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    4.8 (月)17:50

「マー坊君でも疲れることなんてあるんだー」

 大きな目をことさら大きくする奈緒。

「でも、マー坊君が一番元気そうに見えたよー」

 といってくすくすと笑った。


「へっ、まぁな」

 そういって真央は頭をわしわしとかいた。

「でもまあ、なんとなくインターハイまでの手ごたえがつかめたかな」

 そういって小さくパンチをするように腕を振り、頭を動かす。

「あの皆川ってやつ相手ならよ、何回やったって負ける気しねーよ。どうせ予選ではあいつと当たるんだろーからよ」


「まあ、ボクシング部のある学校自体が少ないしね」

 丈一郎も小さく笑った。

「たしか……都内でボクシングのある学校は……」

 そういうと指折り数え始め

「うちも含めて4校だけだからね。うちと西山大附属、都立北野台、高田学園の三つだけだしね」


「やっぱり、高校ボクシングってマイナースポーツだよねー」

 そういうと奈緒は小さくため息をついた。

「東京はほとんど西山大附属の一強だし。他の二つの高校も、ほとんど部員が集まってなくて廃部寸前だって聞くしねー」


「ま、そんなもんだろ。普通の人間がなにも好き好んで顔面殴りあうなんてやりたがらねーだろーからな」

 こともなげに真央は言った。

「特にウェルター級なんて出場者もほとんどいねーだろーし。本番は関東本戦からだろーよ」


 インターハイにおいて、ライトフライ級からライトウェルター級までは各都道府県予選を勝ち抜いた代表者47名が出場することになっている。


 しかし、最軽量のピン級、最重量のウェルター級とミドル級は、各ブロックに割り当てられた人数の代表者と開催県の代表者32名が出場することになる。


 それぞれ該当階級における競技者が少ないため、また大会自体の格を保つために、ブロック大会で勝ち抜かなければインターハイに出場が出来ないという仕組みだ。


「確か関東7都県で、出場枠は6枠か? おれの実力なら、ま、出場まではよほどのことがない限りはいけんだろ」

 そういって胸を張った。


「でも、油断はできないよ」

 真剣な表情の丈一郎。


「あん? 丈一郎、お前俺の実力疑ってんのかよ?」

 方眉を上げ、じろりと丈一郎を睨みつける真央。


 しかし、丈一郎は言葉を続ける。

「東京都大会なら、まず間違いなく勝ちあがれると思うけど、これ、見てよ」

 そういうとバッグの中から、今月号の『ボクシング・ライム』を取り出した。

「これ。この人僕たちと同い年なんだけど、もう『ボクシング・ライム』に特集されるくらい注目されているんだ」


「んだと?」

 そういうと、真央はひったくるようにしてその雑誌を受け取った。

「あー、んっと“高校ボクシング界の新星、ウェルター級王者、か、か、か……”」


「“かんざき・きりお”でしょう」

 その後ろから、冷静な声。


「うぉっ!?」

 不意を突かれた真央は、仰天して後ろを振り返る。


「あなたにはそんな簡単な漢字も読めないというのですか? 困ったものだわ」

 そこには、眼鏡にきらりと夕陽を反射させる岡添女史の姿があった。


「びっくりさせんじゃねぇよ! てめえいつからそこにいたんだよ!」

 思いもよらぬその姿に、真央はたまらず悪態をつく。


「どこにいようが私の勝手ですが」

 クールな表情で岡添は言った。

「そもそも私はこの同好会の顧問を務めているのですから。あなた方が帰宅するまでは私が責任を持たなければならないということもお忘れないように」

 眼鏡の奥にはクールな視線が光っていた。


「あ? 何急ににえらそうな態度とってんだよ?」

 睨み付けるように真央は岡添に近づいたが


「ち、ち、ち、近寄らないでよ!」 

 真央の接近に対し、岡添は胸を押さえて後に飛び退いた。


「まあまあ、先生もマー坊君もその辺で」

 苦笑しながら、たしなめる様子の丈一郎。

「とりあえずはさ、この記事読んでみてよ」

 

 丈一郎の言葉に従い、四人はその『ボクシング・ライム』の記事に目を通した。


“高校ボクシング界に新星あらわる――神埼桐生(群馬 上毛商業 1年)――

 中学校時代よりボクシングを開始し、上毛商業高校入学と同時にボクシング部へ入部。

 当時まだ一年ながら、卓越したボクシングテクニックで瞬く間に高校ボクシング界にその名をとどろかせた。

 国体出場はならなかったものの、インターハイと合わせて高校二冠を達成した。

 今年は間違いなく国体へも出場し、期待どおりの結果を残すだろう。

 そのスピード、センス、そして試合の流れを決定付ける一発の強打はここ数年の高校生ボクサーの中では頭一つ飛びぬけた存在だ。

 この天才の肩書きに冠される数字は、一体いくつになるのであろうか。

 神埼は語る。

 「同年代のボクサーに興味はない。目指すはあくまでもオリンピック。シニアの人たちとどれだけ渡り合えるかが今後の課題」

 その強気の姿勢は、若さと、自分の強さ、天才性への絶対の自信ゆえだろう。

 その視線はすでに数年後の世界を見据えている。

 今後も群馬の超新星、神埼桐生から目を放すことは出来ない”


