再会・・・2
車内はざわついていた。もちろん、必死に言葉を探しているワカバにはそのざわつきなど聞こえていないのだろう。キラは少しの間ワカバの反応を待っていた。キラはこのワカバのために二つ部屋を用意してもらっていた。名前もないようなロゼの小さな一区画とローリエの小さな南村落。両方とも閉鎖的ではあるが、入ってしまえばその中に起きる噂がゴルザムに届くことはほとんどないだろう場所だ。問題は入るまでだ。閉鎖的な場所に入る新参者はあまり歓迎されない。それどころか、一喜一憂さえも噂の種になり兼ねない。だから、それなりの理由や隠れ蓑まで用意した。
「ここからだと君はゴルザムからかな。あそこは都会だからいいなぁ。住みやすいでしょう? でも、ゴルザムってあんなのばっかりいるの? やっぱりのんびりと暮らせるってことはないのかな」
ワカバに気付かせようとキラはわざと大きく周りを見回した。おそらく、ここに乗っている乗客の中で一番怪しく、物騒な存在がこのキラである。ワカバは聞いているだけ、目を丸くするだけで、国が賞金稼ぎが、どれだけの褒賞金を掛けてどれだけ必死なのかをワカバは知らない。そして、そのどいつもが自分だけの獲物としてワカバをどう捕らえようかと必死に考えを巡らせているのかを知らない。
「それで、えっと、ここからだとローリエだよね。どうしてローリエへ行くの?」
初めて首を横に振ったワカバはキラの深刻な表情で、不安の一色に染まった。
「オリーブ?」
うわずったキラの言葉にワカバの瞳が泳いでいる。あっちへ行ったり、こっちに戻ってきたり。そして、ぎこちなく頷き、やっとキラを見た。そうだ、ワカバの目の色はオリーブの葉の色だ。まだ若いオリーブの葉。ワカバがオリーブに行く。全くしっくりこない。僅かな関連性があるとすれば、その瞳の色と、魔女だということだけかもしれない。今もワカバはマーサが告げた場所の名前とキラが言う場所との違いに驚いているだけなのだ。
「何しに行くの?」
ワカバは迷いながらも「人に会いに…」とだけ小さく答えた。目の前にいるキラは『キラ』ではない、という不自然さをワカバなりに納得しようとしているように思え、キラは安心して次の言葉を続けられた。
「お姉さんとか、お母さんとか、そんな人?」
ますます目を丸くしたワカバが首を横に振っていた。
「違うの? それって、君の良く知っている人?」
何か答えようとするワカバに対して、キラはその言葉を制するように次の言葉を告げた。
「やめときなよ。だって、君はそいつのこと何にも知らないんだろう?」
言葉には力が入っていた。『キラ』はワカバを逃がすことは出来ても、お姫様を守ることが出来る王子様ではない。もちろん、どこを探したとしても魔女のために魔女に関わろうとする奴がいるわけがない。ワカバの瞳がいつにも増して瑞々しくなる。そして、ワカバが俯いた時、その手の甲に涙が一粒落ちた。予想以上にワカバの不安は大きかったのかもしれないし、ただの泣き虫なのかもしれない。そして、キラは泣き虫が嫌いだった。
「ごめん。でも……」
キラはさも慌てたようにその場を取り繕おうとした。ワカバが何も話さないので、全く会話として成り立っていない。独り言も同然である。車内は警戒心から、疑心、そして安堵に変わっている。
「弱ったなぁ」
泣きやまないワカバをおろおろ眺めて、立ち上がり、前の座席の背に手を置いて身を屈めた。ワカバは黙ったまま自分の手の甲に落ちる涙を見て、動かない。
「何とかしてあげたいけど、どうにも出来ないしなぁ」
無責任な男はもう一度困って見せて、口を動かさずに、囁いた。ワカバの赤くなった瞳がキラを見つめる。キラは時計を確かめた。
「いいか。読んでから考えろ。十分、待ってるから」
そして、黄色いハンカチの下に、鍵と手紙の入った封筒をを隠し、その手の甲に押し付けた。
「ごめんな」
これはどっちの言葉なのかよく分からなくなった。




