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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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リディアスの傭兵・・・2


 十一年前の魔女狩りの失態、前国王グラディールを襲った病魔、国立研究所長官の失踪、派閥闘争の予感に続き、国王暗殺のくだらない噂。そして、民衆によるレジスタンス運動の影。リディアス城内でまことしやかに潜めかれている根も葉もない噂に現国王アイルゴットは恐れ戦いている。アイルゴットの足元は砂丘のごとく崩れやすく、魔女狩りで得た美酒ですら、もう誰も酔わすことのできぬものと成り果てたのだ。


 結局、誰がどう動こうが、何も変わらない。外回りに行っている傭兵から送られてくる鼻唄雑じりの無線も「生きているよ」の確認くらいの役目しか持っていなかったし、固いソファではもう一人の傭兵が心地よい寝息を立てていた。そして、いつ終わるとも知れない衛兵の愚痴を耳に流していたキラは、舟を漕こがぬよう耐えて続けており、暇で仕方のない先輩衛兵は、リディアスの権力を確固としたアーシュレイ王を褒め称えることで自身の自尊心を満足させ続けた。

「アーシュレイ様はとても偉大だった。ここで国王様のために働けるこの栄光に感謝しなければ……」

これは彼に限ったことではない。憧れを抱いてリディアスの兵職に就くものは多い。しかし、ここまで何かにつけて引き合いに出されては、何の取柄もないアイルゴット国王が自信喪失し、人間不信、権力・強行主義に走るのにも頷ける。魔女狩りで名声を得たアーシュレイ王。


…容姿に騙されるな、……


不意に思い出したくもない声が蘇った。魔女狩りの結末。おそらく、魔女狩りの英雄アーシュレイのせいだ。キラは慌てて息を大きく吸った後、会ったことのない英雄を恨みに思い、右上腕を擦った。時々痛むのだ。呪縛の様に。相変わらず説教は続いていた。何も変わっていない。足元に温かさを感じるのはキラの異変に気付いた犬が体を寄せてきたためだ。


「ところで、その男どんな容姿だった?」

主任と言われる真面目な衛兵が口を開いた。答えなければならないのだろうか。あの男を追いかけて一体何の得になるというのだろう。放っておいてやりたいというキラの様子を混乱と捉えたのかもしれない。主任の声の下から続ける者がいた。声の主は眠っていた奴だ。彼はキラの同じ傭兵で、職務に真面目であるのだが生真面目ではない。キラにとっては警戒を怠ってはならない相手でもある。


「そいつに訊いたって無駄ですよ。どうせその犬の飼い主かなんかだろ? その犬も処分されるんだ。何も変わらないよ。主任の考えるような反乱者や密偵の類じゃないさ」

やはり、ソファで眠っていた割にはしっかりと耳だけは起きていたようだ。何も変わらないという意見には同感だった。この世界、誰かが率先したからと言って何かが変わることはない。例え、役に立たない国王を暗殺したとしても、ここでキラが喚いたとしても。しかし、何となく反論したくなった。賢そうな犬だ。可能性くらい作ったとしてもいいだろう。視線を落とした先にいる茶犬がキラの声を待っているように感じられた。幸い犬一匹の餌代くらいなんとかなる稼ぎもある。


「でも、もし衛兵犬として役に立ちそうならここで使ってもらえますか?」

主任衛兵は偉そうに腕を組んで、髭の濃くなった顎をさすった。

「出来るのか?」

一瞬真剣な表情を見せたかと思うと、彼は溜め息をついた。その溜め息の理由はキラにある。

「出来るならやってみればいい。お前が初めてやれると言ったことだからな」

失笑が嫌味のように部屋の中でこだました。もちろん、あの眠っていた奴も一緒に笑っていた。まぁ、とりあえずいつもと同じ光景だ。

「はぁ」

だいたいここでは『キラ』ではなく『メイ・k・マイアード』という者であればいいのだ。彼は特に悪人でも善人でもなく、職探しのための傭兵志願者なのだ。しかも、そろそろちゃんとした職に就けと、周りに言われて、という言う理由で。


 そして、それ以降、城内運動場の端っこで犬の訓練をするという日課がキラの日常に加わった。そのため、キラのことは魔女狩りに向かうような精鋭部隊で活躍する者たちにまで『役立たずの犬の世話係』という噂が広がってしまったのだが、別にキラ自身それを気にすることもなかった。

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