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微少年  作者: 海之本
4/4

アパート

蛍光灯の下、鍵をドアノブに差し込む大きくて分厚い手を眺めていると、将人はちらりと僕を見て笑った。


「結構近かっただろ?」


確かに店から歩いて5分もかかっていない。

店のすぐ裏通りを通って静かな住宅街に入り、暫く歩いた場所に白い二階建のアパートが現れた。

オンボロと言うわけではなけれど壁は薄く汚れていたし、コンクリートの間から立派な雑草がここにもあそこにも生えていた。

見上げると、階段とは反対側の壁にコーポとつくアパート名が落ち着いた色のプレートに書かれていた。


静かに僕の隣を歩いていた将人は、ここだよ?と言って先に進み、一階の真ん中の部屋の前で立ち止まった。

白い壁と薄茶色の扉。覗き穴の上に白くて丸いボタン式のチャイムがあった。

ドアの脇には部屋号室とネームプレートに「花宮」と文字が印字されている。

別に何の変哲もないごく普通のアパートなのにどこか懐かしく思えた。


がちゃりと鍵の開く音がすると、将人は鍵を持ったままドアノブを回し扉を開けた。

将人は僕に優しく微笑み、


「どうぞ?」


そう言ってドアの横に立ち、まるでホテルのドアマンのように恭しく中に入るよう手で招いた。

僕はその手の先に広がる、真っ暗な部屋の中をじっと見つめた。

目を凝らしてみたら、どうして自分がこんなにも将人に引き寄せられるのかその理由がふわふわと浮かんでいるような気がしたからだ。

人見知りな僕が、しかも友達にすら自分をさらけ出す事さえ出来ずにいるというのに。つい数時間前に初めて会った人間と、どうして嘘をついてまでずっと一緒にいたいと思ったんだろう。

訳のわからない自分が怖くて、一体自分が何をしようとしているのかも分からない。

当然、闇色の部屋に僕の求めている答えが形となって姿を現すわけでもなかったから、この部屋に足を踏み入れることが本当に許されているのかどうか、僕は将人の顔を見あげた。

