は浦上の耳元で彼の競合者を出し抜ける情報と助言を密やかに告げる。

 浦上は邪悪な笑みを浮かべて頷く。

「いいだろう。十分な見返りだ」

「それじゃあ、頼む」

 千騎は踵を返す。

 浦上はその背中を呼び止めた。

「待ってくれ、その少女を見つけられなかった時は、どうやって借りを返せばいい?」

「気の向いた時に返して貰うさ。あんたぐらい顔の広い人間に繋ぎがあるのは、探偵にとっては得なんでね」

「さりげなく人をいい気にさせるな、君は」

 浦上の狡猾な瞳が好奇心を抱いたそれに変わった。

「いいとも。それで」

 千騎のその日の調査はこれで終わった。


 -16-


 透子のパン屋『銀の鈴』での一日が始まる。

 朝十時に出勤し、店内を隈なく掃除し、トングとトレーをアルコールの滲みた布で拭いて綺麗に殺菌し、店主と見習いと女将の焼いたパンを次々と商品棚に並べる。十一時になると開店。売り子をする事となる。お昼の掻き入れ時が終わった午後二時に店番を無骨な店主に替わってもらって休憩し、遅めの昼食となった。

 スパゲッティ・ボンゴレを女将と見習いの三人で啜る。

「朝から随分張り切ってくれたね」

 女将は透子の頑張りを称えた。だが同時に張りつめ過ぎを労わるような視線も向けた。

「お金、貰ってますから。お客さんからも、お金貰ってますから」

 透子は訥々と答えた。

「そんなにお金に困ってたのかい?」

「お金、無いと万梨阿さんの家に居られませんから。お金、無いと何もしたい事できませんから」

「そんなにまでしてしたい事って、何だい?」

 透子は虚を衝かれた。

「……わからない。あたしのしたい事ってなんだろう。なんだったんだろう。ただはっきりしてるのは、お金が無いと、あたし価値の無い人間なんです」

 女将は目を瞑り、穏やかな笑みを浮かべた。

「わたしゃ、自分の価値なんてわからないし、余るほどの金持ちでも無いけどね、したい放題好きな事をして生きてるよ」

「そうなんですか?」

 透子は目を丸くした。

「好きなパンをつくって、それをお客さんに美味しいと思ってもらってまた次の日も笑顔で来てもらえる。今日はどんなパンを買おうかとウキウキしてもらえる。新しいパンをつくって、これもこんなにおいしいよって自分もウキウキする。成功しても失敗しても、もっとおいしいパンをつくろうって日々思える。こんなに幸せな毎日は無いよ」

「そうなん……ですか?」

 透子はますます目を大きくした。

「そりゃあお金だって貰うし、お金が無きゃあ飯も食えないし、仕入れもできないけど、まごころにまごころで応えてもらえるのが一番の宝なのさ。何より自分の身体中を愛で満たしていられるんだ。最高だよ」

「オ、オレも親父さんや女将さんのようなパン屋になるのが夢で理想なんすよ!」

 見習いの梶原も感極まって言う。

「で、できればその……」

 透子の方をちらりと見る。

「?」

 透子はなぜ目を向けられたかわからない。

「こいつはね、万梨阿に惚れてんだよ。できれば万梨阿と一緒にパン屋がやりたいって言ってたもんねえ。何で拒むのか、その理由が知りたいんだよ」

「そうなんですか……」

 透子は躊躇った。だが何故だか無性に万梨阿にこの梶原と言う男と幸せになって欲しいと思った。だから万梨阿が昔の男から逃げ回って腰を落ち着けられない事まで話した。

「……そこまで込み入った話だとはねえ」

 女将は目を手で覆った。

「俺がそんな奴来ても追い返してやるっす!」

 梶原は立ち上がりテーブルを両手で叩いた。

「無茶をお言い、お前、パンの扱いはうまくても喧嘩はからっきし弱いじゃないか」

「畜生……、もっとガキの頃から空手とか習ってりゃあなあ」

 しばし沈黙が場を支配した。

「いけない、もうそろそろ時間だよ、亭主にも飯を食わさせなきゃあ」

「はい。店番替わります」

 透子は立ち上がった。

「透子ちゃん。一つアドバイス。肩の力を抜きな。それでもって、お金を貰ってるからだけじゃなくて、このパンで幸せになってもらって欲しいと思って笑顔になりな」

 女将は透子の肩をポンと叩いた。

「―――ハイッ!」透子の迷いは少し晴れた。


 -17-


 それはただの偶然だった。

 他人がどんないい女と寝たかを見聞きして性的に興奮する、そんな男がいつもの日課でネットをチェックしている時、それを見つけた。男は最初それがベッドインの写真で無い事に失望したが、よく見るとその女に見覚えがある事に気付いた。

「こいつは確か、毒島さんの……」

 一時間後、ストライプのジャケットに身を包んだヤクザ、毒島はその男から電話を受け取った。「万梨阿の居場所が分かっただと?」

『はい、綿津見市です』

「そうか、道理で俺のネットワークに引っかからなかったわけだ」毒島は舌なめずりした。

 綿津見市は海に囲われた地故に、犯罪組織も外部とは関わりの薄い、島独自のものが出来上がっている。隔絶されていると言ってもいい。

「週明けには綿津見市に行くぞ。兵隊もちっとばかし揃えとけや」


 -18-


 それは透子にとって新鮮な日々だった。

 父母にお金や物を与えられはしたが、たまに会っても厳しい言葉ばかりでロクにかまってもらえなかった寂しさも、使用人や友達や彼氏にいくら我が儘を言っても満たされなかった寂しさも、陽だまりの中に溶けて行くようだった。

 店主と女将と梶原と共に働く事も楽しかったが、その楽しかった話を、万梨阿が朝食の席でまるで我が事のように喜んで聞いてくれる事も、子供時代をやり直しているようで嬉しかった。

 それは透子にとって幸せな日々だった。

「あの、昨日もこの新作のパンお買いになられましたよね、美味しかったですか?」

「ああ、そうだよ」

「あ、有難うございます!」

「私も美味しかった」

「ああ、本当旨かったよな」

「ここのはどれも旨いよ」

「有難うございます!!」

 透子のお客にふりまく笑顔は、やがて本当の笑顔になった。

 透子は『銀の鈴』の可愛らしい看板娘として次第に知られるようになった。

 客の一人が盗撮してネットにアップするほどに。

『この娘、笑顔がめちゃ可愛くねwww』

 それは透子の満ち足りた日々の終わりを呼び込む事となった。


 -19-


 bot、機械は疲れる事が無いと言う。

 だがそんな事は無いとジョニーは知っている。ネットに漂うウィルスやバグを拾う度、プログラムは綻び、動作は遅くなっていく。定期的にパッチやワクチンで修復してやっても、丸々新しいプログラムに書き換えても、集積回路は起動し続けた時間だけ寿命を縮めて行く。人間の数倍、数十倍のスピードで。

 疲れ果て、やがて命尽きる。

 ただ彼ら彼女らは与えられた仕事に愚直なだけなのだ。

 botは最近の、それも綿津見市内限定とは言え、ネットにアップされた膨大な画像データを繰り返し、繰り返し、精査して、透子の画像を探し続けた。

 だからジョニーはいつも彼らが仕事を終えると、理解する事は無いと分かっていても、「よくやった」と筺体を撫で、心からの労いの言葉をかけるのだ。


 -20-


 千騎と凛花の調査は成果が上がらないまま徒に日々が過ぎた。知人友人の伝手も空振り。

 それ故千騎のジャックに浦上から電話が入った時は悲喜の混じった期待を抱いた。

 だが期待と、透子が身を持ち崩しているという悲観も、両方裏切られた。

『すまんが、透子嬢を見つけた訳じゃない。むしろ借りを増やしたいって話だ』

 入出島管理官からの横流しの情報によると、本土から薬物売買と年齢を問わない売春で悪名を馳せる毒島が、十名程の手勢を連れてこの島に乗り込んできたと言うのだ。彼等から浦上達地元の組織への断りは無かった。ショバ荒らしに等しい。浦上としては睨みを聞かせたい所だ。そこで荒事で頼りになる千騎に声を掛けたのだ。

