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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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オリーブにて・・・3

 

 町中でなければ小手調べに相手をしてもよかったのかもしれない。しかし、今のキラの現状では目立ったことはしたくないというのが本音だ。それに、もし魔女関係で狙われているのならば、シガラスが何枚も絡んでいるに違いないのだ。奴らの実力云々よりもそちらの方が面倒だ。追跡者を背中につけたままのキラは舗道整備のされていない裏道に入り、追っ手を撒くようにして便利屋へと向かう。どちらにしろ、安全に辿り着こうとは思っていない。逃げきれなければ、それはその時に考えるだけの話なのだから。


「オリーブ・ゴルザム間二枚と、オリーブ・ローリエ間でいいんだな?」


「あぁ、ありがとう」


「百二十五ニードだよ」


キラは、銀貨一枚と、銅貨五枚を取り出し、窓の外を見ながら頷いた。嬉しくない客人が数名。半分くらい逃げ込む形で入って来たのだから、仕方がないといえば仕方がない状態なのだが、全くしつこい奴らだ。四人に加えて三人増えていた。誰だって仕事を奪われるかもしれない商売敵に好意は向けない。シガラス関係ではなくてもキラが駆け出しの時に滞在していたオリーブにいる限り、この出迎えは覚悟しなければならないものだ。そして、店主が店に誰もいないのを確かめてから言った。


「リディアスから身を隠すのか?」


金貨を持ち歩くのは国境を越える旅人と決まっている。全国共通の価値を持つもの。こういうところから少しずつ足跡がつくのだ。


「あぁ、鬱陶しいんでね」


シガラスを通せば、誰がどこで何をするのかはシガラスにしか知られない。今までのキラはそういう中で護られてきた。しかし、彼の場合それは単なる情報の一つとして取り扱う。そして、店主は合点がいったようで、にやりと笑った。


「あぁ、やっぱ、あれか? お前リディアスで魔女捕まえたもんな」


やはりと言うべきか、彼はキラがここに来た理由を知りたがっていたのだろう。


「そんなに有名なのか?」


とぼけてみたが、あれはジャック失格といってもいい失態だ。まぁ、今回に限れば、あの連中に対するいい口実になったのかもしれない。


「クイーンの中では、結構有名だぜ。なぁ、魔女ってどんなだったんだよ」


「どんなって……手配書出てるだろ? あの通りだよ」


「じゃあ、やっぱり噂通り危険極まりない魔女なんだな」


店主はどこまでも朗らかに会話を続けた。彼も探りを入れるのを忘れない。キラも百も承知で答えを探る。だが、魔女についてはキラの思っている通りでいいだろう。リディアスの捕まえる魔女なんてどうせ大した者ではないのだから。一般人にはどう映っているのかは知らないが、少なくとも便利屋などはリディアスの捕まえる魔女に恐れなど抱いたりしない。なにしろ国の秘密を握ったジャックが魔女だとされることだってあるのだ。ただ、本当にワカバが魔女だとすれば彼女はディアトーラの魔女だ。リディアスが警戒する理由も分からないでもない。


「どうだろうな。おれにでもあっさり捕まるくらいだから、そんなに大した奴じゃないんじゃないか?」


キラの返答に「ふーん」と鼻で返した店主はキラを見定めるようにして、話題を変えることにしたらしい。


「あんたの取り巻き。シガラスに言えば、すぐにいなくなるんだろ?」


それはシガラスを使えれば、の話だ。シガラスがキラから姿を隠していることは、まだあまり気にされていないようだ。もしかしたら、その取り巻きがシガラスの命によって放たれているかもしれないジャックであることも。


「なんか、すれ違いが多いみたいでさ、シガラスには会ってないんだ。でも、びた一文もらってないっていうのにさ。逆恨みもいいところだよ」


自分で言いながらくだらなくなって可笑しくなってきた。


「へぇー、それはご苦労さんなこった。小遣い稼ぎが徒になったな。しかし、お前らは、『あ・うんの仲』かと思ってたんだが、そうでもないんだな」


「単なる腐れ縁だよ」


素っ気なく笑ったキラは話題を変えることにした。キラの知りたかった情報が一つ解決したのだ。オリーブのクイーンはシガラスの行方を知らない。


「最近キングの噂をめっきり聞かないんだけど、誰かに始末されたのか?」


キラは封筒に切符一枚を入れながら尋ねた。店主は肩をすくめ、もったいぶって首を横に振った。


「そっか。ありがと」


「まさか、キングの座を狙ってるんじゃねぇだろうな」


「まさか」


 思わずキラは噴き出した。どうしてそんなことになるんだ? あんな居心地の悪い場所に行きたいわけがない。ただ、その暗殺なんていうふざけた仕事は請けたことがあるが……。そのキラの様子を見て安心したのか、店主は頬を緩めた。


「まぁ、お前のいいところはそのやる気のなさだからな。何かあったら教えるよ。いつでも来いよ。まいどあり」


意味もなく威勢のいい店主の声を背に、キラは切符をポケットに突っ込んで、外に出た。キング情報なし。息を潜めているのか、本当にいないのか。


 まだ日は高かった。見上げたキラは目を細めてその空を見上げた。リディアス兵がうろついている。その風体は上級兵ではないので、会議を任されている奴らではない。気にしすぎなのかもしれないが、魔女狩りの影響を疑わずにはいられない。その兵の一人が胡散臭そうに、女の顔を覗きこんでいた。兵が面白がっているのは、誰が見ても分かる。彼女は昔から人の粗探しばかりしては陰で言いふらしているような女だ。キラも何度かその標的になったことがあったが、誰も信じなかった。彼女の性格が人に好かれるようなものなら、御縄だっただろう。彼女の語るその一割は真実だったからだ。しかし、彼女に信用があれば、誰かが口を封じていたかもしれない。


 それがキラだったかもしれない。


 すぐ傍の電柱に貼り出してある手配書を横目に、数名が忍び笑いをしながら通り過ぎて行く。おそらく、彼も彼らも彼女の被害を(こうむ)っているのだろう。あれだけ手配書と違うのだ。馬鹿でも分かる。そして、キラは諦めの悪そうな客人四人のために歩き出した。


 キラは、日に焼けた白い壁通りを歩き、裏通りで曲がった。そこは昼日中には人気がないので、万が一を考えてもちょうどいい。ここにはちょうど一階と二階の間くらいに無意味に突き出した鉄パイプがある。飛び上がれば何とか掴まることが出来るし、誰もそれを引っこ抜こうとも考えず、物干しとして代々受け継がれているようなものだった。キラは少し跳躍し、それにぶら下がり、逆上がりをする要領で身体を上に持ち上げ、二階のオレンジ瓦の屋根に軽やかに飛び移った。使われていない煤の溜まった煙突の影に身を潜め、眼下を覗う。太陽に温められた煙突は背中に熱いくらいだった。遅れて裏通りに飛び込んで来た男達のざわめきが耳に届く。キラがいなくなってからオリーブで力をつけ始めたジャック達だろう。シガラスに言い含められたのか、キングにでも頼まれたのか。それとも単なる潰しか。いずれにしても、オリーブでキラが殺されることは、まだなさそうだ。


 キラよりも詳しくオリーブを知るシガラス自らがキラを狙い撃たなければ。



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