滅びの魔女・・・3
しかし、三日目ともなるとキラにも疲れが声に現れ始めた。行商人がきて、こんなものを『お金』と変えたのだ、と嬉しそうに伝える。銀貨一枚でビー玉二つ。どんなぼったくりなんだよ。いや、それよりも、もし、ワカバが魔女ではなかったら、ここの住人と仲良くなって笑顔で話し合ってくれるのも一向に構わないし、自分の欲しいものを自分の好きな店に出向いて買ってくれるのも全く問題はない。いくらぼったくられようとキラの仕事遂行に関わってくることもない。
「だから無暗に信用するなって言ってるだろ」
キラの前には、驚いて肩を竦めたワカバが口を尖らせてキラを凝視していた。宿の玄関で、行商人に声を掛けられガラクタを買わされたワカバにキラは怒鳴った。
「なぁ、お前の信用してる奴ってどんなだよ」
その答えは反抗心に満ちたワカバの中からは出てこなかった。出てこなくてよかった。ワカバの周りにいる人間はキラにしろ、ガーシュにしろマーサにしろ、ラルーにしろ信用に値する者とは言えない。
あいつらの間違った教育のおかげで、キラは今日もストレスを溜めこまなければならない。ワカバは全く無防備なままで、扉をノックする。全くマーサもラルーもどうしてワカバにそんなに無意味なことばかりを仕込んだのか、全く不思議だった。魔女のワカバに必要なことはもっとあるだろうと。しかも、その仕込んだ奴らが元ジャックに極悪非道の魔女だ。お前らは、どれだけ綺麗な場所で生きてたんだ?
ワカバを追い出した後、キラはくさくさしながら、朝を待っていた。
昨日から、ワカバのお気に入りの店は宿の裏で、猫が店の本の上で昼寝をしている古本屋だった。キラに対してこっそりと行動しているはずのワカバの動きはかなりがさつで、キラが出て行ったのを確認しているつもりで扉を開けるが、音は大きいし、足音を忍ばせて歩いているはずなのに、立てかけてある箒に自分のスカートを引っ掛けて倒すしと、かなり騒がしかった。もちろんキラが後をつけていても、全く気付かない。急に振り返って鳥の飛んで行く姿を追っていたり、道端にしゃがみ込んで道端に生えている雑草に目を丸くしていたり、たまに明らかにキラのいる方向を見ていたりするが、まるでキラに気付く様子がない。そして、そんなに不可解な行動をしているのにもかかわらず、町を歩いているワカバはほとんど誰の目にも止まらない。何とも不思議な現象だった。
だから、ワカバがその本屋へ行っていることに気付いているのは、おそらく、キラとその本屋に住み着く猫くらい。
猫が「にゃぁ」と鳴くと、ワカバがお辞儀をして本屋に入る。本屋の主人は奥で昼寝をしたまま出てこないし、暑い日中、本を読もうと思う奴らもいない。
あの本屋にいれば大丈夫だろう。キラは無理矢理に不確かな確信を持とうとしていた。逃げられないということからの逃避だった。
だから、キラは魔女の情報を集めることを口実にキャンプのあちこちをただただ歩き回っていた。意味があるようでないような行動だった。
ソラは行きかう者達で成り立つ存在のない町である。だから住み着いている者はほとんどいない。定住しているとすれば、この宿屋の主人のように店を構えている者と水脈管理事務所の派遣社員。後はここの情報屋くらいだろう。だから、数少ない定住者は友人にならざるを得ないようだが、ほとんどの者は他人に関わることがない。だから、人間関係なんて面倒だと思っていそうな宿の主人が、遅く帰って来たキラを思い出したように呼び止めたのだ。「お前さんも滅びの魔女を探してるんだってな?」合点のいかないキラに、主人は説明をつけ加えた。
「管理事務所の奴らに聞いたんだ」
そうだった。キラは国とのつながりのある水脈管理事務所の職員と話をしたのだ。「今、魔女を捜すなら、どこが一番穴場になるか」職員は笑って「どこも同じかな。滅びの魔女の影も形もないし、どこへ行っても兵隊だらけさ」と答えた。「確かにね」