「悪いが他を当たってくれ」

『そう言わずに。ひょっとしたら透子嬢が手段を選ばずに島の外に出たくて奴らを呼んだ、なんて事もあり得るだろう。奴らなら彼女に偽の身分と新しいジャックを用意する事が出来る』

 もっともだった。千騎は苦虫を噛み潰した。

「……場所だけ言え」

『東南区の兼安に向かったらしい。それ以上は追跡しきれてない。そっちで見つけたら教えてくれ。こっちで見つけたらまた連絡を入れる』

 通話が切れると毒島達の画像データが送信されてくる。

「何の電話?」

 凛花が顔を覗き込んでくる。

「……お嬢さんが怖い奴等に連れ去られるかもって話さ」

 どうやって具体的に凛花に説明しようかと千騎が悩んでいると、また電話が入った。

『千騎!』

 ジョニーの興奮した声。

「どうした?」

 胸騒ぎ。

『やったぜ、botが透子の画像を見つけた! 東南区の兼安のパン屋『銀の鈴』だ!』

 千騎は素直に喜べなかった。猛烈に嫌な予感がする。トラブルの匂いだ。刑事時代からのこの嗅覚はあまり外れた例が無い。


 -21-


 午後七時。

 万梨阿は客を取る前に、『銀の鈴』を訪れた。透子にどうしても自分の働く姿を見て欲しいとせがまれたからだ。そこには透子と女将と、客たちの笑顔が有った。眩しすぎるほどの、自分が触れてはいけないと思わせるほどの輝き。

「万梨阿さん、いらっしゃい! 来てくれて有難う」

 透子の弾む声。

「約束したんだ。そりゃあ来るよ」

 万梨阿はやや素っ気なく答えると、他の客に混じってパンを選んでトレーに乗せた。

 会計のためレジに行くと、透子の隣で梶原が一切れのパンを持って待っていた。

「万梨阿さん、これ、俺が粉を選ぶ所から焼き上げまで全部自分でやったパンなんす。是非、食ってみて感想を聞かせてください!」

梶原は息を呑みこみ、精一杯の覚悟を決めて頭を下げた。

「それでもし、美味かったら、俺の事を少し見直してやってください!」

 透子が、女将が、固唾を呑んで成り行きを見守っていた。どれほど彼女たちが自分たちに幸せになって欲しいと願っているか、痛い程にわかった。それは激しい痛みだった。

「―――迷惑なんだよ、そういうの」

 万梨阿はわざと抑揚の無い声で答えた。

「透子。さっさとレジを済ませておくれ」

「……万梨阿さん」

 透子は項垂れると、レジを打った。

 女将は何も言わずパンを袋に詰めながら、じっと万梨阿の目を見ていた。どんな言葉よりも雄弁で実直な瞳だった。万梨阿は見ないふりをせずにはいられなかった。

「万梨阿さん。俺の事は嫌いでもいいっす。でも、透子ちゃんの働きぶりは時々見に来てやってください!」

 梶原はもう一度、頭を下げた。瞳は潤んでいたかもしれない。

「気が向いたらね」

 万梨阿はいつも以上に蓮っ葉に答えると、袋と釣りを受け取り、踵を返して店外へと歩み去って行った。

 ―――最低だ。

 分かっているのだ、代償行為だと。本当は自分もあの幸せの輪の中に入りたかったと。だが自分がその輪の中に入る勇気が無かったから、怖気づいていたから、身代りに透子を入れて自己満足していたのだと。梶原の求愛に応えれば簡単にその輪の中に入れるが故に、それが恐ろしく卑怯で身勝手で恥知らずな行為だと思うが故に、素直に入って行けないのだと。

 そしてもし、幸せの輪の中に入って行き、自分が満たされた時に、あの男、毒島が現れて何もかもぶち壊してしまうかと思うと、たまらなく恐ろしかったのだ。

「―――最低だ」

 万梨阿は口に出して呟いた。そして俯き立ち止まっていた事に気付くと、顔を上げた。

 万梨阿の目は驚愕に開き、その唇は恐怖にわなないた。

「……毒島、何でここに?」

 その男、毒島と彼の兵隊たちは通りをゆっくりと万梨阿に向かって歩を進めていた。

「探したぜ、万梨阿」

 毒島は人間にしか浮かべえない醜い笑みを浮かべた。


 -22-


 梶原は見ていた。一度は項垂れながらも、未練がましいと分かっていても、好きだからガラス越しに万梨阿の姿を目で追わずにはいられなかったのだ。

 だから見ていた。万梨阿の顔が恐怖の色に染まるのを。

 だからわかった。その男が万梨阿の前に現れたのだと。

 だから店の扉を壊しかねない勢いで飛び出さずにはいられなかった。

「野郎! 万梨阿さんに手を出すな!」

 梶原は万梨阿を背に庇い、その男を前に啖呵を切った。

「俺が相手になってやる!」

「ぶひゃひゃひゃひゃ、お前、この人数を見て物を言ってんのか? 正気か、ええ?」

「やめて、梶原! アンタの手はパンをつくるための大事な手なんだ。あたしなんかの為に暴力を振るう必要も、身を危険に晒す必要も無いんだよ!」

「わかってるっす。そんなことはわかってるっす。手を出したら負けな事ぐらい、わかってるっす。手を出してもどうせ敵わないのもわかってるっす。だから殴られるっす。その間に万梨阿さんは逃げてください」

 梶原は震えながら漢の笑みを浮かべた。

「ムカつく」

 毒島は笑うのを止めた。

「そう言うのムカつくんだよ、ええ? お前ら、この男を取り押さえろ」

 顎で手下を促す。

 梶原は精一杯抵抗したが人数の前に取り押さえられた。

 透子が、女将が、パン生地を伸ばすための棒を手に構えた店主が店から出てきたが、その光景に凍りついた。地に組み伏せられた梶原の指が捩じり上げられている。あのままだと指が折れる。

「動くなよ。万梨阿も、そこのアンタらも。でないとパンをつくる大事なお手々の指が折れちゃうよ~ん」

 毒島は勝ち誇り酷薄な笑みを浮かべる。

「やめて!」

 万梨阿は懇願した。

「戻るから、あたしアンタの所に戻るから。止めて、毒島」

 気付いた。この期に及んで気付いてしまった。幸せの輪の中に入りたかったからだけじゃない。梶原自身にも自分は惹かれていたのだと。自分に都合が良過ぎるからと引け目に思い、目を逸らしていたのだと。もう二度と会えなくなる最後になって気付くなんて、どれだけ自分は愚かで臆病で、どれだけ神様は残酷なのだろう。

