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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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ときわの森・・・1

 空はまだ暗い。半時もすれば空が白み始めるだろう。自らトーラだと認めたのだ。彼女が魔女であるという事実はもう変えられない。


 言い訳の一つにでもなるかもしれない。そんな思いを持ちながら、長剣を腰に携えた。その手が緊張で少し強張っている。そんな嘘リディアスの奴らに通じるのだろうか。少し考えれば、鬱蒼とした森の中、銀の剣でもない長剣が役に立つとは思えない。ルオディックは暗闇の中、長剣の柄を握った。廊下の先にオレンジの灯りがある。その灯りがお辞儀をした。


「まだいたのか」


「えぇ。ダルウェンがここにいろと申しましたので」


そして、長剣が目に入ったのだろう。はっと目を丸くしたターシャは静かにお辞儀をした。


「ダルウェンは?」


「彼には家族もおりますし、領主様に付く者としての役割がございます」


ターシャはにこりと笑った。


「護る者が増えるということは、何かを諦めなければならないということなのでしょうね。だから、私がダルウェンの出来ないことをさせていただいているのです。坊ちゃまは本当に大きくなられました。だから、私はとても幸せなのです」


「魔女は、眠っているのか?」


ルオディックはターシャの様子から、眠っていないということを察した。


「もう下がっていいよ。もし、危ないと思ったらすぐに外に出ろよ。鍵を掛けて、リディアスの使者に渡せばいい」


「分かりました」


ターシャは静かにお辞儀をすると、素直に従った。ルオディックはしばらくその様子を眺めていた。大きな理由の一つはターシャがそのまま帰るかどうかを見届けるためであり、小さな理由は、その背中がなんだか寂しげだ ったからだ。


 扉の前で「入るぞ」と声を掛けてから、扉を開けると、部屋の中は明るく、魔女がベッドに座っていた。薄緑のワンピースはやはり母の物だった。確か、それは母が姉のために作った服だ。姉がいなくなってから、母は勝手に姉を成長させて、誕生日ごとにお手製のドレスを作り上げていった。


 髪をターシャに編んでもらったのだろう。魔女はその髪を触りながら、扉から現れたルオディックを見つめた。


「おかえりなさい」


「あ、あぁ」


魔女があまりにも静かに自然な形で言ったのでルオディックは一瞬何が起きているのかすら分からなくなってしまった。そして、魔女はそんなルオディックを無視して言葉を続けた。


「あのね、魔女は時々特別な薬を作るの」


「特別な?」


ルオディックはそんな魔女に付き合った。魔女は答えず静かに頷いて、真っ直ぐにルオディックを見つめる。そして、唐突に、いや、ルオディックは唐突だと感じたのだが、魔女は空を見つめた後に呟いた。


「わたし、森へ帰る」


質問は途中で終わってしまったが、魔女がルオディックの言わんとしていることを魔女が先に言った。今までそれは単に魔女の口癖のようにしか捉えてなかったルオディックだったが、今その言葉に助けられているのだ。ここは、まだ領主とも認められない息子一人が護る脆い砦だ。魔女を守れるだけの力はない。


「ごめんな。町を案内してやれなくて」


魔女は静かに微笑んでこくんと頷いて、足を庇いながら立ち上がった。


「歩ける。だから大丈夫」


ルオディックは黙って頷いた。隣町マンジュにいるリディアス魔女狩り部隊に連絡をするために掛かる時間は、およそ半日。隊とまでは言わなくても、この砦を落とすには五、六名で十分だろう。ルオディックを殺すわけでもないのだ。町を攻め落とすわけでもないのだ。


 魔女は歩ける、と言ったが、そんなに時間はなかった。日が暮れる前にも、夜にもと考えもしたが、どちらも何かしらの危険が生じる。一方は人目、他方は魔獣だ。空はまだ暗い。夜露とも朝露とも判断し難いものがルオディックの足下を濡らし、汗とも湿気とも分からない物がじっとりとルオディックの衣服を濡らす。ディアトーラの朝はまるで太陽が全ての熱を奪ってしまうかのように急に冷え込む。


「寒くないか?」


ポンチョを着せた魔女が背中で頷くのが分かった。


 森の禁止区域に差し掛かる頃、ちょうど東の空が白み始めた。ここから先は魔獣と魔女の領域になる。




 ちょうど、空が白み始めた頃だった。館の門が派手な音を鳴らした。朝食の支度をしていたターシャがその音に引き摺られていくかのようにして、門に駆け寄った。荒ぶる兵士が門を引き千切らんばかりに引っ張りたおしているのが目に映った。ターシャがごくりと唾を飲んだのは、リディアスの文様が目に入ったからではない。その乱暴さに気が遠くなりそうだったからだ。格式高きリディアスの引き連れる兵が、それも密命を賜る様な者が、こんなにも礼儀を欠いた者であるとは。


「直ちにここの主人を差し出せ」


皮を鞣した鎧を纏った兵が三名。そして、それを指揮しているような女がいた。


「さもないとお前も処刑するぞ」


背後でその様子を見ていた女が見かねて、前に出た。男の不服そうな顔が心地よかった。


「下がりなさい」


女がターシャを見つめると、ターシャは綺麗にお辞儀をした。


「こちらに魔女を匿われているという噂がありました。リディアスとしてそれは放っておけないことなのです。屋敷内を調べさせていただけませんか?」


凛として立つその姿には侵しがたい誇りがあり、拒絶を許さない強さがあった。高貴とはこういう者のことを言うのだろう。


「分かりました」


綺麗にお辞儀をしたターシャは素直にその門を開き、使者を招いた。リディアスなぞにひけをとってたまるものか。震える足に力を入れて、ターシャは彼女に負けじと背筋を伸ばし彼らの前を歩いた。




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