 そしてその記事には、モノクロームではあるが神埼桐生のインタビュー写真が掲載されていた。

 ボクサーらしい線の入ったストイックな輪郭、切れ目がちのクールな目元は、いかにもクレバーさを漂わせたボクサーという感じだった。

 そしてそのインタビュー記事からは、自分自身へのプライドと自信が強烈に自己主張しているかのようであった。


「気にくわねーな」

 はき捨てるように真央は言った。

「この俺を差し置いて天才だと? いい度胸してるじゃねーか」


「でもさー、マー坊君がインターハイ出場目指すんなら、間違いなく避けて通れない相手だよー」

 そういうと奈緒は『ボクシング・ライム』の記事を指差す。

「ほら、この神崎選手、群馬県の人でしょ? 群馬県は関東ブロックだもん。今度のブロック大会、絶対に対戦することになると思うよー」


 丈一郎は深刻な表情で腕組みをした

「群馬県かあ。あの強豪ひしめく県でトップを晴れるんだから、やっぱりこの記事の通り、相当強いと思った方がいいんじゃないかなぁ」


「そうだねー、群馬は関東のボクシング王国だからね」

 人差し指を挙げながら奈緒は言った。

「なにせボクシング部のある高校が10校以上あるもんねー。プロに言った選手も結構いるし」


「そんで、こいつはどんな選手なんだ?」

 真央は丈一郎に訊ねる。

「センスだの何だの書いてあるけどよ、肝心のスタイルとかぜんぜんわかんねーじゃねーか」


「まあ、これはあくまでも選手紹介のページだからね」

 そういうと丈一郎は雑誌を閉じた。

「ただ、この雑誌でこれだけ賞賛されてるってことは、只者じゃないってことだけは確かだね。ただでさえインターハイと選抜でそれぞれ準優勝しているんだもん。やっぱり注意しないといけないとは思うよ」


「ま、覚えておくわ」

 興味なさそうに言うと、真央は小さくあくびをした。

「誰が相手だろうが負ける気はしねーし、だからといって油断して手を抜くつもりもねーよ。いつもどうりハードに動いて当たり前のように勝利する、ただそれだけのことだ」

 ポケットに手を突っ込み、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。


「じゃあさ、今度偵察行ってみない?」

 奈緒が明るく言った。

「マー坊君なら絶対負けないと思うけど、やっぱりスタイルくらい走っておいた方がいいでしょ? だから、ね。こんどみんなで群馬、行ってみようよ」


「そうだね」

 丈一郎はうなずき

「まあ、僕の場合インターハイなんて夢のまた夢だけどさ……」

 と同時に大げさにため息をついた。


「ぎゃはははは、まあ、そんかわし俺が勝ち上がったらセコンドとしてインターハイつれてってやるよ」

 そういって真央は丈一郎の頭を乱暴に撫でた。


「ちょ、痛いって」

 丈一郎はまたも大げさなそぶりを見せた。

 しかしその表情はどこか嬉しそうだ。

「でも、僕も精一杯頑張るよ。まずはインターハイ予選公式戦一勝! だね」


「うん! 丈一郎君! ファイトだよ!」

 奈緒は小さくガッツポーズを作り、丈一郎を励ました。

「できることから一つずつ、やるべきことをこなしてけば、絶対大丈夫だよ!」


 ごほん、奈緒の言葉をさえぎるような咳払いが響いた。

「やるべきこと、とおっしゃいましたが、まず秋元君はしっかりと勉強して聖エウセビオの勉強に少しでもついていけるように最善を尽くしなさい。いいですね?」

 出来うる限りの威厳を込め、岡添は言い放った。


「んだよ、勉強のこととなると急に強気になりやがるな」

 そういって真央は頭をまたもしゃもしゃとかく。

「あんたに言われなくたって、んなこたぁわかってるよ」


「そろそろあなたは私をきちんと“先生”と呼ぶべきだと思いますが」

 きらり、眼鏡の奥の瞳が輝く。

「それに、川西君、釘宮さんも。入学者オリエンテーションで同好会の説明をしなければならことを忘れないように。もしこのまま新入部員が入らなければ、部活動昇格どころかあなた方の卒業とともに解散ということもありえます。その辺はしっかりと自覚しておくように。いいですね?」


「そっか、明日は新入生オリエンテーションか」

「頑張って会員、集めなきゃだねー」

 奈緒と丈一郎は、真剣な表情で言った。


「それにほら、マー坊君」

 丈一郎は、今度は目の前に立つ真央の顔を見上げた。

「明日、正式にみんなの前で自己紹介じゃん。ボクシングも大事だけどさ、学校生活も楽しもうよ。せっかく同じクラスになったんだからさ」

 そういって、へにゃっとした笑顔を見せた。


「あー、そうだー。いーなー、みんな同じクラスでー」

 ぶうぅ、と奈緒は頬を膨らませて言った。


「ああん、と」

 そういうと真央は腕組みをして

「めんどくせーんだよな、そういうの」

 顔をゆがめて呟いた。

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