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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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それは恋に似て異なるもの・・・6

 昨日から魔女が朝食に加わっている。一昨日前の朝、ターシャにその旨を伝えると、二つ返事でそれが承諾されたのには本当に驚いた。思わずルオディックが「今朝からでもいいのか?」と尋ね返してしまうくらいに、ターシャの変わりようには目を見張るものがあった。するとターシャは微笑んで言ったのだ。


「坊ちゃまと朝食を摂ることが出来るなんて、あの魔女も幸せなものですわね。失礼の無いよう身を整えさせましょう。ただ、準備もございますので明日からにさせていただきます」


そして、魔女は車椅子に乗せられ、人形のように食卓に座っているという結果に至った。それが二日続いている。


 今朝は薄桃色のドレスに髪を軽く三つ編みにして既に食卓で待っていた。これも、姉のために用意されたものだろう。ずっと着ることもなく放置されている物だから、ルオディック自身はそれに関して何とも思わないのだが、ターシャの魔女へ対する対応の変化は一体何なのだろう。魔女もターシャにされるがままのようだし、不思議極まりない。


 そんな中、ダルウェンまで参加してきたのだ。ルオディックは朝食の内容をほとんど覚えていなかった。ただ、魔女がトマトを食べたことがあるということが分かったので、トマトスープだけは頭に残っていた。旬外れのもので酸味が強かったのだ。


 その後、ダルウェンの促しもあり、ルオディックは書斎に溜まってあった父宛以外の書簡に目を通しながら、それを予定順に積み上げていき、すでに終えたものを廃棄していた。そして、ふと手を止め思うのだ。これは本当に自分の仕事なのだろうかと。ルオディックはもっと別の何かにうんざりしていたような……。しかし、何に自分が引っ掛かっているのか、全く分からないのだ。


 身に覚えのないような社交界への招待状。商人が寄越した娘の誕生パーティへの招待状。


 名前は知っているし、どんな人相なのかも知っているはずなのに、会ったことのないような同級生だという者たち。リディアス方の親戚方々。ワインスレー領主方々。

全員、知っているはずなのに、知らないような……まるで、別の誰かの人生をそのまま生きているような……、そんな感覚に陥ってしまう。


 そして、考えれば考えるほどルオディックの思考は深く沈んでしまいそうになる。沈まないためには、今あることを確実にこなすことだった。


 明日は少し時間を作れるだろうか。魔女を外に出すということはある程度手回しも必要だろう。チャックなら多少怖がらずに相談に乗ってくれるだろう。


 先程の来客に出て行っていたダルウェンが戻って来たようで、扉が叩かれた。


「どうぞ」


扉を開いたのはダルウェン一人だった。てっきり、ゴーギャンを連れてくるものだと思っていた。


「ゴーギャンじゃなかったのか?」


「えぇ、ゴーギャンは午後になるようです」


「じゃあ、誰が来てたんだ?」


「行商のものです。それよりもはかどっていますか?」


ダルウェンの言葉には違和感があった。しかし、それはわざとルオディックに匂わせている嘘のような気がした。しかし、先日の魔女騒ぎで見たダルウェンとは違い、隠し事の嘘ではないのだろう。だから、それ以上深く追求しないでおく。領主がすべての判断をしなければならないこともなく、ルオディックにおいては、ダルウェンに任せておいた方が良い案件も多い。


「あぁ、まぁ」


「そうですか。ではゴーギャンが来るまで私は下がっております」


「あぁ、……どこに行くんだ?」


ダルウェンが微笑むと、頬の横に深い皺が現れた。そして、その皺と同じくらい深い声色がルオディックの耳に届いた。


「ご心配なさらずに。魔女の元には行きませぬ故。全く、ターシャのお陰で調子が狂うくらいに人間と遜色なく座っておりましたな」


その穏やかな表情にルオディックは一抹の不安を覚えたが、それを腹の底に押し込んでから、ダルウェンを見送った。あのダルウェンが魔女の話について穏やかなはずがない。それが何色とも取れない気色悪さをルオディックに残したのだ。


 午後、約束通りゴーギャンがやって来た。その姿は、怯える小動物のような殺気を漂わせていて、下手なことを言えば叫び襲い掛かって来そうだ。


「呼びつけて申し訳ない」


頭を下げて詫びたルオディックに対し、今度は狼狽し始めた。それをダルウェンが宥める。ルオディックは彼が落ち着くのを待ってから、今の魔女の状況を伝えた。ゴーギャンはそれを大人しく聞いていた。


「あの…領主様、その…私はどうなるのでございましょう」


ルオディックは何でもないように微笑み、まるで死刑台に立っているかのようなゴーギャンの緊張を解そうとした。そして、ディアトーラの豊作状況などを含み、どうして魔女を撃つようなことになったのかを話すように促した。


「私は領主ではないし、何の権限もない。だが、庇うことくらいできるから、話してくれないか?」


まだ彼にとって信用に値する人間に成り得ないルオディックに、彼の口は重かった。しかし、表情を緩めたまま彼から目を離さないルオディックに観念したようにして、ぽつぽつと状況が語られ始める。


「えぇ…えぇ…あの……私はただ……」


肉はあまり手に入らない。確かに人の欲に火を差すものである。狩人にとって獲物が目の前にあれば、撃って当然だろう。しかし、彼自身が裕福になるための欲ではなかった。獲られた肉は領民へと配られたらしい。


 ゴーギャンが魔女を撃った理由は、ルオディックの想像通りだった。魔女を怖がったせいで魔女を撃ったのだ。しかし、自身の腹を肥やしたわけではない。もし、それが富とされるのならば、ディアトーラの富である。領内が富んだのならそれを喜ぶのは領主である。ならば、領主に対しての要求が為されるはずである。


 ルオディックはそんなことを伝えた。最初からゴーギャンを責めることなど考えていない。例えば、彼女が本当に魔女ならば、ゴーギャンの行った行為は起こるべくして起こされたものである。それに対して、どうすればいいのか、それを考えるための材料探しをしているだけなのだ。


 ゴーギャンが頭を下げ、「勝手なことをして申し訳ありませんでした」と震えながら呟いて、ダルウェンがその背を庇うようにして擦っていた。


「ゴーギャン、ルオディック様を信じなさい」


しかし、ルオディックの胸の奥は重たかった。ゴーギャンに対しても、魔女に対しても、ルオディックの出来ることなど本当に何もないのだ。


 ゴーギャンはダルウェンに促されるまま部屋を出た。ルオディックは一人、その二人の背を見送っていた。もちろん、未熟な領主代理の言葉ごときでその腹の中にある不安を全て拭い切れたわけはないだろう。信頼に篤いダルウェンが、そのルオディックの言葉の信頼性を請け負ったから、彼は引き下がったのだ。


 ただ、何となく、ダルウェンへ素直に感謝できない。きっと、それは少なからず、ダルウェンがルオディックにとっての目の上のたんこぶになっているからなのだろう。



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