トーラ・・・1
夜の道、本当に女がうろうろする時間ではないな、とターシャは思った。しかし、今日聞いたことはターシャの胸の中に収めておくことの出来ない事項だった。奥方様の庭で魔女から聞いた『トーラ』という言葉。これは、駄目だ。この先にダルウェンの家がある。丘になった場所にある小さな木造の家で、家族が五人。普通なら恐妻になりそうな女と、姉と弟の兄弟そして、その妻。ダルウェン以外の家族はもう眠っているのだろう。暖かいオレンジの灯りが一つの窓から闇夜を照らす。ダルウェンには伝えておいたので、きっともうすぐ扉の外に出て来てくれるだろう。
ほら、彼はやはり律義で、几帳面だ。ランタンを持って、下ってきている。
「全く君は。こんな時間に。こちらから伺うと言っただろう?」
「えぇ、でも、こっちの方が目立たないでしょう?」
ターシャの家にはあまり誰も寄り付かない。故に、そんな場所へ向かう人影が目立たないわけがないのだ。そして、大男のダルウェンと違い、ターシャは小柄であまり人目に付かない。
「それに、奥方様達がいない間は面倒だから、館に住みこむことにしたの。だって朝早くから、遅くまで。それこそあなたの言う通り、こんな時間に女一人が歩くなんて、でしょう?」
ターシャはありのままの事実を告げた。
「君がすることには口出しはしないが、一体何をしようとしているのかね?」
「小さな恋を応援しようと思っているのよ」
ターシャの答えに、ダルウェンは肩を落とした。彼のこの態度は奥方様の時と同じだ。
「奥方様の時も同じことを言っていたな、君は」
そして、ダルウェンは、奥方様がどれだけディアトーラのことを思ってらっしゃるのかを分かろうとしない。それ以外のことで言えば、ダルウェンはターシャに対して真面目に対応してくれる。
「大切なことなのよ。でも、とりあえず、耳に入れておいた方がいいと思うことが出てきたの」
これは、ターシャの手の届かない物だ。領主様の耳に入れておかなければならない。
「でも、もしかしたら、トーラかもしれないわ」
「まさか」
ダルウェンの顔が凍りついた。
「だが、誰も……」
そうなのだ。あの魔女は坊ちゃまとそんなに齢は変わらないだろう。その間に、どこかの人間が盤外の駒として捧げられたという事実はない。この時間に生きる魔女がトーラであったとすれば必ず現れる盤外の駒が現れていないのだ。だとすれば、彼女は、時の遺児として生を享け、かつトーラを所持する者。
全てを揺るがす魔女、になる。
自身の存在を保つために、世界を要求してもおかしくない存在だった。




