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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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★時を護る魔女

 トーラには娘が三人いた。一人はアナ、そして、双子のルタとルカ。


 その一人、ルカが、ルタに言った言葉がある。


「ルタは優しいから魔女を選んだのよ」


ルタは未だにルカの言ったその言葉の意味がよく分かっていない。ルカの方が穏やかで人当たりがよく、人間によく馴染んでいた。だから、ルカは人間として生きたのだ。優しいのはルカの方だ。




 ワカバが飛び降りてから徐々に『ルタ』になってきていることは感じていた。『ラルー』であれば、ワカバの干渉も受けないのだろうが、ルタでは限界がある。もう一度変化が起きればもう記憶は持たないだろう。だから、これが最後の機会。だから、同じ血族とはいえ、何の力もなく庇護だけだったアナの子孫マイラの行動が馬鹿げているとは、ラルーには思えなかった。


 ときわの森には魔女がいる。その魔女は人の願いを叶える力がある。


そして、「お姉ちゃんをまもってあげてね」という言葉。幼いルオディックがあの日ときわの森へと足を運ぶことは予想に容易い。


 マイラはラルーの甘言に乗って、それを利用した。


 だが、そんなことはラルーにとってはどうでもよかったのだ。マイラがどれだけ動こうとも、ラルーの紡いだトーラが影響されるとは思えなかったのだから。


 しかし、マイラが動いた結果、あの泣くことのなかった魔女が涙を流すようになったのだ。何かを失うことに苦しむようになった。恐怖を覚えるようになった。


 そして、まさかそんなことで自身が揺らぐとは到底思ってはいなかった。


 しかし、これで良かったのだろう。


 魔女を恨む彼にワカバを殺させようとしたのだから……。あわよくば、大切な者に殺される恐怖を味わわせてやろうとも。


 絶望を齎そうと。そして、こんな世界を滅ぼしてしまおうとしていたのだから……。


 ラルーの企てで狂ったことといえば、ラルー自身の気持ちだけなのに、ワカバは企て通り消えようとする。そんなことする必要なんて露もないのに。ワカバなら、もっと単純な答えを持てるのに。何故すべてを描き変えないのか。その疑問はラルーに怒りすら覚えさせた。


 ラルーこと、ルタ・グラウェオレンス・コラクーウンはリディアスの魔女狩りの先発隊の指揮をするために、謁見の間へと現れた。先の衛兵の態度からすれば、ラルーがここへ二度現れているという過去はないようだった。そして、本家トーラの力の大きさを改めて確認していた。少なくとも、ワカバはトーラを使い、ラルーの過去を書き換えているのだ。


 ワカバのくせに……という言葉がラルーの脳裏に過ったのは否めない。


お陰で今のラルーは、銀の剣を持つ他の人間よりは厄介な者という存在価値しかないのだ。記憶がまだ残っているのは、時を越えた時に『ラルー』であったことが大きいだけだ。それは、ラルーに初めてトーラの娘であることに有難みを感じさせていた。


「陛下が参られた」


ラルーを案内して来た衛兵が敬礼をラルーに促した。彼は軍特有の敬礼で敬意を示し、ラルーは深く頭を下げた。


「そなたが銀の剣を持つ者か?」


「そうでございます」


「トーラがディアトーラに現れるということだが、それはまことのことか?」


「もちろんでございます。故にここに現れた所存」


顔を上げることを許されたラルーの前には、グラディールがいる。慈しみ深く微笑んでいるまだ年若い国王は魔女狩り推進派で有名であった。そして、国王はその知らせを一笑に付すでもなく、信用するでもなく、目の前の事案に向き合った。


「ほぅ。して、どうして欲しいのかな?」


その穏やかな声に反して、ラルーに注がれる眼光は強く鋭いものだった。そして、その眼光をも沈める微笑みを湛え、ラルーはそれに答えた。


「リディアスは魔女狩りで名声高く、正義を深く愛していると聞き及んでおります。わたくしも世界の巨悪を退治しようとする身。ですので、その威光に少しあやかりたいだけでございます。今回はトーラでございます。御身の掲げられる御旗に傷を残すこととならぬよう、リディアス部隊の出立の前にわたくしに少し調査、あるいは、その魔女の確保をさせて頂きたい。ただ、弱小ディアトーラとはいえ、女の身、一人で乗り込むとなれば心細うございます。そこで、最強を誇る兵を数名お貸し頂ければ光栄にございます」


