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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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それは恋に似て異なるもの・・・4

 ターシャに言われたわけではないが、ルオディックは魔女のいる部屋の扉を慎重にノックした。いったいターシャにどんな心境の変化があったのか分からなかったが、ルオディックは魔女へのお粥を持たされていた。その行為に対して嫌がる理由はなかったが、不思議なことには変わりなかった。あれだけルオディックが魔女に近付くのを嫌がっていたのに、だ。


 扉の中からの返事はなかった。


「入るぞ」


ルオディックは一度断ってから、左手にお粥のお盆を持ち変え、その扉を開いた。すると、昨日とは打って変わった魔女の姿がルオディックの目に写った。綺麗に髪を梳かし、水色の部屋着を着て、ベッドに鎮座している魔女。柔らかな絹のその部屋着は、母が姉のためにと用意させたものだ。それをターシャが着せたということにも驚かされた。


「……すまない。返事がなかったから」


確かに、犬猫とは違う。その様子はリディアスの鼻持ちならない貴族令嬢と全く遜色ない姿だった。


「えっと。具合はどうだ?」


ルオディックはそう言いながら、お粥の盆をサイドテーブルに乗せた。そこには朝にターシャが持ってきたと思われるスープが手つかずで残っていた。昨日から何も食べていない魔女を気遣ったターシャが、だから、お粥を持たせたのだろう。魔女は静かにルオディックの動作を目で追っていた。ルオディックはその視線を感じながら、居心地の悪さを感じた。その頬にはガーゼが貼ってある。やはり、非難の目なのだろうか。


「頬の傷、綺麗に治るといいけど……」


そう言いながら、ルオディックは革張りの椅子に腰かけた。ここに座ると魔女がちょうど右横斜めに見え、距離ができる。ルオディックは魔女にどうしてここに来たのかを尋ねたかった。しかし、ターシャのせいでその切り口がよく分からなくなってしまったのだ。猫や犬なら、愚直に尋ねられたものを、ルオディックはターシャを恨みに思った。しかし、ターシャ相手よりも気楽なことには変わりない。


「……」


魔女がゆっくりとガーゼに手を乗せて、口を開いた。


「お庭に行ったの。たくさん薬草があった。綺麗なお庭ね」


何の感情も乗せられていない、そんな淡々とした言葉だった。そして、頬の傷と庭がどうもルオディックの中で繋がらなかった。


「あぁ、あそこは母の庭だ」


繋がらなかったが、会話を続けるために庭の説明をした。あの庭は母がここに来てから造った庭で、ハーブが植えられている。ラベンダーやローズマリー、カモミールにレモングラスくらいは覚えているが、ルオディックにはあまり興味のない場所でもあった。魔女には興味があるのかもしれない。


「手入れは母や、ほら、今日も来ただろ? ターシャがしてる」


魔女はこくりと頷いた。


「……」


「どうした?」 


急に陰りを見せた魔女の表情にルオディックは心配になった。


「……ごめん。君にも母親がいて、きっと心配させてるんだよな…ごめんな」


「……母親は……いない」


魔女の声が硬く感じられた。ルオディックはそれ以上言葉を続けられなかった。魔女の母なのだから、魔女狩りに遭っていてもおかしくない。しかし、ルオディックの深刻さとは逆に魔女の方は何故か慌てたようにして言葉を継ぎ足した。


「大きな樹があって、わたしはそれから生まれてきたの。ラシンお婆ちゃんが言ってたから」


「そうなんだ。ラシンお婆ちゃんって?」


まず、人間が木から生まれてくるなんてよく理解出来なかった。それは、魔女だからありなのだろうか。それとも、そのラシンお婆ちゃんと言う人が、幼かったこの魔女を慰めるためについた嘘なのだろうか。


「ラシンお婆ちゃんに叱られる……森に帰らなくちゃ」


さっきまでほぼ感情を映さなかった魔女の瞳が泳いだ。そのラシン婆が魔女にとってターシャみたいなものなのかもしれない、とルオディックは勝手に思った。そして、尋ねるなら今だと思った。


「じゃあ、どうしてこんなところに来たんだ?」


魔女の泳がせた視線が下に落ちる。しかも何故か首を傾げながら、魔女は答えた。


「もしかしたら……容は同じにして異なるもの……それがどんな暮らしをしているか知りたかった」


よく意味が分からなかった。要するに、人の暮らしに興味があったということなのだろうか? ルオディックは当たりを付けて、訊きかえした。


「人間の暮らしが見たいんなら、案内してやるよ。領内だけなら、なんとかなると思う」


「本当に?」


嬉しそうに驚く魔女を見て、ルオディックは安心した。要求がそれで済むのなら、領民だって一日くらい黙っていてくれる、だろう。しかし、すぐさま不安が過る。ここの領民の畏怖はそんなものではない。むしろ、一日くらいならその目を誤魔化して案内出来るかもしれない程度だ。とりあえず、チャックは仲間に入れておこう。


「でも、その前にちゃんとご飯は食べて、体力は付けておいて欲しいな」


魔女が再びきょとんとした。


「それ、食べるの?」


そして、ルオディックがきょとんとした。


「お粥だと思うんだけど……えっと、何なら食べたことある?」


「……木の実とか……木の子とか……」


魔女の口から出て来たものは小動物が食べるようなものばかりだった。ちなみに「蛇や蜥蜴は?」と尋ねると「人間はそんなものも食べるの?」と逆に驚かれてしまい、魔女の機嫌を損ねてしまった。そして、魔女は「…薬の材料として使うって書いてある……」と言ってから口を閉ざしてしまった。ルオディック自身が作った沈黙だったが、とても居心地が悪い。


 そして、魔女の方が不機嫌に口を開いた。


「……ターシャさんにお礼を言っておいて下さい」


声は不機嫌だったが、内容はそうでもなかった。しかし礼は自分で伝えた方が良いだろう。


「……そうだ、明日から一緒に食べないか? そうしたら自分でターシャにお礼できるよな? それに、人間が何を食べるのかも分かるだろ?」


ちらりとルオディックを見た魔女の機嫌はまだ治っていないようだ。だが、僅かに頷くのがルオディックには分かった。


「じゃあ、また明日。朝、呼びに来るよ。あと、また話聞かせて欲しい」


目の前にいるのが魔女かどうかは測れないが、少なからず、自身の魔女像を矯正していかねばなるまい、とルオディックは思った。



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