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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第一章 儚い記憶の物語(第一部)
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魔女・・・6

 列車に乗ると、さすがに世の中の喧騒はなかった。元々夢潰えた者が最後の希望を持って行く場所だから、オリーブ行きに乗る人間は少ない。席もがら空きだ。そして、ここにもリディアス誇る研究所の力が人々に恩恵を与えている。暑い外気とは裏腹に列車内は涼しい空気で満たされているのだ。シガラスのことは言えない。キラにもこの仕組みはよく分からない。

 キラは適当に腰を掛けて、シガラスのことを考え始めた。

 ガーシュにはああ言ってしまったが、ワカバについて一番厄介な人物がシガラスなのだ。


 クイーンの中でも最も嫌われているのがジョーカーと呼ばれているシガラスだった。褒め言葉や恐れられての呼び名ではない。要するにババ抜きのババと嫌われているだけの話だ。シガラスは射撃の名手であり、鼻が利く。どこから狙い撃ちされるか分からない。そんな誰もが距離をおきたがるシガラスとキラは腐れ縁でずっと繋がっている。

 今は積極的に捜してはいないだろうが、おそらくシガラスは姿を消したキラの行方を捜しているはずだ。さらに、キングに殺られたとは思うまい。

 もし、ルリとかいうシルク婆の孫が、シガラスのところへ行き着いて、シガラスがそれを請けたらどうなるだろう。おそらくシガラスは誰も請けたがらないその仕事をキラの元へ持ってくるだろう。シガラスが本気でキラを捜せば、たちまち見つかるだろう。そして、キラはワカバを殺す理由が出来るのだ。シガラスを敵には回したくなかった。キラはきっとその仕事を請けなければならない。断れば、魔女の存在にシガラスが勘付くことになるはずだ。だから、奴の動向を探るためにもオリーブへ向かう。


 マーサとガーシュに迷惑をかけたくない。これはかなりおこがましい考え方だ。どちらかと言えば、軽蔑されたくないのだ。一度助けた魔女を、自分の都合でまた殺すことになるかもしれない。こんなことなら、あの時殺しておけばよかった。マーサに作ってもらわなくても、自分を納得させるだけの理由ならいくらでもあった。

 キラは重たい頭を抱えるようにして、窓枠にもたれ目を瞑った。そんなに疲れているつもりもないのだけれど、最近目を瞑るだけで、睡魔が襲い掛かってくるようになってきている。そして、キラは千歳緑の森の中を彷徨い始め、慌ててその睡魔を振り払う。背後の席から男の話し声が子守唄のようにキラの耳に流れ込んできていた。おそらく賞金稼ぎだろう男が三人座っていたのは覚えている。彼らは砂漠を行く者に相応しい麻のポンチョを着こんではいたが、それらはもう擦り切れそうなくらいに草臥れていた。


「グラディール様の病状、かなり悪いらしいぜ」

「あれもあの魔女の呪いだろうな」

「そうそう。グラディール様はあの魔女狩りを決定したお方だ。あの魔女が野放しになったから好き勝手に呪いをかけられたんだろうな」

「そういえば、あの副長官。あの魔女と一緒にいるんだよな。あいつも魔女だろう? ランネル長官がいなくなったのはあの副長官だった魔女が呪い殺したっていうあれは本当か?」

「そうだろうよ。現にランネル様は未だに行方知れずだ」

「今のリディアスのお上は大丈夫なんだろうな?」

「もし今ワインスレーが攻め込んできたら終わりだろうな」

「まぁ、小さい国の塊のワインスレーが来るとは思えんが、あの国王に、あの長官代理じゃあなぁ」

「だいたいどうして、……」

男達の溜め息が聞こえてきた。

「国王様ももっと他に頼るべきお方がおりそうなものだが……」


 賞金稼ぎに心配されるような国は、確かに危ない。しかし、あの国王もあの長官代理もなかなか一筋縄ではいかない偏屈者という面で、自国の信頼さえあれば、他国が狙いにくいことも確かだ。それに、長官代理と呼ばれたあの男は、おそらく兵役に参加したこともないだろう。長官ではなくお飾り程度の長官代理にしかなれないにも拘らず、軍トップの長官にまで、いや、国王が指揮する国政に口を出せているのだ。柳のようなあの男に力がないわけがない。