そう言えば、管理事務所の奴らもワカバを滅びの魔女と呼んでいた。
「物好きだな、お前さんも。あぁ、そうだ連れの子、くれぐれも気を付けてやれよ。この辺は物騒だからな」
主人は身内でも心配するように、キラに忠告を加えた。主人は番号入りの小さな引き出しを二つ開き、そこから鍵をつまみ出し「はいよ」とキラに渡した。そして、ぽっちゃりとした顔に好奇の瞳を乗せてキラの顔を覗き込んだ。
「あんたらの関係ってなんなんだい?」
「さぁ」
キラは思ったことを素直に告げた。主人はそのままの表情で首を傾げ、二部屋分の宿泊料と引き換えに鍵を一つ受け取った。もし、どこかに関係付けをしなければならないのなら、依頼人とその請負人。それ以外にあるのなら、キラの方が教えて欲しかった。キラもワカバも魔女を探しているわけではないし、ワカバは唯一味方だと思える魔女のラルーに会いたいだけで、キラはそれに付き合っているだけ。
「あいつ、何か言ってましたか?」
ふと、ワカバが余計なことを話していないか心配になった。
「いいや。変わった子だな、と思ってね」
キラはそれを肯定すべきか、否定すべきかを頭の中で考えて、曖昧に笑っていた。それから、主人はまた思い出したようにつけ加えた。きっと、暑さで頭が朦朧とするのだ。
「いや、おかしいってわけじゃないんだよ。向かいにいる子どもらの心配をしていてさ、状態を伝えてやると薬があるって、届けるって言うんだ。それも、単なる好意でさぁ。ここじゃ誰が騙した騙されたが多いからさ。なんか不思議と…あぁ、明日の晩から何日かここを留守にしようと思うんだ。出発する時は、この鍵をこの引き出しに入れておいてくれよ」
「じゃあ、その分の宿代も支払います」
主人はキラから目を逸らし、ゆっくりと手のひらを扇いだ。主人がキラにそのことを伝えたいわけではないことは分かった。だから、次に目が合った時の主人の瞳は刺すように、キラに諭していた。
「いいんだよ。あの子が向かいの子にやった薬で帳消しさ。どうも、急に孫に会いたくなってね」
「あいつを信用してるんですか?」
「あぁ、もちろん」
主人がワカバを魔女だと疑っているのなら、こんなに素直な表情は見せないだろう。彼の瞳は全く揺らいでいない。だから、その言葉にも飾りがない。彼はキラよりもずっと素直にワカバを信じているのだ。そんなに簡単に人を信用できないキラは、それに抗うようにして彼を試す。
「でも、その薬だって効くかどうか」
「そりゃあ、それはどんな薬だって同じさ。効く時は効くし、効かない時は効かないもんさ」
主人は終始にこやかだった。ここから乗り合い馬車で隣町の役場までは一日半。そこからスキュラの警備兵に連絡が届くのが半日。帰ってくるのが騎馬隊だったなら、一日半でキャンプに辿り着く。スキュラが手薄になるのが、半日早まる。
朝になって、彼は出て行くキラに「おはようさん」と声を掛けて、「孫がスキュラにいるんだよ。ここの住人には知らせてあるけど、他の奴らは分からないからね」と付け加えた。
孫などいないはずだ。ただ、国を敵に回すわけにはいかない。彼はワカバの手助けをしようと、一つでも多くの情報を知らせようとしてくれているのだ。一体何が彼にそうさせるのか、幾分気色悪い。
しかし、その情報はワカバに雇われている便利屋にとっては、十分に貴重な物になる。キラは改めて、丁寧に「おはようございます。気を付けて帰ってきて下さい」と挨拶を返した。主人は目を細めて、手を軽く上げた。薬を作ることが上手な魔女と思しき少女に彼はあの老婆と同じ心境に至ったようだ。それがワカバの魔女としての才能なのかもしれない。そして、キラは彼に同情する。「気を付けて帰ってきてください」とは本心から出た言葉なのだ。
ワカバはある意味妖艶な魔女よりも手強いのかもしれない。




