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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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滅びの魔女・・・2


 翌日、気のいい駱駝便の男がワカバを途中までその駱駝に乗せて歩いてくれたおかげで、キラ達はその日の昼過ぎまでにソラのキャンプへとたどり着くことができた。


 ソラのキャンプはオアシスに集まった者達が言わずと作りあげた集落のような場所だ。もちろん、集落になったとされた時点でリディアスの目も付いた。警備兵もいるし、水脈を管理する奴らもいる。目指すはときわの森のあるワインスレーへ渡る船着き場スキュラだったが、今は、ちょうど国立研究所の所長と、主にワインスレー領主だろうが、各国のお偉方が集まっての会議が開かれていて、ここで足止めを食らった形になった。オリーブのものとは違い、国王まで出席する外交も含まれる大きな会議だった。そして、キラ達は六日間もの長期滞在予定となってしまったのだった。


 ソラのキャンプに着いてからのワカバは少し要領よく話すようになった。そのおかげで生活は以前よりもスムーズだった。一人で自分の部屋の鍵を主人から受け取り、キラに用事がある時は、扉の前に突っ立っているのではなく、ノックもするようにもなった。だからキラが扉の前に立っているワカバに驚くこともキラが帰ってくるまで鍵ももらわず扉の前にいることもなくなった。ワカバは教えればちゃんと応える。


 食事の時は感謝の言葉を口にするし、出会う人に挨拶もし、笑顔も作る。そして、すぐに謝罪もする。低級学校に通っていれば嫌でも教えられるようなこれら基本的な社会能力はあのラルーが教えたらしい。そして、分からないことがあると、おどおどしながらキラの部屋に入ってきて、わざわざ「窓の外のあれはなんですか」と尋ねる。指の先には本当につまらないものや説明のしようがないものがあることが多い。例えば、荷車を押しながら金物を売る商人だったり、風に転がっていくゴミだったり、羽をもぎ取られ逆さ吊りになった鶏を数羽肩に担いで歩く行商だったり、派手なんだか地味なんだか分からない端切れを衣服に纏いつけたインチキくさい魔術師だったり、親子だったり赤ん坊だったりする。


 ワカバが一番理解に苦しんでいる者が、その親子連れだった。


 赤ん坊をあやす姿や授乳する姿、そして、叱られて泣いている子ども。その大人について行く子ども。もちろんキャンプでは珍しい光景ではあるが、皆無ということもない。その母親と乳呑み児と二つを数えたばかりくらいの兄は、どうもキラ達が泊まっている宿の傍で端切れ屋をしている者の子どもらしく、ワカバは彼らを見つけると確実に走ってやってくる。さっき兄の方が弟をあやす様に、まだ音程不確かなわらべ歌を歌っているのが聞こえたから、おそらくもうすぐ、とキラは待ち構えた。思った通り、扉が叩かれる。そして、蝶番が壊れてしまう前に、スキュラの会議が終わればいいのだけれど……とキラは心配した。


「どうぞ」


キラは文机から扉を振り返り、その扉が開くのを待った。


「あの、あの小さい人間が、もっと小さい人間に呪文を唱えて」


「呪文なんて唱えてない」


頑張って歌っているのに可哀そうだろ? という言葉を抑え、比較的穏やかに対応したつもりだったが、ワカバは声をさらに小さくして「だって……」と寂しそうに呟いた。


「風の子が、あの子の言葉を悪い魔女に持っていけば、あのもっと小さい人間が、死んじゃうかもしれない……」


「風の子?」


キラはワカバが風の子なんてものを未だに信じていることに驚きながら、ワカバを見つめた。そして、ワカバはキラよりも不思議そうにキラを見つめていた。


「心配しなくても、誰にも届かなかった言葉を風の子が魔女へ届けて呪う、なんて作り話だ。その話はおれもあんな頃よく聞いたから」


溜め息を付くことすら面倒になった。それはワインスレー地方に伝わる子供騙しだ。


「……キラもあんなに小さかったの?」


「どうやってこの大きさで生まれて来るっていうんだよ?」


面倒臭そうに答えたキラにワカバが首を傾げて待っていた。地雷を踏んでしまったことは確かなようだ。キラはワカバの質問を回避しようとして、墓穴を掘るということをこの短い間で幾度となく繰り返していた。いい加減学習してもいいものなのだが、ワカバの地雷が一体どこにあるのかが、全く予想できないのだ。だから、地雷の処理はしなくてはならなくなる。これは仕方がないのだ、自分が踏んでしまった地雷なのだから、と言い聞かせながら。


