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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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滅びの魔女・・・5

 ドンクの住んでいる場所はキャンプの外れにあり、人が住居を構えるには不適切な場所だった。雨風を凌ぐだけの小屋と言っていいくらいの荒家に、給水タンク、物干しがセットされていて、何とか住環境の体裁を整えた風だ。体が不自由なドンクが住むには果てしない苦行だろう。そんなドンクは追い駆けて来たおかしな青年を見つけると、開けっ放しにされていた木の扉をばたんと閉めてしまった。


「お願いします。魔女について教えて下さい」


いくら待っても扉は開かなかった。容赦のない太陽が、キラの見る景色を揺らめかせているのが分かった。脱水、熱中症になる限界だったかもしれないが、キラは再度声をかける気にはなれなかった。きっと現実逃避をするにはちょうどいい時間だったのだ。目の前がちかちかしていた。どこかで、このまま枯れ果ててしまえば楽になるかもしれないと思い始めた頃に扉が開いた。


「まぁ、入って水でも飲みなさい」


そして、腰を曲げたドンクは呆れた顔をして、ゆっくりとキラを小屋へと通した。ドンクはキラに水を与え、風通しの良い土間で話を始めた。キラはその話を黙って聞くしかできなかった。


 その魔女はドンクの旅の仲間だった。いつから仲間だったのか、それは詳しく覚えていないらしい。ただ、魔女を追いかけた先にたびたび彼女は現れて、いつの間にか行動を同じにしていたそうだ。しかし、そんな日に終わりがやって来る。考えてみれば、彼女のいく先々で、魔女が暴れていた。病気が蔓延し、町が滅び、魔獣が襲いくる。疑うのは簡単だった。仲間の誰かが言ったその言葉を信じることも容易かった。そんな中ドンクの兄だけが彼女を庇い、彼女とともに仲間から外れた。


 そして、ここキャンプで、そんな危険な魔女をドンクは討った。兄の姿はなかった。ただ、干上がってしまった土地の真ん中に彼女がやるせなさを胸に立ち尽くしていただけだった。


 ドンクは関わらない方がいい、と後ろめたくキラにもう一度言い聞かせた。そして、もう滅びの魔女なんていない、と力を込めて言った。


 滅びの魔女は全てを滅ぼす。何もかも。人も、国も、世界も時間さえも。全てを滅ぼしてしまう。しかし、その強力な力には、人間を惹きつけるだけの誘惑がある。その力があれば、全てを思うがままに出来るという幻想を抱かせるのだ。


 帰る頃にはもう太陽は赤く染まり始めていた。その太陽がキラの背中にずんと乗っかっているように思えた。宿に戻ると玄関広間にワカバが立っていた。


「何してるんだよ。今日からあの箱から鍵を取って入れって言っておいただろ」


だんまりを決め込んで突っ立っているワカバにキラは少し苛立っていた。


「言ったよな」


キラは乱暴に箱の中の鍵を二つ引っ掴み一つをワカバに突き出した。ワカバはそれを大人しく受け取り、キラに大人しく付いて来た。そして、ワカバは自分の部屋を追い越して、キラの部屋の前まで付いて来た。昨夜のことをまだ引き摺って拗ねている、というだけではなさそうだった。


「明後日、ここを出るから用意してろ」


「あの……あのおじさん、どうしていないの?」


ワカバが重い口を開いた。相変わらずとろとろと、腹立たしい。鬱陶しそうに見つめたキラに、ワカバは一瞬怯んだようだが、そのまま言葉をつなげた。それは少しキラを驚かせた。


「あの赤ちゃんも出てこないの。母親もいないの。子どもがつまらなさそうに扉の前で石を蹴ってるの」


キラはその質問にどうしてかワカバの目を見て答えることが出来なかった。出来ないのではない。見たくなかったのだ。ワカバの瞳はきっとキラを真っ直ぐに見つめている。


「わたし……」


「あの子どもらのことは知らないけど、あの親仁は、知り合いに会いに出掛けたんだ。だから、気にするな」


「でも、風の子が……」


「風の子なんていないって言っただろっ」


納得いかないワカバにキラはもう一つ言葉を付けたし、部屋に入った。


「疲れてるんだ。だから、今日はもうこっちには来るな」


ベッドの上で大袈裟に仰向けになると、キラの脳裏には今日の出来事が巡りはじめた。思いのままに出来る力……。キラはもう一度その言葉を呟いてみた。トーラは人間の望みを叶えるために、過去を変えることが出来るもの。そして、時の遺児を生み出し、時を歪める。トーラによって生み出された時の遺児は居場所のない存在であり、この世で、特にリディアスでは魔女と呼ばれる事が多い。そして、その時の遺児がトーラを持つことがディアトーラでは災悪の極みだとされていた。何が起こるのかは分からないのだ。もし、時の遺児が自分の生まれ育った世界(とき)を望めば、今流れる世界(とき)は崩壊する。