 だが毒島は聞き入れなかった。

「折れ」

「ぐぁああっ!」

 梶原の指は異様な角度に折れ曲がった。

「どうして? 戻るって言ったじゃない!」

 万梨阿は涙を流していた。

「足りねえな。それだけじゃねえ、一生俺に忠誠を誓わせる。そのためにたっぷり思い知らせてやるぜ」

 毒島は更に顎をしゃくった。「もう一本折れ」

 万梨阿の目の前は絶望で真っ暗になった。

「―――誰か!」

 透子は心から叫んだ。

「誰か助けて!!」


 応える者はいた。


 梶原の指を折ろうとしていた手下の顔面に、どこから飛んできたのか警棒が突き刺さるように叩きつけられた。

 チンピラは昏倒した。

「風巻光水流、小柄(投げ短剣)打ち『飛閃』―――」

そう告げた乱入者、千騎は、唖然として振り向いた毒島の顔を見据えた。

「堅気に手を出すとは仁義破りだぜ。毒島。忠誠が欲しければそれに足る人間になる事だな」

 チンピラたちが呆気にとられている間に、万梨阿と女将は身を投げ出して梶原の身を覆い守った。店主はとにかく棒を振り回して三人を守る。

「誰だぁ、てめえは?」

毒島は凄んで見せる。

「今の俺は『壊し屋戦鬼』さ」

 冷たく研ぎ澄ました刃のような脳裏、地獄の業火のように怒りに燃え盛る肚。今だけ昔に戻るのも悪くは無い。

「私もやるわよ」

 凛花も構えながらじりじりとチンピラ達に近付く。

「野郎!」

 一人が千騎に殴りかかる。

 千騎は左手で受け流すと同時にカウンターの右の掌底を顔面に叩き込んだ。

 男は前のめりに倒れ、ピクリとも動かない。

「後遺症は残らない様にしたが、二、三日はまともに動けない」

 千騎は人差し指一本で手招きし、挑発した。

「全員で来い。棒切れ振り回しているオジさんの相手に人数割く余裕なんざ無いぜ。さもなきゃ残らず病院送りになる」

「う……」

 チンピラ達は顔を見合わせた後、一斉に襲い掛かった。

「―――ウオオオォッ!」

 透子達はその光景に唖然とした。

 千騎が悠然と、それなのに恐ろしく速く人の波の中を縫って能の様にくるくるひらりと舞うと、チンピラ達が残らずバタバタと倒れ伏して行く。それはまるで素手の戦いと言うよりも、時代劇で剣の達人が次々と敵を斬り伏せて行く殺陣の様だった。

 毒島はその光景に慄然とした。

 有り得なかった。格闘技を齧り人間に暴力を振るってきたからこそ目の前の事が信じられない。一撃で相手を殴り倒すには、強く前に踏み込んで自分の全体重を拳に乗せるか、思い切り遠心力の付いたフックで無ければ不可能なはずなのだ。なのに『戦鬼』と言う男は、右に左に身を躱しながら、それどころか後ろに退きながらでさえ、右手でも左手でも一撃の掌底で倒すのだ。

「悪かったな。それでも全員病院送りだった」

 千騎は飄々と嘯く。

「私はちゃんと手加減してますよ」

 凛花も二人ほど投げ飛ばして倒している。

「あ、暗器(隠し武器)か? 気功か?」

 毒島は問いかけずにはいられない。

 千騎は両掌を広げてひらひらと振って見せた。

「生憎この通り、何も持ってない。ただの気合いさ」

「あ、ああああ……」

 毒島はますます訳が分からなかった。気合いなどで人が倒せるはずがないではないか。恐怖に駆られ後すさる。足に何か当たった。先程『戦鬼』が投げた警棒だ。そうだ、要は相手に体に手を触れさせなければいいのだ。警棒を構える。さあ、手を出せ、手を出したらそれを打ち据えてやる。どんな手品でもこちらに届かなければ意味は無い。

 だが千騎は両手をぶらりと下げたまま無造作に近付いた。

「うおおっ!」

 毒島は千騎の喉目がけ突きを放った。

 千騎はそれをただ骨の髄の命じる声を聴くまま躱し踏み込み、右手で下から毒島の右手首を掴み、左手で後ろから右肩を掴み、ほんの刹那小さな円を描く様に後ろに引いてから前に押して倒す。

 毒島は地面に組み倒され右腕を捩じり上げられていた。

「まずはこの右腕、そこの男の指の代わりに貰う」

 千騎は無慈悲に壊した。

「ぎゃあああっ!」

 毒島はすべての虚勢を剥がされ、苦痛の悲鳴を上げた。何故だ? 何故こうなった? 何をどこでどう間違えた?

「お前には簡単に意識を奪ってやるなんてしない」

 千騎は痛みにのた打ち回る毒島の顔を上げさせる。

「一部始終の映像は俺達のジャックで録画した。またこいつらに手を出せば、映像をお前の周りの裏社会全部に流してやる。お前らの暴力の威権は地に落ち、面子は潰れ、侮られて過ごす事になる」

 地獄の獄卒を務める鬼の笑みを浮かべる。

「ついでに言えば、俺は探偵だ。お前の知られたくない弱みを調べ上げて握ってやる。隠しおおせると思うな」

 そしてピーピング・ジャックの機能をオンにした。

「―――さあ、毒島。お前の弱みは何だ?」


 結論から語れば、毒島達が綿津見市に姿を表す事も、万梨阿や『銀の鈴』の人達の人生に関わる事も、二度と無かった。


 遅れてやって来た浦上達は、毒島達の身柄を回収すると闇医者へと運んで行った。せいぜい高い治療費と恩をせしめてやると、浦上は上機嫌だった。

 彼らが去ると、千騎と凛花は改めて透子達に向き直った。

「俺達は探偵だ。こう言えばここを訪れた理由はわかるだろう?」

「有難うって言うべきなんだろう、でも、待ってくれ―――」抗弁する万梨阿の袖を引いて止めたのは透子だった。

「いいよ。万梨阿さん。あたし、こんな事思ったの初めてだけど、恩知らずになりたくないもの」

 透子の笑顔はほんの少し強張っていた。だが精一杯の勇気を込めた笑顔だった。

「あたし、たくさんの恩を銀二おじさんや和子おばさんや梶原さんや、そして万梨阿さんから受けたもの。そして今、みんなが返しきれないほどの恩を探偵さん達から受けた。だから今、みんなの分の恩をあたしが探偵さん達と一緒に行く事で返せるなら、それでいいの」

「透子ちゃん―――」

 女将は瞳を潤ませ透子に手を伸ばそうとした。

 店主は女将の肩を引きとめる。

「いつかは向き合わなくちゃならなかった事なんだ。本人が肚を括ったんなら、行かせてやれ。和子」

「今まで透子ちゃんの面倒を見ていただき有難うございました」

 凛花が頭を下げる。

 千騎は最後に一言、梶原に告げる。

「その指は辛うじて脱臼で済んでる。嵌め直したが、ちゃんと医者に通え。暫くパンはこねるなよ」

 そして踵を返す。

「じゃあな」


 そうして、透子と探偵達は『銀の鈴』から立ち去って行った。


 -23-


「何をぼさっとしてやがる。和子、梶原、さっさと客の相手をしろ」

 店主は名残惜しげに見送る二人をどやしつけた。

「先に行っとけ。俺はまだ万梨阿に説教がある」

 梶原と女将は顔を見合わせてから店の中へ戻る。

「さて、万梨阿。何で説教をされなくちゃならんかわかるか?」

 店主は万梨阿を睨んだ。

「……あたしがどうしようもない女だから、ですね」

「そうだ」

 店主は鼻を鳴らした。

「だが、何がどうしようもないか、わかっているのか?」

「あたしが薄汚い娼婦で、そのせいで毒島達なんてトラブルを持ち込んで、梶原さんに怪我をさせてしまった事ですね」

「全然違う」

「それじゃあ、何が?」

 万梨阿は覚悟した。きっと自分は自分が思う以上に酷い女だと。

「お前がお前自身をちっとも幸せにしようとしなかった事だ! 今回の事だって、透子ちゃんが言ってくれなきゃあ、昔の事情を俺達が知る事も無く、梶原が勇気を振り絞る事も無く、俺達が知らないままお前は毒島とやらに連れ去られていただろう。そうしたら、どうなる? 俺もかかあも梶原も透子ちゃんもお前も、みんな不幸になっていたんだぞ! 俺とかかあはまだいい。どうせすぐ立ち直るだろうから。だが梶原と透子ちゃんは自分達の方こそ見放されたと思って残りの人生を生きなくちゃならなかったんだぞ!」

 万梨阿は絶句した。それは自分が両親にされたと思っていた事だった。だから自分はそんな人間になりたくなくて、どうしようもない男だと分かっていて我慢に我慢を重ねて身を売って毒島に尽くしたのだ。その挙句がこの人生だ。

