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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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消えゆく過去の澱みの中で・・・2

 ベッドに横たわる彼はまだ痛むであろう体を起こし、ラルーを見つめた。乾いた黄土を連想させる髪に深い青の瞳。その瞳に少し警戒の色が見える。ラルーはその瞳に微笑みかけた。


「お目覚めだとお聞きしましたので」


「このような姿で、申し訳ありません」


おそらく、ラルーがリディアスの者だと気付いたのだろう。彼はさらに体を起こそうとして痛む体をその腕で押し上げようとした。おそらく『ワカバ』が彼に渡した薬は、ここまでの治癒効果に留めているはずだ。ここからは、持てる回復力で回復させようとしている。もしかしたら、体に支障が出ないようにするために、回復遅延薬すら含ませているかもしれないし、ラルーがここに現れて彼をリディアスへと連れて行く時間稼ぎにしているのかもしれない。致命傷となる傷さえ治せばいいのだ。体に無理をさせれば、将来、傷の治りが悪くなる。慌てて回復させなくても、ここにいる限りいずれ回復できる。


 そして、ワカバが用意した一つの可能性をラルーが潰したことも確かなことだった。彼はこのままここにいることは出来ない。残すところ、あと一つ。それもほとんど達成していると言って過言ではない。


「無理なさらないでください。わたくしはリディアスから使わされたルタ・グラウェオレンス・コラクーウンと申します」


ルオディックが合点のいかない色をその瞳に浮かべていた。


「何か?」


「いえ、お気遣いありがとうございます」


歯切れの悪い返事だった。しかし、その後すぐにルオディックは穏やかな表情でラルーを見つめた。


「きっと、私の見間違えだったのでしょう」


ラルーもその微笑みに、微笑み返した。真っ直ぐラルーに注がれる青い瞳は、あの時と全く変わらない。彼は真っ直ぐにラルーを見つめたままだった。その瞳は、ラルーがこの後に出すだろう条件を見据えているようにも見えた。そして、ワカバが大切にしたい人間に宿る光は、女神がその手に集める光によく似ている。黙っていた彼が口を開いた。


「私がリディアスへ差し出されるだけでも、ここは助かるのでしょうか?」


おそらく、この件に関して言えば、ラルーが手を出さなくても、彼からこの答えが出ることは分かっていた。彼はラルーが差し出す銀の剣を受け取ろうとはしない。


「えぇ」


基本リディアスに魔女の定義なんてないのだ。例えそれを『ワカバ』が許さなかったとしても、彼が魔女であると伝えたとしても、問題ない。コラクーウンの名の威光さえ惜しがらなければ、間違いでしたで済ませても構わない。もちろん、後者の場合相応の懲罰が下るのだろうが。


 ただ、その条件を言いたいという衝動はあった。それは好奇心であり、人間であるルタでしか持ち得ない感情なのかもしれない。あるいは、ワカバの干渉を受けた結果なのかもしれない。だから、無性に気になるのだ。彼は本当にワカバがそれほどにまで護りたいと思える駒なのかどうか。


 ラルーの思いに気付いたのだろうか。いや、既にルオディックはその結末にも気付いていたかもしれない。元々彼はそういう類の考えをよく察する性質を持っていた。だから、ルオディックは言葉を続けたいラルーを制止した。


「言わないでください。選択肢が増えれば迷うだけです。それに、ここはディアトーラという魔女を畏れる土地。魔女の畏怖を生むような領主はいらないのです」


だから、ラルーは安心して尋ねることが出来たのだろう。もう既に叶わぬものとなった『ワカバ』が最初に描いた結末。


「分かりました。でも、一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか」


ルオディックはなんだか清々しい微笑みを湛え、頷いた。


「例えば、あの魔女があの猟師を瀕死に落とし入れていたら、いえ、殺してしまっていたら今の答えは変わっていましたのでしょうか?」


「それは起こらなかった。だから、考える必要はない。私が領主の器ではないだけなのですから」


ルオディックは遠い目をして微笑んだ。その瞳にはどこか陰りがあった。それは、キラに出会った時にも感ぜられたものだった。どこか実体のない陽炎の様な雰囲気を持つもの。その性質はトーラという力にもよく似ている。しかし、彼はキラであれ、ルオディックであれ、魔女を『魔女』と括らなかった。ワカバに聞かせればどんな顔をしただろう。あんなにもそのことを恐れていたワカバ。消える必要なんてないのだ。


「こちらからも一つ、いいでしょうか?」


「えぇ」


ラルーはルオディックの質問を許した。


「いやな夢を見たのです。もし、あなたにあの魔女を殺すつもりがないのなら、伝えて頂けませんか。自ら磔台に上ることの無いように、と。あの魔女が何であれ、彼女には生きていて欲しい」


ラルーは静かに微笑み、その答えとした。


 窓の外には絹糸のような雨が大地に降り注ぎ始めていた。





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