将人はニコリと微笑んだ。


「よろしく」


静かに響く穏やかな声。

その優しく誘う声音が僕の耳に届くやいなや、頭の中で回り始めていた迷いがふつりと消え、僕は吸いこまれるように開かれた部屋へ踏みこんだ。


一歩足を踏み入れた瞬間、花のような甘い匂いの中、微かにタバコが混ざり合った自分とは全く違う類の他人の匂いが鼻をくすぐった。


僕のすぐ後に将人も入ってきてドアを閉めるから、一瞬で辺りは闇になり何も見えなくなった。

狭い入口がぎゅうぎゅう詰めになって、背中に将人の気配と体温を感じ鼓動が速くなる。


「真っ暗だね。ごめん、直ぐに灯りつけるよ」


頭の上から将人の声が落ちてくる。

僕は心臓が痛くなって堪らなくなったから、いそいそと靴を脱ぎ、物にぶつからないよう手で探りながら部屋へとあがった。


闇にまだ慣れない目が、奥の部屋の窓からうっすらと差す光を捉えた。

まるで夜に満たされた闇を静かに切り裂いているようで、僕は誘われるようにそっと部屋の奥へ行き、窓に近づいて青い光の中に座った。

ベランダの窓から空を見上げると、レースのカーテン越しに満月がしっかりとその顔を見せている。



「月がやけに明るいな」


いつの間に来たのか、将人は部屋の灯りもつけずに窓を覗き込みながら僕の隣に座った。

将人はどこか嬉し気に月を見上げていてその顔は少年のようにも見えたけれど、月の光に浮かぶ白い肌が眩しくて僕は目を反らした。


「ねえ、将人」


僕が呼びかけると将人がこちらを見る気配がした。


「どうした?」


頬に視線を感じて僕は俯く。


「なんでもない、ことはない。」


「なんだよ、それ」


将人は笑った。

おかしな自分に僕も笑う。


暫く二人でそのままぼんやり月を見ていたら、思わず大きなあくびが出た。


「眠いの?」


将人の問いに僕は頷いた。


「もう眠たくてしょうがないんだ。」


この部屋はどうしてだかとても心地よくて落ち着く。

部屋中に満たされたこの部屋の匂いのせいなのか、今までどこかに隠れていた疲れが体に蘇えりだしていた。

一日中自転車を走らせていたんだ。

きっと目を閉じてしまえば10秒もたたぬ内に眠ってしまうだろう。


「もうこのまま寝るといい」


将人はそう言うと、灯りもつけずに手際よく部屋の反対側にあるタンスからトレーナーとスウェットパンツを出してテーブルの上に置いた。


「よかったら使ってくれ。私は風呂に入ってくるよ。汗臭いからね。」


将人は着替えを僕の傍に置くと、さっき僕らが入ってきた扉のすぐ脇へ入っていった。

扉の隙間からオレンジ色の灯りが漏れて、暫くするとシャワーの水音が静かな部屋に響いた。


結局、部屋の照明つけなかったのか。

そう思いながら天井を仰ぎ見たけれど、今更照明をつけるのが面倒で、僕は月明りの中で将人の用意してくれた部屋着に着替えた。


用意された服は思った以上に大きかった。

トレーナーの袖なんか長すぎてキョンシーみたいだし、裾も膝ぐらいまであってまるでワンピースみたいだ。

スエットパンツもウエストの紐を思いっきり絞ってもなんとか腰でとまる程度だったし、裾も将人の足長を物語るように十分な余りがあって、時代劇に出てくる長い裾を引きずって歩く殿様みたいだった。

それらをなんとか折り曲げて僕のサイズにするのにかなり苦労した。

だけど服からは石鹸とお日様の匂いがして、かすかに独特の甘い香りも混じっているから、僕は何度もトレーナの胸元を掴んで鼻元に近づけては息を大きく吸いこんで深呼吸した。

やっぱりなんだか落ち着く。

それが不思議だったけれど、この匂いを嗅ぎながら眠れるのだと思うと嬉しくなった。


布団はどこだろうかと辺りを見回し、ふと目についた襖をそろそろと開けてみる。


「わぁお」


驚いた。

押し入れだと思っていたそこはもう一つの部屋だったけれど、そこにはベットがあった。

でも普通のベットじゃない。物凄く大きかった。


「こ、これは・・・」

かの有名なキングサイズというものなのか?

僕のベットより何倍も大きくて、ホテルのベットだって比べ物にならない。もちろん僕の知っているのはスイートなんて名のつくものじゃなくて、スタンダードな普通の部屋のことだけど。

ほんのわずかにあいている壁との空間も、引き戸型の窓を開けるのがやっとそうだった。

きちんとメイキングされ、大きな枕が中央に二つと幾つかのクッションが青い光を受け黒い影を作っている。


「なぜにこんな大きなベットが?」

僕はベットの端を、恐る恐る手で押さえた。

羽毛の布団が静かに沈んだ。

余りの大きさにベットとは違うものかと思ったが、確かにベットだ。

沈むのにしっかりと受け止められ、返す弾力がある。

その柔らかくも硬い感触にもう僕はがまんできなくなった。

よじ登るようにしてベットの上に乗ると、ばたんと顔から倒れこんでみる。

ぼよよん、という効果音が聞こえそうな程弾力よく弾む。

マットレスの程良い硬さと肌触りの良いシーツからは、部屋と同じ甘さと日向の匂いが強くした。

僕はベットの端から端を横向きに転がって何度も往復したり、

「ミサイル発射!」とダイブして飛び跳ねてみたりする。

ベットのど真ん中で大の字に寝っ転がってみても、何にも手足が邪魔されない。


「広いなー、このベット」

そう何度呟いたか。

こんなベットで思う存分毎日寝れたらどんなに幸せだろう。

マットと羽根布団が調和した心地好い感覚に目を瞑れば、雲の上にいるという言葉がぴったりな気持ちのよい感覚に包まれた。

将人は絶対金持ちだ。こんな贅沢してるんだから。

そう思ったところで意識が暗くなった。



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