「お前が自分を幸せにしようとせず、自分が不幸なままでいいと思いながら梶原と付き合うとする。我慢に我慢を重ねて本当は嫌な事をする。自分は尽くす女だとそれだけを慰めにする。すると、どうなる? 梶原は毒島とやらかしたようなのと同じ態度を取るようになる。それがお前のつくりだしてしまう現実なんだ。それがお前のどうしようもなさだ」

 万梨阿は何も言い返せなかった。

「人間てのはな、往々にして幸福よりも、住み慣れた不幸の方を選んじまうどうしようもない生き物だ。だから今、ここが正念場なんだ。自分を責めるとか責めないとか、許すとか許さないとか思う暇も無いくらい真剣にしたい事をして生きろ! 真剣に幸せになれ! お前自身が周りまでつられて幸せになるような本当の幸せになった時、梶原は男として本当の幸せになるんだ。貧乏とか金持ちとか、そんなのはついでだ」

「銀二さん……」

「透子を見習って肚を括れ。どうしたらいいかわからなくなったらうちの和子を見習え。あれは世界一のかかあだ」

 店主は急に顔を赤くした。

「スマン。のろけだ。おまけに柄にもなく喋り過ぎた」

「お父さん、お母さん」

 万梨阿は涙を流した。それは梶原と二度と会えなくなると思った時と同じくらい哀しい涙だったが、哀しいから流れるのではなく、凍っていた哀しみが溶けて溢れ出る涙だった。

「ゴメン。今、あたし幸せだよ。気付いたよ。ゴメン。もっと幸せになるよ」

 きっと、もう『銀の鈴』の皆に出会った時から幸せだったのだ。

 店主は万梨阿の肩を叩いた。

「泣き止んだらお前も店に入れ。責任を取ってうちで働け。それで一から手取り足取り梶原に教えてもらえ。かかあには梶原の代わりに生地をこねてもらわなくちゃならんからな」

「て、手取り足取り?」

 今度は万梨阿が赤面する。

 ―――鈴木家は新たな家族を迎え入れた。


 -24-


 凛花は東条探偵事務所でホットココアを三人分淹れてガラスのテーブルに並べた。そのカップをおずおずと透子が口に運ぶのを見てから自分もソファに座る。

「……落ち着いたら家まで送るわね」

「待て」

 千騎は異を唱えた。

「今家に返す訳には行かない」

「ちょっと」

 凛花は柳眉を逆立てる。

「私が依頼主ですよ」

「父じゃないんですか?」

 透子は目を丸くした。

「何でかそうなっちゃったの」

 思い返せば詐欺に遭った気分である。自分が気の済むようにするにはそうするしかなかったのだが。

「俺の気が済むまでは俺の流儀でやらせてもらう。まだ仕事が完了した訳じゃない。俺の流儀に合わせてくれるって言っただろう?」

「う……」

 千騎にそう言われると言葉を返す事が出来ない凛花。

「透子さん。君は才能か偶然かは関知する事では無いが、人の心を覗いてしまった。感想はどうだい?」

 千騎は単刀直入に問うた。

「もう二度と覗きたくないです」

「それは不幸だったが幸運だった。それはいずれ君の人生で清算しなければならなかった事だからな。今の内にわかって良かったんだ」

「………」

「人に我が儘を叶えてもらったなら、できれば金だけじゃなく、相手の我が儘も叶え返してあげるべきだったんだよ」

「ええ? そんな面倒臭―――」

 透子はハッと顔色を変えた。

「……本当だ。あたし酷い事してたんだ。みんな面倒臭い事してくれてたんだ」

「気付けて幸運だったろう?」

「……ハイ」

「お金の遣い時だってある。お祝いや慰めの時とかな。でもすべてをお金だけで済まそうとしない方がいい、心からの感謝が伴わなければ虚しいもんだ。逆に心からの感謝さえあればいい時だってある。つまらない我が儘だったからつまらない感謝しかできなかったんだろう?」

 千騎もココアを啜り、その後話を再開した。

「そして透子さん。君は『銀の鈴』の人達にたくさんの恩を受けたと言っていた。それほどまでに君はあそこにいて幸せだったのかい?」

「……ハイ」

「それほど幸せだったなら、どうしてあの時逃げ出さずに私達について来たの?」

 凛花は透子の横顔を覗き込む。

「他のどこにも行きたくなかったからです。あそこにいられないなら、他のどこに逃げても同じだから、せめて恩を返すためにできる事をしたかったからです」

「それは幸福だったが不幸かもしれない」

「もうあそこにはいられないものね」

 凛花は嘆息した。

「いや。本当の不幸はそう言う事じゃない。もしこのまま透子さんが本心から納得できないまま家に帰るとする。その時、両親や彼氏や友達を『銀の鈴』の人達と比べて、どうしてこの人達は優しくしてくれないの、いい人じゃないの、誠実じゃないの、関心を持ってくれないの、と、要求ばかりを積み重ねてしまいかねない事が本当の不幸なんだ」

「そ…それは」

 凛花はそこまで考えていなかった。

 透子は項垂れ身を固くして黙って耳を傾けていた。

「もっと嫌な話をする。透子さんがさっき自分で気付いた事もおざなりにして、やっぱり面倒臭いからと惰性ですべてをお金で解決したらどうなるだろう? 次第に周りの人達がお金目当ての偽善者に見えて行く事だろう。古くからの付き合いの人や、新しく出会う人にも、その人が偽善者かどうか試すような行いや要求をしてしまい、その事に傷ついたり不愉快になった人達が離れたり冷たい態度を取るようになるだろう。そうして態度の変わった人達を『ほら見ろ。やっぱり偽善者だったんだ』と見下すようになるだろう。お金さえあればどんな要求にも応えてくれるホストに嵌る可能性だって高い。そして優しくしてくれるホストと優しくない自分の旦那や周り人達を引き比べて、自分を被害者で可哀想な人間だと思い、自分を金しか価値の無い人間だと思い、その埋め合わせに他人をより見下すようになるだろう。まあ、これはちょっと脅し過ぎたが、現実ってのは当の本人が作り上げてしまうものだって事を言いたかったのさ」

 金の有る無し自体が問題な訳では無い。お金が無い人でも、幸せじゃないのはお金が無い所為だと、周りの人がお金が無ければ冷たい偽善者に見えると、同じサイクルに陥る事もある。それが智や力の才能や、美醜や権力や地位の有る無しでも。そして自分がそう言う現実を作り上げている事に気付かないのだ。

「あたし、そんな嫌な人間になりたくない……『銀の鈴』の人達みたいな人になりたいよ」透子は俯き、身を震わせた。目には涙が浮かんでいた。

「だから、余計なお世話だと分かっていても、家に帰す前に教えたかったのさ。現実と闘う術を」千騎は微笑んだ。「立ち上がって御覧」

「はい」

 透子は項垂れたまま立ち上がった。

「まず顔を上げて、今、身を固くしている力みを手足から抜く。そして圧を胴体に、できれば体の中心軸にゆっくりと集めて御覧。刀禅と言う流派における玄と言う基本の技だ。難しければ、ただ体の中心軸、正中線を注意するだけでいい。そこに背骨を支える前縦靭帯が有り、身体の軸で芯だ。極論すればそこさえしっかりしていればいい。その天地に向かって貫く細いがしっかりした柱に集中する事が、本来の『集中』と言う言葉だ」

「はい」

 透子の姿勢は少し伸びた。

 目先や脳にばかり集中してしまうと、姿勢や意識は乱れる。それは本来の意味での『集中』では無い。できても長続きしにくいし、疲労も余計に溜まる。

「次にしてもらうのは胸式呼吸だ。息を吸う時肚をひっこめ、吐く時膨らませてもらう。そうそう。では大きく鼻から頭に向けて息を吸う。この時頭を足の土踏まずの真上に乗せる感じで。いいぞ。そして吐く息とともに頭の中の力み、今ある落ち込みを手放して、膨らました腹の底に沈める。落ち込みを肚の落ち着きに変えるんだ」

