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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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トーラ・・・2


 やっと静かになったルオディックの周りには、今、数冊の書物が積まれてある。そして、その中の一冊。(ページ)を捲っていたルオディックはその手を止めて、ぐっと伸びをした。朝からの気疲れのせいで、いつもよりもはかどらない。


 相変わらず胃の痛い朝食だった。こんなことなら朝食に魔女を誘わなければよかったと、今さらながらルオディックは後悔していた。二日目までは食事をする人形のように黙っていた魔女だが、三日目になると、人間の食べ物について「これは何?」と尋ねては、ターシャに「お食事中です。お静かになさい」と叱られるという事態を繰り返した。魔女は一度ならず四度まで、という強者であり、尋ねられたルオディックは、苦笑いだった。


 しかも、その度に背後から冷たく突き刺さるダルウェンの冷ややかな視線はその鋭さを増す。後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。明日も同じように砂を食むのだ。きっと。


 ただ、それはルオディックが提案した通りに魔女が人間の食べ物に興味を持っただけで、魔女が悪いとするのはお門違いだということも重々承知していた。そして、その捌け口のない責めはそのままダルウェンへと向かうのだ。


 ダルウェンのあの視線がなければ、苦笑いだけで済むことなのだ。ルオディックは筋が通っていないと分かっていながら、そう思った。


 そして、仕方なく、今見ている書物の再び頁を捲り始めた。


 表紙に題名はなく、その著者名だけが記されている。


 『ルカ・ラヴァンドラ・c・クロノプス』


 ディアトーラの名付け親であり、初代領主夫人である。夫婦に子はなく、養子を遠戚から貰っているという過程と、国の小ささからその名はあまり知られていないが、何があってもその内容を他国に知られてはならない禁書となるものだった。なぜなら、このルカはトーラの娘だとされているのだ。

 だから、血縁であるクロノプス家のみが読めるものであり、おそらくリディアスから輿入れした母はこの書物を読めていないのだろう。


 ルオディックは今、父の書斎で彼女の記した古文書を読んでいた。禁書と言われるだけあり、その内容はさることながら、書物自身も分からないように書棚の奥に張り付けられて、他の書物で隠されていた。


 過去にも一度読んだことがある物だったが、記憶を確かめるために、ルオディックは頁を捲る。ただ、悔しいことにもう一度読むように諭したのが、ダルウェンだった。


 そして、おそらく、この書の内容と実際の歴史、聖書が混ざり合い、今の領主の役割が伝えられているのだろう。ここに記されている魔女像は、ディアトーラ独特の物だ。しかし、どこの国にある物よりもずっと真実に近い。


 そもそもディアトーラは『時の遺児』を護るために作った領地である。過去を変えるトーラから零れた過去の者を救うためにときわの森の中に村を作った、とさえ記されているのだ。この部分はディアトーラの聖書にも通ずるだろう。


 『今』に存在しない時の遺児は魔物に襲われにくい。傍から見れば気持ち悪い者だろう。魔物に襲われた村の中、無傷で突っ立っているということが過去に何度もあり、それがために悪魔の手下とされることもままあったらしい。だから、ダルウェンが早く森へ返せ、とルオディックをせっつくのは、ただダルウェンがあの魔女を畏れているだけではないのだ。その方が魔女として目立たない。しかし、魔物に襲われにくいのであったとしても、襲われないという事実もないのだ。ルオディックの反発はここから発している。時の遺児たちは致命傷を負えば死んでしまう。彼らは過去に存在したが、今に存在出来なくなってしまった『人間』に過ぎないのだ。ルカには時の遺児かそうでないかの見分けがついたらしいが、血縁でもない今の領主には、そんな力は皆無だった。


 しかし、一般的に魔女と言われる時の遺児にも例外がある。


 それが本来畏怖の対象である『トーラ』だ。この書によればトーラは世界を滅ぼす者であると同時に世界の創始者でもあった。そして、時の遺児が『トーラ』を持った場合、現在が歪む。多くの時の遺児は、自分たちが生きた世界を望むからだ。そして、再び時の遺児を生み出す。ただこの場合も本当の恐怖の対象ではない。


