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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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リディアスの傭兵・・・5

 大臣は事後処理に忙しく、衛兵達は必死に魔女を狩り始めた。しかし、むやみやたらと(とら)まえられた濡れ衣の魔女たちは全くお咎めなしで釈放され続けた。それは今までのリディアスでは考えられないことだった。おかげで魔女狩りはまだ終結していない。それだけでも、魔女狩りで有名なリディアスの屈辱的な歴史の一頁になるだろうに、その上、あの国王は老婆の墓の前に跪き、詫びたのだ。「どうか、赦してください。どうか、私は間違っていたのです。魔女が恐ろしかったのです」と。ピジョン通りに住む者は、おおよそ平均の生活をしている者ばかり。貴族でもなんでもない。


 グラディール取り巻きの大臣がどれだけ慌てたことか。それは国王暗殺計画をこの大臣らが企てもおかしくないくらいの慌てようで、屈指の魔女狩り部隊まであの魔女一人に標的を絞らせたことでもよく分かった。


 キラは意地悪な質問を自分の中で問いかけた。

 まだピジョン通りでよかったじゃないか。もしゴルザムの掃き溜めと呼ばわれる中央北通りだったとしたら、彼は跪くことすら出来なかったんじゃないだろうか。そんなことを考えながら、キラの脳裏には国王ではない現国立研究所所長の顔が思い出されていた。ランドとかいう、棚ボタ人事の所長だ。

 気の弱い国王は、あいつの操り人形なのではないだろうか? 


 グラディールの病状悪化も加わりアイルゴットへの非難は続いていた。もちろん、中央北通りになんかやって来た折りには、どうなるか保証が出来ないくらいに、ここは荒れている。そして、キラは暗い裏路地に身を隠して、男と会っていた。

 キラの本業は便利屋。どんな人の望みでも叶える、特にジャックと称される者。そして、キラの目の前にいるのは、便利屋に仕事を流すことを生業とする情報屋シガラスだ。


「結構いい奴だよな」

あの騒ぎのお陰もあり、さらに言えば蹴飛ばされたことで、やっと手に入れたチップ入りの職員証と城壁回りと内部の見取り図をキラから受け取り、厄介な仕事も押し付けに来たシガラスにキラは零した。

「誰がじゃ?」

「アイルゴットだよ」

くたびれた帽子の下から胡散臭そうな小さな瞳を覗かせているシガラスを見ると、決してお前ではないとキラは思った。シガラスはキラの心の返答を知らずに「おぅ、グラディールが逝ってくれれば、マジにやりやすいわい」と返してきた。確かにそうとも考えられる。おそらくアイルゴットは少しの揺さぶりで国の動向を変えてしまうだろう。便利屋にとっては情報を掴みやすく、動かしやすいかもしれない。しかし、一時の感情でどんな揺さぶりにも負けてしまう現国王はどちらかと言えば厄介なばかりではないだろうか。

「それだけじゃ入れないけどな」


 腰を落ち着けなければできない、誰もが嫌がった城の内部調査の依頼。「お前なら適任じゃと思ってな」と言われ請けた傭兵仕事だった。一年以上探り続けてもまだ完全ではない内部情報。

「心配するなぃ。そのくらい分かっとる。わしを誰じゃと思っとる?」

そう言われて、シガラスを真っ直ぐに見つめたキラは、そのまま黙っていた。

油断も隙もない、鬱陶しいくらいに鼻のよく利くシガラス。決して敵には回したくないクイーンだ。キラとは明らかな腐れ縁。


 そして、シガラスならキラの持ってきた情報を補填できるものを十分揃えているはずだ。そして、さらに上級職のジャックに回すのだろう。

「まったく、研究所の奴らの変な技術のせいで面倒じゃわ」

キラが何を思っているのか、勘付いているだろうシガラスはさも鬱陶しそうに零した。シガラスが言うのは城に隣接する国立研究所の『科学』という『魔女』に匹敵するだろう不思議な技術だ。一般的にどころか、国王すらあまり分かっていないようなものだが、研究所内ではごく普通に使われている便利なものだった。魔法と科学の違いがあるとすれば、理屈があるかどうか。いや、その理屈が人間に解され得るかどうか、かもしれない。おそらく、シガラスに説明しても、両方とも分からないのだろう。キラは自分が『分からない』ことを熱く語り出しそうなシガラスを見つめて話を進めた。


「で、依頼は?」

「あぁ、もう分かっておるんじゃろうが、あれを殺って欲しい」

最近シガラスがその依頼を受けたことをキラは確かに知っていた。誰も請けなかったのだろう。だから、ちょうど職を失ったキラにお鉢が回ってきたのだ。そして、シガラスに名を伏せられ『あれ』と言われたキングを殺すことは、本来ならキングとして認められることになる。しかし、誰にも知られてはいけないような依頼として請けたなら、それは叶わない。もちろん、キラはキングに成り代わりたい訳ではない。だから、シガラスはキラにこの仕事を押しつけたのだと、そのまま黙ってシガラスを眺めていると、シガラスに追い払われた。

「まぁ、気ぃ付けてなぁ」

覇気のないシガラスの言葉にキラは「あぁ」とだけ応え、彼とすれ違うようにして歩みを進めた。


 別れ際にかけられたシガラスの言葉は、キラが『キラ』になった時からシガラスがかけてくるものだった。最初の頃はこれに余計な言葉が付いていて、思い出すだけでも胸が悪くなる。だいたい、この仕事を終えれば、しばらくゴルザムには戻って来られないのだ。そんな仕事を押し付けておいて、「気を付ける」も何もあったものじゃない。だが、キラは実のところそんなことはどうでもいいと思っている。


 キラは、ただ与えられた仕事を遂行するだけ。自分の意志など元より持っていない。


 夕日が雲を染め、太陽と反対側に姿を現し始めた細い月が見え始めていた。闇はすぐそこまでやってきている。

 キラは指示に従い悪名高きキング邸に向かった。悪に染まり尽くしたジャックの成れの果てだ。ここまでになると国も一目置くようになる。あわよくばうまく使おうとする。

 ただ、自分の掌の上で転がせなくなったキングをクイーンは極端に嫌う。キングが憎いという声を聞けば、クイーンが喜んで知恵を貸し、ジャックを紹介する。しかし、シガラスはキラの知る限り、自分から仕事を撒くことはしない。

 そこは信頼に値する。誰かが望んだ結果がこの依頼である。だから、キラはシガラスと繋がっていられるのかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 丁寧に構築された世界観には感嘆するばかりです。 人々の魔女に対する畏怖と忌避する感情は並々ならぬものがありますが、具体的に魔女の在り様を知る者は少ない。 事実、キラにとっても真実はどうでも…
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