透子は自分の変化に驚き目を見開いた。「凄い。本当に落ち着いた気がします。どんな魔法ですか?」

「魔法じゃなくてただの気合いさ。じゃあ、もっと落ち着かせてやろう。手足から抜けた力みの代わりに、頭から愛と言う柔らかい意識が発せられ、波のように広がり手足の先隅々にまで行き渡り届き、そして今度は達した手足の先から中心に向かってゆっくりゆったりと愛が自分の身体中を満たすイメージを持ち、身体をほぐす。その愛は、『銀の鈴』の人達が君に降り注いでくれた愛情を思い出してみるんだ」

「和子おばさんと知り合いなんですか? 同じ事を言ってました。自分の身体中を愛で満たしていられるのは幸せだって」

「そうか。なら和子さんは達人だな」

「?」

 透子は戸惑った。和子おばさんは目の前の鬼神の様な強さの男と違い、普通の人だ。

「武術の、じゃなくて、人生の、さ」

「はい!」

 それはとてもよくわかった。

「愛してくれた愛が、自分がその人を愛したいと思う愛が、自分を満たしていれば、愛が外にしか無くて人が愛を与えてくれないと思う事も少なくなる。それどころか却って人のさりげない愛に気付きやすくなる。人の優しさを比べてしまう飢えも少なくなる。それでも人が自分を愛してくれる事は嬉しいが、それは自分と相手が同じ愛を抱いている事が嬉しいからだ。自分を愛で満たす事、幸せになる事はそれだけ自分を強くする。それが気合いだ。中国語の『愛』の発音の『アイ』から『合い』が生まれたのか、もともと日本語で物事が和合する様を『アイ』と呼んでいたのか、現代ではもう確かめようもないが、中国語の『勁』よりも、日本の『気合い』の方が俺は好きな言葉だ。まあ、そこまでの事を伝えている日本人も、とても少なくなったがね」

 千騎の講釈は続いた。気合いを完全なものとするには、心の底と腹の底も重要である。頭の意識は物事を把握、洞察したり、直感や計算で言葉を使わずともすぐ答えの出るような事を考えるには便利だが、答えのすぐに出ない、たくさんの言葉を費やさねばならない思考や悩みは思い切って頭から手放して、心の底で考えた方がいい。そしていい悪いで答えが出ないなら、自分の意志と言う答えを出すのだ。その意志は心の底から発せられ波のように広がり手足の隅々の先にまで届き、達したそこから中心に向かってゆっくりゆったりと全身に満ちる二つ目の愛となる。意志が手足の隅々まで行き渡り、意志で行動できるなら、身体は更にほぐれ、落ち着きは増す。 最後に感情は頭と心の底から手放して腹の底に鎮める。すると自然と腹圧が高まる。赤ちゃんがお腹に、植物の種が土中に有るのが自然の様に、感情が腹の底にあると、それは波のように発せられ全身に広がり手足の隅々まで行き渡り、また達した手足の先から中心にゆっくりゆったりと満ちる生命力、エネルギー、三つ目の愛となる。その三つの愛と、普通の意味で言う気合いが合わさったもの、意識の流れと無意識の流れの協調が『気合い』なのだ。

 人間、動物の精神、神経は元々脊椎と内臓からはじまり、それをベースに徐々に脳の体積が増えて行ったものである。腸や内臓と思考や感情がある程度密接に関わっている事も現代医学でも解明されている。思考や感情が内臓にストレスをかけるなら、最初から丹田やチャクラと言うポイントで内臓や脊椎に意識と思考と感情を分担させた方がいい事を、禅や武術やインドの行は経験則で学んでいたのだろう。

 頭に溜まり過ぎた言葉の思考や、心の底に溜まり過ぎた感情を、膨らみ過ぎた水風船の口を緩め抜いてやる様に手放し続ければ、心の底と腹の底は受け止めてくれる。頭の意識はクリアーになる。心の底は言葉も色彩も豊かになる。受け止め切れない重さ力は骨が受け止め、大地に還るべき重さ力は踵から地面が受け止めてくれる。剛く、重く、どっしりしている事が骨と大地の役割だからと思えばいい。そうすれば大体の物事は落ち着いて受け止められる。体に愛と気合が満ちていれば、手足は柔らかく自由に動き、大体の事には対処できる。力で腹の底に言葉や意識まで無理やり押し殺すのではない。任すべき所に任すべきだし、力で抑え込めば折角鎮まっていた気は却って水の底の泥が掻き回されるように頭まで濁る。仮に完璧に抑え込めたとしても、力は入れ続ける訳にはいかない。それは常在戦場を旨とする武術には有り得ない事だ。

 眉間の上、鳩尾、臍の下(三丹田)にそれぞれ相応しき気が鎮まれば、それぞれから愛が発し、達した手足の先から体の中心に向かってゆっくりゆったりと満ちて自然と圧が体の中心軸に集まる。集まった中心軸の圧から余分な力みを手放せば、また眉間の上、鳩尾、臍の下に気が鎮まり愛が発する。息を吸い柱に集中し、息を吐き愛を発す。そして繰り返す。自然と心身が柔らかく骨がしっかりする良い循環が発生するのだ。力みが無ければ寝ている間さえ呼吸として行える。

「色々面倒臭い事を言ったが、普通にする分にはまあ、和子さんの言ったように自分の身体中を愛で満たすようにする位でも充分なんだろう。自分が愛で満たされていれば、本当はどうでもいいような、つまらない我が儘を人に言って自分を満たそうとしなくてもいいし、本当に大事な我が儘こそを人にお願いできるだろう。そんな我が儘なら人は喜んで叶えようとしてくれるし、感謝のお金だって誇りすら感じ満足して受け取ってくれるだろう。違うかい?」

「……違いません」

「それでもこれだけ面倒な事を説明したのは、まあ、今後、君自身や君の大事な誰かが心を壊しそうになった時、思い出してもらうためさ。俺も今はこんなだが、刑事時代は色んなストレスを抱えていてね。精神科のお世話になって、大量の薬を飲んで、重度の精神病で入院する一歩手前だった」

 今でこそ落ち着いて思い出せるようになった殺人課の刑事時代。大抵被害者は二人居た。殺された、または殺されかけた者と、殺人を、または殺人未遂を犯さざるを得ないまでに追い詰められた者の二人。ままならない現実に、善と悪も正義も理想も見失った。何を裁くべきかわからなくなった。どれだけの情熱を注ぎ込んでも注ぎ込んでも報われないと思った。疲れ果て擦り切れてしまった。

 強くなりたいがために大学時代から半端に色々な武術や格闘技や気功に手を出し齧っていた事も裏目に出た。不十分な理解のままにしていた事は、脳内物質を過剰に分泌させて、脳を無理やり過剰運転させていた事だった。精神病の多くが脳内物質の分泌が狂い、または大量に出て止まらなくなる事で生じている事も知らずに。

 千騎は思い切って刑事を辞め、改めて幼い頃の最初の師であった風巻光水流師範代、風巻一矢に教えを乞うた。好都合な事に風巻師匠は古い知人がいるとかで、度々ここ綿津見市を訪れていた。

「武術においてスピードとパワーを出すために最も重要な事は何だと思う?」

「それはやっぱり地道なトレーニング?」

 凛花が答える。

「半分正解だ。正確には自分のスピードとパワーで自分の体を痛めない為の、もっと言えば筋肉や腱や軟骨や内臓を傷めない、血流や神経細胞すら阻害しない、無理と無駄の無い刃筋を立てた正確な関節の向きの丁寧な柔らかいさりげない動きを、徹底的に自分の体に繰り返し癖付ける事だ。そしてそれは精神だって同じ事で、身体と精神は一つの布の縦糸と横糸のようにで密接に折り重なっているものなんだ。実際に人間の神経は体の隅々までに編み巡らされている。ほんの指先一つの神経でさえ、それが人間の頭脳の、心の、精神の一部分で無いなんて誰が言える?」

