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    3.8 (土)15:55

再再改訂です!


頑張ったので、よみやすくなってるといいな。


是非ご一読を!

「あ! フリオ・ハグラーだ!」

 奈緒が店内のモニターを指差し

「ねえねえ、見て見て!ほらほら!来週のタイトルマッチの紹介番組やってるんだよ?」

わくわくと興奮した様子を隠そうともしなかった。

 

 その言葉を聞くと、真央の顔色が変わった。

 ガタッ、急にその場に立ち上がった。

「なんだと?」


「ちょっと奈緒! 真央君! 話をまぜっかえさないで!!」

 またもや話が脱線したことに桃は苛立ちを隠せなかった。


 しかし、二人の視線は完全にテレビモニターに釘付けになっている。

 もはや何を言っても無駄に思えた。

 その様子を見た桃はため息をついた。

「まったくもう」

 そういうと桃は親指の爪を噛んだ。


「あ、桃ちゃん、また爪噛んでる。子どもみたいだよ?」

 その様子を見た奈緒は、注意するかのように桃に言った。


「あんたに言われたくない!」

ガシャン、とテーブルをたたいた。

「はあもう、勝手にしなよ」

そういうと桃は目じりを押さえた。


 そんな桃の苛立ちをよそに、派手な音楽と、視聴者の心興奮を掻き立てる演出で画面の中の司会者が話を続けていた。


“……さあ、今回は一週間後に迫ったビッグイベント、三階級制覇のミドル級絶対王者、フリオ・ハグラー対コンゴの強打者ビヌワ・“マンイーター”・ブウェンゲとのタイトルマッチを取り上げます……”


“……絶対王者ハグラーが挑戦者を一蹴するのか、はたまた挑戦者がその名の通り、チャンピオンを食い尽くすのか?大変見ごたえのある一戦ですね、松本さん……”

 

“……そうですね。ハグラーがテクニック、経験値でブウェンゲを上回っていると思いますが、挑戦者にはタフネスと強打、そして何より若さと勢いがあります。そこに突破口を見出せるかどうか?というところではないでしょうか……”


 桃はテレビモニターを睨みつけた。

 またもボクシング。

 なぜかここ最近、ボクシングが桃の生活について回る。

 いやむしろ、ボクシングが好きな人間たちに、自分自身が振り回されているような感覚さえ覚える。

 しかも、何の因果だろう。

 テレビ画面に映るのは、よりにもよって――――


「さ、二人とも、店出るよ」

食い入るように画面を見つめる二人に、桃は言った。


「えー、もっと見たい」

 不満そうな奈緒。

 

 しかし

「文句あんの?」

 桃に睨まれ、話はそれで終わりだった。


「でもさ、桃ちゃん」

ちゅー

「どこ行くの?」

奈緒はジュースを完全に飲み干して言った。

「真央君、行くところないし」


「そうだよ。俺広島にも帰れねーし、東京も始めてきたから身寄りねーし」

 大げさな身振りで窮状を訴えた。


「……それは確かに、そうだけど……」

その様子にさすがの桃も強く出ることはできなかった。


「とにかくさ、いったんわたしたちの家に行こうよ。いくらなんでもこのままぽい、なんて真央君さすがにかわいそうだよ。これからのことは、うちで話せばいいんじゃない?」

奈緒は懇願するような目で桃を見つめた。

「お願い桃ちゃん」


 いつもの子犬のような、哀願する目。

 この情況で祖の目を見てしまったら、その勝敗は明らかだった。

「まったく、いつもいつもなんでこう……」

しばらくぶつぶつと呟いていたが

「わかったよ! とにかく、すぐにこの店出るよ!!」


「「さっすが桃ちゃん!」」

 真央と奈緒は声をそろえ、ハイタッチをした。


「君にまで“桃ちゃん”なんて言われたくない!」

 モモは顔を真っ赤にした。  


「あ、わりぃわりぃ」

 ニヤニヤと真央は笑った。

 