しかし、記憶すらも当てに出来ないのだから、例えそのような事が起ころうと、人知の及ぶ範疇ではない。ただ、これも風の子級の眉唾物だ。


 ドンクは確かに魔女狩りによって時の英雄という称号を得た。ただそれだけ。しかし、魔女を討ったはずのドンク自身が望みを叶えたかと言えばそうでもない。だから、単に時の遺児を葬った普通の魔女狩りだとも思える。滅びの魔女などと特別な呼び方をするのは、リディアスがディアトーラと違い、リディアスに不都合な異端者を魔女とするから、それが特別な魔女狩りになってしまっているということで合点はいく。


 キラはそこまで考えてドンクの表情を思い浮かべた。魔女を討とうと決めたとき、その親友を討つという覚悟がなかった訳でもなかろうに、どうして彼女は後悔の表情を浮かべていたのだろう。まるで、討ったことに対しての後悔の念だ。


 ふと、今晩食べるはずだったパンが紙袋に入れっぱなしになっている状態が目に入った。味気のない保存目的で作られただけのものだ。キラはそれから目を背けるようにして寝返りを打った。一日くらい食べなくても死ぬこともないだろう。隣の部屋は静かだった。そして、現実から目を背けるようにして、キラはそのまま瞳を閉じた。


 朝になってもワカバの部屋は静かなままだった。眠っているのだろうか、それとも、まだ拗ねているのだろうか。キラは昨日のパンを届けるためにワカバの扉を叩くと、ワカバが目を擦りながら扉を開けた。キラからパンを受け取るとお辞儀をして、そのまま窓辺へと歩いて行き、元は文机の傍にあった椅子に座った。変わった座り方だった。椅子は扉側を向いているのに、ワカバは窓の外を見つめるために、椅子に膝を立てているのだ。どうも、あの状態で一晩中あの子どもらの様子を探っていたらしい。キラは「ちょっと出て来るから」とそのワカバの後ろ姿に声を掛けて、ドンクの家へと足を向けた。相変わらず埃っぽくて、日射しがきつかった。ドンクの家の扉を叩くと、ドンクの呆れた顔がその隙間から覗かれた。そう、自分でもほとほと呆れてしまう。


「暇なんだったら、水を運んできてくれないか?」


空桶をキラに渡し、ドンクは水汲みをさせた。井戸の奥に溜まる水は、砂漠のものと思えないほど冷えている。それなのに、キラはその冷たさにも気持ちを沈ませてしまうのだ。冷えた水がキラの時間を凍らせるかのように感じてしまう。そして、そんなキラが帰ってくるのを見つめたドンクは小屋の裏に広がる砂漠の一点を指差し、ぼそりと話しはじめた。


 魔女の名は『フー』と言った。だけど、彼女を討ったドンク以外、誰も彼女のことを覚えていなかった。彼女は誰の記憶の中でも『魔女』となったのだ。フーを魔女にしてしまったのはドンクだった。


 ドンクはそれを後悔している。


「あそこに魔女は眠ってる。あの砂の色の濃い場所だよ。銀色に光るものも見えるだろ。あれで魔女の力は封じられてるんだ。私が止めを刺した滅びの魔女はもう、二度と生まれてこない。だから、信じたいのなら信じ続けてあげなさい。本当は何も難しいことなんかじゃなかったんだ……あんたならまだ間に合う」


ドンクはそう言うと、返事もせずに俯いているキラの腕を掴んだ。カサカサの手をしていた。そして、力強く男らしい。その手で銀の剣を振るい、魔女を討ったのだ。


「ありがとうございます」


やっと出した返事がそれだった。ドンクは来た道を戻るキラをずっと見送ってくれていた。確かにあそこには魔女が眠っているのかもしれない。そして、その魔女はキラの知る『トーラ』と同じものだったのかもしれない。しかし、あの中に魔女の力は封印されてはいないのだ。もし、ドンクの言うことが確かなら、リディアスが放っておくはずがないのだ。生きた魔女を殺すことに何の抵抗もないリディアスが墓を掘り起こすことに躊躇するはずがない。リディアスだけならともかく、あのランドが確かに『ワカバ』だけを狙っている。


 理由はワカバが危険極まりない滅びの魔女だから、でしかない。


 例えば、……。


キラは頭を振って、ドンクの小屋を後にした。



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