滅びの魔女・・・7
これから起こることが、どう見ても賞金稼ぎの小競り合いに見えること。ねらいは魔女でもなんでもいい。キラ達のこともすぐに耳に届くはずだ。隠せるわけがない。ただ、彼らの信じる滅びの魔女がここにいた結果であってはならない。だから、キラはワカバを置いてそっとここを出る。おそらく、これで何人かは片付くだろう。馬鹿で、目敏い十人くらいはその人影について来るだろう。ワカバはその間キラの部屋で隠れておく。ワカバの部屋の窓を開けておく。少し考えを持った奴なら、その窓から出て行った魔女を追いかける。さらに疑い深い奴はその一階の下水に目をつける。ひねくれた奴はそれでもワカバの部屋を探すだろう。所要時間は十分弱、といった所だろう。キラの部屋の扉に耳をつけ、中の様子を探る賞金稼ぎ達。
金目当ての賞金稼ぎは、魔女を殺したいほどの憎悪の持ち主でもない。ワカバが死ぬことはない。
持って五分くらい。狭い部屋だ。扉が開けば、すぐにも見つかる。賞金をもらえる者はたった一人。見たところそんなに実力の差はなさそうな奴らばかりだ。しばらく暴れてもらおう。しかし、キラが戻ってこなければ話にもならないし、分散させなければ勝ち目はない。
キラは息を切らして、開け放たれた静かな扉の前に立った。時間的な配分はキラの思惑からそれほど外れていない。何人かの男が倒れていた。要するに、歪んだ性格の持ち主であり、頭のいい奴らだ。何人かが倒れていたのは予定内のことだった。人数が減れば仲間割れが起こる。もともと個人主義の奴が集まっていただけなのだ。逃げられない獲物を誰のものにするか、争奪戦を繰り広げる。そこで残った数名を相手にすればいいと考えていた。しかし、キラの前に広がった絵は、キラの予想を遥かに超えていた。おそらく、これが地獄絵というものに相当するのだろう。
奴らが月明かりに光って見えるのは、そこには確かに乾ききらない液体があるからだ。呻き声は痛みからだろうか、獲物を前にどうしようも出来ない悔しさからだろうか、低い声が狭い部屋の中を支配している。キラの胸が激しく鼓動する。動ける者はワカバのみ。聞いたことのある光景だ。
ワカバは傷付いた賞金稼ぎの傍らで力なく座っていた。ワカバは無事だった。怪我一つしていない。床に滴る血液は全部奴らのものだ。しかし、倒れている奴らの出血は止まっていて、震えの止まらないワカバの手は血に塗れている。男達には両肩と大腿部に明らかな銃創があった。安堵と共に恐怖さえ感じられた。ワカバではない。
こんな器用なことが出来るのは、キラの知っている限り一人だけだった。しかし、そいつがワカバを狙う理由はあっても、助ける義理なんてないはずだ。まさかキラに恐れを成すわけもないだろう。
「何があった?」
それに対しての答えはなかった。その代わりワカバはぎこちなく頭を振った。そう、ワカバは何もしていない、見ていただけだ。分かっている。
「大丈夫だったんだな」
ワカバは必死で助ける義理なんてない奴らを助けようとしていたのだ。ワカバは何も答えず、ただ泣き出しそうな顔をしてキラの顔を見つめていた。キラはそのワカバの表情に答えなければならないのだろう。キラが聞き出したいことではなく、ワカバの求める今必要な言葉だ。そして、それを決して間違ってはいけない、そう本能がキラに呼びかけていた。
「心配するな。そいつらは死なない」
ワカバは『本当に?』と少し唇を動かしたが、声は出ないようだった。『約束する』キラも声を出さずに頷いた。キラは時が止まってしまったワカバの時を動かすための言葉を探したが、結局何も思いつかなかった。
「行こう」
これ以上、こんな場所にいる必要なんてどこにもない。ワカバの小さな体が自然とキラに寄り添った。赤ん坊が母を求めて、離さないように、拠り所を求めて。恐怖に落ちた体は、カタカタと震えていた。その震えがキラにまで伝わる。そして、そのままキラはワカバを持ち上げて隣の彼女の部屋へと運んだ。キラはワカバをベッドへ座らせ、掻き荒らされた部屋をざっと片付けた。ワカバがずっとキラと目を合わそうとしないことも、ずっと震えていることも知っていた。
しかし、そんなワカバを放っておいて、キラは部屋を出た。
「いいか、待ってろ」
ワカバをときわの森に連れて行くことがキラの仕事。ワカバと一緒にいるということは、それだけが理由だ。それだけが……。
ワカバの手当ては適切だった。誰も死なない。全快するにはしばらくかかる。ここに来る兵士達が捕らえることにはなるだろう。こいつらはいくら国の兵士が嫌いだと言っても、魔女にやられた、くらいのことは言うのだろう。それがワカバと結び付くのは容易い。それなのに、キラはワカバが助けようとしていた奴らの口を封じることが出来なかった。それは、依頼人の安全の確保という面で、ジャックとして判断をしていないことは明らかだった。しかし、こいつらを殺せば、きっとワカバがまた泣いて目を腫らすのだろう。そして、キラはその様子を見たくなかった。
もう、夜明けが近いらしく、空が陽にぼやけ始めていた。部屋に戻ると目を腫らしたワカバが突っ立っていた。注意して聞かなければならないほどの声が、嗚咽と共に途切れ途切れに漏れてくる。
「……わたしが…。ごめん、なさい。わたしが。みんな、」
ワカバは悪くない。しかし、キラはそれを言葉に出来なかった。ワカバは涙を払うべき手すら持たず、涙を流し続けた。そして、キラは何か声を掛けようとして、そこから逃げ出したのだ。
「わたしの、せいで、みんないなくなる」
「いいか? 昼間のような魔法は絶対に使うな」
キラの傍にいる魔女は子供騙しの風の子の存在に怯え、神様を信じて、傷付いた人間を助けようとする。それなのに、どうしてそんな言葉がキラの口から出てきたのだろう。キラは「ワカバじゃない。謝らなければならないのは、自分なのだ」と言うことさえも、ワカバを守ることすらも出来ないくせに。犠牲にしなければならないものすら持てないくせに。ここにある地獄絵図を、ジャック同士の小競り合いの結果を望んだのは、キラであるということを認めたくないくせに。
ドンクの言葉が甦る。
「信じ続けてあげなさい」
しかし、キラにとってそれは簡単なことではないのだ。




