滅びの魔女・・・6
あと一日。明日になればスキュラの警備も少し甘くなるはずだ。そうすれば、ときわの森のある、ワインスレーに入ることが出来る。ワインスレーに入りさえすれば、ときわの森まですぐだ。ワカバと別れる日は近い。ドンクの忠告を気にすることもない。もうすぐ関わりなんて嫌でもなくなる。そして、リディアスの女兵士を見つけたのだ。単独で行動する、不可解な兵士。その時、向こうの方で煙が上がっているのに気付いた。
嫌な予感が生まれた。ワカバは部屋に閉じこもっている。しかし、間違いなくあの賞金首の魔女なのだ。
騒ぎの中心には『非道徳者』を絵に描いたような奴らが二人、人の円周の中心にいた。その内の一人はかがみ込んで痛みに耐えていた。そして、元気な方が獣のように叫び、方向を定めて走り出した。周りの人々は魔女を目の前にして、その二人が正義の味方かのように応援していた。同じ方向へ走ったはずの女兵士の姿は見当たらなかった。
キングからワカバを取り戻す自信はあった。しかし、リディアス城に戻されては一筋縄ではいかない。だから本当はこんな奴ら放っておいてあの兵士を探したかったのに、キラはその男の手首を掴んだ。日に焼けた黒い腕に刻まれた『K』という刺青が観衆の目に焼きつけられた。
「お前ら、キングの手下のくせに正義の味方気取りか?」
自分のことは棚にあげておいて、キラはなるべく回りに聞こえるように言った。男はもちろん抗う。
「死にたいっのうあぁああ!!」
キラがその手を背中に回す。言葉途中のキングの手下は宙を蹴って、力強く地に背中を打ちつけた。蹲っていた手下がそれを見て唸りながら突進してきたが、腹部にキラの蹴りが入り、これもまたしたたかに、尻と背中、後頭部を大地に打ちつけた。そして、起き上がる前にその腹を踏みつけたキラは、そのままもう一度飛び掛ってきた男の腕を取り、捻じ曲げる。それは決まった型を淡々と続けた結果だった。殺さず生け捕りにする際にキラがよくするパターン。例え、人数が増えても減っても、同じことを繰り返す。
手に負えなくなれば、加減せずに踏み抜けばいい。
キラは呻きをあげる手下を二人ただその視界の中に収めていた。大地に転がる獲物が二つ。虫でも動物でも、魔獣でも、人間でもジャックにとってそれは変わらない。
魔女を捕まえろと囃したてていた周囲の見物客も、二人の賞金首が賞金稼ぎに捕まったという風にしか見ていなかった。二人は突然、正義の味方から町のならず者に戻ったのだ。表向き、キラは全く普通の賞金稼ぎだ。特に悪人ではない。それなのに、どうしてかここにワカバがいなかったことに安堵していた。
「悪いな。あの魔女はおれの……」
何なのだろう。
キラは倒れたままの手下どもを見て、言葉に詰まった。ものすごく不思議な存在だった。支払能力のない、厄介事の固まりである依頼人。恨めしそうな男の顔がキラを睨み上げる。しかし幸運なことに、キラが言葉に詰まったことも、魔女を国へ突き出す気もないことも、誰も気にしなかった。そして、『キラ』を知らない観衆達は、親切にも魔女が火を出したことと逃げて行った方向まで教えてくれた。見た目は大切である。
観衆の言った通りの方向に急いで駆けて行くと、下手くそに路地に隠れている魔女がいた。路地にあるゴミ箱の陰に蹲っている無力極まりない魔女だ。キラが声をかけるまで、石のように動くこともなく、傍に人間が立っていることにすら気付かない無防備な魔女だ。キラを見て立ち上がった魔女の目は赤く、涙を堪えるために閉じられた口元から何か言葉を出そうしては涙が流れ、それを何度も手で振り払い、肩を震わせる。キラはそんな魔女の手を掴み歩き出した。
「大丈夫か?」
魔女は首を落とすように頷いた。嫌な影が背後からついて来ていた。襲い掛かってこないのはキラを警戒してのことだろうか。しかし、キラ自身ジャックとしてそんなに有名になった覚えがなかった。