 キラは、そう思いながらあの研究所にいた研究所副所長ランドという男を思い出していた。今は自動的に所長の肩書を付けているが、実力自身はあるのだろう。しかし、変な奴だった。初めて言葉を交わしたキラに本名は何か?と尋ねてくるような奴。そして、いきなり「試作品ですが……」と鉄の棒になる布というおかしな代物をくれるような奴。奴がいるから魔女狩りが思うように進んでいないのだ。ランドは適当な魔女で終止符を打とうとする玉ではない。だから、変に誤魔化すような奴らに付くよりも、ランドに付いている方が、間違っていないとも取れる。シガラスが言うとおり、あの国王は切れ者ではないし、あの老婆での失態を考えれば、そんな部下をうまく使いこなせることもなかろう。ただ、ランドはそんな国王をうまく使い、意見を陳情する。


 例えば、偽りの魔女で国民が納得すると思われますか? というような言葉で。あの老婆の悲劇を引き合いに出して。私は、そうは思いません。私はあの魔女の傍にいた者ですから。納得できかねます。

 というような。

 そんなことを考えているうちに、終点オリーブに列車が到着していた。

 久し振りに降り立つオリーブは全く変わっていなかった。

 咽かえるような女の匂いの漂う裏通りと、それをわずかに含む熱気に包まれる表通り。その表通りには死肉を狙うものの油断ならない視線が突き刺さる。ぎらぎらと降り注ぐ太陽の熱が景色を揺るがし、溶かし出そうともしている。キラはそんな中を迷わず歩き出した。ここはキラの古巣だ。勝手知ったる町の中だが、キラには確かめなければならないことがたくさんあった。


 今のオリーブで力をつけてきているジャックについてと彼らとここのクイーンの繋がりについて。それは、キラがこの町で再び自由に動くために必要な情報になる。

 情報を取るならば、裏、だろう。

 そう考えたキラはその咽かえる匂いの中へ足を踏み入れた。


 裏通りには白い肌をはだけさせた女が気怠そうに客を値踏みし、釣り上げ、お目に留まらなかった客が水煙草の煙を吹きかけられていた。男が縋るが、もう女にその気はなく次の獲物を探し始める。その誘いを歯牙にも留めなかったものだから、キラの背中には猫なで声とは打って変わった罵声が浴びせられた。ジャックの中にはそんな彼女らから情報を取る奴らもいるのだが、今や何の(ゆかり)もないキラにとって、それは無駄な情報を掴まされるだけにしかならないだろう。ただ、裏通りには、彼女らの背後にいるはずのクイーンがいる。キラはそのクイーンを探していたのだ。そのクイーンは店を構えている奴らよりもずっと嫌らしい性格をしていることが多いのだが、とりあえず、彼女らの様子からその気配はなさそうだ。


 裏通りの角を曲がる度に人気(ひとけ)はなくなり、幾度か曲がった後に便利屋の暖簾が現れる。オリーブのクイーンは『便利屋』の暖簾を下げている。同じ便利屋といっても、キラとは性質(たち)が違う。彼のような者は情報屋と呼ばれ、裏事情やら表向きの依頼、そして、裏の依頼を集めるのだ。そんな彼らは、キング、ジャックに託けて、争いの嫌いなクイーンと自称している。お似合いのネーミングだ。争いの種を撒く無責任な女王様。


 白いシャツを着た恰幅のいい男がここの女王様だ。景気がいいようで、少し太ったようだ。

「よう。久し振り」

主人が(やに)のない歯を見せて、にたりと笑った。おそらく、既にキラがここに来るということを知っていたのだろう表情だ。意外とこいつがオリーブのクイーンを纏めてしまったのかもしれない。

「変わりないか」

「あぁ。しばらくここにいることになるから挨拶しに来たんだけど」

「相変わらず律儀なやつだよな。お前」

キラは頬を緩めるが、決して気を許したわけではない。


 ここのクイーンは悪い奴ではないが、決して信用に値する人間ではない。

 女王様はジャックを恐れない。目を掛けていた王子一人がいなくなったとしても、自分の立場さえ揺るがなければ、何も感じないのだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] まだまだ輪郭も見えてきませんが、キラはある意味でひどく臆病な人間なのではないか? そう思えたりもしました。 便利屋のジャックとしての心構えは持ち合わせていますし、合理的な判断で自分の利益優…
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