オリーブにて・・・2
ワカバを預けてから一ヶ月弱。目が覚めたのが二週間前らしいので、その二週間、ワカバはゴルザムで普通に生活することが出来ていたのだ。それなのにそんな手紙を遣すということは、あの検問改札がなくなったから早くワカバの身の振りを考えろと言われているようなものだった。今なら、ゴルザムからワカバを連れて出られるだろう、と言われているようなもの。しかし、マーサは何も間違っていない。
確かに、魔女騒ぎに飽き飽きしてきた民衆は次の噂を待っている。ワカバの薬がもし評判にでもなったら、どんなに馬鹿な衛兵でも気付くだろう。
どうして薬作りなんてさせたのだろう。ワカバの身の安全を考えれば……。そして、ふと我に返る。ジャックにとって、あれは護るべきものではない。単なる同居人なのだ。
キラはペンキが剥がれて錆を晒し始めたベンチの上で大欠伸をして、再び新聞に目を落とした。似ても似つかないワカバの魔女らしい手配書がでかでかと印刷されている。きっとこの似顔絵師は魔女に対してかなりの偏見を持った人物か、それともあの老婆の孫娘ルリのように深い恨みを持った者なのかもしれない。何度も便利屋に仕事を依頼しては割に合わないと断られ続け、結局自分で恨みを晴らす道を選んだ彼女なら、どう見ようがこんな風にしか見えないのかもしれない。しかし、恨みばかりでは正確さは欠けてしまう。キラの知っているワカバは、頼りなさ気に人を見上げる。空を見つめ、この世にはないものを見つめる。きっとキラには一生見えないものがワカバには見えているのだろう。ただ、どれだけ近くにいても、目が合ったとしても、ワカバはキラには気付かない。……いや、気付かなかった。
千切れた雲が、太陽をゆっくりと隠して、通り過ぎていった。さっきまで誰かれ構わず、人とあらば餌をねだっていた鳩の群れが大空に飛び立った。そして、キラの見ている新聞に影が映りこんだ。
「魔女に興味がおありか?」
その静かな声はどことなく重みを感じさせた。もはや見ることもなしに見ていた紙面から顔を上げると、洒落頭があった。毛羽立った礼服に身を包んだ洒落頭が黒い丸帽子を脱いで礼儀正しくお辞儀をしている。確かに、ドクロと呼ばれているだけある。青白い顔には全くといって良いほど生気がなく、こけた頬に白けた笑みを浮かべる唇、目は落ちくぼんでおり、眼窩は隈が黒く染み付いている。しかし、それが頭蓋骨ではないということの証明はかなりふざけていた。眉間の上10㎝、と言った辺りだろうか、髪が残っているのだ。ほんの少し、逆三角形に、申しわけなさそうに、ふんわりと。キラが黙っていると、ドクロは不思議に残っている前髪を慎重に掻いて、「いやいや」と言うだけだった。キラは赤青、二種類のリディアス紙幣の束と軽食のゴミの入った紙袋を新聞と共にゴミ箱へ投げ捨てた。ドクロは薄ら笑いを浮かべてベンチに腰を掛けようとしている。
「全くいい天気で……」
眩しそうに目を細め、太陽を見上げたドクロは太陽に焦がされて、消えてしまいそうな影しか持っていなかった。
陽に憧れて、外に出てしまった蚯蚓だな。ガーシュはそう言って、憐れなジャック達を喩えていた。あまり綺麗な例えだとは思わなかったが、干乾びて死んでしまうということについても、見てくれの悪い面も当たっている。ジャックなんて憧れるものでも、好かれるものでもない。太陽、なんて程遠い。
「何か落とされましたぞ」
そう言って、ドクロは何かを拾う様子を見せて、キラに鍵が二つ付いた四角いキーホルダーを遣した。キラはそれを受け取ると、「すみません」とわざとらしく言って鍵を乱暴にズボンのポケットの中に突っ込んだ。そして、ゴミ箱を漁る音を背後で聞いた。
太陽は真上まで来ていた。午後に突入したオリーブは何だかがやがやしていて、落ち着きがない。それでもまだオリーブの活気には程遠い。キラは表通りの大衆食堂『ミネルヴァ』の前にあるアーシュレイ記念碑まで来ていた。ここはオリーブの中心街で、昼時はここが一番活気に満ち溢れている。キラは記念碑の前で簡単な昼食を摂り、まるで観光客のようにその記念碑に書かれてある歴史を読んでいた。そして、向かい側の薄暗い店の前にいた四人の男と目が合った。知り合いではないが、どうも、キラに対する客人らしい。キラが狙われる理由は、魔女に関わることなのか、それとも、また別件か。どちらにしてもジャックである限り、避けられないことだった。




