三月山・・・4
ワインスレーの気候は変わりやすく、不安定だ。リディアスとは全く違う。おそらく三月山から吹き下ろされる冷気を伴った風のせい。だから、今も薄暗い雲が太陽を覆い始めていた。
朝は天気がよくて、どこから仕入れてきたのか分からない四分の一のカボチャを、シャナは自分の荷物から取り出した。「いい天気ねーっ。ちょっとお鍋貸してくれない?」と伸びをしながら、キラに言った。シャナはそのカボチャをさらに半分にして、鍋で煮詰めスープを作り、残りの三人に配り与えた。その皿を手に取りながら、カボチャを荷物の中に入れて登山をしていたシャナに、キラはとにかく感心した。シャナはそのキラの感心にも気付かず、母親ぶってワカバに説教をし、片付けの手伝いをさせていた。
とにかく機嫌がよかったのだろう。シャナは手際の悪いワカバにも腹を立てず、何の文句もなく、にこにこして険しい山を下っていった。そして、なだらかな坂道に差し掛かった頃、天気は一転した。太陽を隠す雲に、太陽をこよなく愛していそうなシャナはどんどん機嫌を悪くしていく。
キラもたいがい短気だと思っていたが、シャナはそれを格段に越えている。まず、キラは自然現象に対して、腹を立てたりしない。それはどうしようもないことなのだ。それなのに、シャナは苛立ち、叫ぶ。不思議な生物だ、と思った。
キラはワカバと同じく黙ってシャナとアブデュルの会話を背中で聞いていた。そして、アブデュルに感心した。
「あぁ、もう! どうしてこんなにはっきりしないの! 雨なら雨。晴れなら晴れ。暑いなら暑い。寒いなら寒い、ってどうしてならないのよ!」
「そうですねぇ……」
「そうですねぇって、あなたも少しは考えなさいよ!」
「はい、すみません……でも、お天気は神様がお決めになることで……」
アブデュルは別に落ち込む必要もないのに、必要以上に項垂れてシャナの一歩後ろに下がってしまった。
「知ってるわよ。どうにも出来ないことくらいっ! あぁ、もう! はっきりしないわねっ」
「……」
「どいつもこいつも、どうしてこうなのかしら」
「……」
アブデュルが答えなくなったのを気にしてワカバは振り返ったが、キラは別のことを考えていた。考えることはたくさんあった。ラルーのこと、ときわの森のこと、一雨降りそうなこと、ワカバのこと。
キラの不安をよそに三人はお気楽なままで、思っていたよりも安全な下山になっていた。しかし、キラは自分の感覚を何度か疑った。木の影、茂みの向こう、ともすれば通り過ぎたばかりの後方。獣の気配はあるはずなのに全く危険な感じがなかったのだ。どんな警戒もせず、物音すら立てずに静かに眠っているかのようだった。その感覚が気持ち悪いと思っているのは、キラだけなのだろう。
「降ってきたな」
「えっ! うそ!」
キラの言葉に大きな声をあげたシャナは大袈裟に空を仰いで、手で雨粒を受けようとしていた。キラは立ち止まり、考えていた。雨を弾く雨合羽は四人分。ソラのキャンプで稼いだ金貨なんてあっという間になくなってしまった。四人分の食費、宿泊費、その他の雑費。依頼人のワカバはともかくも、どうしてシャナとアブデュルの分まで負担することになっているのだろう。それにふと気付いたのはリディアスの麓にあるあの町だった。そこでシャナがワカバを魔女だと知っていただけではなくて、無一文のお嬢さまだったことも思い知らされた。おそらく豪雨。山に生えている木々の木陰で凌げる雨ではない。今晩休む予定の木こり小屋まではまだまだ歩かなければならない。雨に当たれば体力は寒さで奪われてしまう。アブデュルもシャナに倣い、空を見上げて雨を心配しはじめている。キラの苛立ちのせいで首を傾げながら空を見上げる何も気付いていないワカバが濡れてしまうのは申しわけがない気がした。
「貸してやるんだからな」
キラは念を押して二人に雨合羽を放り投げた。受け取ったシャナが雨合羽を見つめて止まった。また何か文句でも付けようというのだろう。渡し方だとか、安物だとか、ケチはいくらでも付けられる。それでもキラはたいがい譲歩してやったつもりだ。
「あなたって、お母さんみたいね」
シャナはたった今、新たなる発見をした子どものように鼻を膨らませてキラを見ていた。
「はぁ?」
予想に反した言葉だった。
「だって、お母さんの鞄って言えば何でも出てくるでしょ?」
キラにはそれが嫌味にしか聞こえなかった。自分で何もしなくてもそれが当たり前だと思っているシャナにも、『お母さん』にされたことにも、とにかく納得出来ない。シャナは何だかとても嬉しそうに「ほら、絆創膏でしょう、傘でしょう。それから、おやつだって出てきたわ」と続けていたが、アブデュルは気持ちが深く沈みこんで上がって来られなくなったようだった。キラは元に戻らなくなっている鉄の棒を握りなおし、極力シャナの顔を見ないように努めた。歩きながらもシャナはしばらく機嫌良く喋っていて、アブデュルがそれに都合よく相槌を打つ。これを繰り返しているうちにアブデュルはまた自信を取り戻してきたようだった。この二人はきっとかなり絶妙に相性がいいのだろう。しかし、シャナのご機嫌が続くのも降り始めの今だけなのだろうとキラには思えた。
何と言ってもシャナこそがワインスレーの天気のようにころころと機嫌を変えるのだ。何がきっかけで嵐になるか分からない。




