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    4.8 (月)8:10

「つーかよ、俺がお前らと一緒のクラスんなるなんてありえねーって」

 丈一郎と奈緒に体を押されながら、真央はこぼした。

「なあ、葵だって見ただろ? 俺のあのテストの成績をよ」


 その問いかけに、真央の右隣を歩く葵は苦笑せざるを得ず

「……それは、まあ……」

 と頬をかいた。

 何度も感漢字を書き直し薄汚れた国語、消しゴムですり切れた数学、そして全くの白紙状態の英語のそれぞれ解答用紙。

 要するにまともな回答が書かれた答案など一つも存在しなかったのだった。

 いかに心優しき少女といえど、無責任に皆同じクラスになれる、と断言することは難しかった。

「……頑張って、勉強しましょうね、としか……」


「まあまあ、それは言いっこなしだよ」

 と丈一郎は、重い足取りの真央の体をぐいぐいと押しながら言った。

「別にクラスが離れたからって、僕たちが友達であることには変わりはないんだからさ。でしょ? マー坊君も、そのクラスできっと新しい友達ができるかもしれないじゃん」

 励ましの言葉の中に、少々の同情を含んだ丈一郎の言葉。


 その丈一郎の言葉に、真央は頭をかくほかなかった。

「しょーがねーだろ、俺頭わりーんだからよ」


「「「それは知ってる」」」

「……存じ上げています……」

 四人の容赦のない言葉が響く。


「ほっとけ!」

 真央は顔をしかめた。

「つーか、葵にまで言われるとは思わなかったぜ……」


「しかたないだろ。事実なんだから」

 と冷静にかつ冷酷に突き放す桃。

「大体あの時、あたしたちがいなかったらどうなっていたと思う? 転校前に停学なんて事態もあり得たんだからな? とにかくおとなしく勉強も一生懸命取り組むこと! わかったな!?」


「……うぃーっす」

 真央は力のない返事を返した。




 ――――ザワ、ザワ、ザワ――――


「あー、あそこがクラス割の掲示板みたい。すごい人だかりだよー」

 奈緒の指さす方向には、たくさんの学生たちが密集し、今年一年間を過ごす自分のクラスと、共に生活するクラスメイトの名前の列に心を踊らせる。

 その若い熱意が、草いきれのように周囲に充満する。


「……なんだかなあ、なんか気持ちわりーな、こいつら……」

 女子生徒の匂いや、その中で血をたぎらせる男子生徒の若さ。

 男子校に通い、かつその学校にもまともに通ってこなかった真央にとって居心地のいいものではなく、困惑のみが彼のこころをとらえる。

「……とっとと学級確認してよ、そんで教室はいろーぜ」

 顔をしかめながら真央は言った。


「んーと、わたしはー、っと」

 奈緒は高校一年生の掲示板をきょろきょろと眺め

「あ、あった!」

 自分の名前を確認し、それを指差して飛び跳ねた。

「やったー! わたしもA組だー! 桃ちゃんと一緒だよー!」

 姉の桃同様、奈緒もAクラスに入ることができた。

 聖エウセビオ学園高等部におけるAクラスとは、特別進学クラスを意味しており、学年の中でも特に成績の秀でたものによって構成されたクラスだった。


「うそ!?」

 真央は心底、といっていいほどに驚嘆した。

「奈緒ちゃん勉強得意じゃねーって言ってたじゃねーか!」

 といって奈緒の両肩を掴んだ。


「えへへへー、苦手は苦手なんだけど……」

 頭を掻いて苦笑いを返す奈緒。


「ま、内部進学生は基本的にAクラス入りだからね」

 桃が言葉を付け加えた。

「二年生からは振るい落としが始まるけど、外部進学生よりは勉強の進度が早いからね。外部進学生はよほどの人じゃないと勉強についてこれないし、いまさら一般クラスに内部進学生を落としても、同じ内容の繰り返しになっちゃうしね」


「ぁんだと?」

 その言葉に、真央は体を硬直させた。

「てことは何か? もしかして奈緒ちゃん、もう高校の勉強やってんのか?」

 

「ええ。うちの学校のカリキュラムは特殊ですから」

 葵もその内容に捕捉を加える。

「中学三年生の時には、もう高校一年の内容は先取りして終わっているんです。高校二年生の時には、二学期にはもう三年生の内容にはいるんです。大学受験に向けて、という事らしいのですが」