 三人が店を後にした後、画面の中では、まるで三人と入れ替わるかのようにロバート・ホフマンが記者会見会場に姿を現した。

カフェ・テキサコの常連客には熱心なボクシングファンが多い。

おそらくはその一人であろう、“カフェ”と名のつく場にはおよそそぐわない、50ばかりの男性が実に現実的に三人と入れ替わりに入店してきた。

「おぅ、邪魔すんぜ、大将」

 

「いい加減大将はやめてくれよ、山さん」

“大将”と呼ばれたカフェ・テキサコのマスターはキッチンから顔を出し、そして苦笑した。

「居酒屋じゃねえんだからさ。俺はこれでもカフェのマスターなんだぜ?」

 

「なにをいやがる」

山さんと呼ばれたその男の口調は粗野であったが、どこか愛嬌に満ちていたものだった。

「しっかしよお、昔みたいに海外ボクシングが地上波で放送するもんだったらよ、俺も好き好んでこんなとこ来やしねえんだからよ。感謝しとけよ」

 

「ったく、ガラわりいんだからよ」

 しかしマスターも山さんとのやり取りを楽しんでいる風だった。

「ラガーでいいかい?」

 

「おう。わかってんじゃねえか」

 そういうと山さんはグラスを傾ける手振りを見せた。

 

「あんたもさ、たまにはギネスくらい頼んでみろよ」

 マスターはニヤニヤ笑いながら軽口を叩いたが

 

「ないにをいやがる。この店にはボクシング以外に何の興味もねーよ」

 そういうとラガーのグラスを受け取り、およそ三分の一ほどを飲み干した。



 

“……その素晴らしき贈り物とは……”




 冷えたアルコールが心地よく山さんの頭を叩く頃、壇上のホフマン言葉が店内に響いた。


 山さんはピーナッツをかじりながらテレビ画面を見上げ

「いよいよかい」

 とマスターに語りかけた。

 

「ああ」

 そしてマスターも腕組みをしてテレビ画面を見上げ、その下に流れる字幕を目で追った。




““マーベラスの再来”フリオ・ハグラーの防衛戦です!”

 自分自身が十分にエンターテイナーとしての資質を有するホフマンは、銀幕の神のごとくの振る舞いを見せた。




「なあ山さん」

 うっとりと画面の中のフラッシュを眺める山さんに対しマスターは訊ねた。

「この爺さん、あと何年生きると思う?」


「どうだか」

 口中に残ったピーナツのかすを、山さんはビールで一気に喉に流し込んだ。

「ただ、俺たちの見てきたボクシングの歴史は、ほとんどこの爺さんによってお膳立てされてきたようなもんさな」


「そうだな」

 山さんよりはやや若いであろうマスターも頷いた。

「まあ、このフリオ・ハグラーこそがこの爺さんの人生最後に手がけるボクサーになるだろうって話だな」




 テレビ画面の中では、ホフマンがかくも慈悲深き笑顔を振りまき言った。

““賢者とは、尋ねる人である”との言葉があります。もし何質問がございましたら、この老いぼれに何でもお尋ねください”


“それではよろしいですか”

黒人記者ジミーが挙手をした。

“『リングサイド』誌の…”

と自己紹介をしようとするところに


“おお、『リングサイド』誌のジェームズ・ウォルターバーグ氏ではないですか。この老いぼれに、何事かご質問ですかな?”




「おいおいあの爺さん、あの記者の名前まで覚えていやがんのかよ」

 マスターが山さんに向けて言った。


「ただもんじゃねーんだよ。あの爺さんは。あ、ラガーもう一つな」

 そういうとグラスをマスターへ渡した。そして追加のラガーを受け取りながら

「名前まで覚えてるってことは、記者にとっちゃあ強烈なプレッシャーだろうよ。うかつな質問もできやしねえ」


「まったくだ」

 頷きながらマスターは言った。

「だが、こういう記者との緊張関係が、向こうのジャーナリズムの健全さの証拠ってわけだ」


「けっ、酒がまずくなること言うんじゃねえや。この似非インテリ」




 山さんの悪態をよそに、画面の中では、ジミーが乱れがちな精神をクールに押さえつけながら質問をぶつけていた。

“フリオ・ハグラー選手も30も半ばを過ぎようとしているますが、例にも増してハイスピードなカードの組み方です。これはフリオ選手の引退が近いと見えての投資の回収に入ったと言うことでしょうか?”


