再会・・・6
キラの目の前に立つ魔女。ワカバはときわの森にいた魔女で間違いない。しかし、だからといってそれが等しく凶悪に繋がることはない。キラはそれをよく知っていた。悪魔でないことも、またよく知っていた。
ただ、ときわの森で捕らわれた魔女はその森にあった村を吹き飛ばしたのだ。魔女狩り部隊も村人もすべて。
「何があったのか知ってるんだよな?」
その問いにワカバがきょとんとして首を傾げた。あんな惨事を起こしておきながら、それを忘れてしまうことなんてあるのだろうか。いくらこの魔女が幼かったとはいえ、あり得ないだろうとは思った。しかし、それを完全に否定する表情がワカバにはある。ワカバはもう一度首を反対に傾げてキラを見つめ直した。まるで記憶にないようだ。いや、それが記憶にあるとすれば、彼女の感情はすでに壊れているのかもしれない。
「でも、ラルーが……そこへ行けば、……きっと分かるんです」
ワカバの言葉は要領を得ないどころか、本当に同じ国の言葉を喋っているのかどうかすら疑いたくなった。主語があるかと思えば、動詞がなくて、動詞があるかと思えば、それに相当する主語がない。
「ラルーがそこにいるのか?」
ワカバがキラからその瞳をそらして、ぎこちなく頷いた。それが肯定の意味も否定の意味も持っていないことはすぐに分かった。
「……」
同じく黙ったままのキラをワカバは心配そうに見上げていた。もし、ときわの森にラルーがいるのだとすれば、それがいいに決まっている。そうすれば、確実にキラはワカバから離れられるのだ。しかし、そんな不確実なこと、危険を冒してまでする必要があるのだろうか。それがキラの答えを鈍らせる。ワカバの大きな瞳がキラを捉えて、放さない。この瞳を反らすためには、ワカバを納得させる次の言葉が必要なのだ。しかも、肯定を意味するものが。しかし、キラよりも先にワカバが口を開いた。
「……仕事としてなら、連れてってくれますか?」
「仕事?」
今度はキラがきょとんとして、ワカバを見つめる番だった。その様子はキラについて何かを知っているものではないようだったが、マーサがワカバにその言葉を教えた以外に考えられない。一体どうしてマーサはそんな言葉をワカバに教えたのだろう。
「何て教えられたんだ?」
キラはいささか疑問に感じながらも慎重にワカバに尋ねた。
「乳棒を買ってくれました。その時に。マーサさんはわたしが使うために必要なものをお金と交換するんです。キラさんは乳棒で、仕事は呪文みたいなもので、呪文を有効にするためのものがお金って教えてくれました」
短文で繋げられたワカバの記憶は、ワカバの中で全く消化出来ていないように思えた。ただ、マーサの言葉をいつか分かるかもしれないと覚えているだけ。少しワカバの世間知らずに感謝し、キラがジャックだということを知らないということに安堵した。しかし、マーサは魔女のワカバに分かりやすいように言ったつもりなのだろうが、余計にややこしく感じられた。
「それで、お前はその意味を分かってるのか?」
ワカバが首を傾げた。キラは少しの間考えて、その回答を出した。
「……五千万ニードでなら請けてやるよ」
マーサがワカバにいくら持たせているかは知らないが、この仕事を請けるに相応しい最低ラインの料金設定だった。何となく性質の悪い詐欺師にでもなった気分だ。ジャックはその褒賞金を得るためなら何をしても構わない。五千万ニードの褒賞金の掛かった魔女。ワカバ自身が大金に化ける。ワカバと離れるいい口実にもなる。
「ごせんまんにーど?」
「そう、そんな小さな袋には入らないくらい多い」
心配そうに自分の鞄を見つめたワカバにキラは何の感情も込めずに淡々と伝えた。ワカバの瞳は不安の色で曇り始めた。キラはそんなワカバと別れられる砦を造るための言葉を並べる。
「心配なら止めておけばいい。でも、お前ならこの国はそれ以上でも出してくれる」
何も知らないワカバの瞳がまた輝き始めた。キラのすべきことは、ワカバをときわの森へと連れて行くこと。
「あっ、そうだ、お前自身がこれで何か買ったことあるか?」
キラは、銀貨を一枚ワカバに見せた。ワカバは首を右へ傾げた後、頭を振って不思議そうにキラを見つめていた。ワカバに対する疑問が一つ解消された。おそらく、キラは後悔を一つ免れたのだろう。
そして、進む方向を変更する。ワインスレーに渡るならスキュラに近付くべきだろう。しかし、そのスキュラも今は特に衛兵で溢れていることだろう。ということは、ソラのキャンプ。ここから一番スキュラへと向かいやすい場所にあるのが、ソラのキャンプだ。
何の因縁かソラのキャンプも魔女と関わりが深い場所になる。