 粗暴な動かし方のまま体を酷使すれば、身体は嫌がってスピードやパワーを出す事を躊躇う。精神も同じ事だ。しっかりした気骨を使わない、柔らかく道を開いて筋を通さない様な粗暴な思考の仕方のまま精神を酷使すれば、精神力は発揮できないし、最悪精神は壊れる。

 火事場のクソ力を出したければ普段から丁寧な心身の使い方をする事、そして必要な時以外は火事場のクソ力を出そうとしない事だ。心身を騙せばそのツケは自分に返ってくる。騙さなければ、心身はその時その時に必要な事を自分に教えてくれる。

 在るがままを、在るがままに気付かさせてくれる。

「いわゆる達観て言う奴だ。長所しか見ようとしない、短所しか見ようとしない、そんな狭量な見るが観るに変わる、聞くが聴くに変わる。有るがままを受け止めるから、物事の短所が長所、ネガがポジに成り得る事も、ポジと思っていた事が時にネガに振る舞う事にも気付き、長短個性陰陽を丸ごと受け入れられる。生まれつき頭がいい奴や運動神経がいい奴もいるように、生まれつき天然とかでこれができる奴もいるがな」

 そして達観とは何も高みから見下ろす事だけでは無い(時にそれが必要な事もあるが)。先入観や思い込みから目を覚まして今この体に居て実際に触れる、何度も触る様にして覚える、覚触の悟り、いわゆる覚悟を伴うものなのだ。そして体験を意識して味わうから意味が生まれる。人との出会いを意識して味わえば、それは味方となる。何も人が実際に動いてくれると言う意味だけでは無い。その人を尊敬して見習える、自分の財産となった時、味方と言うのだ。無論、互いに尊敬が有れば、実際に人が動いてくれる事も多いのだが。

 どんな経験や努力や勉強も意味が有り無駄にはならないと言うのはたまたま成功した人間の言い分かも知れない。だが、少なくとも自分の人生のすべてを味方に付け意味にしなければ満足に現実と闘う事も出来ないのは確かだろう。

「例えば恐怖にビビッて一目散に逃げ出すような奴をどう思う?」

「臆病だと思います」

「みっともないわね」

 女性たちは顔をしかめる。

「だが、大火事や津波に襲われた時はそれが正解な時だってあるだろう。一番いいのは恐怖や臆病も味方に付けて、必要な分だけ骨の流れに取り入れ、ほんの少し骨の髄に残す事だ。恐怖や臆病を無理に押し殺し粗暴に走れば、今日みたいに大勢を相手になんかしたらあっという間にやられちまう。ちゃんと落ち着いて受け入れるから、必要分逃げる、最小限で躱す見切りができる訳だ」

「それであんな凄い立ち回りができた訳ですね」

 透子は素直に感心した。

「……まあ悔しいけど認めるわ」

 凛花は腕組みして渋々肯定した。

「あそこまでやるには見切りだけでなく歩法もいるがな。まあ、それは置いといてだ。例えば今日の奴等だって、下らない真似をする反面教師だけじゃなく、それが必要なら実力行使も辞さないのは教師とも言えるし、忠誠を欲しがるのだって、この先何かの拍子で社長とかになった時には必要だから教師とも言えるだろう。そして、向こうが暴力を振るうのを僅かでも躊躇うのならば躊躇わせたままにするのが武術と言うもんだし、次に出会うのがいい出会いなら、一緒に楽しく酒を飲んだりもするだろう。それが覚悟ってやつさ。まあ、また下らない真似してたら、またぶっ飛ばすけどな。それも覚悟ってやつさ。でも普通は自分でぶっ飛ばさずにちゃんと助けか警察呼べよ。それか一目散に逃げろ」

「「ぷっ」」

 二人は笑いだした。

 相手が誰であれ(自分も含め)、善意に味方し、悪意に拗ねない、挫けない。嫌な事でも本当の事は受け入れる。間違っている事は相手の善意や真意のみを汲んで受け流す。善い事をすれば喜び、悪い事をすれば哀しみ怒る。分かってもらえたらそれ以上いじめたり傷付けない。上手く言葉にできないのなら、怒りで己の背筋を正し、哀しみで落ち着いて眼を見るだけでもいい。上手く言葉にできないのを認めず憎しみでゴリ押しするよりは、大抵はいい結果が出る。

 普通にする、即ち普遍的に通すべき筋を、できれば楽しんで柔らかく道を開いて通す。

 道は自分で決められる。

 例えば人の失敗をつい笑ってしまったとする。一見悪い事のように思えるが、人の素直な感情に本来善悪などあるまい。それだけではまだ善悪は決まらない。

『誰だって失敗するんだ。失敗するのが怖かったけど、ほっとさせてくれて有難う』と感謝すれば、善い方に道は変わる。人は暖かく見守ってくれると人の善意を信じられるようになり、失敗を必要以上に恐れなくなる。そうして余裕ができると、却って人の期待や信頼を善意に思えて応えるのが楽しめるようになっていく。善いサイクルが生まれて行く。

『失敗してる。みっともない、無様だ。ああなったら終わりで自分はあれよりマシだな』と嘲り侮り蔑めば、一時的に楽になるが悪い方に道は変わる。失敗する奴は冷たく見放されると人の悪意を信じるようになる。失敗を必要以上に恐れる事になる。却って隙が増える。そうして余裕が虚勢になっていくと、次第に人の期待や信頼に応えるのが負担になってストレスとなる。悪いサイクルが生まれて行く。

 因果応報とは本来そう言う事だ。事象にまで現れて損得が発生するのは、それが積み重なってしまった結果に過ぎない。そしてそれすら終わりでは無く通過点で、気付き認めれば人は変われる。

「心や言葉は丁寧に使うもんだ。本当にその人間の人生を変えちまうからな」

「比べるって悪い事なんですね」

 透子はしみじみとため息をついた。

「そうかしら、え~と、うまく言えないけどそれが必要な時もあるじゃない」

 凛花はもどかしがる。

「自分よりも素直に凄いと思う奴や、こうなりたいと思わせる奴をとりあえず目指すのは悪い事じゃない。今日は昨日よりも前進し成長したと思える事も大事だ。太陽や星があってそれを目印に進むようなもんだ。劣等感や優越感もコンパスぐらいには必要だろう。人間の心は本来上手くできているもんだし、上手くない所が有ったとしても、それを逆手に武器に変えるのが武術なのさ。闘い生きる為の技術だ」

 千騎は昔、師、風巻一矢に問うた。

 改めて風巻光水流を学び直した事で、高度な心身運用法を持つ素晴らしい流派門派と、その逆も見分けがつくようになった(と、当時の千騎は思った)。

 師匠は何故もっと間違っているとしか思えない流派門派や権威を否定しないのかと。

 師は答えた。

 そもそも間違っていると云う言葉自体、間合い(時と場所)が違うと云うだけで、正しくないと云う意味では無い。

 人は他人を否定し差別すれば、否定し差別された相手だけでなく、した当人も、それに同調した人間も、傷付くのだと。その傷を庇い後ろめたさを誤魔化すために、人はより正当化し庇ってくれる権威に縋る。権威に縋れば、人は虎の威を借りてまた人を差別し傷付け、学び前進する事を止める。それでは何のために否定したのか分からなくなるだろう、勿体ない、と。

 人は、力は、否定されれば余計に気負い、強張る。愚かに見えようと、無駄な強張りに見えようと、心身を、大事な何かを、その人の真実を守っているのだと。痛みや弱さを感じるのは大事なシグナルだと耳と心を傾け、それが必要な時は必ずあるのだと認め、むしろ有難うと感謝する方が、気負いは取れて緩み、本当に必要な時に発する気合いとなる。

