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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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澱み・・・1

 

 食堂に着くとパンとスープ皿が用意されていた。調理室からはじゃがいものスープの匂いが漂ってきていて、空腹をルオディックに思い出させた。それにしても毎日用意されているはずの朝食が、やけに懐かしく思えるのは何故だろう。ずいぶん長い間眠っていたのだとしても、その感覚は不思議なものだった。そして、今年はじゃがいもが豊作な上に小麦も豊作だったことをルオディックに思い出させた。この二つだけではなく、他にも今年の収穫物は多い。


 こんな時は、魔女が現れる、らしい。


「こんなに豊作ですのに、利益を求められないなんて理不尽な話ですよね」


黒髪をきりっと結い上げたターシャが愚痴を零しながら、調理室から現れた。茶色のロングスカートに黒いブーツ、ディアトーラで彼女を好ましいという人間が少ないという点で、ターシャは魔女だった。そして、その手には新しいスープ皿があり、温かいスープが入れられていた。


「まぁ、皆に利を与えられないって点では、ここは不自由な土地だな」


ルオディックは一応領主らしく答えたつもりなのだが、ターシャがくすりと笑った。


「なんだよ」


ルオディックの訝しげな声に、ターシャは悪びれもせず続けた。


「いいえ、お昼過ぎまで寝てらっしゃる坊ちゃまに言われましても、なんだかおかしくて。申し訳ありません」


全く申し訳なさそうではないターシャにルオディックは視線を逸らした。別にターシャに対して不服を言うつもりはないが、昼過ぎまで寝ていたくて寝ていた訳ではないのだ。ただ、目が全く覚めなかっただけで……。いや、そもそもどんなに疲れていようともこんなに寝過ごしたことなどなかったのではないだろうか。そう思い巡らせてみるが、どうもよく分からない。『ルオディック』ではなく、他の誰かが朝遅くまで眠っていた気がするのは、なぜだろう。しかし、記憶があやふやではっきりしなかった。いや、ルオディック自身にもあったのかもしれない。


「悪かったな」


だいたい領主の息子といえども、ルオディックには何の権限も与えられていないのだ。リディアスにある国立学校を卒業してから、やっと父の手伝いをし始め、収穫高の計算を任されたところなのだ。それも、万屋の息子チャックに駄目だしされることが多いという常だ。


「いいえ、坊ちゃまはとてもご立派です。お父様の考えをしっかりと受け継いでおられますよ」


そう言いつつもターシャはまだおかしそうにくすくす笑っている。


「いいよ、よけいに惨めになる」


ルオディックは乱暴にスープを掬い呑み込んだ。恨めしいが、空きっ腹に温かいスープはじんわり染み込んでくる。そんなルオディックにターシャは「お急ぎにならなくても大丈夫です」とやんわりとマナーを伝えていた。


 急いでいる訳ではないが、人に見られて食事をするのはやけに居心地が悪いのだ。本当にこれが日常だったのだろうか、と思える程。


 そんな雰囲気の中、食事を終えたルオディックは父の書斎へと向かった。留守の間に緊急とされる手紙が届いていないかを確かめ、出来る仕事を片付けようと思ったのだ。


「後でお茶を持って参ります」


 首を捻るルオディックにターシャは「お疲れなのですから、あまり無理はしないでくださいね」と言った。


 ターシャが言うには、ルオディックは昨夜遅くにディアトーラに到着したのだそうだ。どうも父母の見送りのために河川港のあるグラクオスを訪ねていたらしい。グラクオスはリディアス側のスキュラとを繋ぐ唯一の船が出ており、その港町として栄えている。そして、ついでに学生時代の友人を訪ねていたそうだ。そこに住むその友達をいう者には心当たりがある。あそこにはアイルという変わった学友がいるのだ。貴族の癖にルオディックに興味を持ち、歌を歌うように話しかけてくる十歳以上年長の学友だった。彼は彼独特の雰囲気で、周りを惹きつける能力を持っていて、誰も彼のことを悪く言わなかった。何年も留年している理由として、彼は自分の好奇心に勝てないことと父親の仕事の関係だと言っていた。


 彼と話をしていたのだとすれば、何か商業的なことはなかったのだろうか?


 ルオディックはターシャの淹れてくれたハーブティを一口飲んで、大きく溜息を付いた。体力的には全く疲れがないのに、記憶が全く残っていない。まさか、勧められるままに酒をあおり続けたということもあるまい。ルオディックはアイルの性格と自分の性格を鑑みた結果、その想像を否定した。それに、事実だとしてもこんなに体が軽い訳がない。とりあえず、記憶のないことは不安だが、交易の約束などなく、世間話だけならいいのだが、とアイル宛てに手紙を認めることにした。彼になら正直に書いて問題ないだろう。しかし、全くどうして覚えていないのだろう。


 いや、曖昧なのは昨日に限らない。それなのに、何が曖昧なのかすら分からないのだ。まるで出口のない迷宮に捕まってしまったような、言葉の通じない国で道を尋ねているような。全てが曖昧模糊としてはっきりとしない。


 ルオディックは記憶を辿る。自分はここで毎日同じような日々を送っていた。それは父の代理として。しかし、外交など諸外国との会合には顔を出したことがないはずだ。ふと何故だろうと疑問を感じたが、結局自分の器のせいだろうと納得させていた。



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