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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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消えゆく過去の澱みの中で・・・1

ローズマリーの花言葉


 あなたがわたしを蘇らせる。思い出。追憶。再生。


 ルフィーユが庭のローズマリーを一枝切り取った。そして、背後からの気配で、ルフィーユは心臓を震わせ、その一枝を握りしめた。


 リディアスの使者、ルタ・グラウェオレンス・コラクーウンだ。



 ラルーは彼女を見てワカバに似ていると思った。もちろん、その容姿ではなく、何というか雰囲気という漠然としたものから感じたものではあるが、確かに、彼女、ルフィーユはワカバによく似ていた。


 例えば、護りたい者を護るためにその身を投じるような、馬鹿げた自己犠牲。トーラがよく分からなかった『愛情』によく似て、ラルーも持ち得なかったもの。ただ、今は、彼女が愚かだとは思わない。


「分かっているわ。でも、少しでも傍にいたい、何でもいい。覚えておいてもらえたら、と思ってしまうの。大丈夫、子どもがいなくなるどうしようもない気持ちはよく分かるわ。だから、その方の娘だって生きていてもらいたいわ」


ルフィーユはラルーの顔を見ずにまるで言葉が勝手に口を衝いて出るように喋った。


「お目覚めになられたのですね」


ラルーは静かに彼女を宥めた。それが彼女にとって喜ぶべきことであり、悲しいことであることは、わざわざ言葉にして確かめなくても分かっていた。そして、そのことにラルーは深く関わっていた。


 何をしても求めることを止めず、争い続け、平和になることを拒む人間たちのいる世界を護り続けてきたラルーにとって、ワカバがトーラを手にしたことは、初めての絶望だった。ラルーが必死になって護ってきたトーラの世界が壊れたのだ。


 あの瞬間、ラルーの頭の中には、あなたのために世界を護ってきたのではないわ、という言葉しか浮かんでこなくなったのだ。世界の人間がこの魔女と共に死んでしまっても構わない。あまつさえ、その人間に拍車をかけるように手を貸し、初めて『トーラ』を使った。


 まず、ラルーは枷を作ることに尽力した。何と言ってもトーラにとって唯一の枷は人間だ。どんな『時』でも消してしまえない者。最良の勇者。魔女の弱み。そんなもの持っていなかったワカバに、弱みを弱みとして感じさせる者。それが『キラ』だった頃のルオディックだ。そして、その弱みをその手で消さなければならないという筋書きを描いた。だから、マイラに近づき、イルイダを助けるために必要な存在だと認識させたのだ。そうすれば、彼が魔女への殺意を持ちやすいだろうから。

とにかく憎くて仕方なかった。


 しかし、それは本来トーラに向けられるべき感情であったはずだ。それなのに、ラルーはあの小さな弱き存在に当てつけたのだ。そして、その小さな者が、トーラなしでは生きられないほどに弱いと気付いた時には既に遅かった。


 小さなワカバはただ怯えて、全てを企んだラルーに「助けて」と涙を流したのだ。トーラが暴走しないための看視者としての手を離してしまったことに、大きく後悔した。自分の恐ろしさを実感したこと計り知れずだった。


 彼は最上の枷になった。ワカバは彼を消してしまうことを恐れ、彼の望みも彼自身の存在をも望み始めたのだ。そして、彼が生きる世界を創ろうとした。マイラが望んだ以上のことを彼はやってのけたのだ。

歴代の英雄、勇者なんかよりもずっと彼はトーラに愛されたのだ。トーラがワカバの母にしたことと同じことをワカバは繰り返した。


 彼が生きる世界。よってこの世界の終焉はやってこない。


しかし、ラルーの描いたワカバへの筋書きは流れを止めようとしなかった。ワカバ自身が、トーラを使い、『トーラ』をトーラに返そうとしているのだ。


 だから、森の女神であるリリアに頼み、あの時、ワカバに木の根を絡ませ、狩人に銀鈴の声を聞かせた。魔女に出会い、銀鈴の声まで聞こえた人間が何をするのか、それは誰にでも予想できただろう。


 ラルーを警戒していたワカバは悪として退治されるべくディアトーラへ向かった。おそらく、あの狩人辺りを殺すまではせずとも追い詰めようとしていたのだろう。人間を信用しない魔女にとって、鉄砲を向けた相手に牙を剥くくらい普通の出来事だ。おそらく森へと逃げ帰るつもりだった。そして、ラルーが運ぶ銀の剣にて彼に魔女狩りを行わせる。過去を準えながらも過去を変える。順当な変化のもたらせかただった。


 銀の剣で魔女を討った者はその記憶を背負う。ワカバはその記憶を元に最後のトーラを使うつもりだったのだろう。


 本来流れるはずだった過去に、生まれなかった姉を復活させるだけ。


 イルイダをそのルオディックの姉として復活させれば完了だった。それに加え、ラルーを警戒したワカバが、多岐にわたる救済処置も取っていた。ワカバにしては上出来だとラルーは思った。しかし、優しさは時に敗北を意味する。ラルーを消してしまわず、ルタ、として存在させたということがワカバにとっての第一の敗因だ。力なんかなくても、ワカバくらいのトーラなら、その手中で転がすことが出来る。

今までだってそうしてきたのだ。もちろん、ラルーの使う『トーラ』などワカバの足元にも及ばない。しかし、制約の多いトーラも人間も簡単に誘導してきたという実績もラルーにはあった。だから完全なトーラとも言えるワカバ相手に不思議と負ける気もしなかったのかもしれない。


 いや、力押しされればラルーが勝てないことは事実だ。それは、どこかで負けを認めていたからなのだろう。だから、負ける気がしなかっただけなのだ。


 それなのに、ワカバはラルーの望んだとおりに消えようとしている。しかも、トーラの世界を残そうとして。


「大丈夫。あの子が生きていけるのなら、どんな世界でも構わないわ」


ルフィーユはぎゅっとローズマリーの枝を握りしめた。今のラルーはそのルフィーユの気持ちが分かり過ぎるくらいに分かってしまう。しかし、彼女を助けることは出来ない。もどかしかった。それでも、ラルーは負けるわけにはいかないのだ。


 ラルーの助言通り、ルオディックの存在の維持の代わりに自身の存在を預けた彼女に、手を差し伸べることはできない。


「その枝、渡しておきましょうか?」


「いいえ、……出来れば、あの庭を残しておいてもらえないかしら? 無理かしら? 私のお気に入りなの」


ラルーは微笑み、了承した。あの庭は、マイラも大切にしていた。そして、ルフィーユ・リン・リンディの背に手を置いた。


「お約束しましょう」


ラルーは彼女にそれくらいしか声を掛けられない。そして、ラルーはルオディックに尋ねるのだ。それは言いたくないことを伝えないという、とても卑怯な……、ルフィーユにした同じような言葉を掛ける。


 茶色い扉の向こうにはルオディックがいる。ワカバが決して消したくなかった者。そして、彼女が望んだ存在。ルフィーユを森へと向かわせたのは、『ワカバ』だ。名も無きあの魔女は無意識に彼女の願いを聞き入れる。いや、名も無き魔女はルオディックの存在を願う彼女の願いを喜んで聞き入れたのだろう。だから、薬を持ってきた。


 薬は彼に与えられた。しかし、ラルーはリディアスを動かしている。利用出来るものは全部利用しなければならない。


 扉を丁寧に叩くと、「はい」という声が聞こえてきた。ラルーは静かに扉を開いて、「失礼します」と頭を下げた。


 そして、彼が銀の剣を望まないことを願った。




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