 武術とはひとつである。

 力を骨の声に聴いて預け、愛を以って心身血肉の気負い強張りを気合い(合気、勁)に変えて行く。

 一撃にすべてを賭け追い求める者がいる。だがそれが在る所まで行けば気付く事になる。しっかりと身に染みついたその一撃は、気合いや勁の流れは、前後左右にどう移動しながらでもどのような技ででも流し発する事が出来ると。ある者が多様に変化する技から始めようと、ある者が華麗な歩法を身につける事から始めようと、必ず、同じ一つに気付く事になる。同じ人間の心身を極める事なのだから。

 そしてまた、武術とはそれぞれただひとつである。

 愚直に繰り返した一つが、貫き通したい、守りたい大事な一つが、その流派門派の最大の長所となり、武器となり、風格となり、真実となる。

 修める者が何でも解りできるように見えるのは、一つを以って己の器を広げるが故、その器を細やかな愛で満たす故。

 一つに向き合う最初の姿こそ行き着く姿。

 それは一つとして同じものの無い人の個性も、人生もそうなのだろう。

 己の人生と云うただ一本の流れに向き合う事が武術なのだろう。

「さて、最後にもう一つコツを教えたいと思う。それについて質問だ。なぜ水道は蛇口を捻ったらすぐに水が出て、電気はスイッチを入れた瞬間につくと思う?」

「「そんなの当り前」」「じゃない」「です」

「じゃあ水道管や電池の中が空だったら?」

「「……出ない」」「わね」「ですね」

「人間も同じさ。必要な瞬間に何かに気合いや愛を注ごうと思ったら、身体中を愛で満たしておく必要がある。そして電池や水道局の様に管の中に圧力をかけるポンプが必要で、それが対象から掌から骨を以って重さ力を頂き踵から大地に還す事なのさ。そうすれば愛は限りなくまた大地から血肉を通って対象へと注がれる。人が何かに愛を注ぐ時、必ず同時に力を頂いているという感謝をしろと師匠に言われた。それがさせて頂くという言葉の本来の意味だと」

 思い上がり、対象に愛を注ぐのみで力を頂いていないと思えば、己はすぐに空になって必要な時に愛を注げなくなる。与えるばかりで報われない、もう無理なのに求められていると言う欠乏感が生じる。頂くばかりで愛を注がなければ、何も己の内には入って行かず、いくら与えられても奪っても満たされぬ欠乏感が生じる。どちらも空虚と言う煩悩だ。

 ちゃんと両方の流れがある、心身が充実した力と愛の道管である事を空虚の逆、虚空蔵の悟りと言う。

「科学的な裏付けがある訳じゃないが、そうイメージする事で上手く物事と気を合わせ上達するのが早くなる事、いわゆる聴勁が巧みになるのは確かだ。きっとパンをこねるのに役に立つ」

「「……それって?」」

 女性達は大きく眼を見開き、恐る恐る言葉の意味を計るように尋ねた。

「人間、愛し方が心身に染みつけば、大抵の事は愛せるようになるが、やっぱり愛したい事から愛さないと、愛ってのは始まらない。『千招(千の技)を知る者、一招(一つの頂く技)を知る者に能わざる(勝てない、及ばない)は、仁徳無かりせば七徳あらざるが如く、暁光無かりせば七彩あらざるが如し』中国武術の言葉だが、好きな言葉だ。愛染の悟りさ」

 千騎は片目をつぶり、微笑んだ。

 

 -25-

 

 照明を控えたホテルの一室で高梨常務は再び千騎を迎え入れた。

「娘が見つかったと言うのは本当かね?」

「ええ。アイス・ガーデン警備保障のヘフナー係長の助力もありまして、無事」

「……無論、注文は有るのだろうな」

 高梨は苦虫を噛み潰した。

「ええ」

「……娘はいつ返して貰えるのだ?」

「それに関しても、依頼主から注文がありまして」

「……だろうな、早く言え。離婚か? 金か? 後継者競争から降りろか? 退職しろか? あるいはその全てか?」

「どれもいりません」

「―――何?」

「依頼主は貴方の思うよりいい人だったようですよ」

 千騎は片目をつぶり、微笑んだ。

 

 -26-

 

 高梨常務はアイス・ガーデンとの契約を譲歩し、相場より若干の安値(アイス・ガーデンの企業的努力として不自然で無い範囲)でおさめた。

 大城財団ビルの応接室で、面子が保たれたアイス・ガーデン日本支社長ブラウンは契約書の中身に笑みをこぼす。

「今後ともよい関係を築きたいものですな」

「まったくです。欲を掻き過ぎるとロクな事は無いと身に染みました。お互い気を付けるべきですな」

「ホウ?」

「平和ボケした日本人とて、如何なる手も駆使する事は有り得ますよ」

「一般論ですか?」

 ブラウンはわずかに唇の端を歪める。

「守るべきものを守るためならば」

 高梨の穏やかな笑みの裏には鋼の意志があった。

 ブラウンは肩をすくめ、去って行く。

 高梨はブラインドを指でこじ開け、眼下に走り去るキャデラックを眺めてから虚空に視線を移し呟いた。

「若造めが」

『それが本当の誓いならば、貴方や貴方の家族だって守る』


 -27-


「―――お願いがあるの」

 久しぶりに登校してきた透子を扱いかねていたクラスメイト達は、その突然の言葉に戸惑った。中には『また我が儘?』と露骨に顔をしかめる者もいた。

「今までのお返しに、今度はみんなの我が儘を叶えさせてほしいの。恋とか勉強とかの手伝いを、お金じゃなく、私の手で」

 若干の静寂。

「……なんかさー」

「あれよねー。やっと友達になってくれたってゆーかー」

「そうそう、そんな感じー」

「そんなお願い、いいに決まってるじゃん」

 透子はもう一つ、精一杯の愛と勇気を振り絞る。

「それで……実はもう一つお願いがあるの」

 張りつめた静寂。

「あたし……お金や体が目当てじゃなくって、心もちゃんと欲しいって言われるいい女になりたいの!、……どうやったらなれるか教えてください……」

「…………」

「……わかる、わかるよ」

「男の下心っていまいち信用ならないもんねえ」

「そんなんみんなで相談するに決まってんじゃない!」

「あたし達マブダチだよ~!」

「お、お礼は?」

「そんなんいるか!」

「莫迦にすんな! あんたもアンタを莫迦にすんな!」

 女子達は透子を中心に身を寄せ合い抱き合い涙を流した。号泣する者もいた。

 男子達ですら、もらい泣きした。

 教師は教室に入って来て授業を始めようにも始められぬ様に困惑したが、彼すら遂に眼鏡を外し涙をぬぐった。


 クラスメイトはクラスメイトとなって帰って来たのだ。

 

 -28-

 

 万梨阿は懸命にパン生地をこねる。

 銀二はアドヴァイスする。

「真剣にするって事は、それだけ自分の何かを糧にするって言う事だ。それがストレスでさえも。だから真剣にバイクや車を全身全霊で世界を愛するように操ったりすると、消化されてすっとする。でもすっとしたという結果に誤魔化されてストレスをぶつけるような事をすると、解消しないし危険な事はわかるな。物事を真摯に愛するって言う事が、結局人を救うんだ。そう思ってこねろ」

 万梨阿はパンをこね終えると、訥々と語り始めた。

「あたしホントはね、銀の鈴を窓の外から眺めながら、梶原さんが何であんなに楽しくパン作りをしているんだろうってずっと思ってたんだ。それであれこれ想像していたの。夢物語みたいだけど笑わず聞いてね。もし梶原さんと一緒に店を持てたら、最初は贅沢が出来ないじゃない。でもたくさんの人の為に本当に手頃でおいしいパンをつくってあげたいじゃない。だから大きいけれど、粉がてんでバラバラにしか製粉できない様なオンボロの製粉機を東南アジアとかから貰ってくるの。2回ぐらい大きなふるいと小さなふるいにかけて、小さい粉と中くらいの粉と大きな粉に分けてあげて、それぞれに相応しい舌触りと歯触りのパンにしてあげるの。小麦粉の声を聴いてあげたいの。でも食べてくれる人の体を考えて、小麦粉だけはそれなりにこだわった北海道のいいものを」

