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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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澱み・・・4


 やっと泣き止んでくれた魔女を背負い、どうにかこうにか魔女を窓から降ろし、教会の扉を開けるとダルウェンが息を呑んだのが分かった。どういう意味で息を呑んだのか。ルオディックはそれを考えて勝手に不機嫌になった。そして、勝手なことと分かっていながら、最悪の想像をして更に彼を蔑む。


 どうして殺していないのか。まだ生きていたのか、なんて考えてないだろうな。いや、そこまで考えていなくても、厄介者という認識はしているのだろう。この魔女の不安など微塵も考えずに。


「あいつは帰らせたのか?」


「えぇ。どの道あの者は何も出来ません故、家に戻しました」


ルオディックは頷いた。ゴーギャンには何も出来ない。してはいけないのだ。呪いを受けるのは領主の役目。魔女の後始末をするのは領主だけなのだから。


「これ以上魔女に関わる必要はありません。森へ戻しましょう」


その声に魔女が体を縮めたのが分かった。ダルウェンの声が非難に満ちていたからだ。そして、きっとそれがルオディックの気に障ったのだ。夜行性で凶暴な魔獣がいる中、女の子一人を、しかも手負いの者を置いてくるなんてよく簡単に言えたものだ。怯えているのは、ゴーギャンだけではないのだ。


「魔女だって決まった訳じゃないだろ」


不機嫌なルオディックの態度に対して、ダルウェンは誠実な対応をしてくれていた。


「森にいた者です。人間であるはずが」


「黙れ。怪我をしてるんだ」


ルオディックは静かに声を響かせた。ダルウェンはすぐに「申し訳ありませんでした」と非礼を詫びたが、彼の言葉を遮って屋敷へと向かう足取りはかなり重く、進まない。更にルオディックの気持ちを重くさせるように、両開きの屋敷の前には灯篭の灯を入れ終わったターシャが立っていた。そして、口を堅く結び、背筋を伸ばした。


「何をお連れですか?」


その声は何故かダルウェンよりもずっと深く、冷たく、ルオディックに突き刺さった。それなのに、ターシャの顔は悲壮に満ちている。そして、何を、その答えはルオディックと傍に控えていたダルウェンの口から出て来なかった。おそらくそれは、ダルウェンなりの領主代理に対する『礼』なのだろう。


「傷の手当てをする。部屋を整えておいてくれ」


「その者を屋敷へ入れるということをどうお考えです」


『魔女』という言葉は含まれていなかったが、ターシャの言葉は真っ直ぐだった。一瞬言葉が出なかったことは否めない。だが、そうなのだ。クロノプス家にとって、魔女は不吉な物にしか成り得ない。


「……鍵を外に出してくれても構わないよ」


ターシャの表情は変わらない。しかしその声はいつまでも落ち着いていた。おそらく、言葉の意味を察してくれたのだ。ルオディックは何も分からず、この魔女を屋敷へ入れるとは言っていない。


「分かりました。では部屋を整えて参ります」


魔女は人間が富めることを嫌う。だから、ディアトーラはいくら豊作であれ、他国が飢饉であれ、利益を出してはいけない。百以上求めれば、余剰分を魔女が奪っていく。


 それこそ最悪は言い伝え通りに。


 だから、ディアトーラはリディアスに攻められないのかもしれない。ディアトーラは例え魔女の加護を受けていようとも、何の力もない国である。ディアトーラが領地を増やすこともなければ、リディアスを脅かすこともないのである。何においても現状維持。ただ、おかしなことは、あれだけの武力と知力、財力を持ちながらリディアスは大いに魔女を恐れているということだ。


 でも、だからあの悲劇が起きた。


 ときわの森から逃げてきた魔女を助けた祖母を、リディアスを恐れた祖父によって殺された父。魔女の手先は磔。その状態を幼い父は目の当たりにした。


 ターシャから聞いただけの話だったが、まるで自分の身に降りかかったことのように身の毛がよだったのを覚えている。祖父もそうするしかなかったのだ。それは父もよく分かっていたはずだ。ディアトーラの人間はリディアス以上に、魔女を格段に恐れているのだ。魔女の怒りを鎮めるためには、それなりの犠牲が必要であり、領民を納得させるにはそれしか道がなかったのだろう。


 そして、その後きっかけとなったリディアスから母が嫁いだ。領民達は母を毛嫌いした。そして、姉を流産したのだ。領民はそれを魔女の呪いのせいだとしたが、誰が見てもどう聞いても、多大な精神的負担からだろう。ターシャは以前に増して甲斐甲斐しく母の世話をし、話し相手を務めるようになったそうだ。


 ターシャを推したのが、ダルウェンだった。ダルウェンの推薦状には、ディアトーラで唯一領民寄りではなく、奥様のお味方になってくれる人間、とされていたそうだ。おそらく、ディアトーラではまずいない女手一つで身を立てようとする変わり者だという点が評価されたのだ。




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