 ディアトーラが最も恐れる時の遺児は、どの世界にも存在しなかった『者』がトーラを持った場合である。まれにそういう者が生まれることがあるのだ。例えば、ルオディックの姉のように、生まれずにして存在だけが望まれた場合などが含まれる。その者が『トーラ』を持つことこそ、世界の禁忌として、あってはならないことだと断言している。望まずしてトーラを持つ者は、この世界の根幹を作ったトーラをも脅かす何にも縛られない者なのだ。


 世界の創始者『トーラ』を脅かすということは、世界を脅かす、と捉えてもいい。


 そして、銀の剣の項が出て来る。銀の剣はリディアスでは勇者の剣と持て囃されている代物だが、本来のそれの役目は縛られないトーラが生まれた場合に使われるべき物だと、そこには書かれていた。元の所持者は魔女。トーラと共にある看視者と呼ばれる魔女は、銀の剣を生み出したコラクーウン氏の娘でもあり、世界を護るために銀の剣を英雄の剣として人々に与える者でもあった。


 しかし、銀の剣は決して正義の剣ではない。だが、それを使えば魔女の世界は塵のように果ててしまう。そして、それが唯一の枷であると書物は言っていた。


 しかし、結局のところ『今』の崩壊だった。リディアスの言う通り、コラクーウンはトーラを悪としている。もし、この書が正しいのなら、ルオディック達が存在しているこの世界自体が既にその悪の創ったトーラの世界なのだから。正義を貫いた結果世界を崩壊させては意味がない。


 ルオディックはぐっと伸びをした。結局魔女の知識を増やしても、ルオディックの中に浮かんだ「どうして」という疑問に答えてくれる訳ではない。


 では、例えば、彼女がその縛られない魔女だったとして、彼女が世界を滅ぼそうとしているのだろうか。そうだとすれば、ディアトーラだけの問題ではないのだ。しかも、彼女に対して世界を滅ぼさないで下さい、と願うより他ない。


 仕方なく疑惑の魔女が疑問に思っていた人間の食べ物に対しての答えでも伝え、機嫌でも取っておこうかと考えて、頁を閉じた。


 扉が叩かれた。それはルオディックの予想だにしない瞬間だった。


「坊ちゃま、失礼します」


ダルウェンが扉を叩いたのだ。


「何だ?」


扉を背に立ったダルウェンのその顔がやけに神妙だった。そして、その神妙さはゴーギャンの件とはまた違う意味を持っているということを、暗に示唆しているようだった。


 おそらくその神妙さがダルウェンからルオディックに移ってしまったのだ。いや、ルオディックの場合、警戒に近い感情が生まれていた。


「先日の使者の件でお話がございます」


「行商の者だったんじゃないのか?」


ダルウェンは静かに首を横にした。


「いいえ、リディアスからの者でした。ビスコッティ様がお寄こしになられたのです。そして、あの者がトーラである可能性が出て参り、さらに銀の剣を持つ者がこちらに向かっているようなのです」


こんな時にどうして、ともちろん思ったが、それよりもあの魔女がトーラかもしれないということに、ルオディックは重きを置いた。それは、ダルウェンも同じだろう。ディアトーラにとって『トーラ』とは不吉極まりない存在だ。それに加え、一人は銀の剣を持ちコラクーウンと名乗る者。


「まだあの足だぞ……」


こんなに早く……。まだ七日だ。いくらなんでも早すぎる。噂が届くにしても、いったい誰が。考えたくなかった。


「坊ちゃま」


その声は低く響き、耳に染み入るようにして入ってきた。ダルウェンのその言葉はルオディックを諌めるために吐き出されたものだ。分かってはいる。


「なんで、こんな早くにあんな遠くの国まで噂が届くんだよ?」


そして、ダルウェンの表情が変わった。


「それは、ルフィーユ様が関わっておられるはずです。ルフィーユ様はリディアスの密偵役でも在らせますので」


言葉の出ないルオディックに、ダルウェンはさらに驚きの言葉を放った。


「ルフィーユ様は一度ビスコッティ様を暗殺しようとされております」


愕然とした。そして、どう反応することが正しいのかが分からなかった。




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