再会・・・1
ゴルザム・オリーブ間に走る列車は一日に三往復しかない単線である。キラはオリーブよりも三駅ゴルザムに近い無人の駅に立っていた。どうしてなのかは知らないが、砂漠の真ん中には無人の駅があり、切符売り場も改札もない駅がある。これは列車を整備した先代アナケラスの時代からある代物で、表向きは砂漠遭難者のための処置だが、本当にそうなのかどうかも分からないくらいよく分からない場所にある。
ワカバが乗って来るはずの最終下り列車は後二、三分でこの無人の駅に到着する。キラは遠くの黄色い靄が濃くなってきたことを見て、剥ぎ取った手配書をくしゃくしゃに丸めて線路に投げ捨てた。
五000万ニード。必ず生け捕りにせよ。
列車が到着する。黄色い靄が一段と濃くなり、キラは襟巻きで顔を覆った。三両目の扉が、ちょうどキラの前に止まり、火でも噴きそうなくらい熱せられた車輪から、熱風が噴き上がってきた。発車時間のほんの少し前にホームに着いたと考えればこの辺りだろう。おそらく、マーサはワカバを長時間一人でホームに待たせるわけもないだろうし、あのワカバがわざわざ遠い入り口まで走って行くとも考えられない。
車内は空調整備されていて快適だった。二人掛けの椅子が両側に並んでいて、その背もたれから頭の先だけが見えた。キラが思っていたよりも乗客がいる。そして、その乗客達が砂漠の真ん中に設置された遭難用とされる無人の駅から乗ってきた乗客を一目見ようと、背もたれの向こうから顔を覗かせていた。好奇に満ちた顔が五つ。キラは顔を隠すために帽子を被りなおし、襟を正した。その中にワカバの顔はない。キラは全ての情報を見落とさないように、ゆっくりと座席の間を歩き始めた。
一般の乗客、0名。幸か不幸かと問われれば、それは幸だった。
こんな時間に観光目当てでオリーブへ向かう者は誰もいない。きっと、ワカバが列車に乗り込むのを見て、鴨と見た奴らなのだろう。奴らは好機を待っているのだ。その雰囲気が車内に蔓延している。そして、そのちょうど真ん中辺りの座席に、おそらく一般と呼べるワカバが座っていた。ワカバは退屈そうに窓枠に肘を付いて、何の変わり栄えしない砂漠をぼんやりと眺めていた。マーサの書いていた通り、腰まで届きそうだった長い髪は肩より少し上辺りで、ばっさりと切り落とされている。きっと、マーサが「鬱陶しいから」と有無を言わさず切ってしまったのだろう。キラにも似た経験がある。
「ここ空いてる?」
声を掛けられたワカバは大きな目を更に大きくしてキラを見上げた。しかし、『キラ』に気付いたわけではなさそうだ。ワカバは以前に輪を掛けて凶悪な魔女とは程遠い雰囲気を醸し出していた。どちらかと言えば、夢見るお姫様、と言った方が良さそうなくらいだ。
「えっ? あっ。はい。えっと……すみません」
そう言うと、隣の座席まで占領していた緑色のスカートの裾を、自分の方へと引き寄せて、キラに席を譲った。そして、肩から斜めにぶら下がったまま膝の上に置かれている生成りの鞄を覆い隠すようにして両手を載せた。キラと目が合うと何か悪いことをして、叱られた子どものように身を固くして俯く。
キラにはその行動に何の意味があるのかすら分からなかった。さして混んでいるわけでもないのに、わざわざ自分の横に座る不審人物に気付くのは一体いつになるのだろう。居心地が悪いのはワカバだけではない。
キラは通路側の肘掛けに頬杖を付いて、足を組み直した。キラがワカバの横に座ったことで、さっきよりも緊張感のある車内になっているのは確かだ。褒賞金が掛かっているワカバよりも、彼らの方がずっと警戒心の発達した生き物らしい。だが、それはワカバの持つべき警戒心ではない。こいつらは、ただ獲物を横取りされたのではないかと言うことだけを心配しているのだ。
その殺気にも満ちた気配をやっと感じたワカバが恐る恐るキラの顔を見ているのが分かった。いったい、いつになったら気付くのだろうか。少し警戒の意識を持ち始めたワカバに、キラは色々なことを諦めかけていた。別にその大事な鞄をひったくろうなんて考えてもいないし、殺しにかかるわけでもないし、リディアスに突き出そうというものではない。ただ、通路側を塞がれて、逃げ場のないワカバはどうするつもりだったのだろう。
「全く……」
キラはワカバだけが気付くように、溜め息混じりに呟く。キラを見つめたワカバが口を半分開けたまま動かなくなった。そして、キラは偽りの微笑みを自分の顔に貼り付けた。
「どこから乗ってきたの?」
ごく自然に、極力優しく、人の良さそうな顔をして好奇心たっぷりの青年を装い、キラは話しかけた。それはワカバの不自然さを隠す。初対面の男にワカバが困った顔をして、答えを探していた。キラはワカバがその答えを探してくれたことに安堵した。
「えっ。あっ、……えっと…」
「僕はさっきの無人の駅から」




