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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
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キラとワカバ・・・1


 この町は三月山の恵みを一番に享けている場所だ、とキラが言っていたのをワカバは思い出した。夜になっても窓の外にいる人間の数は減ることを知らず、提灯が木々に垂れていて、暮れゆく道をオレンジ色に染めて人間の足下を照らし続けている。だから、ここはマーサのいた酒場によく似て賑やかだ。


 ワカバの知っている夜は静かで、太陽が残していったわずかな光を刹那の静寂が吸い取っていくものだった。そして、静寂に包まれた闇を切り取った小さな窓に流れていく月の歌や星の囁きを聴いて過ごすものだった。小さな窓から見える星は数多(あまた)あり、ラルーがその名前を教えてくれた。ラルーはその星のつなぎ方を教えてくれて、窓の外の月の名前を教えてくれた。しかし、ここはワカバの知っている星も数個数えるほどしか見えない。静かな夜も来ない。ラルーも、いない。だからなのだろうか。心がころころ転がって定まらない。


 キラは少し前から、ワカバよりもシャナの傍にいることが多くなり、シャナとよく喋っていた。きっと、ワカバがキラの怪我を治そうともせずに見ているだけだから、罰が当たったのだ。ワカバは三月山でたくさんの薬草を摘んで歩いた。乳棒も乳鉢も持っている。お鍋だって、シャナに頼めばきっと貸してくれる。ワカバはラルーからたくさんのことを教えてもらっている。ラルーは何でも知っていて、何でも出来た。ワカバはそんなラルーが大好きだった。


 ワカバは、だからそのラルーのいるときわの森へと向かっている。だけど、どうして、ワカバはキラと一緒にいるのだろう。ときわの森のラルーに会いに行く。その道が分からないから。本当にそうなのだろうか。ワカバはここ数日同じことを疑問に思っていた。だったら、あの時迷わず連れ帰ってもらうべきだったのだ。それなのに、ワカバはその申し出に拒絶を覚えていたのだ。


 どうして、『拒絶』だったのだろう。あんなにも会いたかったラルーのはずなのに。


 そして、腹痛を訴え、言葉少なになったアブデュルの歩調に合わせ、ワカバは置いてけぼりを味わいながら、二人の背中を追いかけて歩いていた。その道中何度かアブデュルに腹痛を治す薬を渡そうかどうかを悩んだのだが、結局渡せずじまいだった。きっと、その罰が当たってしまったのだ。だから、気まずいアブデュルと部屋にとり残されてしまった。


 アブデュルは布団に潜って『くの字』のまま時々小さい声で「ワカバちゃんごめんね」と呟く。謝らなければならないのは、どちらかと言えばワカバの方なのに。


 そして、窓の外に廊下でシャナと話をしているはずのキラの姿が見えたような気がして窓の外に身を乗り出した。口を開けた瞬間、ワカバは何を叫んだらいいのかが分からなくなって、キラがいたのかどうかすら分からなくなってしまった。見えたはずのキラは、人の波の中に攫われて、雑踏の中にかき消されてしまっていた。気のせいだったのだろうか。よく分からない。眼下には星の代わりに数多の人間が流れていた。キャンプでの出来事が思い起こされた。


「ちょっと、何してるのっ」


振り返った時にはもうシャナがワカバの腕を掴み、引き寄せているところだった。そして、真っ直ぐにシャナの赤い瞳がワカバを突き刺すように見つめていた。


「危ないじゃないのっ。落ちたらどうするのよっ。痛いのよっ。死んじゃうかもしれないのよっ」


そして、その怒りがそのままアブデュルへと向かった。


「アブっ、しっかりしなさいよ。男のあなたがしっかりしないといけないことだってあるんだからね。ワカバは魔女だって言っても、どう見ても年下の女の子なんだから。傍で窓から飛び降りようとしているのをどうして止められないの!」


もちろん、アブデュルは虫の鳴くような声でしか答えられなかった。「ごめんなさい、お嬢様」シャナはどうしてそんなにアブデュルにきつく当たるのだろう。ただ、いつもは不思議に思うだけなのだが、今は、自分までシャナに叱られているような気がして仕方なかった。ワカバも謝れば少しは気が楽になるのだろうか。そうは思うもののやはりそれ以上に声を出す恐ろしさが上回っていた。


「ワカバ、あなたも黙ってないでなんか言いなさい。だいたいね、それって失礼よ。自分の意見をしっかり言ってこそ人間なんだからねっ」


その後、シャナの怒りはやはりワカバへと向かった。ワカバの耳には怒鳴り声がどんどんと溜まっていく。本当にどうすればいいのかが分からない。ワカバは声を出すことを恐れているのだ。それなのに、声を出さなければいけない、とシャナは言う。しかし、それよりも、シャナはワカバを人間として見ているのだろうか。そういえば、シャナに『魔女です』と自己紹介はしていない。いや、それどころか、『ワカバ』という名前だってシャナはキラから聞いただけに過ぎないんだもの。本当にワカバはシャナの目には人間に映っているのだろうか。


 いや、違う。さっきシャナはアブデュルにワカバは魔女だけど女の子だ、と告げていたではないか。ワカバはシャナの怒鳴り声を聞きながらシャナの顔を穴の開くほど見つめていた。もちろんラルーのようにシャナの心の声が聞こえるわけでもないし、キラのように表情を読み取るということも出来ない。分かることは、シャナは怒っている、ということだけ。


「だいたい、あなたが喋らないことで……。いいわ、だってあたしは関係ないもの」


シャナはそこまで言うと大きく息を吐いて口調を変えた。


「何だか知らないけど、あいつ用事があるんだって。だから、あたしと一緒にご飯食べに行かない? その役立たずはとりあえず寝かせておいて。アブ、いいわよね、それで。あなたもお湯にでも使ってその弱い体を少しは強くしてみたら?」


アブデュルは唸るように返事をした。薬を、と喉元まで言葉が出かかって、ワカバはやはりそれを呑み込んでしまった。キラはどこかへ行ってしまったのだ。ワカバはシャナと待っていればいい。キラはきっとシャナの許には戻ってくる。


 ワカバの周りではなく、シャナの周りなら、きっと失われない。

 



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