女神のおはすところにて・・・1
マナ河の上流にある三月山の麓の町。スキュラに比べると大分川幅も狭くなり、小船でも渡れるだろう幅になる。しかし、その分、人の目が始終光っているということで、やすやすと渡ることは出来なくなっている。キラ達は何故か余計な二人を引き連れて、スキュラの関所から丸一日歩き続けて、やっと麓の町に辿り着いた。ランドの言う通り、兵士の目は掻い潜れたようだが、どうしてこの二人が付いて来なければならなかったのか、キラは全く腑に落ちないのだ。彼らの噂はキラでなくても、おそらく便利屋全てが知っているだろうが、褒賞金は欲しがれど、魔女と共に行動する意味は到底、考え及ばない。
赤い髪の方がシャナという女でリディアスによって潰された魔力缶詰工場という会社の社長令嬢であり、黒い髪の方がその工場長の息子アブデュルという男だ。リディアスで魔力なんていうものに関わろうとするから、目を付けられたのだ、とキラは思っている。
何はともあれ、現状、彼らを危険視することはないだろう、というのがキラの見立てだった。
ここは、町と言っても集落のような人口百人足らずの町だ。だが、リディアス初等学校歴史読本二ページ目にあるように、初代リディアス王がここの族長の娘を妃として迎えたことに関係してか、ここの忠誠心は首都ゴルザムなんかよりも高い。ただし、犬と呼ばれるものではない。彼らの心情は一種の宗教の様なものだと、キラは心得ている。それは、トーラを祀るディアトーラと同じような。
この先にあるのが、三月山だ。三月山は聖なる神の山とも悪魔の腰掛けとも呼ばれ、神聖と邪悪を孕む不可侵の場所として恐れられていた。山の頂はリディアス側に本来の頂である天を突くような物が一つ、ワインスレー側には山の瘤のようになっている物が一つあり、名前の所以も二つある。一つは、リディアス側の頂に立てば、頂上にある火山灰で白く濁る池と山の中腹にあるリディアス側の頂にある泉に浮かぶ月、天上の月の計三つを一日で愛でることが出来るという、ロマンチシズムに満ちたもの。そして、二つ目が、三か月もの間山から流れ出る血のようなマグマを流し続け、その火山灰を三か月間降らし続け、ものの三か月でその麓で栄えていた国々を全て滅ぼした、というものだ。そのマグマの通り道が今のマナ河だとも言われている。大昔に一度この世を滅ぼすのではないだろうかという噴火を起こしてから全く活動をしていない火山の頂上には、今もその時の火山灰が降り積もったままで、標高の割に寒く、道は凍て付き、どんな動植物も寄せ付けない。それに対して、ワインスレー側の頂上以下には魔女の息吹の掛かった恵みの下、魔獣がそれらを独占しているのだ。そんな山を越えるということは、それだけで死に結び付く。
もし、キラがこの山を越えてリディアスに来たという過去がなければ、おそらくこのルートとこの町を選ぶことはなかっただろう。
そんな山の麓の町は、その畏怖に守られる町。そして、その畏怖に恐れる町だ。それは、ディアトーラによく似ていた。だから、麓の町にも同じように魔女を祀る教会があり、三月山に住むと言われる魔女を封じていると言われている。そして、どこにも属さずに、保身に徹するという特徴も同じだ。
そして、その保身により、疑わしきをその不出の山へ葬ろうとするだろう。ディアトーラがそうしてきたように。
町の中央にあるリディアスの建てた新しい教会のおかげで誰も寄り付かなくなった古い町外れの教会で、キラは夕闇を迎えようとしていた。町の者達は扉を閉め切っており、ここしか扉が開かれていなかったという理由もあるのだが、旧教会の存在を知り、ワカバをここへ連れて来てみたかったという理由もキラにはあった。
教会に祀られるのがワインスレーでも衰退を余儀なくされている魔女『トーラ』なのだ。
キラの目の前にはおおよそ魔女には似つかわしくない白石の聖女がその両手に天からの光を享けようとしている像があった。背後に無理やりリディアスの紋章を背負わされた彼女は天窓のように据えられた丸いステンドグラスを通して入ってくる青い光をその両手に受け止めている。人間に追われ、命を脅かされた魔女が神の許しを請い、聖女となり、村を守るために存在している。彼女はここでしか生きられない、弱い魔女、となった。神に助けを求めなければ生きることすら出来ない魔女を守り神とするなんて笑い話にもほどがある。それともこれもリディアスの権威象徴のために作られた昔話なのだろうか。
リディアスはトーラをも配下に付かせることが出来る力を持っている。そして、配下として虐げられたトーラはその尊厳を利用され、絶対的な力の象徴であるトーラですらリディアスにひれ伏す、という意味になるのかもしれない。この旧教会ではまだその手に光を集めているが、新教会にはその手に光はなく、両手は民衆に開かれているはずだ。魔女はついにその手にあった力までをも失くした。
ワカバはそのステンドグラスを宝物でも見るように目をキラキラさせて眺めていた。おそらくキラが外でシャナとアブデュルと共に、ここの権力者とも思われる神父と話をしてきたということにも気付いていないのだろう。




