キラとワカバ・・・3
町の外れ、ここまで来ると賑やかな中心部と違い、人気は全くなくなる。星も月もよく見えて、夜道を照らすものはそれくらいになる。その月の光でさえも遮ってしまう木々が手入れもされずに鬱蒼としている。そんな奇襲には打ってつけの場所で、こうも簡単に返り討ちにされてしまうなんて、キラにとっては拍子抜けもいいところだ。今、キラの足下には一人の男が転がっている。おそらく、水でもかけない限り、しばらく目覚めないだろう。キラは駒に使われたその男を哀れに思い、黒鋼の棒を暗闇に向けて、どこかにいるだろう男に対して、闇に苛立ちを響かせた。
「撃つんなら撃てよ」
その男なら、すでにキラを射程距離においているはずだ。近くにいるのだ。そして、まだその引き金を引いていないということは、今ここでキラを消してしまおうとは思っていない。だから、思った通り、シガラスがキラに銃口を向けたまま暗闇の中から現れたのだ。
シガラスが、生きていたということは今のキラにとって複雑なものだった。旧知の仲とはいえ、一番厄介な敵。厄介続きで言えば、キラの前で倒れている男もキャンプでキラを追いかけてきた賞金稼ぎの一人だ。あの時からシガラスがこいつを雇っていたのだとすれば、嵌められたのはキラの方になる。そして、シガラスが魔女に関わっているということが動かぬ事実になる。うまくキラに分が回ってきたのは、この賞金稼ぎの立ち回りが悪すぎたから。
「お前が雇ったにしてはずいぶんお粗末な刺客だな。まぁ、お前の都合で動く奴なんてこんなものか」
シガラス本来の仕事運びでは絶対に使うようなことのないレベルのジャック。それは、ジャックと言っても良いのかどうかも分からないキラへの刺客に対しての感想だった。そして、シガラスが否定しない。すなわちこれはシガラス個人の行動だ。
「相変わらず可愛げのない奴じゃ。その肩の傷じゃ、太刀打ち出来んじゃろうと思ってな。ちょっと見くびり過ぎておったかのぅ。で、その傷はあの魔女でも庇ったのか? それともあの魔女に付けられたものか?」
シガラスは見えるはずもない傷の在り処を知っている。そして、それを鑑みてこの男を放った。言葉尻だけで推測するならは、そう言うことだ。しかし、本気で殺す気ならば、この程度の奴をぶつけるはずがないのだ。だから、キラは否定した。
「違う。単に魔獣にやられたんだ」
もちろん、アブデュルを庇ったせいだとも、言わなかった。あの時は気が散漫だったのだ。魔獣の一番近くにいたワカバを飛び越えて、魔獣がまっしぐらにアブデュルを狙ってきたことに、キラの中で一瞬何かが反応出来なかった。
「勘が鈍ったのか?」
「いや、……」
まるですべてを見透かしたようにシガラスが笑った。その痛みのせいで起きる僅かなズレがシガラスの引き金に追い付くとは思えない。
「そいつはダイスという男じゃ。キングになりたいんじゃそうじゃ。じゃから、お前を殺せるくらいになればキングにもなれると焚き付けてやったんじゃ。何にも考えずに喜んでな。使いやすい駒じゃ」
シガラスはキラの周りをゆっくりと観察するように歩き始めた。シガラスはキラがシガラスを討とうとはしない、ということを知っている。それはジャックとクイーンの制約に基づいて、ではない。どこかでここで死んでしまいたいと思っているキラに気付いているからだ。
「やっぱりのぅ。直接手を下すのは気が引けるからの。一度だけ機会をやろうと思ってな。こんな奴じゃ使い物にならん。手負いのお前も闇討ち出来ないようなクズじゃ。じゃから、」
シガラスが銃を下ろし、発言通り、汚いものでも見るようにダイスを見据えた。
「そいつと同じ時期のお前なら、今のお前くらい簡単に仕留めた。そうじゃな? なぁ、あの魔女は、お前にとって何じゃ?」
依頼人だ。だから一緒にいる。だけど、胸糞悪いくらいに居心地が悪い。
「……依頼人だ」
「お前はその仕事が終わったらあの魔女を殺れるんじゃな?」
「どうしてお前がそんなこと聞くんだよ」
おそらくそれはシガラスが魔女嫌いだから、という理由から出た質問ではないはずだ。そして、それに答えないことは分かっていた。実際シガラスはキャンプでワカバを殺そうとして失敗しているのだ。いくらクイーンであろうと、ジャックの仕事に首を突っ込むということはほぼない。それをよく知るシガラスが関わってきたということは『仕事』以外では考えられない。仕事である限り、キラがシガラスから聞き出すことは出来ない。そして、関与することも許されない。シガラスが追い打ちをかけた。
