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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
35/91

スキュラの怪物・・・4


 静かな河の畔、さっきまで存在していたものが霧か靄のようにすっかり風に飛ばされてしまっていた。まるで夢か幻だったかのように。しかし、幻だとは考えにくかった。あれは確実に存在し、まずキラに殺意を向け、その後町へと視線を向けたのだ。あの様子のワカバが確実な術の解除をしたとも考えにくかった。


 さっきの水竜騒ぎで町はごった返していた。交通整理をしようにも情報が錯乱していて兵士自身もよく分かっていない状況だった。「落ち着いてください」としか言えない兵士がまどろっこしい説明を鬼気迫る民衆にしようとしていた。逃げようとする者は船着場へと流れ、野次馬達は河岸へと向かう。キラが前へ進もうとしても思うように進めなかった。しかし、実際はどこへ行けばいいのかよく分からないのだ。キラは一度河岸から船着場へ、そして、今はその逆を進んでいるのだ。


 予定よりも早く片付いたことに対する不安は三つあった。一つはワカバがまたどこかで別の物を呼び出してはいないだろうかということ。二つ目は、船着場にいないワカバ。もしかすると関所で足止めを喰らっているのかもしれない。しかし、この状況下でキラが真正面から関所に入り、ワカバに手を貸すことなど出来るのだろうか。足止めを喰らっているとすれば、それは疑われているから、だとしか思えなかった。キラの顔が兵士に割れてしまうとその後動きにくくなる。


 そして三つ目は、魔女の死による魔力の消失。


 突然、キラの背後から「おい、お前」と女の声がキラを呼び止めた。余程驚いた顔をしていたのか、憔悴していたのかは分からないが、その声の持ち主は「いや、悪い。驚かせるつもりはなかったのだが」と続けた。


 それはキャンプで見たあの不可解な女兵士だった。キラは黙ってその出で立ちを見ていた。国の兵の様だが、蛇の文様がどこにも見当たらなかった。


「昔の癖だ。別にお前を咎めようと思って声を掛けたわけじゃない」


「いや……」


そのまま言葉を失ったキラがその顔を間抜けのように眺めていたのか、女兵士は首を少しだけ傾げると合点がいったようで素早く謝ってきた。


「悪かったな。つい最近までリディアスの衛兵を務めていたので、その癖がなかなか抜けない。お前から便利屋の臭いがしていたから、つい、な。お前らのような奴は風の動きに敏感だろう? 人を探しててな。喧嘩っ早そうで金目の男と気の強そうな女の子なんだが。名はマルゴとルリという。知らないか?」


背が高く金髪の青い目。凛々しさを感じさせるその顔を思い出した。魔女を研究所内で見張っていた兵士パルシラ。キラの記憶に留まり続けていたのは、その風体の特徴のせいではない。きっとその経歴のせいだ。兄をあの魔女狩りで亡くし、魔女討伐のために志願して入った魔女狩り部隊だったはずなのに、生きた魔女を逃がさないための門兵になってしまった生殺しの兵士。名前は以前シガラスから聞いたことがある。何度か軍隊行進の中にこの顔を見たこともあった。


「いや、知らない」


「そうか……もし会うことがあったら、パルシラが探していたと伝えておいてくれないか?」


彼女は残念そうに肩を落とした。


「そんなことは国家権力に頼ればいいだろう?」


そんな言葉を吐き捨てたキラに兵士は柔らかな微笑みをみせた。


「そうだな。悪かった。お前らは我々が嫌いだったな。ところで、魔女でも探そうとしてるのか?」


パルシラはキラが握る身長大に伸びた棒を見て話を続けようとした。


「あぁ、急いでるんだ」


嘘はつかなかった。急いでいるのだ。だが、そんな兵士から逃げるように離れたキラの心臓はこれ以上ないくらいに胸を打っていた。そして、それを彼女に気付かれてしまわないかということを、予想以上に恐れている自分がいることにも驚いた。パルシラは魔女の顔を誰よりもよく知っている。どうして離れてしまったんだろう?いや、離れたかったのはキラだ。明白に何かを望んでいたわけではないが、うまくすればワカバから解放されると思ったのもキラだ。


 パルシラからだいぶ離れたキラは息を大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。キャンプで逃げたワカバは路地に隠れていた。キラは自分に落ち着くように懸命に言い聞かせ、ワカバについての整理し始めた。もし、ワカバが捕まってしまったというのなら、きっと混乱した人達の流れが少し変わるはずだ。パルシラの言葉を借りるなら、キラみたいなゴロツキはそういうことにとても敏感だ。しかし、どう見てもまだあの水竜騒ぎに乗じて騒いでいるだけで、魔女の気配が全くないということは、おそらくまだワカバの正体は明かされていないということだろう。それから、兵達も民衆整理と河岸調査くらいの動きしか見られない。


 キラは、一か八かで関所へ行こうと思った。それはワカバがいないことについて一番単純で、キラにとって一番危険な答えだ。しかし、それしかない。キラは関所へと歩き始めた。


 スキュラの関所は砂漠の砂を固めた煉瓦でつくられていた。その窓にはガラスは嵌められておらず、小さなのぞき窓くらいしかない。窓が小さいのは砂漠に吹く砂塵の侵入を防ぐためだろう。今の状況が分からない以上、さすがに正面切ってワカバを連れ出すわけにはいかないが、状況は悪くなかった。


 関所には男女一組、そして、思った通りワカバがいた。今なら、……。しかし、そんなキラの肩を掴む者がいた。


「お前……」


「探し物は、魔女ですか?」


見紛うことなどできない。国立科学研究所所長であるランドがそこに立っていた。そして、彼はキラの返事を待たず提案を持ちかけた。


「だったら、衛兵がいつ戻って来るか分からない今ではなく、確実に小一時間帰ってこない状況の後、連れ出した方がよくないですか?」


ランドがにたりとキラに笑いかけていた。彼の考えていることはよく分からなかったが、それは綺麗な微笑みではないということくらいキラにも分かった。


「うまくいったら、ちゃんとワカバさんを護ってあげてくださいね。邪魔はしませんから」


やはり彼は変人だ。リディアスの長の言葉とは到底思えない。




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