その言葉に口を挟もうとした衛兵を視線だけで抑え付けた国王。彼の中にも衛兵の物と同じ怒りはあっただろう。しかし、国王は落ち着き払ってラルーに尋ね返した。


「そなたの言い分はよく分かったつもりだ。確かに銀の剣は破魔の剣じゃ。しかし、そなたが銀の剣を持つにあたった経緯を教えて頂きたいものだな」


返答によっては、抑えた衛兵を放つことになる。おそらくそんな言葉が続いたのだろう。国王は柔和に笑っていたが、その細めた瞳から覗える眼光は、ナイフのように鋭い。そんなことを全部察した上で、ラルーは優越の微笑みを浮かべ、国王陛下を見つめ返していた。ラルーにとって、ある意味賭けだったその微笑みは、おそらくワカバへ向けたものだ。ラルーの戦う相手は、グラディール陛下ではないのだ。


「わたくしの名は、ルタ・グラウェオレンス・コラクーウンと申します」


その名を聞いた国王の息を呑む姿が、ラルーには見て取れた。この名前を知る者は、血縁者か、リディアス王家かくらい。王家でも、ごく限りある者しか知らない。ラルーは一先ず胸を撫で下ろした。今のところワカバへ対する見立ては間違っていない。とりあえず、いや、やはりと言った方がいいのだろうが、この辺りの細かい部分は変わっていない。


 コラクーウンという名は、銀の剣を作ったとされる者の名だ。そして、リディアスでは勇者扱いになる。


 リディアスの祖とされるリディアは、ラルーも知らない世界に生まれたトーラ級の女神様だ。彼女はトーラを畏れた人間達に生みだされた存在だったが、リディアは自然神の色が強く、大地を破壊する者、空を汚す者、森を伐採する者を容赦なく大地に戻した。きっと、トーラと逆の性質を追求しすぎた結果だったのだろう。結局人間は愚かにも自身の手に負えない代物を二物、創りあげてしまったのだ。


 それに加え、リディアよりも先に存在するトーラが彼女を脅かすのは容易い。それこそ、ラルーが人間に願わせるように誘導すれば、消えてしまう存在だ。もしかしたら、トーラが世界を創るきっかけになったアナの要求その物だったのかもしれないとも思わせるもの。それほどまでにトーラの力は強大だ。だから、トーラを憎む彼女も知恵を付け、人間を利用するようになったのだ。


 それが今のリディア家。だから、彼らは魔女を狩る。


 ただ、リディアの化身であるリリアは何故かワカバのことを気に入っている。世界の枢機とも言える二人があんな二人なのだ。だから、ラルーに付け入る隙間があるのだが、全く読めないということも心配の種だった。


 国王との交渉もその名のお陰で滞りなく終え、ラルーは研究所長官を務めていた時でも通されたことの無かったような豪奢な部屋に通された。「御用があれば御呼び下さい」という世話係も、部屋の中に並べられた家具たちも、ラルーには全く無意味なものにしか思えなかった。天蓋ベッド、派手な花が描かれた壁、金の縁取りのある鏡台に、部屋の規模には大きすぎる花を模したシャンデリア。ラルーは金の葉が模られた窓枠に手を置き眼下に広がる視線を落とす。眼下にはリディアス統治下である、首都ゴルザムが赤い夕陽に染められていた。そして、ラルーの足下に寝かされている銀の剣もその赤い光を吸い込んで、鈍く輝いていた。


「魔女を消し去るために必要な銀の剣……」


それは世界を保つために必要な剣。父がラルーの知らない『母』を救うために作った代物。この世界から消え去った過去を戻すための道具。今を生きる者たちからすれば、時代錯誤もいいところの代物。そして、ワカバを護ることのない剣であり、ワカバが彼を生かそうとするために利用する記憶の剣。


 ワカバは、それを知った上で逆説的にその特性を利用しようとしているのだろう。銀の剣を持つ者は、その魔女の記憶を背負う。たとえ彼が時の遺児となろうが、彼が背負った記憶を元に世界を塗り替える。何にも縛られないワカバだからこそできること。それほどの力を持ちながら、どうして庇おうとするのだろう。


 全く人の気も知らないで。


そして、ディアトーラの若き領主候補を思い描いた。単なる駒の一つにこれほど切に願わなければならないなんて、人間とは不自由なものだ。


 まぁ、銀の剣を運ぶ役目は務めてあげましょう。


 そして、どうやってもラルーのように髪を固く結うことが出来なかった不器用なトーラを思い、ラルーはふっと微笑んだ。



第一章と第二章はつながっておりますが、別の話として進められていきます。「薄れゆく記憶の中で」の最終から投稿予定の「澱み」へ移る際違和感があるかもしれませんがご了承ください。

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