「どうなんじゃ」
覇気に満ちた口調に変わった。今のキラはそれに答えることが出来ない。明言を避けようとする自分にキラは気付いている。シガラスもそれを知って、わざと答えを急がせた。
「答えろ」
「……あぁ」
否定する理由がなかった。それなのに、その言葉がキラのどこにも響かない。
「だが、もし、あいつを殺さなければならない仕事が入り込んだのなら、そこに寝転がっている奴に頼めばいいじゃないか。そいつでも十分殺せる標的だ。どうしておれの仕事に干渉するんだ? おれに関係なく勝手に仕事を遂行すればいいじゃないか」
そうだ、キラの仕事はワカバをときわの森まで連れて行くことだ。厳密に言えば、それだけ。ワカバが何に狙われようが、構わない。シガラスだって、そこは心得ているはずだ。だから、本来なら今、干渉する必要はないのだ。だが、彼は干渉してきた。考え及ぶ理由としては、今、キラが邪魔だから。
もしこの男が襲い掛かって来たのなら、例えば、ときわの森まで行く道中であれば、ワカバと別れる前であるのならば、キラはワカバを護るだろう。シガラスはそれを疎ましく思っているのだ。だからキラに退けと言うのだ。どこかそうであって欲しい。キラは思っていた。そして、思うように動かない自分にキラは焦ってきている。反して、シガラスは落ち着き払ってキラを見つめ続ける。
「干渉? これは警告じゃ」
「警告?」
冷静にならなければならない。ガーシュはそう言ってキラを育てた。しかし、キラは絶対に冷静さを欠いていた。だから、冷静さを保つシガラスを前に、挑発とも取れる言葉を並べ始めていたのだ。思うようにならない自分をどうにかしたくて、誰かに救って欲しくて、その苛立ちを吐き出してしまえば楽になれると勘違いをして。
「何が警告だ? いい加減なことばかり言うなよ。邪魔なんだったらさっさと殺せばいいだろ。なんで撃たないんだよ。まどろっこしいんだよ、お前のやり方はっ。なぁ、撃てよっ」
キラはシガラスの動かない黒い瞳に向かってどんどん詰め寄って行った。そして、その腕の先にある銃口を自らの手で、自分の胸に押し当てた。逃げる方法がないのだ。この銃口からもワカバからも、ジャックからも。自分からも。どこにいても同じ状況にある。
「使えない駒は消すんだろ? おれは使えない駒だ。お前が言う通りだ。おれは、あの魔女を殺せない」
シガラスの瞳が真っ直ぐにキラに注がれた。そして、その瞳の奥に揺らぎがあった。キラはそれをも凝視した。しかし、それに対してキラは挑発するつもりはない。キラはただ、何かしらの答えを求めているだけなのだ。それがただシガラスに向かっただけ。
「撃てるわけないじゃろ。こんな奴に殺されるお前なら惜しくもなんともなかったんじゃ。お前はそれでいいのか?」
どこにいても同じだった。別にあの魔女だけの問題じゃない。今までは逃げようとは思わなかっただけだ。それなのに、どうして逃げたいなんて思うようになったのだろう。情けなくて、悔しくて、恐ろしかった。その重みでキラの手はシガラスの銃から離れ、肩からぶらりと垂れ下がった。
「どうして……撃たないんだよ」
「じゃから嫌じゃったんじゃ。ジャックの世話係なんて。ガーシュが土下座して頼むもんじゃからお前に仕事をやるようになったが。だいたいお前は魔女さえいなければこんな世界にいることなんてない立場におった人間じゃ。生きる苦労をせずに育った奴は、すぐに死にたがる。そしてすぐに迷う。全く虫唾が走るわぃ。せっかく育てた腕のいいジャックをどうしてわざわざ消さなければならんのじゃ? えっ?」
シガラスは静かに語彙を荒げ始めた。そして、その銃口をキラの胸から外そうとはしなかった。引き金を引けばキラは死ぬ。
「ラルーは知ってるな?いいか、覚えておけ。あいつは死神じゃ。そして、あの魔女と一緒にいる限りあいつも一緒にお前の傍にいるんじゃ。そして、いつかお前が犠牲にしてまで守ってきたものをも消しにやってくる。消えてしまいたいんならそいつに頼め」
いいか、覚えておけ
シガラスがいつ去って行ったのかは覚えていなかった。別れ際にもう一度その言葉を告げたことだけを覚えていて、他のことは夢みたいに靄がかかっていた。断片的に色々なことがぐるぐると巡り巡って始まりを忘れていく。結局シガラスはキラを殺さなかった。そして、ワカバの許にも行かなかった。




