薄れゆく記憶の中で・・・3
もともとディアトーラには魔女信仰があり、ときわの森に住むとされる魔女を崇め、畏れていた。日照時間が少なく、曇りが多いはずなのに何故か作物がよく育ち、それにはときわの森の魔女が関わっているとされていた。ルオディックが生まれてから魔女が森から出てきたことはないのだが、その恩恵の引き替えとして、魔女は何かを要求する。もちろん、要求といっても物々交換をしているだけで、領民達も特に気にしてはいなかった。
しかし、時に魔女は子どもを求める。
例えば、不治の病の子と、それを治す薬。
人間に拒否権はない。拒否すれば子どもは死んでしまう。いや、承諾したとしても子どもは親から引き離されてしまうのだ。
だから、領主は連れ去られてしまった彼らの子らを護るためにときわの森を護っていた。
しかし、時は移り隣国のリディアスが勢力をつけてきたことでその役目の意味は変わり始める。リディアスは魔女といえば悪魔という考えを持っていた。そのため、魔女信仰の深いディアトーラはすぐに目をつけられた。ただ、ディアトーラの畑は肥えていた。砂漠化を心配するリディアスにとって、この国の全てを否定するわけにはいかなかったのだろう。リディアスはディアトーラに対して忠誠を誓わせるに止め、信仰までは奪わなかった。何よりもディアトーラは好戦的ではない。そこに目をつけられた、とも言えなくもない。
ただ、リディアスという強敵がいつでもその爪を向けるかもしれないという恐怖を植え付け、ときわの森に住む魔女への恐れへと繋げたのだ。
歴代の領主達は魔女をときわの森から出してはならないという強迫観念を抱くようになり、ときわの森を囲うようにして館を建てた。もし、魔女が出てきたとしても、外には出さない。領民達のいる村にまでは至らないようにし、リディアスへ噂が届かないようにしたのだ。
そして、いつしかそれは、魔女が人を望んだのならば、領主一族の者を差し出す慣わしになり、絶対的な位置に魔女不出という事実が置かれるようになった。
…………そんなこともあってだろう。リディアスから輿入れし、姉を夭折させてしまった母は、魔女に姉を取られてしまったという考えに落ちたのだ。いつも気丈に振る舞っている母はそこだけがおかしい。そして、母は今でも姉の部屋の模様替えをして、衣装替えもする。
「お姉ちゃんを護ってあげて」
だから母はときわの森にいる姉を護れとルオディックに言うのだ。言われなくとも、ディアトーラ領主は魔女を守るために存在していると言っても過言ではない。
ディアトーラにしては珍しい、太陽の光が窓を抜けてくる朝だった。ルオディックは大きく伸びをして、鳥の囀りを聞いた。朝らしい朝だ。ぼんやりしていると誰かが扉の向こうに立つ気配を感じた。そして、何かを思い出す。今、ルオディックは何かに引っかかった。
ディアトーラにしては珍しい。だが、久方ぶりの太陽とも言い難いのではないだろうか。最近太陽の差し込む朝を迎えていたような気がする。
「坊ちゃま、起きてなさいますか?」
扉を叩くよりも先に母の小間使いターシャの声が聞こえてきた。
「あぁ、起きてる」
「お疲れでしょうが、もう日はすっかり高くなっておりますよ。もう朝食という時間ではありませんが、どうぞ食事をお取りください」
そんなに寝過ごしてしまったのだろうか。曖昧な記憶を辿りながら、ターシャに適当な返事を返した。とにかく早く支度をしなければ、ターシャが乗り込んできそうだった。着るものに執着はないが、ターシャにあれこれ言われて服を選ぶことはとてもめんどくさい。リディアス国立学校へと留学した当初は、そんな付き人がいるという貴族が羨ましいと思ったこともあったにはあったが、今では、彼らに同情さえしてしまう。自分のことは自分で。それがディアトーラ領主館での教えだった。だから、父も領主の仕事以外に庭仕事や大工仕事までするし、母も食事の準備はもちろん、花壇の世話、繕いものなど家事全般をしている。リディアスの遠縁でもある母に用意された小間使いターシャを除き、この屋敷には家族しか住んでいない。祖母も祖父も他界して久しいため、最近は家族三人に、ダルウェン、ターシャという顔ぶれで成り立っている。
今、両親はリディアスへ出向いているため、現在この館にいるのは小間使いのターシャと領主付きのダルウェン、そしてルオディックの三名。出掛けに姉を護るようにと再三ルオディックに言い聞かせて言った母は、里帰りも兼ねていたので、手土産の品もたくさん持っていた。いや、あれは手土産ではなく、姉の二十歳の誕生日の内祝いだ。祝いの品すらもらっていないのにと、ダルウェンが眉をひそめる理由もよく分かる。
一通り準備の出来たルオディックは、ふと窓に映った自分に違和感を覚えたが、結局それが何なのか分からないまま食堂へと急いだ。




