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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
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三月山・・・1

 人の侵入を拒む三月山。その道を登って行くには思っている以上の忍耐と体力が必要である。キラは山登りなんてしたことすらないだろうワカバの心配をし、振り返る。しかし、その度に覚束ない足取りのくせに平気そうなワカバの表情と、予想以上に悲愴な二人組が見えた。ワカバはキラが「大丈夫か?」と尋ねると必ず頷き、残りの二人は必ず否定した。


「今ならまだ日が暮れる前に下りられるぞ」


まだ半分も登っていない状態を思い、キラは叫んだ。日暮れまで六時間。リディアス側にある頂上は越えておきたかった。神山と言われていても、三月山自体の標高は世界に誇れるほどでもなく、三日もあればワインスレー側へと下ることが出来る。ただ、リディアス側は道が険しく寒暖差が激しい。こちら側で夜を越すということは凍死を覚悟し、無理してワインスレー側の下りで野宿ともなれば、魔獣の餌になりかねない。目指さなければならないのは、ワインスレー側にある頂上だ。そこはまだ魔獣もめったに姿を現さず、寒さも一定している。


「人のこと心配する余裕あるの?」


「あるわけないだろっ」


キラは眼下に向かって叫んだ。アブデュルは黙ってシャナを見上げる。アブデュルはただそれだけで精一杯のようだったが、シャナはいきり立って足を速めた。その様子をワカバが心配そうに眺めていた。シャナはアブデュルとワカバを追い抜かし、そして、キラを追い越すと腰に手を当て、偉そうに「道なりでいいのよね」と念を押した。道を尋ねるのならもっと違った態度もあるだろうに。ワインスレー側にも達していない登り道には自然の過酷さはあるものの魔獣はいない。太陽も今のところ蔭ることもなさそうだから、突風に吹かれて断崖に足を滑らせることがない限り、特に心配する必要もない。それに、シャナの言うとおりキラに他人を心配出来るだけの余裕があるわけでもなかった。


「お嬢さまぁ、気を付けて、あの、待ってください」


アブデュルの声がシャナの背中を追い駆けたが、足場の悪い岩場でキラを抜けるだけの体力はないようだった。キラはワカバを先へ遣りアブデュルと一緒に歩くことにした。ワカバはシャナを心配するかのようにその背中を目で追い、キラとシャナの間を必死に保って歩いていた。昨夜、あんなところで寝かされていたというのに、全くその疲れすらないようだ。


 アブデュルはシャナと歩くことを諦め、大人しくキラのすぐ後ろを歩いていた。昨夜「魔女を出せ」という騒ぎがあの小屋の中で繰り広げられていたという事態を、熟睡してしまったアブデュルは知らない。シャナは気持ちよさそうに寝ているアブデュルを放っておいて、「あんた達、こいつが明日山登り出来なくなって、もしあんた達の思っていることが間違っていたら、その責任取れるっていうの? 最悪の場合、寝不足を押して登ったせいで死ぬかもしれないのよっ」と村人を追い返したのを思い出した。シャナの言葉は当たっていたが、しっかり眠っていたはずの彼は今にも死にそうなくらい疲労困憊状態だった。村人が押し込んでくる前に小屋にいない神父に気付き、魔女なんていないと言い張ったのもシャナだ。そして、キラは村人の信心深さを利用した。


 ワカバが今朝あの教会で目覚めることになってしまったのは、キラが何も知らない体で、ワカバが魔女なのならばあの教会の聖なる力に賭けてみてはどうか、と提案したからだった。だから、キラはワカバとシャナの体調が少し気掛かりではある。いや、しかし、シャナの場合は自ら立候補してワカバと一緒に行くことを選んだのだから自業自得と言えば、そうかもしれない。ここにいる四名のうち、熟睡出来たのはアブデュルだけで、キラだって村人に監視されながら朝を迎えた。


 村人達は教会がワカバにとって何の効果もないということを知らない。その場にいなかった神父は後になっても何も言わずに、早朝キラ達を見送った。村人達の冷ややかな殺気はキラとワカバの二人連れではなく、シャナの率いる四人組であって欲しかった。そして、それはどこかで逃げ道を作っているようでとても卑怯な気がした。


 アブデュルが尋ねるでも、独り言でもないようなものを呟いて悲観した。


「ねぇ、君はどうして魔女と一緒にいて平気なんだろう?」


キラは黙って考えていた。一緒にいて平気であるというよりも、もしどこか遠い場所でワカバが死んでしまったという知らせが届いたら、今のキラはどう感じるのだろう。そのことの方が気になってしまう。


「僕だったら、魔女だって分かった瞬間に怖くて逃げ出してる」


本当は肯定すべき感情だったのだろう。しかし、キラは別の言葉を選んだ。


「お前はあいつが怖いか?」


キラはワカバが怖い。きっと確かな感情だ。しかし、それは、お化けが怖いや高い所が怖いなどというものでも、魔獣が怖い、魔女が怖いというものでもなかった。


「違うんだよ、だけど、魔女だって思うと近寄りたくないって思う。違うんだよ。ワカバちゃんが恐ろしい魔女に見えるんじゃないんだよ」


アブデュルの言葉はまるで自分を肯定したいように聞こえてきて、その通りキラに当てはまるようだ。


 ワカバがもっと魔女らしい魔女なら、キラは『キラ』でいることが出来たんだよ。


アブデュルの言葉を借りるならそういうことだ。続けてみると、なんとも真実に近い。


「逃げたければ逃げればいい。誰も責めないし間違ってもいない」


アブデュルは口を閉ざした。キラは彼らが逃げることはないだろうということを知っていた。だから、そんな言葉を言えるのだ。本当は、この二人もキラの目の届くところで監視しておかなければ、ワカバの身が危ないのだ。なにしろ、ワカバはその魔力から逃げられない。そして、その力を恐れている。もし、キラが魔女だったら大量に人を殺めてしまっても、その力を制御出来ずに暴走させてしまっても何も気にせずに生きていくだろうに、ワカバはそれをいちいち気にして、恐れ悲しむ。鬱陶しい生き物だ。


「お嬢さまも、怖くない、って」


キラの目の前には決して終わらないような道が遥か頂上に向けて延々と伸びていた。まるでキラの行く末を物語っているようだ。しかし、実際は一時(いっとき)も歩けば、一つ目の頂上は超えることになるだろう。そして、上りよりも下りの方が体にはきつい。


「もうすぐ一つ目の頂上になるから、頑張れよ」


キラはアブデュルを慰めた。アブデュルは大きなため息をついて頷いた。



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