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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
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三月山・・・3


 ワカバを見遣ったラルーの白い輪郭が月明かりにはっきりと照らされ、そこにある形の良い高い鼻がラルーの性格を物語っていた。高飛車で高慢で、融通の効かなさそうな……。ただ、その時ワカバに注がれていた視線は、眼差し、という言葉が適切かもしれない。それは何があっても消えることのない愛情に満ちた、温かいものだった。ワカバがあまりよく納得出来なかった『母親』の眼差しに近い。


 少しだけ魔女ラルー以外のラルーがいる。キラはそう思った。確かにワカバという者を見ているだけなら『いい子』には違いない。ただ、ときわの森の惨劇という背景は、確実に『悪魔』の称号に箔を付けていて、ワカバはその魔女なのだ。そして、穏やかな風を思わせるラルーの声がキラの耳に届いた。


「もしご所望でしたら差し上げますわ。だけど、銀の剣なんて、あなたは必要ないものでしょう?」


正面からキラを見つめたラルーの表情にはもう微笑みはなかった。「なんで、お前が」と言いかけて、キラは言葉を呑んだ。銀の剣を持つ魔女は存在するのだ。そいつは、トーラの作った世界を護るために、銀の剣を人間に持たせ、勇者として祭り上げるのだ。


 ディアトーラに伝わる魔女を形作る『トーラ』の娘。この世界を崩壊させるほどの魔女が現れた時に存在を現す魔女である。キラの脳裏には、世界の創始者である女神『トーラ』に関する記録が鮮明に浮かび上がってくる。


 例えば本当にワカバが……。


 ワカバはそのラルーに会いに行こうとしている。キラはその依頼を請けている。


「お察しの通りですわ」


 遠くでワカバが山の声でも聞くかのような形で体を横に倒し、それから動かなくなった。そのせいでキラの意識がラルーから逸れていた。まさか、ラルーがワカバの時を奪ってしまったなんてことありはしないだろうか。そして、追い打ちをかけるようにラルーの冷たい声が聞こえてきた。


「今は、まだ、何も起こりませんわ」


「……ワカバはお前を探してときわの森へ向かってるんだぞ」


おそらくラルーは既にキラの返答を知っていたのだろうが、キラはラルーの気をしっかり留めていたくて、声を発した。


「本当に、そう思われます?」


「思うも何も」


「あの子が言ったのですものね」


そう言ってから、ラルーは続けた。はっきりと、そして、凪のように。


「わたくしは看視役を一度放棄しましたの。だけど、それを後悔しています。今はお分かりにならないかもしれませんが、その時が来ればお分かりかと思います。もし許されるのであれば、あなたにあの子を護って頂きたいとも思っております」


闇に光る深いエメラルドの瞳が真っ直ぐにキラに注がれた。射竦められるということはきっとこのような状態を言うのだろう。動けずにいたキラを動かしたのは、突風だった。木切れの火はもちろん消し去られ、静けさをも消し去るような突風にキラは視界を庇い、慌てた。急にラルーの気配が薄れていったのだ。消え入りそうなラルーを捕まえたくて、キラはやっと声をあげていた。


「おいっ」


「あなたにも神のご加護があるといいですわね」


言葉を聞き終えた時には既に遅かった。知りたいことはたくさんあった。それなのに疑問だけを残して、風の音に紛れた言葉と共にラルーは完全に消えてしまっていた。どうして、キラがワカバを護らなければならないのだろう。どうして、人々にあれだけ恐れられるラルーがあんな魔女一人護ることが出来ないのだろう。


 後には、冷たい風と耳を貫く静寂だけが残っていた。いや、キラが思うも何も、ワカバはラルーに会うためにときわの森へと向かっているし、キラはそのために雇われているのだ。それをどう変えればいいというのだろう。ラルーが銀の剣を持っているのだとしても、どこかで勇者が現れたとしても、キラはワカバをときわの森へ連れて行くことだけを考えればいいのだ。キラにはワカバを護る義務はない。そうやってキラはひとつ浮かんでは消えていく答えを必死になって消していた。


 東の空が白み始めたのを見て、キラは立ち上がった。結局一睡も出来ていない。


 ワインスレーを覆う雲の下から太陽が昇ってくる。朝に弱いワカバが、自分のくしゃみに驚いて、珍しく一番に起き上がって、自分の居場所をきょろきょろと見回していた。そして、目を擦る。おそらくワカバの位置からキラの姿は見えていない。ワカバは無防備だ。しかし、それはワカバにとって当たり前のことなのかもしれない。もし、ラルーの言葉の意味がキラの思う通りなら、ワカバを警戒して然るべきなのだから。ゆっくりと腰を上げたキラは、さも平然を装ってワカバに呼びかけた。


「おはよう」


ワカバは驚いて、その声に振り返った。そして、キラが掛けた毛布を慌てて引き上げ、おずおず、キラのそばまでやって来た。相変わらず、何も喋らない。慌てて丸めた毛布を片手に持って、もう片方の手で髪を撫でつけ。返事もせずに目も合わせない。


「ラルーって、お前には優しかったんだよな?」


キラは、喋らないワカバに話しかけた。降ってきた声に顔を上げたワカバは、再び目を伏せた後、頷く。その反応に違和感があったが、キラは何も言わなかった。銀の剣を持っているのがラルーである。ワカバはそれを知っているのだろうか。もし、そうだとすれば。キラは慌てて考えを否定した。そうだとしても、ということだ。


 キラはもう一度ワカバは依頼人であるということを頭にねじ込んで、下山の支度を始めた。 




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