キラとワカバ・・・2
シャナはワカバをさっきの提灯の向こうにある屋台という所まで連れて行き、「何食べる?」と聞いて、勝手に歩き始めた。ワカバはシャナを見失わないようにその後に続いていく。
ワカバはシャナが買ってきた肉団子の紙袋と白身魚の揚げ物と煮物の器を抱えて、それでもまだ買い物を済ましてしまわないシャナをどうすれば見失わないでついて行けるかを考えた。シャナの背中はすぐに人波に呑まれてしまい、そして、ひょっこりとワカバの許に戻ってくる。その度にワカバの抱える荷物の量は増えて、余計に動きにくくなってしまうのだ。四回目にシャナがひょっこりと帰って来た時にシャナが人込みの騒々しさに負けないくらいの声で叫んだ。
「あなた、あの木分かる? あの提灯が垂れてる奴。あそこで待っててくれる?」
シャナが指差した場所には一本提灯の垂れ下がった木があった。ワカバはこくりと頷いたが、シャナは続けて「心配だからついてくわ」とワカバの先を歩き始めた。
木の下までワカバを連れてきたシャナは思いがけない言葉をワカバに伝えた。
「いい、何があってもここにいて」
言葉は少し違うし、状況も全く違う。
あの時ワカバはこくりと頷いた。「何があっても声は出さずにいるのよ」
ラルーがそう言ったから、ずっと待っていたのに、ラルーは帰って来ず、代わりに国立研究所長官だったランネルがやってきた。ワカバはただ場所を変え、結局冷たい場所に一人ぼっちになる。
「どうしたの?」
シャナがワカバを覗き込んだ。どうしたらいいの? ワカバはそのシャナの顔に尋ねたかった。胸の奥がとてつもなく重くて、抱えきれない。
「いい? 待ってるのよ」
一人になっていいことが起きたことはない。キラが待ってろと言った時も、ワカバは銃声と呻き声の中で追い詰められていた。その中で男の声がこう言った。
『出てこい、お前の恐れているものはこんなちんけな人間の銃じゃなかろう。お前がいる限り誰も幸せになんかならんのじゃ』
ただ、恐ろしくて、すべてを無くしてしまいたいと目を瞑るとそれが事実になった。何があったのかは分からない。ただ、鳥の羽音が聞こえて、ワカバが目を覚ますと声の主はいなくなり、血まみれの人間たちが呻き声をあげて助けを乞うていた。
手には荷物がいっぱいでシャナを引き留める方法がなかった。追いかければ迷子になってしまう。胸の奥が重たい。
「どうしたの?」
シャナが返事をしないワカバを不思議そうに覗き込んだ。
「まさか、あなたまでお腹が痛いなんて言わないでしょうね」
立っていることも顔をあげることも出来ない。シャナはキラのように戻ってきてくれるのだろう。シャナはラルーではなくて、人間だ。きっと戻ってきてくれる。だが、ワカバは一人で待っていられるのだろうか。何も起こさずにここにいられるだろうか。
「あぁっ、もうっ。言いたいことがあるんならはっきり言いなさい」
どうしてあの時ラルーと一緒にみんなから離れなかったのだろう。胸が潰れてしまう。あの時ラルーがせっかくワカバに尋ねてくれたのに、どうして、一緒に行く、と答えなかったのだろう。
「い、かない、で」
涙が両目からぽろぽろと零れて落ちる。言葉を発したと同時に流れ出したのは魔力ではない。そう思っても怖くて顔をあげられなかった。どこかで人は死んでいないか。どこかで恐ろしい魔獣が生まれ出てはいないか。耳を塞ぎたいのに、塞げない。もし、叫び声が聞こえてきたらどうしたらいいのだろうか。
わたしには何にも出来ない。
シャナがワカバの頭に手を置いた。
「泣かないの。いいわ、一緒にいてあげる」
シャナの声は穏やかだった。そして、夕焼けのような優しい眼差しをして言った。
「ちょっと腹ごしらえをして、荷物を減らしてから一緒に行きましょ」
ワカバが頷くと、シャナはワカバの持っていた紙袋から肉団子を取り出して、ほおばり始めた。
「ワカバも食べなさい。食べないと大きくなれないんだから」
シャナはランドやマーサのようにワカバに食べて大きくなれ、と言った。だから、ワカバは素直に頷くことが出来た。人間はなぜかワカバに大きくなるように言う。とても不思議な生き物だ。しかし、ワカバは今、それを嬉しいと感じる。最初はあんなに戸惑ってしまったのに。
隣で食事をするシャナはお月様のように寂しいラルーではなく、太陽のように他者を温める者のように思えた。だから、氷が溶けていくようにワカバの心は不安定で、涙は止まらなかった。そんなワカバの肩を抱いてシャナが言った。
「大丈夫、何も変わらないわ。だから、自分で名前を名乗ってごらんなさい。あたしはシャナよ。あなたの名前は何?」
ワカバは途切れそうになる声に力を入れて『ワカバ』と伝えた。
「いい、よく覚えておくのよ。あなたはワカバよ。勝手に過去を変える魔女になんてならないで」
よく分からなかったが、頭が痛くて何も考えられなかった。だから、よく分からないままシャナの目を見て頷いた。