「ひでえ! きいてねえぞ!」

 真央は絶叫した。

「んだよ! おめーらみんななんだかんだで頭いーんじゃねーか! 卑怯だ! ちくしょー! 奈緒ちゃんまで裏切りやがって!」

 心の底からの叫びの後、真央は力なくその場に倒れこみ、腕を地面につけてうなだれた。


 ――――ザワ、ザワ、ザワ――――


 見慣れない生徒の、周囲の空気を引き裂くような叫び声に、四人はことさらの注目を浴びてしまう。


「あー、っと……」 

 周囲を見回し、こほん、と一息つくと

「まあまあ」

 苦笑しながら丈一郎は真央の手をとった。

「さっきも言ったじゃん。今更後悔しても仕方ないし、目指すはオリンピックでしょ? 気持ち切り替えてさ、クラス確認しようよ」

 またもや励ましの言葉をかけた。


「そうだね。いつまでもこうしていてもしょうがないし」

 桃も情けなく転がる真央の手を取り言った。

「バカの考え、休むに似たり、だよ。さっさとクラス確認して、新しいクラスメートの名前と顔、確認できるようにしなくちゃだね」


「……あんた、さらっととんでもねーこと言ってねーか?……」

 という真央のいじけた言葉。


 それを無視して桃をはじめ三人は、自分の名前を掲示板に求めた。

「……んーっと、か・き・く・け・こ、“くぎみや・もも”は、っと」

 昨年度所属したAクラスにその名前を読み上げていくと、ふうっ、小さくため息をついた。

「ま、なんとかAクラスは維持できたみたいだ」

 と胸をなでおろした。

 それまでの努力のかいあってか、特別進学クラスからの脱落を免れることができたようだ。

 もっとも、それまでの桃の成績から言って当然といえば当然の結果だが。

 しかし

「ん?」

 自分の名前を探しているとき、何かいいようのない違和感に襲われた。

「……まさかね……」


「……私は、一番下から探した方が早いですよね。ら、ら、ら、“らいか・あおい”……」

 当然のごとく、占める場所はAクラス。

 学園トップの成績の持ち主、これもまず間違いなくAクラスであることは目に見えていた。

 しかし

「あら?」

 同じく、葵も何か不思議なものを掲示板に見たような気がした。

「……気のせいでしょうか……」


「二人ともいいよね、僕なんか全然……」

 ため息交じりに自分の名前を探すも

「……ま、今回は助かったか……」

 その名をAクラスに確認し、胸をなでおろした。

 しかし

「え?」

 目をこすり、目の前によぎったあり得ない何かに目を凝らした。

「……そんなバカなこと……疲れてるのかな」


 三人はもう一度、掲示板の隅から隅に目を通し、そして確証した。

 間違いない。

 しかし、三人は再度の確認のために、あるいは目をこすり、あるいは目薬を差し、目の前に示された現実を再度吟味する。

 やはり、間違いない。


「? おめーら、何やってんだ?」

 真央は頭をがりがりとかいた。

「つーかよ、自分の見っけたんならよ、俺の名前探すの手伝ってくれよ。どこにも見当たんねーんだよ……」

 ときょろきょろと見回す真央。


 じろり、三人は無言で真央の顔を見た。

 

「うぉうっ!」

 びくっ、その様子に、真央は戸惑った

「な、なんだよ、一体なんだっていうんだ?」


 三人は無言で、めいめいに一所を差す。

 三人の指さす先には、Aクラスの掲示板が。

 そこには

「「「2年A組1番 秋元真央」」」

 三人は息をぴったり合わせてその名を読み上げた。


「「えええええええええええええ!?」」

 それに気づいた真央と奈緒は、驚天動地の叫び声を上げた。


「一体どうなってんだ? なんで俺がおめーらと同じクラスなんだ?」


「こっちが知りたいよ!」

 桃も混乱しきりの様子だ。

「あの答案のでき見たら、だれだっておんなじこと思うにきまってるじゃないか!」


 こくこく、青白い顔をして無言でうなずく丈一郎と葵。

「マー坊君、一体どんな手をつかったの? お金? それとも体?」

 この世の終わりのような混乱した表情で丈一郎は訊ねた。


「アホか? 何もあるわけあるか! っざけんな!」

 Aクラスに掲げられた自分の名前に混乱しているのは、だれでもない、真央だった。

「じょ、じょーだんじゃねーぞ! なんで俺がお前らと同じクラスなんだ? 中学の勉強すら怪しい俺に、お前ら見てーな奴らと、おおお、お同じ教室で机並べてお勉強なんで、ででで、できるわけねーじゃねーか!」


 再び周囲の生徒たちが、慌てふためく真央に注目を集める、その時である。


「そのように取り計らったのは私ですが、何か問題でも?」

 黒い縁取りの眼鏡をかけ、グレーのスーツ姿から漏れる神経質な声。

「本日からあなたはこの聖エウセビオ学園の二年生です」

 はぁ、と大きなため息を交えた後

「私はもう完全にあなたの担任という立場なのですから、きちんと指導に従ってもらえないようでは困りますね」

 真央の担任を務めることが決まっている教諭、岡添女史の姿があった。

 

「てめーかよ、ねーちゃん」

 じろり、その目を睨み返して真央は言った。

「わかってるよ。だからきちんとこんな似合わねーブレザー着て、遅刻もせんと来たんだろーが」

 そしてさらに、吐き捨てるように

「なんのつもりだよ。別にこっちはAクラスに入れてほしいなんて頼んだ覚えはねーぞ?」


「前も言ったはずですが。立場をわきまえなさい、と」

 岡添女史の端麗な容姿に、クールな言葉が添えられる。

「あなたはもう少し教員に対して敬意を持った話し方をするべきです」

 威厳を込めた言葉を口にしたが


「そういうせりふは人の目を見て言えよ」


 真央から90度顔を背け、さらに五メートルは距離をとって言ったその言葉に、何一つの威厳と説得力はなかった。

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