あの二人の褒賞金は併せて五万ニード。二人併せても金貨一枚程度、赤紙幣五枚の者。簡単に考えるとワカバはそれの千倍の価値がある。奴らはワカバの足下にも及ばない。二人は今頃、このキャンプ地特設の牢の中で冷たい鎖を抱きながら、逃げ出す機会を窺いながら、監守の目を窺っているに違いない。
しかし、今度はあの二人のようにはいかない。何といっても人数が多過ぎる。おそらく、魔女を見つけた賞金稼ぎの輩は日が沈んで、夜が総てを包みこむのを待つつもりなのだろう。キラはそれまで仮眠を取ることにした。願うところは五千万ニードの争奪戦が繰り広げられて、少しでも人数が減ること。
廊下の窓から見える三日月が夜空で笑っているように見えた。早朝になれば、この周りを取り囲む輩の形相は全く変わる。正義をそのまま形取ったような、清廉潔白な兵士達が悪を取り囲むのだ。相手にするなら、賞金稼ぎの方がまだいい。ほんの少し時間が早まっただけ。キラはワカバの部屋の扉にもたれながら、そんなことを考え、昔ランドにもらった黒い襷を手に巻いていた。
トン、トン……トン
キラがもたれていた扉が遠慮がちに内側からノックされた。やっとノックしたのはワカバだ。
「なんだ?」
ワカバは申しわけなさそうにキラの顔を見た。言葉を選んでいるのか、相変わらず、最初の一声が出にくいらしい。「あの……」と言った後、手振りで何かを説明し始め、やっと言葉が出てきた。
「……あの、外の人達……、わたし……」
「外の様子、変わってないよな」
「そと?……ごめんなさい…分からない」
ワカバの表情は硬いままだった。さすがのワカバもこの状況で外を眺める気にはなれなかったのかもしれない。
「いや、謝る必要なんてない」
「……」
キラの中では消化しきれないことがたくさんあった。この状況に不安を感じるワカバ。そのワカバが魔女であること。マーサとラルーの真意。
「なぁ、人が死ぬのどう思う?」
ピントはずれのキラの言葉に首を傾げたワカバだったが、質問に対するちゃんとした答えが返ってきた。
「……神さまがお決めになることだから……でも…、やっぱり嫌です。いなくなると、痛いから……」
その返答にキラは驚いたが、それは面には出さないように努めた。ワカバの瞳は真っ直ぐにキラに注がれていた。ワカバらしい返答だ。驚くことなど何もない。
「痛い……かぁ」
その言葉にキラの中にある何かが、ちくりという音を立てた。
「もし、その神様が特別な存在じゃなくて、ごく普通のそこら辺にいるような…例えば自分自身だったらどう思う?」
質問しているキラ自身でもよく分からない質問だった。
「生きるために、相手を殺すか?」
キラの顔を馬鹿正直に真っ直ぐ見ていたワカバの目に涙がいっぱい溢れて、全く視線が合わなくなった。ワカバのしたこと、そんなことくらいキラの生きている世界では日常茶飯事だ。キラがそれを責められるわけがない。それなのに、キラはワカバに畳み掛ける。
「お前は、どうするんだ?」
きっと、ワカバはあいつらからただ単に逃げたかっただけなのだ。ワカバはキラの顔を見なくなった。キラとワカバは生きる場所が違うのだ。これはワカバが魔女だからではない。そんなことは分かっているつもりだ。それでも、その答えをワカバの口から聞きたかったのだ。
それはキラの意志ではなく、ワカバの意志であること。依頼人の望みを叶えただけであることを証明しておきたかっただけ。しかし、ワカバは答えない。ワカバが答えないのは、さっきの出来事のせいなのだろうか。それとも、ワカバはときわの森で襲撃した人間を全て殺してしまったということを記憶しているから、なのだろうか。
「殺すなんて、考えないよな……」
キラがポツンと言った言葉に、ワカバは頭の重みに任せて頷いていた。




