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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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再会・・・4

 ワカバは、口にあった桃色のハンカチを不器用に持ち直し、自分の掌を確かめた後、あの大切な鞄の中を覗き込んだ。そして、自分の座っている場所を確かめるように、見回し、両手で口を覆った。まだ立とうとしないし、全くキラと目を合わそうとしない。ワカバはハンカチを強く握り直して、一点を見つめていた。キラはワカバが何か話し出すのではないかと思って、少しの間待っていた。しかし、話すどころか、キラの顔を見て、より一層押し黙ってしまったようだ。行く当てのない視線は、もう一度自分の周囲に向けられ、口を覆った両手はずっとそのままだった。キラはこの状態をどう把握すべきかを考えた。強く頭を打ちすぎたとか、足を挫いて立てないとか、とりあえず考えられる全てを考えてみたが、どれも違うようだった。そして、キラはワカバの行動を思い起こし、間違い探しのような一つの予測を立ててみた。


「ハンカチを失くしたのか?」


 もし本当にこれがワカバの答えなら、不思議で仕方がなかった。ワカバはすぐに出るはずだったキラの黄色のハンカチではなく、桃色のハンカチを取り出した。キラの感じたあの不自然さがやっと分かった。そして、そのハンカチを今ワカバは握っていない。それがどうも的中だったらしい。あの宝石のような瞳が驚きの色で染まった。まるで、どうして分かるのだろう、とでも言いたげだった。しかし、すぐ後で、その瞳の中にその言葉を疑うような光が表われた。いや、言っていることがよく分からなくなったのかもしれない。考えすぎると、考え初めたきっかけが分からなくなるかのように、ワカバは発する言葉を失っていた。そして、ワカバには信じるか信じないか以前の選択肢があったことに気が付いた。誰の教育がよかったのか、全く分かりづらい。借りたものは返す。当たり前のことに溜め息が出た。


「いいよ、大したものじゃないし、お前にやったものだし。おれの物でもないし。それよりも痛い所とかはないか?」


そう説明しながら、いったい、いくつ年の離れた相手に話しかけているのだろう、と思えてきた。もし、魔女の年齢が人間と同じ方法で数えられるのならば、キラとワカバは二つしか変わらないのに。魔女は実年齢から十歳引いて数えるとでも言うのだろうか。ということは、六つ。図体だけでかいチビか。


「あと、……」


ワカバが瞬きもせずにキラを見つめていることに気が付いて、一瞬、言葉を止めてしまった。ワカバは息を深く吸い込んで、キラをまじまじと見つめていた。その瞳に呑み込まれてしまいそうだった。キラは急いで次の言葉を継ぎ足した。


「簡単に人間を信用するなよ。特におれみたいなのは」


ワカバの新緑色の瞳が猫みたいに丸くなった。しかし、キラはその疑問に満ちた瞳の理由を尋ねなかった。キラはここでワカバと別れるのだから、この魔女はここでキラとは全く関係のない魔女になるのだから。


「この先にある小さな村までは連れて行くから、そこまではついて来い」


ワカバは不思議そうにキラを見つめたままだった。しかし、ワカバがキラに対していちいち驚くことは、稀なことではないということが分かった。もしかするとワカバはキラが喋るということにも、息をするということにも驚きそうな気がしてきた。


「まで?」


ワカバが今にも消えてしまいそうな声で聞き返した。ワカバはほんの少し、多分ワカバ自身も気付かないくらいに首を傾げて、視線を落とした。


「…あの……」


ワカバが何か言いかけて、黙ってしまった。この状況には嫌な過去がある。それもつい最近。それに、元来キラは人を待つことが嫌いなのだ。特に、のろのろとしている奴とか……。ワカバを見ながら、キラは次の言葉を急いだ。


「ついて来るのが嫌ならこの線路沿いに、無人の駅までずっと真っ直ぐ行けばいいから。そこから、線路を背に真っ直ぐ。すぐに村が現れるから」


ワカバは不思議そうにキラを見つめて動かない。キラはワカバのペースに巻き込まれてしまうかもしれない恐怖を掻き消すために話し続けた。


「薬を作るのが上手だって聞いたから、そこの薬局に住めばいい。町には薬師がいなくなって久しいから歓迎してくれる。その保証はする。お前の身の上はあの紙に書いてあった通りだから。後は好きにすればいい」


キラはワカバから視線を逸らした。ワカバの不安はワカバの中で消化しきれず、あと一押しすればまた泣き出しそうなくらいに、その表情はかなり曇っていた。しかし、そんなことよりもワカバがキラにずっと付いてくるということの方が恐ろしい。もう、念を押しておかなければならないことはない。ワカバがまるで咎めるかのようにしてキラを真っ直ぐに見つめていた。その眼差しが、キラにはちょうど鳩尾辺りに細身の剣が刺さるかのような感覚に思えた。





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