「母親と赤ちゃんなんてそんなに珍しいものじゃないだろ?お前だってあんな頃あっただろ?」


「母親? 赤ちゃん? 私もあんなに小さかったの?」


そして、百科事典の魔女誕生図を思い出した。本当にあんな状態で生まれてきたのだろうか。ワカバは首を傾げたままもう一度「母親?」と呟いていた。おそらく全く何も納得していないのだろう。しかし、どこに地雷があるのか分からない会話をキラは早く切り上げたいのだ。


「当たり前だろ。母親は母親、赤ちゃんは赤ちゃん。赤ちゃんは母親から生まれてきて、どんどん大きくなるに決まってるだろ? なんでいちいち訊きに来るんだよ」


「だって、マーサさんが分からないことがあればすぐに聞きなさいって言ってました。きっとみんな親切に教えてくれるんです」


ワカバは真剣そのものだった。キラは呆れて苛立ちすら忘れそうになりながら、それを慎重に訂正した。


「人間には機嫌のいい時と悪い時があるから。人によっては怒鳴ったり、嘘を教えたり……よく分からない場所に連れて行かれるかもしれないし。夜中は特にそういう奴が多い。気になっても次の日まで待つようにしろ」


「嘘?」


そして、キラはまた自分の首を絞めてしまったことに気が付いた。だいたい、嘘の塊のキラが何をワカバに諭そうというのだろう。自分で言っておいておかしな気分だ。


「人間は都合のいいように話を作る。それが嘘だ」


思った通り、ワカバは首を傾げた。それが少し心配になって、慌てて付け足した。


「だからお前が信用出来る奴を見つけられるまで、無暗に人間を信用するなよ」


ワカバは反対側に首を傾げたが、「はい。ありがとうございます」とにっこりした。何を納得したのか分からなかったが、納得するとワカバはお辞儀をして自分の部屋へ戻っていく。この所作はマーサが教えたことらしい。何かをしてもらった時は、お辞儀をして感謝の意を述べる。そして、出来れば笑顔でいなさい、らしい。


 キラはそんなワカバを見送りながら、自分の収穫の少なさを思い、ため息をついた。もちろん、魔女を探しているわけではない。しかし、ここにいる者達に魔女を尋ねるとどの口からもリディアスから逃げた魔女、すなわちワカバのことが話題になる。


 そうあって然るべき時期であることは百も承知だ。ここの情報屋もその情報を一番の高値で取引しているし、国関係の者達ももちろんそれを第一に行動して然るべきだ。


 しかし、ここも確かに魔女と因縁のある場所であるのだ。


 町の者の誰かなら、その魔女と絡めた噂を流してもおかしくない。それなのに、そんな噂を立てるものは誰もいない。


 今はキャンプという通称名で集落のような町となっている場所だが、その昔、おそらく五十年も経たない過去に魔女に滅ぼされた町の上に成り立っている場所。


 誰もその魔女のことなど覚えておらず、ここにかつて町が栄えていたということだけが遺っていた。魔女に留まらず、彼らはどんな『町』だったのかさえ知らない。


 そんな中キャンプで唯一出てきた魔女は『滅びの魔女』だった。「ここは滅びの魔女によって滅ぼされた」古参の住人はそう言いながら、おとぎ話を語るようにして笑う。


 それこそ、『風の子』レベルのおとぎ話のように。


彼らはすべてを滅ぼすとされるその魔女を恐れていた。そして、すべてを滅ぼす魔女と言えば、キラの知るトーラでもある。滅びの魔女がトーラと同じであるのなら、リディアスの求めているものはおそらく『トーラ』である。


 キャンプでの魔女はディアトーラで畏れ、恐れられている魔女『トーラ』と同じ性質を持っていた。


 そして、リディアスの探している魔女は『ワカバ』である。


 キラは視線を天井へと上げた。わずかに潜む陰のように、キラの中に潜む何かが広がろうとする。それはワカバのことでも、トーラのことでもないキラの過去について。思い出したくない過去。そして、永遠に過去の陰に潜めておきたいもの。


 疼く腕はもうない。


キラはそのまま考えることをやめ、ディアトーラにあるときわの森までの逃走経路を考えることにした。


 良くも悪くも好奇心の高いワカバを無事にときわの森まで連れて行くということは意外とハードルが高いように思えた。



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