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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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魔女・・・2

「……わたし、『キラ』を、殺してしまうかもしれない」


たどたどしいワカバの言葉は冷たい石壁に吸い込まれていくように消えていく。ワカバは間違っている。ワカバが心配しなければならないのは自分自身であってキラではない。キラはジャックだ。いつ誰を手に掛けてもおかしくない生き物。ついさっきまで、キングを殺し、目の前にいるワカバの首をへし折ってしまおうとさえ考えていたのだ。それでも、ワカバがキラを殺せるのなら……。


「じゃあ、殺せばいい」

 ワカバを見ずに、キラは呟いた。嘘ではない言葉だ。キラなんて、いなくなってもどこにも支障のない生き物なのだから。キラは、とにかく全てが気に入らなかった。目の前の魔女、自身の行動、今ある全てに苛立ちを覚えていた。しかし、ワカバは不安に溺れそうな目をして、首をがくがくと横に動かした。まるで、全てを否定したいような素振りだった。

「わたし、魔女……だから、」

「知ってる」

居心地が悪くてどうしようもなくキラは答えを急いでいた。そして、冷静さを保つために三秒間、目を閉じた。何をどうすれば納得出来るのか。そして、大きく息を吐き出した。目の前には、閉じれば流れ出てしまいそうに潤んだ目をしたワカバがいた。


「ここにいたいのか?」

ワカバはやはり大きく頭を振った。

「じゃあ、話は簡単だろ?」

ワカバの緑色の目が猫みたいに真ん丸くなって、キラを見上げた。キラはその瞳から逃れるようにして、その解錠に努めた。魔女と目を合わさなかったのは、集中しなければ解錠出来ないのではなく、これ以上、何かを狂わされたくないと、無意識に、そして、意識的に視線を逸らしていたからだ。

 ワカバを繋いでいた鎖は思っていたとおり簡単に外れた。外れた手枷を確認するようにして視線を泳がせ、立ち上がったワカバの背はキラの肩よりもまだ小さく、その手足は小枝のように細く痩せ細っていた。薄汚れた一枚服をだぼつかせる魔女の(なり)は座っている時よりもひときわ貧相だった。それでも、キラの歩幅に合わせようと時々小走りで近付いて来ては、きょろきょろと怯えながら周りを見ている姿は、迷子の子どものようにも見える。だから、キラから離れていく度に、建物の中にはぺたぺたという子どものような足音が響くのだ。そして、その足音に誰も気付かない。


 ここには何十という腕に覚えありのキングの手下が住んでいるのではなかったか? キングに忠実でありながらもいつその首を狙うかもしれない荒くれ者の集団が住んでいるはずではなかったか? まさか自分達が得た『魔女』という美味しい餌をみすみす逃してしまうような奴らではあるまい。

 キラの背後から付けてくる、子どものような足音の持ち主はそのキングやキングの手下を消してしまった『魔女』なのだろうか。

 その答えが出ぬままに、キラとワカバは何の障害もなく正面の扉から外に出た。峠を下ればゴルザム、越えれば砂漠へと続く道。蛻の殻のキング邸が二人の背後で不気味な月明かりを浴びて突っ立っていた。魔女に関わった者は死ぬ。魔女の力を欲する者は、何人たりとも塵と果てる。あの魔女狩りに参加したというシガラスがよくぼやいていた言葉だった。だからキングはキラに始末される前に、魔女に消された。


 そうなのだろうか。


 突然、何かにキラは腕を掴まれた。ワカバが掴んだのだ。とても熱い手だった。

「……それ……」

 ワカバがキラの右上腕を掴んで、食い入るようにキラを見上げていた。キラはそのワカバを見下ろして足を止める。動きが止まったキラの腕をその両手で覆い隠したワカバの手は、どんどん熱を帯びていく。そして、それが人の体温だとは到底思えなくなって来た時、ワカバの視線が宙に泳いだ。その途端ワカバの力が完全に抜けて、糸の切れた人形のよう倒れてこんだのだ。キラはそんなワカバを反射的に避けてしまった。崩れ落ちたワカバがキラの足元に倒れている。こんな時は抱きとめるべきだったのだろう。だが、キラはワカバに腕を掴まれた時、穢らわしいものを振り払いたいような衝動に襲われていたのだ。だから、それをしなかったというだけで、十分耐えていたのである。キラは必死になって何かから自分を弁護していた。そして、それが久し振りに感じる『不安』を呼び起こし、すべてが崩れ去ってしまうような虚無感をキラに感じさせた。


 崩れ落ちたワカバを見ていたキラの耳に、男の声が聞こえてきた。まだ遠く、内容も分からない。姿さえ確認できない。酔っ払いだろうか。ご機嫌に歌っているようだ。だが、このままではいけない。動かなくなったワカバをどうにかしなければならない、と咄嗟に思った。足元のワカバは、まだ生きている。その声はキングの手下かもしれないし、非番の衛兵かもしれないし、町に住む好奇心旺盛な一般市民かもしれない。キラはワカバを背負いその声から足を忍ばせて逃げることにした。こんな状態で一番厄介な者は、好奇心旺盛な一般市民だ。シガラスはその一般市民の伝手を伝うのが巧い。全くどうしてキラはこんな状態になってしまったのだろう。急に重篤な状態になったワカバを恨めしく思いながら、ワカバが紙人形のように軽いことにまだ救いがあるようにキラは感じていた。

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