 会場は騒然とした。

 受け取り様によっては挑発になりかねないぢツ門であったからだ。

 

 しかし、ホフマンは好々爺然とした様子でそれを受け流した。

“いえいえ、この老いぼれに、もはや札束の話など興味はまったくございません。“人を傷つけるモノが3つある。悩み、いさかい、空の財布だ。その内、空の財布が最も人を傷つける。”という格言もございますが、老い先短い私には、もはやまったくの無関係と言っていいでしょう”


“それではなぜ”

 ジミーは質問を畳み掛ける。

“なぜこのような異例のスピードでマッチメイクを?”


“すべては神のご意思であり、神に愛されたフリオ・ハグラーの意思によるものです”

 飄々とした中に、侵し難い威厳をこめてホフマンは言った。


 黒人記者ジミーは背筋に何か言いようのない冷たいものを感じ、このネバダ州に降り立って初めて寒気を覚えた。


 そしてホフマンは続けた。

“ボクシングの神にすべてを捧げたあの男には、勝利以外に一切の関心はございません。それはあなたもよくご存知ではないのですかな?”

 

“はいはいはーいっと”

 ばっ、と挙手する男が。

“すいませんホフマンさん俺です。チャーリーです”

 

“おお、チャールズ・ブライトマンさんではないですか。『テキサス・アナリシス』紙のボクシングコラム、毎回楽しみにさせてもらってますよ”

 

“それはどうも”

 そういうとチャーリーはこれも南部の男らしい人懐っこい笑顔を見せた。

“てことは、フリオはまだまだ投資に値する価値がある、とお考えってことですかい?”


 チャーリーのあけすけな態度を、ホフマンはいっそすがすがしいく受け止め、ジミーに対しては見せなかった陽気なトーンで応えた。

“そうです。フリオにとっては、戦い続けることが強さを維持する秘訣なのです。このランク、このキャリアのボクサーにはありえないほどの年間試合数はそのためですよ”


“負けるリスクは強くなるためのリスクであり、敗北すら自身の完成のための途である、と?”

 ジミーはその言葉を要約し返した。


 するとホフマンは底冷えのするような笑いを用いて応えた。

“そうです。強い敵と戦うことに何の躊躇もない、それこそが彼をパーフェクトにしたゆえんなのです”


 ホフマンは、まさしく会見場を支配する神だった。

 すべての存在は、その前に懺悔を義務付けられるべき存在でしかなかった。




 会見場の異様な雰囲気は、画面を通してまでも伝わってきた。

 神のごとく振舞うその様子に、山さんは三杯目のラガーで、マスターはそれに応えることによりかろうじて自身を保つことができた。

会見は、その後10分程度続いた。




「そういやあさ、あんた覚えているかい?」

 会見が終了した後、マスターは山さんに訊ねた。

「フリオ・ハグラー唯一の日本でのタイトルマッチ」


「忘れるほど年食っちゃいねえよ」

 そして三杯目のラガーを飲み干した。

「あれがなきゃあよ、フリオも日本でもっと人気が出ていたかも知れねーな」

 そして四杯目のラガーを注文した。


「ったく、早期定年の親父は気楽なもんだねぇ」

 そういうとラガーのグラスを受け取った。

「そういやぁ、フリオにも、相葉にもそれぞれ同い年くらいの子どもがいたそうじゃねえか」

 そして四杯目のラガーを山さんへと手渡した。


「ああ」

 ぐびり、山さんは一口グラスを傾けた。

「相葉はもちろん、フリオの家庭も崩壊しちまったそうだな。因果なもんだ」

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