 銀二は舌を巻いた。呆れるほどのパン屋の才能ではないか。これほどまでの才能が何故埋もれていたのだ。

「あたしも気付いた。あたしの親は夢を諦めてあたしを育てたのにって苦しそうにしていたんだ。愚痴ばかり聞かされてた。だからあたしも夢を諦めて子供を育てなくちゃいけないって思いこんでた。でも違うの。本当は親は夢を諦めてまで子供を愛してやりたかったって。それなのに自分の子供にもお金が無いからあきらめさせなくちゃならなかったって、自分を憐れんで卑下して、悔しかったって自分がもう少し強ければって言えなかったけど、それくらい一生懸命あたしを愛してくれてたって気付いたの。それこそあたしは幸せにならなくちゃいけなかったのよ。気付いたんだ。本当の願いを諦めたら、結局は何かがずれて行って、それこそ人にも二番目や三番目のつまらない夢を押し付ける事になるって。透子を一番幸せな場所に連れて行ってあげたいって、あたしが心から願ったら、あたしの方こそ本当に一番連れて行ってほしかった幸せに来れた。それが願いが、命が繋がってきたことだって気付いたのよ。引け目に思った自分にとって都合のいい事は、もう望んで愛してる事だったの、引け目に思っちゃいけなかったの。夢は、気付けばいつも通る街角の、何度も繰り返し目に止め心惹かれる、ただそれだけの当り前のそこに有った。本当に何度も何度も繰り返し見たい、その中に居たいって、繰り返し今日も明日も同じ幸せを味わいたいって思うそこに有ったのよ」

 銀二は涙を流した。綿津見市に住む者達の多くは福島から流れてきた者達だ。そんな中、銀二は人に夢と希望を与えた野球選手の名にちなんで名づけられた。自分と和子もそんな夢と希望を人に与えたいと願った。そして今その願いはかなったのだ。

「なのに、あたしはあの子に恩を返せれない。もっとあの子と話をしたかったのに。あの子がいなかったら、きっと命が繋がってきた事を誤解して、自分の産むことになるだろう子供に酷い事してたかもしれない。だからもっとあの子を愛したかったのよ」

 万梨阿も流れる涙を抑えれなかった。

 その時、店のドアが開いた。

「みんな!」

 息せき切る透子の声を梶原と和子が迎え、厨房から万梨阿と銀二が出てきた。

「あたしの夢が叶ったの。本当の友達になる事も、彼氏が体も欲しいけど君が大事だから我慢するって言ってくれた事も、それにそれに、二人の探偵さんがお父さんに頼んでくれて、学校に差しさわりの無い限りはここにバイトに来るのも許してくれるって! 夢みたいだよ、全部叶ったんだよ!」


 みんなの願いは叶った。


 -29-


 売春組織のアジトでチンピラは浦上に話しかけた。

「今回の流れで千騎を仲間に抱き込めませんかね? あいつが兵隊になったらかなりの範囲を締めれますぜ」

「無理だな」

「それなりの収入をくれてやればいいじゃないですか? あれだけ破格なら雇う価値は有りますぜ」

「あれは見えないルールにのみ従うライオン。楽して小遣いを稼ごうとする若者に相応の上前を跳ね授業料を払わせる以上の事をして、弱き者に付け込んで身を売らせているとの噂を聞きつければ、我々をも壊しに来る戦鬼よ。蛇は蛇らしく見えないルールには逆らわず、上手く立ち回ればいい」


 -30-


 千騎が探偵事務所で恵比寿ビールと仙台味噌牛舌燻製の組み合わせを楽しんでいるとインターフォンが鳴った。

 ドアを開けるとそこにはスーパーの買い物袋を抱えた透子がいた。

「探偵さん、今日はお礼にご飯をつくりに来たの」

「そこまで気にする必要はない。もう料金は貰ってるしな」

「そう言わずに」

 透子は袋の中身を台所に並べ始めた。

「はあ」

 千騎は溜め息をつく。

 しばらくすると、またインターフォンが鳴った。何だか嫌な予感がする。

 ドアを開けると凛花が立っていた。スーパーの買い物袋を持っている。

「……小娘ならだれでもいいわけ」

 凛花は踵を返した。

 彼女が歩き去ろうとした時、透子は声を振り絞った。


「探偵さん、追いかけて!」


 千騎は声に押され駈け出し、凛花を追った。

 間合いに入った時、話しかける。

「確かにアンタは性格小娘だよな」

「……」

 凛花は立ち止まった。

「ちょっと気が強くて、ちょっと気が小さくて、意地っ張りで生真面目で、誇り高くて優しい気がする。俺の間合いに入った人は大抵ほっとしてくれるけど、あんたは身を固くしてるから、すごく俺に腹を立ててるのかと思ったけど、間合いの外で人に話しかけて調査してる時、とても優しい楽しそうな顔をしていたから、きっと世の中の何かにひたむきに腹を立てているんだと思った。だからこの先放っておけそうにないから……、まあ、友達になってくれ。あんたの大事な我が儘を聞かせてくれ」


 -ケース2に続く―


 いかがでしたでしょうか。

 当作品の大城財団創設者、大城実朝に特定個人のモデルはいません。

 でもたくさんのモデルとなった方々はいます。

 福島で、東北各地で、奇形児や白血病やがん患者の記事を繰り返し繰り返し、誰に顧みられる事が無くてもネットにアップし続けた、学生や市民の方々です。

 地球温暖化の危機を、誰に顧みられる事が無くてもネットにアップし続けた、活動家の方々です。

 かっこ悪いと思った事は無いですか?

 見て見ぬふりをした事を。

 どうせ何もできないのに綺麗事を言うなと言った事を、言われた事を。

 俺はかっこ悪いと思いました。

 まるでどこぞの小説の引用みたいなセリフですが、それだけでは悔しいので、この作品を書きました。

 元理工学部学生の無い知恵を絞って。

 実際、水素燃焼のノウハウのあるトヨタとマツダと、タービン技術とロケット技術のある川崎を中心に沢山の企業が力を合わせれば、実現できると思いませんか?

 プロジェクトリーダーにうってつけの人だっています。

 有人ロケット打ち上げの夢の為に水素燃焼実験を馬鹿みたいに繰り返し、東北の人達に球団買収を通じて並々ならぬ思い入れがあり、たくさんの事業を立ち上げてきた不屈の人が。

 ホリエモンさん(愛称で失礼)と俺は当然知己などではありません。

 でも、もし知己の人でこの作品を目にした人がいたら、声をかけてみてください。こんな方法が、SF作品があるよって。

 ホリエモンさん一人だけでは難しいかもしれません。政財界に強い影響のある名家の方々の力だって必要になるでしょう。どうにかなりませんかね?ウォークさん。何?下町の庶民に無茶言うなって?

 脛に傷持つ人間の言う事を聞く奴なんかいないって?

『人は罪の炎に焼かれ、非難の槌に叩かれ、悔悟の涙で冷まされて、屈せぬ鋼となる。だが人にそれを強いるなかれ、己を曲げる事で和を成す針金の如き人々も世には必要なのだから』

 間違っている事を間違っているという事は当たり前の事です。

 でも彼らをこれ以上侮辱できるのは、自分が後ろめたい罪をした事を誤魔化すために、自分はあれよりましだからと許してもらうために、もっと悪い罪を犯した人だからと生贄の磔にした事が無い人だけでしょう。

 あなたはどうですか?

 もし、この先彼らが大城財団を立ち上げ、出資者を募り株式を発行する時、できればなけなしの小遣いをはたいて、一株、かっこ悪い自分にならないために出資してみてください。

 あー、もう。ずいぶん大きく出ちゃったよ。恥ずかしくて死にそう(TT)。

 今この時も、信じる人が立ち上がり行動してくれる事を願って。

 それではまた。


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