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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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魔女・・・3

 結局ゴルザムの裏通りスパロウで酒場を営む情報屋(クイーン)、ガーシュの元に辿り着いたのがなんとも情けなかった。ここに住むガーシュとマーサなら、魔女だという理由だけで怖がったり逃げ出したりしない。


 キラは焼けた鉄のような熱を出しているワカバを背負い直すと、彼らが住む酒場の勝手口から忍び込み、二階へと続く階段を上って行った。木製の階段は、二人分の体重を受け止めると静かな呻きをあげた。階上は階下と違い(たが)、灯りが遠い。キラは遠くなった灯りの向こうをわずかに振り返り、そのまま廊下を歩き始めた。三つ並んだ扉の一番奥。そこには、昔キラが世話になっていた頃に使っていた空き部屋がある。手洗い場があって、硬いベッドがあって、窓にはくすんだ青いカーテンがあって、その窓辺には椅子があり、何も入っていないくず入れがある。キラがここを出た時と全く変わっていない。まさか、キラが閉め忘れたカーテンまで開けっ放しだとは思わなかった。きっと、キラが出て行ってから、誰もここへ通していない以上に、ここの住人の二人すら入っていないのだろう。だから、部屋に入ると床に積もった埃が、キラの足跡(そくせき)を印すのだ。


 その部屋のベッドにワカバを寝かせ、キラは埃が立たないようにそっと毛布を被せた。ぐったりと眠り続けるワカバは生きている証明として、体に掛かった毛布を上下させる。その様子から呼吸数は早いということが目に見て取れた。キラはそのワカバの額に濡らしたタオルを気休めに載せておいた。問題があるとすれば、それがいつから洗濯されていないのか、ということくらいで、特に人道的に間違ったことはしていないはずだ。


 そんなことを思いながら、キラは酒場の灯が落ちるのを待った。酒場は相変わらず盛況で、馬鹿笑いやグラスをかち合わせる音がよく響いてきていた。おそらく明け方近くまで常連達が騒ぎ、生きるための現実逃避をしているのだろう。キラは姿を隠すようにして窓辺にある椅子の傍に腰を下ろすと、糸が切れたように足を投げ出した。そして、それはキラをそのまま眠りの中に陥れるのには十分な疲れだった。


 浅い夢の中、炎を見た。炎の中にはワカバがいて、十字に掛けられ焼かれている。キラは、あぁ、だからあんなに熱くなったんだ、と全くの無感動でそれを見ていた。すると、ワカバの口が動いた。

「容姿に騙されるな、奴らは悪魔だ」


 微睡とも言える夢の中からキラが目を覚ましたのは、閉めたカーテンの隙間から刺して込んできた朝焼けの光が目に入ったからだった。そして、癖のように右上腕をさすった左手に違和感があることに気が付いた。あれがないのだ。焦燥に駆られたキラは袖をまくり上げ、そこにあった傷跡を太陽に透かしてみた。そこに傷があったことさえも否定する腕がある。医者にまで悪魔の呪いなどと匙を投げられたあの傷が、疼きもしないし、傷痕すらなくなっているのだ。キラを殺すかもしれないと言っていた魔女がキラの傷を治す代償に高熱を出して倒れた。そうなのだろうか。一体どういうつもりなのだろうか。


 いや、服の下にある傷がワカバに見えていたはずがない。偶然にここを掴まれただけだ。キラはそれを肯定しながら、その後に続く疑問を意識から払い続けた。

 町中が少しずつ生活音を立て始め、鳥がさえずり始める頃、酒場の灯は落ちた。そして、部屋の扉を開けたのは、主人のガーシュではなくマーサだった。久し振りに会うマーサは少し老けたように見えた。

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